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『其の弐拾参』(最終話)
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同年同月の夜、首都天凱府の中枢機関【劫初内】で、神祇大臣《聖戒王》が急死した。
死因は心臓発作だったが、一部の目撃者の話によれば、聖戒王が凄まじい劇症を起こす直前、東方の空から突然、飛来した赤黒い蛍火が、彼の胸に吸いこまれるのを、確かに見たという。なにしろ、宮廷の中でも殊更に警護の厳しい『主基殿』は、天帝廟における、会合の席での出来事だったゆえ、【劫初内】は上を下への大混乱となった。国家の礎《五王太傳》の一人、神祇大臣が奇怪な死を遂げたのである。騒然となるのは当たり前だろう。
しかし、これをきっかけに、事態は思わぬ方向へ進み出した。
天下の悪法『百鬼狩り令』を強硬に推し進める、急先鋒であった聖戒王が、異様な死に方をしたせいで、【降魔外道】や〝鬼憑き罪人〟への弾圧が、急激に弱まり始めたのだ。
神祇府高官の中にも、元々『百鬼狩り令』の卑劣で残忍なやり方に対し、懐疑的、反発的だった者はいた。その中から、聖戒王の死を〝降魔教信者の祟り〟ではないか……あるいは、聖戒王が放逐した一人娘《娜月姫》の、恨みによるものではないかと恐れ、及び腰になる者が続出したからだ。そうした風潮は、たちまち神祇府中に広まり、さらには【劫初内】全体に広がり、ついには御府内を経て四方州へまで伝播した。
そうして、あっと云う間に住劫楽土を席巻し、あちこちで悪法反対を訴える、一揆や暴動の火種となったわけだ。
結局、民草の反乱を持てあました神祇府は、二年後……到頭、『百鬼狩り令』を廃止し、護国団の一部も解散となった。
この際、真っ先に槍玉に揚げられたのは、無論……【抹香宗僧兵団】の三十三衆派であった。当然のことながら、荒法師どもが犯した悪行の数々は露見して、余人の知るところとなり、『調伏方』を含む多くの神逆者が厳罰に処された。
また、護国団筆頭【百鬼討伐隊】も例にもれず、半減されたが、《汪蕉允》率いる『諡火の第三小隊』は、日頃の功績が認められ、存続される側に割り振られた。
ところが蕉允自身は、何故かこれを望まず……部下たちの、次なる士官先を見つくろったあと、早期脱退。
三十半ばという若さで隠遁生活に入り、山奥の草庵で物書きを生業とし、静かに暮らし始めた。実はこの物語も、そんな蕉允が晩年まで推敲し、関わり続けた作品のひとつである。
ゆえに《舎利焼べの雲嶺火》が、その後どうなったかも含めて、真偽のほどは判らない。
ただ、蕉允は、時折訪れる昔馴染みに対し、何度かもらしたことがある。
これは確かに、真実の物語なのだ、と――。
『終』
死因は心臓発作だったが、一部の目撃者の話によれば、聖戒王が凄まじい劇症を起こす直前、東方の空から突然、飛来した赤黒い蛍火が、彼の胸に吸いこまれるのを、確かに見たという。なにしろ、宮廷の中でも殊更に警護の厳しい『主基殿』は、天帝廟における、会合の席での出来事だったゆえ、【劫初内】は上を下への大混乱となった。国家の礎《五王太傳》の一人、神祇大臣が奇怪な死を遂げたのである。騒然となるのは当たり前だろう。
しかし、これをきっかけに、事態は思わぬ方向へ進み出した。
天下の悪法『百鬼狩り令』を強硬に推し進める、急先鋒であった聖戒王が、異様な死に方をしたせいで、【降魔外道】や〝鬼憑き罪人〟への弾圧が、急激に弱まり始めたのだ。
神祇府高官の中にも、元々『百鬼狩り令』の卑劣で残忍なやり方に対し、懐疑的、反発的だった者はいた。その中から、聖戒王の死を〝降魔教信者の祟り〟ではないか……あるいは、聖戒王が放逐した一人娘《娜月姫》の、恨みによるものではないかと恐れ、及び腰になる者が続出したからだ。そうした風潮は、たちまち神祇府中に広まり、さらには【劫初内】全体に広がり、ついには御府内を経て四方州へまで伝播した。
そうして、あっと云う間に住劫楽土を席巻し、あちこちで悪法反対を訴える、一揆や暴動の火種となったわけだ。
結局、民草の反乱を持てあました神祇府は、二年後……到頭、『百鬼狩り令』を廃止し、護国団の一部も解散となった。
この際、真っ先に槍玉に揚げられたのは、無論……【抹香宗僧兵団】の三十三衆派であった。当然のことながら、荒法師どもが犯した悪行の数々は露見して、余人の知るところとなり、『調伏方』を含む多くの神逆者が厳罰に処された。
また、護国団筆頭【百鬼討伐隊】も例にもれず、半減されたが、《汪蕉允》率いる『諡火の第三小隊』は、日頃の功績が認められ、存続される側に割り振られた。
ところが蕉允自身は、何故かこれを望まず……部下たちの、次なる士官先を見つくろったあと、早期脱退。
三十半ばという若さで隠遁生活に入り、山奥の草庵で物書きを生業とし、静かに暮らし始めた。実はこの物語も、そんな蕉允が晩年まで推敲し、関わり続けた作品のひとつである。
ゆえに《舎利焼べの雲嶺火》が、その後どうなったかも含めて、真偽のほどは判らない。
ただ、蕉允は、時折訪れる昔馴染みに対し、何度かもらしたことがある。
これは確かに、真実の物語なのだ、と――。
『終』
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