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左道四天王見参 《第五章》
其の四
しおりを挟む彼らは、毛皮を敷きつめた広間の中央で、盛大な宴を開き、酒池肉林を体現していた。
当然ながら、色香も忘れてはいない。美酒に酔い、美食に舌鼓を打ち、美女を抱く。
人目もはばからず淫虐行為をなし、嗤っている顔役どもは、すでにでき上がっていた。部屋全体に漂う、甘ったるい香気……方々に置かれた青磁の香炉から、紫煙が立ち昇っている。
多分、麻薬の一種だろう。興味津々の四悪党と、目のやり場に窮していた匝峻も、段々といい気分になって来た。けれど、相手はあくまで『薩唾蓋迷宮』を仕切る顔役……ちょっとでも、下手な真似をすれば、どんな非道い目に遭わされるか、判ったものではない。
ここは、慎重にいかなければ……ところが!
「そうそうたるメンツですな。いささか気後れしますわい」と、口でこそ畏まったことを云っているが、実際の態度は真逆で、堂々と頭目の前に胡坐をかき、瓢箪酒を呑み始める豪胆な杏瑚であった。無論、他の三人も、遠慮など一切しない。
さっさと酒宴に納まり、料理に手を出す始末。
一人、匝峻だけが、頭目のウラジに礼を尽くし、穏やかな口調で説明した。
「まずは突然の訪問にて、非礼をお許しください。実はこの御仁たち、我らの怨敵【百鬼討伐隊】小隊長《鬼燻べの鍾弦》を、抹殺すると確約してくださいました。その代わりに、ここへ逃げこんだ、ある男女を探し出して欲しいとのこと。お願いできますでしょうか?」
丁寧な口調で、互いの利益になる最善策を、提示する匝峻であった。
ウラジは、遊女を両脇にはべらせ、絶えず酒杯をあおりながら、安易に承諾した。
「是非もない。それで、その男女とは?」
匝峻に目で合図され、今度は杏瑚が口を開いた。
「一人は百鬼討伐隊の元副長で、今は鬼憑き罪人《雁木紋の恣拿耶》という。【手根刀】禍力の恐ろしい使い手じゃ。もう一人は【巫丁族】の娘で《三日月》という。別名《黄泉月巫女》なる、それは美しい手弱女じゃ。彼奴らは多分、この『薩唾蓋迷宮』に隠棲する、高名な武術家の庵へ向かったはずなんじゃが……どなたさんか、心当たりはないか喃?」
「高名な武術家ねぇ……」
すると顔役どもは銘々思案を廻らせていたが、すぐに〝ある男〟の存在に思い当たった。
「御頭、もしや……あいつじゃないですかい?」
「啊、あの白髪まじりの、オジサマね? しぶくて、格好いいのよねぇ」
「確か、【鸛散大老派】の師範だったとかいう……《楊漣》だな?」
「けど、あいつなら……もうとっくに」
云いかけて、意味深に言葉をにごした女衒ザクへ、栄碩が詰め寄った。
「楊漣……そいつ、死んだのか?」
代わって、博徒ワクラバが、何故か歯切れの悪い返答をする。
「いや……死んだってワケじゃ……けど、まぁ、死んだようなモンか」
その隣で、脇息にもたれかかった老爺オンジィが、アクビしながらつぶやいた。
「そうじゃな。病身で、『苦界島』へ送られたんでは、生きていられまい」
「苦界島?」
なにやら曰くありげな地名だ。《左道四天王》は俄然、興味をそそられた。
しかし、顔役に対する四悪党の大柄な態度に、機嫌を損ねていた剣客イナサは、今まで抱いていた遊女を乱暴に突き飛ばし、彼らに気をもませようと、辛辣な語気で云いそえた。
「その男女も、苦界島と聞けば、あきらめるだろうぜ。あそこは片道切符の地獄だからな。お前らも、あきらめた方が身のためだぜ。大体こんな奴らに頼まなくたって、鍾弦なんざ、この俺が仕留めて殺るのに……御頭、今からでも遅くねぇ。取り引きは、なしにしようぜ」
けれど、彼のセリフなど、すでに四悪党は、まったく聞いていなかった。
「ほぅ……そんな場所があるとは、初耳じゃ喃」
「へぇ……杏瑚でも、知らないことがあるんだね」
「まぁ……こいつの場合、どこまで本当か判らんがな」
「ふぅ……また、面白ぇことになって来やがったぜ」
悪逆にゆがめた互いの顔を見合わせては、ニヤリと北叟笑む四天王。これに、いよいよムカっ腹を立てたイナサが、すかさず喰いつこうとした刹那、頭目ウラジに手で制された。
「まぁ、急くな。お愉しみは、これからだぞ」
なにを企んでいるのか、こちらも悪逆に含み嗤い、小声でイナサの耳元にささやいた。
それからウラジは、あくどい笑みを消し、大らかな態度で、四悪党にこう持ちかけた。
「時に女はどうだ? ここのは皆、別嬪ぞろいだぞ」と、周囲の遊女連を指し示すウラジ。
「いや、遠慮しておこう。病気が怖いから喃」と、やんわりながらも慇懃無礼に断る杏瑚。
「では、博打はどうだ? 但し、イカサマなしでな」と、攻め方を変えて打診するウラジ。
「それは妙案じゃ喃。早速やろう。なにを賭けるね?」と、即決し豪放磊落に応じる杏瑚。
「無論、こちらが欲しいのは、お前たちの首四つだ」と、急に閻魔顔を引きしめるウラジ。
「それじゃあ、儂らは『苦界島』への切符をもらおうか」と、相変わらず恵比須顔の杏瑚。
途端に顔役九人は、声をそろえて笑い出した。
だがなんにしても、これで話はまとまった。
実に安直だが、こうして顔役と四天王による、命懸けの【八角賭博】が幕を開けたのだ。
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