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『其の拾四』

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――こうして俺たちは、たった一日で、己の命を賭けた最終判断を、下さなければならなくなった。哈哈ハハ……あれほど結束の固かった【雷鳴レイション】が、娜月なつきの処遇を廻って、完全に二分されちまったのさ。まさに、敵方の思う壺だよな……【抹香宗僧兵団まっこうしゅうそうへいだん】……鬼畜以下の、卑劣漢どもめ! おっと、副長さん! そう怒るなっての……同じ護国団だからって、あんな奴らの肩を持つなよな! 奴らに比べたら、【百鬼討伐隊ひゃっきとうばつたい】のお歴々なんぞ、可愛いモン……くっ! いや……比べられるのも不愉快だよな、隊長さん。それに云い方もよくなかった。別に、あんたたちを、侮ったワケじゃねぇんだ。ついつい口が過ぎたぜ、すまねぇ……謝るからさ、そう容易たやすく手を挙げねぇでくれや。傷に響くぜ……まぁ、とにかく、先を続けるよ。【降魔十二道士ごうまじゅうにどうし】の陥落を知った娜月は、自責の念から、どんどん自分を追いつめていくし、幻麼げんま丹慙坊たんざんぼうは、娜月を人身御供にしようと云い出すし、下下八げげはちは自暴自棄になり、娜月を殺そうと画策するし、常に冷静な牙奄斎がえんさいまでもが、あの時ばかりは焦ってたな。要するに【黄泉離宮こうせんりきゅう】の内情は、大きな火種をかかえ、一触即発だったんだ――


「一体、どうする心算つもりじゃ、御頭!」
 社殿内部に場所を移し、始まった会議。最初に口を開いたのは、丹慙坊だった。
「どうするもこうするも、先刻申し上げた通りです。死ぬまで、戦い抜くしかありません」
 牙奄斎の返答に、幻麼はイラ立った。
おい、ふざけるなってぇの! ようやく治安部隊や護国団の包囲網から、逃げて来られたってのによぅ! こんなところで命を落とすなんざぁ、ワイは真っ平御免こうむるねぇ!」
「幻麼の云う通りだぜ! ハナから【抹香宗】の狙いは、姫さんだけ! 彼女さえ差し出しゃあ、見逃してくれるってんだから、その案に乗っかろうぜ! それが最善策だろう!」
 下下八は二つの手斧ちょうなを研ぎ合わせ、娜月姫のいる奥の院へ向かおうとする。
 自慢の愛器で、彼女の首を刎ねる心算だろう。
「待て! 勝手は許さねぇぞ、下下八! 娜月にはなんの罪もねぇだろ! それに娜月を差し出したところで……今更、俺たちの命が保障されるワケねぇじゃねぇか! どうせ俺たちを皆殺しにしなきゃあ、奴らの気は収まらねぇんだ! 抹香宗の口車に乗せられるな!」
 雲嶺火うねびが、血気さかんな卑族ひぞく青年の往く手をさえぎり、立ちはだかった。
 牙奄斎が、そんな頭目の心裏に気づき、すかさず助勢する。
「御頭の云う通りですよ。まずは、かくなった所以ゆえん、降魔十二道士との宿縁、抹香宗との因縁など……隠された真実を彼女の口から、つまびらかに聞いてみることと致しましょう」
 頭目雲嶺火の熱意と、天才軍師の働きかけで、丹慙坊、幻麼、下下八は不承不承、折れた。
 娜月姫は一人、奥の院にいる。盗賊どもは連れ立って、そこへ向かった。
「それにしても、酷い荒らされようだな」
「ああ、まるで盗賊に襲われたあとみたいだぜ」
莫迦ばか。盗賊は俺たちだろう」
「どうやら……先客がいたようですね。そして彼奴きゃつらが、聖水入りの徳利とっくりを持ち去った」
 社殿内部は、メチャクチャに引っかき回され、御簾みす几帳きちょうは斬り裂かれ、瓶子へいしや酒器の破片が散乱し、足の踏み場もなかった。果ては御神体画ごしんたいがや経巻、厨子ずしまでが被害にあっていた。
 奥の院へ向かう回廊で、各部屋をのぞき検分しながら、男たちは大きなため息をついた。
 だが……突然、雲嶺火の顔色が変わった。なにやら危急を察知したらしい。
 手下どもに先んじ、慌ただしく走り出した。
「どうしたんじゃ、御頭!」
おい、待ってくれよ!」
「なんだってんだ、一体!」
「まさか……姫君!」
 牙奄斎も気づき、雲嶺火のあとを追う。奥の院は、何故か分厚い板唐戸いたからどで、きっちり閉ざされている。それを蹴破る勢いで、内陣へ入った雲嶺火たちは、とんでもない光景を目撃、仰天した。娜月姫は、そこで今まさに、自害を図らんとしていたのだ。逸早く駆け寄った雲嶺火は、赤毛を逆立て、怒り心頭で、彼女が己の咽に当てがった懐剣を、叩き落とした。
「娜月! 莫迦な真似はするな!」
 物凄い剣幕で怒鳴る雲嶺火を、鬼面姫はハラハラと泪を流しながら、キッと睨み返した。
「何故、邪魔するのです! 私さえ死ねば、皆は自由になれるのに……お願いだから死なせてください、雲嶺火! さもなくば、私は……十二道士の御霊みたまにも、申しわけが立たない!」
「やめろ、娜月! これ以上、自分を責めるのはよせ! 抹香宗の下らねぇ云い分になど、耳を貸すな! 皆も、俺の話をよく聞いとけよ! たとえ奴らの口車に乗って、娜月の首を差し出したところで、俺たちが皆殺しにされるのは、決まりきってることだろ! 俺たちに残された道は……生き延びる術は、ここで一丸となって、戦い抜くこと以外にねぇんだ! 十二道士のことも、あんたのせいじゃねぇ! 奴らは最早、単なる空蝉うつせみ……抹香宗の傀儡兵かいらいへいにすぎないんだからな! 奴らの成仏を心から願うなら、奴らの仇を討ちたいと真から思うなら、その刃を向けるべきは、抹香宗のクソ坊主どもじゃねぇのかい! あんたがここで無駄死にしたら、十二道士は……それこそ死んでも死にきれねぇぞ! ちがうか、娜月!」と、雲嶺火に両肩をつかまれ、激しく揺さぶられ、娜月姫は嗚咽をもらした。
 緋幣族ひぬさぞくの赤毛盗賊が見せた、強く、優しい至心に、娜月姫は胸を打たれたのだ。
「雲嶺火も、皆も……どうか、私を許しておくれ! 私が皆を、この地獄へ巻きこんでしまった! 私が遼玄りょうげんに、そなたたちを雇う、などと云わなければ……こんなことには……」
「姫君……それ以上は云うに及びません。元より我らが勝手に押しかけて、あなたの傍にいることを望んだのです。結局は、自分たちでまいた種なのです。今更、あなたに恨みごとなど申しません」と、牙奄斎も、泣きじゃくる娜月姫をかばい、慰めてくれる。そんな三人の様子を見て、幻麼、丹慙坊、下下八の心境にも、変化が生じ始めた。牙奄斎の云う通り、盗賊【雷鳴】はよこしまな復讐心をいだき、自ら娜月姫に近づいたのだ。降魔十二道士の猛反対も、なんのその。甘言を弄し、娜月姫の親切心につけ入ろうと画策したのは、彼らの方なのだ。
「本当に責められるべきは、頭目として、すべてを決したこの俺さ……そうだろう、皆」
 雲嶺火は、皆に聞こえぬほど弱々しい声音こわねで、そうつぶやいていた。
 牙奄斎だけが、雲嶺火の懊悩おうのうを感じ取り、沈黙を守ったまま項垂うなだれた。


 抹香宗僧兵団と【神籬森冥罰衆ひもろぎもりみょうばつしゅう】が、湖畔を去ってから一刻ほどのち。
 敵方が与えてくれた猶予を活用して、盗賊どもは総力を結集。
 思いつく限りの工夫を凝らし、【黄泉離宮】に、さまざまな罠や仕掛けを張り巡らせた。
 そも、【黄泉離宮】の造りは複雑で、せまい中洲に建つ本殿から、四方の湖上へ四つの釣殿つりどのがせり出している。本殿後ろには小さな奥の院が配置され、それらを鴬張うぐいすばりの回廊が取り囲んでいる。つまり、部屋数は全部で六つ。先乗りした抹香宗の手により、大分荒らされてはいたが、離宮そのものに痛みが少なかったのも幸いだった。そこで盗賊どもは、牙奄斎軍師の発案で、この複雑な造りを、最大限に活かす陽動作戦を立てた。
 まずは戸板で回廊欄干に頑丈な矢防やぶせを取りつけ、あちこちに刺さった抹香宗の尖矢とがりやは残らず回収した。
 壁板や仏像までけずり、水際に忍逆刺しのびがえしを設置、水中からの攻撃にも、万全の備えをほどこした。なにせ、命懸けの死闘が待っているのだ。突貫工事ながら、決して手は抜けない。
 五人は、己に課された作業を丹念に行った。しこうして仕上がった作戦の詳細は、追い追い明らかにするとして……この時、離宮を隅々まで調べた五人は、大いなる収穫も得た。
 奥の院真下に、小さな隠し部屋があり、その中から、火薬、油壷、縄、砲弾、応急薬品、わずかな保存食……そして、数多あまたの武器や防具が見つかったのだ。一緒に仕舞われていた古い文献によると、かつて【黄泉離宮】では、二度も禁忌の呪法を行ったという、謂われなき『神逆罪しんぎゃくざい』の嫌疑から、神祇府じんぎふ抹香宗との激しい攻防戦が、繰り広げられていたのだ。
 丁度、今の盗賊どもと同じ立場である。さらに、四方釣殿の扉や鎧戸よろいどには、あらかじめ鉄板が埋めこまれていることにも、盗賊どもは気づいた。これも多分、戦禍の爪痕だろう。
 その上……探索を続けた結果、東方『青竜殿せいりゅうでん』の床下に、一艘の小舟を発見した。
「渡りに船たぁ、まさにこのことだぜ。こいつぁ、いざって時に役立つな……よし!」
「だったら、御頭。今すぐこれに乗って、逃げちまった方が得なんじゃねぇのかい?」
「いえ、それはダメです。湖岸に人影は見えませんが、抹香宗の僧兵どもは、まだ森中にひそんでいるはず……そして我々の目が届かぬ場所で、こちらの動向を、じっとうかがっているはずです。とにかく、我々が逃げる猶予まで、与えてくれるわけはありませんからね。小舟でなど漕ぎ出そうものなら、あっと云う間に、矢衾やぶすまにされるのがオチですよ、下下八」
「牙奄斎の云う通りだぜ。周囲の森陰から、ヒシヒシと殺気立った視線を感じるんだ。見ろよ、俺の影を……〝可愛い奴ら〟が珍しくおびえてやがる。こりゃあ只事じゃねぇぞ」
 そう云われ、手下どもが御頭の足元に視線を落とす。すると確かに、雲嶺火の影は朱色に染まり、妖しくうごめいていた。まるで影だけが、小刻みに震えているかのようだ。
壊劫穢土えこうえど(地獄)】とつながった鬼道術師きどうじゅつし・雲嶺火の朱影しゅかげの中、二頭の使鬼《馬頭鬼めずき》と《牛頭鬼ごずき》が……あの獰猛どうもう凶悪な鬼畜が……恐怖するほど事態は切迫している、ということなのか。これには、強者ぞろいの手下四人も、さすがに寒胆かんたんせずにはいられなかった。
 娜月姫もかすかに震え、不安そうに雲嶺火の朱影を見つめている。
「さて……奴らの言葉が本当なら、まだ一戦交えるまでに時間がある。その前に、娜月。是非とも、聞かせてくれないか。あんたと聖戒王せいかいおう、抹香宗、そして降魔十二道士の関係を」
 雲嶺火に促され、娜月姫はうなずいた。
 そして、驚くべき真実を語り始めた。


「私は……神祇大臣《聖戒王》の娘です。父王ふおうは知っての通り、国教擁護に身命を捧げる役職上、【降魔教がまきょう】弾圧の急先鋒。しかし私は、父王の強引かつ乱暴なやり方に、常々疑問を感じておりました。そもそも【降魔教】とは、皆が云うほど悪逆な狂信者なのかと……神祇府に連行されて来る者たちを見て、思ったものです。彼らは一様に貧しく、日々の暮らしにも困窮している社会的な弱者ばかり。それが国教【真諦教しんたいきょう】ではなく、【降魔ごうま】の教義にこそ救いを見出し、心の潤いをもとめただけなのです。けれど神祇府は、それを認めませんでした。何故なら【降魔】の教義は、【真諦教】の矛盾と偏見をあぶり出す、新しくも神聖なものだったからです。さて、そんな折でした。遼玄が破戒し、【抹香宗僧兵団】を出奔したのは……そう、彼は元々神祇府の斎官さいかんだったのです。そして私の、幼い頃からの側近でもありました。彼を敬愛し、同調した孔雀太夫くじゃくだゆう涅槃居士ねはんこじたち十一人も、同じく神祇府から姿を消しました。降魔教信者を取調べる内、彼らの純粋な信仰心に感化された十二人は、天帝てんていの尊名を笠に着て、苛烈な弾圧行為を正当化する神祇府に、反感をいだくようになったのです。しこうして降魔教の洗礼を受け、神祇府に反旗をひるがえした十二人は、降魔教宗主から認められ、【降魔十二道士】と呼ばれるようになったのです。しかし、そんな裏切り者を、神祇府が許すはずがありません。降魔教信者への弾圧は、ますます過激なものとなり……ついには十二道士も捕らえられ、神祇府『天譴裁判てんけんさいばん』の評定庭ひょうじょうていに、引き出されました。父王はこの時、天譴裁判に私も同席させました。私の行動を監視する内、私が降魔教信者に対し、感じている同情や憐憫れんびんを、鋭く見抜いたからでした。そこで私が、どのような態度を見せるか、試したかったのでしょう。そんな中、十二道士への残虐な拷問が始まりました。最も反抗的だった遼玄は、顔を焼き潰され……それで、あのような悪相になってしまったのです。他の道士たちも、男女の別なく裸にされ、焼き火箸で全身殴打され……皆は知らないでしょうが、体中それはもう痛々しい傷だらけなのです。私は、とても見ていられず……気がつくと評定庭の真ん中に、十二道士の前に、飛び出していました。拷問を加える執行官たちを押しのけて、必死で十二道士をかばっていました。泣きながら父王に、彼らの助命嘆願をしていました。そんな私の行動に、父王は心底落胆した表情を見せました。あとで知ったことですが……神祇府高官の間で、私が己の身分を顧みず、真諦教より降魔教に重きを置いていると……悪評が立っていることを払拭するため、あえて私をあの場に立ち合わせたのです。私が平素、冷静な態度で、彼らの拷問を傍観していれば、神祇府高官たちの疑念も消え失せ、父王の威信に傷がつくこともないと……その思惑が覆されるや、父王は〝鬼〟となったのです。高官たちの手前、血縁の情愛も捨て、娘であっても断罪する……それが神祇大臣の地位を守るための、唯一の方法だったのです。そうして私は、十二道士と連座させられました。いえ、高官たちの強硬な意見を聞き入れて、父王は私に、最も過酷な罰を下したのです。それこそが、この鬼面の正体なのです。抹香宗筆頭『一如衆いちにょしゅう』の洸燕坊こうえんぼうが、処罰を執行しました。調伏ちょうぶくの呪法を用い、打ち出した鬼業きごうの面を、無理やり私の顔にかぶせたのです。つまり私は、聖戒王家の人間ではなく、穢れた〝鬼憑き罪人〟として、【降魔外道ごうまげどう】として刑場に引き出され、晒し者にされた挙句、斬罪されることとなったのです。降魔十二道士も、同日に同場所で刑執行と決まりました。ところが当日、思わぬ事態が起こったのです。処刑見物に来ていた市井しせいの民が……いえ、実は降魔の使徒が反乱を起こし、私と十二道士を救命してくれたのです。降魔教信者たちの多くは、その場で抹香宗に粛清され、命を落として逝きましたが、私と十二道士は、彼らの犠牲により、辛うじて天凱府てんがいふを脱出することができたのです……それからです。私と降魔十二道士が、神祇府や抹香宗の手を逃れて、各地を放浪するようになったのは……また、自分たちをかばったことで、斯様な鬼面をかぶせられた私を、十二道士は前以上に大切にあつかい、幾多の危険にも守ってくれました。とくに責任を感じた遼玄は、私の呪われた鬼面を外すべく、情報を集め、ついにその方法を見つけてくれました。それがここ【黄泉離宮】に隠された聖水でのみそぎです。けれど、その希望も断たれました。その上、十二道士に無残な死に方をさせてしまい……果ては抹香宗の手先として、忌まわしい《調伏方ちょうぶくがた》に復活させられただなんて……すべて私のせいです。私のせいで十二道士は落命し、死してなお、御霊を穢される破目に……私はこれから、どうすればいいのです……雲嶺火」


――娜月は、ずっと泣いてたよ……鬼面の眼窩がんかから、ポロポロと大粒の泪をこぼしてなぁ。自分を責め続けたんだ。それほど、十二道士との絆は、深くて強いものだったんだろうよ。彼女のつらい過去、その告白を聞き終えた俺たち五人は、次第に元の【雷鳴】に戻っていったんだ……つまり、ようやく心がひとつになったのさ。俺たちは、その時、はっきりと決意したよ。最初の……出逢いの晩、神籬森の仏舎利塔ぶっしゃりとうで、一度は彼女のために『死んでもいい』と、思えた気持ちが、俺たち全員の中で再燃したってワケさ。元より、彼女の助けがなければ、あの晩、あそこで死んでたはずの俺たちだ。幻麼も、丹慙坊も、下下八も、もう彼女を見捨てようとはしなかった。そして運命の翌昼。ついに決戦の時がやって来た……え? 勿論、勝ったんだろって? 俺が今、ここにこうしているから? 哈哈ハハ……そう簡単に一言で、片づけられるような状況じゃなかったぜ、隊長さん。【黄泉離宮】は、まさに修羅場……いや、地獄だったよ。さてと……【百鬼討伐隊】の官兵さんがた……俺の与太話に、長々とつき合ってもらって、悪かったねぇ。次は、いよいよ大詰め……終幕について語るぜ――
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