定命享年十方暮

緑青あい

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鬼灯夜猩々緋

『其の一』

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定命享年十方暮じょうみょうきょうねんじっぽうぐれ】《鬼灯夜猩々緋ほおずきやしょうじょうひ

 
  
 ……吾弐真丹儘音萎靡照霊日あにまにままねいびでひび

   天に忌月いみづき 地に亡者

   卍巴まんじどもえ舎利供養しゃりくよう

   黄泉路参りの六斎日ろくさいび

   不如帰門かえらずもんを開く通夜

   鬼業月破きごうげっぱ万灯会まんどうえ

   火焔太鼓で鬼帰拍子ききびょうし

   迎え火蛍の百冥鬼ひゃくめいき

   九首霊くすみの四十九日忌

   血神酒ちみき九献くこんで露払い

   降伏験者こうぶくげんざ魄呼たまよばい

   吾弐真丹儘音萎靡照霊日……


『……屍が要る。完全な形で九つ……』

 百八本の赤い百匁蝋燭ひゃくめろうそくが照らし出す陰鬱な窟屋いわやの中、車座で円陣を組む妖しい黒尽くめの僧侶四十人。経帷子きょうかたびらの背には帰命頂礼きみょうちょうらいの白抜き文字。額には不気味な左旋させん卍模様の烙印。

 瞑想状態で固く合掌し、一心不乱に奇怪な呪禁じゅごんを奉じている。

 彼らが囲む円陣内部には、忌地いみち赤腐土あかふどで描かれた【九鬼曼荼羅くきまんだら】の種字結界しゅじけっかいが広がる。

 そして中央蓮台れんだい御輿おこしには、銅鏡を提げ、墨衣と角頭巾つのずきんで身をつつんだ白髪座主しらがざすが一人。

『見つかりましたよ、座主。丁度いい具合の物がね。だいぶ苦労しましたが、これならお役に立つでしょう』と、漆塗り網代笠あじろがさをかぶった九人の僧侶が、続々と窟屋に戻って来た。

 しかも肩には銘々、男女の屍を……全部で九体も担いでいた。

四瑞鳳仙湖しずいほうせんこで命を絶った心中者の屍です』

薩埵蓋迷宮さったがいめいきゅうから流された晒し舟の屍です』

隠亡おんぼう葬列から奪った鬼憑き非人ひにんの屍です』

『処刑場より運び出した逆磔罪人さかさはりつけざいにんの屍です』

五行塔ごぎょうとうで相討ちとなった武芸者の屍です』

諡号窟しごうくつの苦行で病死した修行僧の屍です』

『渓流で獣と誤射されたお尋ね者の屍です』

 次々と円陣内に運びこまれる、多種族、老若男女の屍は、体に多少の傷みこそあったが、座主の注文通り五体満足で、誰も彼も皆、穏やかな死に顔をしていた。
   しこうして、座主の下に頭を向けて放射状に寝かされた屍九体は、【九鬼曼荼羅結界】の上へ花弁模様をかたどった。泥梨ないり(地獄)獄卒鬼【九首霊鬼くすみおに】の洗礼を受け、四十九日忌の灯命を宿すべく、そろえられた彼ら……神籬守斎官ひもろぎもりさいかん傀儡くぐつとして、忌まわしい復活の時を迎えんとしていた。

『夜明け前に、なんとか間に合ったな……これで、《九鬼曼荼羅冥罰衆みょうばつしゅう》の完成じゃ』

 含み嗤う座主と、神籬守四十九人。

   再び唱和するのは、【邪式葬斂じゃしきそうれん(死者を操る冒涜呪術)】の魄呼び呪曲『年星梵唄ねそうぼんばい』だ。


    ……吾弐真丹儘音萎靡照霊日

   天に忌月 地に亡者

   卍巴の舎利供養

   黄泉路参りの六斎日

   不如帰門を開く通夜

   鬼業月破の万灯会

   火焔太鼓で鬼帰拍子

   迎え火蛍の百冥鬼

   九首霊の四十九日忌

   血神酒の九献で露払い

   降伏験者の魄呼ばい

   吾弐真丹儘音萎靡照霊日……


 この禍々しい呪禁歌に合わせ、霹靂神はたたがみが歓喜の声をとどろかす。

 行雲こううんが赤い忌月を露にし、不穏な天模様で祝福する。

 神籟風しんらいふうが百匁蝋燭百八本を鬼火に変えて、蛍の如く乱舞させる。

 やがて幾数千にも分散し、屍へと吸いこまれて消えた蛍群。

 ほのかな燐光を放つ九屍に、闇の中で今、新たな命が灯った。
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