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『其の拾四』
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――こうして俺たちは、たった一日で、己の命を賭けた最終判断を、下さなければならなくなった。哈哈……あれほど結束の固かった【雷鳴】が、娜月の処遇を廻って、完全に二分されちまったのさ。まさに、敵方の思う壺だよな……【抹香宗僧兵団】……鬼畜以下の、卑劣漢どもめ! おっと、副長さん! そう怒るなっての……同じ護国団だからって、あんな奴らの肩を持つなよな! 奴らに比べたら、【百鬼討伐隊】のお歴々なんぞ、可愛いモン……くっ! いや……比べられるのも不愉快だよな、隊長さん。それに云い方もよくなかった。別に、あんたたちを、侮ったワケじゃねぇんだ。ついつい口が過ぎたぜ、すまねぇ……謝るからさ、そう容易く手を挙げねぇでくれや。傷に響くぜ……まぁ、とにかく、先を続けるよ。【降魔十二道士】の陥落を知った娜月は、自責の念から、どんどん自分を追いつめていくし、幻麼と丹慙坊は、娜月を人身御供にしようと云い出すし、下下八は自暴自棄になり、娜月を殺そうと画策するし、常に冷静な牙奄斎までもが、あの時ばかりは焦ってたな。要するに【黄泉離宮】の内情は、大きな火種をかかえ、一触即発だったんだ――
「一体、どうする心算じゃ、御頭!」
社殿内部に場所を移し、始まった会議。最初に口を開いたのは、丹慙坊だった。
「どうするもこうするも、先刻申し上げた通りです。死ぬまで、戦い抜くしかありません」
牙奄斎の返答に、幻麼はイラ立った。
「喂、ふざけるなってぇの! ようやく治安部隊や護国団の包囲網から、逃げて来られたってのによぅ! こんなところで命を落とすなんざぁ、ワイは真っ平御免こうむるねぇ!」
「幻麼の云う通りだぜ! ハナから【抹香宗】の狙いは、姫さんだけ! 彼女さえ差し出しゃあ、見逃してくれるってんだから、その案に乗っかろうぜ! それが最善策だろう!」
下下八は二つの投げ手斧を研ぎ合わせ、娜月姫のいる奥の院へ向かおうとする。
自慢の愛器で、彼女の首を刎ねる心算だろう。
「待て! 勝手は許さねぇぞ、下下八! 娜月にはなんの罪もねぇだろ! それに娜月を差し出したところで……今更、俺たちの命が保障されるワケねぇじゃねぇか! どうせ俺たちを皆殺しにしなきゃあ、奴らの気は収まらねぇんだ! 抹香宗の口車に乗せられるな!」
雲嶺火が、血気さかんな卑族青年の往く手をさえぎり、立ちはだかった。
牙奄斎が、そんな頭目の心裏に気づき、すかさず助勢する。
「御頭の云う通りですよ。まずは、かくなった所以、降魔十二道士との宿縁、抹香宗との因縁など……隠された真実を彼女の口から、つまびらかに聞いてみることと致しましょう」
頭目雲嶺火の熱意と、天才軍師の働きかけで、丹慙坊、幻麼、下下八は不承不承、折れた。
娜月姫は一人、奥の院にいる。盗賊どもは連れ立って、そこへ向かった。
「それにしても、酷い荒らされようだな」
「ああ、まるで盗賊に襲われたあとみたいだぜ」
「莫迦。盗賊は俺たちだろう」
「どうやら……先客がいたようですね。そして彼奴らが、聖水入りの徳利を持ち去った」
社殿内部は、メチャクチャに引っかき回され、御簾や几帳は斬り裂かれ、瓶子や酒器の破片が散乱し、足の踏み場もなかった。果ては御神体画や経巻、厨子までが被害にあっていた。
奥の院へ向かう回廊で、各部屋をのぞき検分しながら、男たちは大きなため息をついた。
だが……突然、雲嶺火の顔色が変わった。なにやら危急を察知したらしい。
手下どもに先んじ、慌ただしく走り出した。
「どうしたんじゃ、御頭!」
「喂、待ってくれよ!」
「なんだってんだ、一体!」
「まさか……姫君!」
牙奄斎も気づき、雲嶺火のあとを追う。奥の院は、何故か分厚い板唐戸で、きっちり閉ざされている。それを蹴破る勢いで、内陣へ入った雲嶺火たちは、とんでもない光景を目撃、仰天した。娜月姫は、そこで今まさに、自害を図らんとしていたのだ。逸早く駆け寄った雲嶺火は、赤毛を逆立て、怒り心頭で、彼女が己の咽に当てがった懐剣を、叩き落とした。
「娜月! 莫迦な真似はするな!」
物凄い剣幕で怒鳴る雲嶺火を、鬼面姫はハラハラと泪を流しながら、キッと睨み返した。
「何故、邪魔するのです! 私さえ死ねば、皆は自由になれるのに……お願いだから死なせてください、雲嶺火! さもなくば、私は……十二道士の御霊にも、申しわけが立たない!」
「やめろ、娜月! これ以上、自分を責めるのはよせ! 抹香宗の下らねぇ云い分になど、耳を貸すな! 皆も、俺の話をよく聞いとけよ! たとえ奴らの口車に乗って、娜月の首を差し出したところで、俺たちが皆殺しにされるのは、決まりきってることだろ! 俺たちに残された道は……生き延びる術は、ここで一丸となって、戦い抜くこと以外にねぇんだ! 十二道士のことも、あんたのせいじゃねぇ! 奴らは最早、単なる空蝉……抹香宗の傀儡兵にすぎないんだからな! 奴らの成仏を心から願うなら、奴らの仇を討ちたいと真から思うなら、その刃を向けるべきは、抹香宗のクソ坊主どもじゃねぇのかい! あんたがここで無駄死にしたら、十二道士は……それこそ死んでも死にきれねぇぞ! ちがうか、娜月!」と、雲嶺火に両肩をつかまれ、激しく揺さぶられ、娜月姫は嗚咽をもらした。
緋幣族の赤毛盗賊が見せた、強く、優しい至心に、娜月姫は胸を打たれたのだ。
「雲嶺火も、皆も……どうか、私を許しておくれ! 私が皆を、この地獄へ巻きこんでしまった! 私が遼玄に、そなたたちを雇う、などと云わなければ……こんなことには……」
「姫君……それ以上は云うに及びません。元より我らが勝手に押しかけて、あなたの傍にいることを望んだのです。結局は、自分たちでまいた種なのです。今更、あなたに恨みごとなど申しません」と、牙奄斎も、泣きじゃくる娜月姫をかばい、慰めてくれる。そんな三人の様子を見て、幻麼、丹慙坊、下下八の心境にも、変化が生じ始めた。牙奄斎の云う通り、盗賊【雷鳴】は邪な復讐心をいだき、自ら娜月姫に近づいたのだ。降魔十二道士の猛反対も、なんのその。甘言を弄し、娜月姫の親切心につけ入ろうと画策したのは、彼らの方なのだ。
「本当に責められるべきは、頭目として、すべてを決したこの俺さ……そうだろう、皆」
雲嶺火は、皆に聞こえぬほど弱々しい声音で、そうつぶやいていた。
牙奄斎だけが、雲嶺火の懊悩を感じ取り、沈黙を守ったまま項垂れた。
抹香宗僧兵団と【神籬森冥罰衆】が、湖畔を去ってから一刻ほどのち。
敵方が与えてくれた猶予を活用して、盗賊どもは総力を結集。
思いつく限りの工夫を凝らし、【黄泉離宮】に、さまざまな罠や仕掛けを張り巡らせた。
そも、【黄泉離宮】の造りは複雑で、せまい中洲に建つ本殿から、四方の湖上へ四つの釣殿がせり出している。本殿後ろには小さな奥の院が配置され、それらを鴬張りの回廊が取り囲んでいる。つまり、部屋数は全部で六つ。先乗りした抹香宗の手により、大分荒らされてはいたが、離宮そのものに痛みが少なかったのも幸いだった。そこで盗賊どもは、牙奄斎軍師の発案で、この複雑な造りを、最大限に活かす陽動作戦を立てた。
まずは戸板で回廊欄干に頑丈な矢防を取りつけ、あちこちに刺さった抹香宗の尖矢は残らず回収した。
壁板や仏像までけずり、水際に忍逆刺を設置、水中からの攻撃にも、万全の備えをほどこした。なにせ、命懸けの死闘が待っているのだ。突貫工事ながら、決して手は抜けない。
五人は、己に課された作業を丹念に行った。しこうして仕上がった作戦の詳細は、追い追い明らかにするとして……この時、離宮を隅々まで調べた五人は、大いなる収穫も得た。
奥の院真下に、小さな隠し部屋があり、その中から、火薬、油壷、縄、砲弾、応急薬品、わずかな保存食……そして、数多の武器や防具が見つかったのだ。一緒に仕舞われていた古い文献によると、かつて【黄泉離宮】では、二度も禁忌の呪法を行ったという、謂われなき『神逆罪』の嫌疑から、神祇府抹香宗との激しい攻防戦が、繰り広げられていたのだ。
丁度、今の盗賊どもと同じ立場である。さらに、四方釣殿の扉や鎧戸には、あらかじめ鉄板が埋めこまれていることにも、盗賊どもは気づいた。これも多分、戦禍の爪痕だろう。
その上……探索を続けた結果、東方『青竜殿』の床下に、一艘の小舟を発見した。
「渡りに船たぁ、まさにこのことだぜ。こいつぁ、いざって時に役立つな……よし!」
「だったら、御頭。今すぐこれに乗って、逃げちまった方が得なんじゃねぇのかい?」
「いえ、それはダメです。湖岸に人影は見えませんが、抹香宗の僧兵どもは、まだ森中にひそんでいるはず……そして我々の目が届かぬ場所で、こちらの動向を、じっとうかがっているはずです。とにかく、我々が逃げる猶予まで、与えてくれるわけはありませんからね。小舟でなど漕ぎ出そうものなら、あっと云う間に、矢衾にされるのがオチですよ、下下八」
「牙奄斎の云う通りだぜ。周囲の森陰から、ヒシヒシと殺気立った視線を感じるんだ。見ろよ、俺の影を……〝可愛い奴ら〟が珍しくおびえてやがる。こりゃあ只事じゃねぇぞ」
そう云われ、手下どもが御頭の足元に視線を落とす。すると確かに、雲嶺火の影は朱色に染まり、妖しくうごめいていた。まるで影だけが、小刻みに震えているかのようだ。
【壊劫穢土(地獄)】とつながった鬼道術師・雲嶺火の朱影の中、二頭の使鬼《馬頭鬼》と《牛頭鬼》が……あの獰猛凶悪な鬼畜が……恐怖するほど事態は切迫している、ということなのか。これには、強者ぞろいの手下四人も、さすがに寒胆せずにはいられなかった。
娜月姫もかすかに震え、不安そうに雲嶺火の朱影を見つめている。
「さて……奴らの言葉が本当なら、まだ一戦交えるまでに時間がある。その前に、娜月。是非とも、聞かせてくれないか。あんたと聖戒王、抹香宗、そして降魔十二道士の関係を」
雲嶺火に促され、娜月姫はうなずいた。
そして、驚くべき真実を語り始めた。
「私は……神祇大臣《聖戒王》の娘です。父王は知っての通り、国教擁護に身命を捧げる役職上、【降魔教】弾圧の急先鋒。しかし私は、父王の強引かつ乱暴なやり方に、常々疑問を感じておりました。そもそも【降魔教】とは、皆が云うほど悪逆な狂信者なのかと……神祇府に連行されて来る者たちを見て、思ったものです。彼らは一様に貧しく、日々の暮らしにも困窮している社会的な弱者ばかり。それが国教【真諦教】ではなく、【降魔】の教義にこそ救いを見出し、心の潤いをもとめただけなのです。けれど神祇府は、それを認めませんでした。何故なら【降魔】の教義は、【真諦教】の矛盾と偏見をあぶり出す、新しくも神聖なものだったからです。さて、そんな折でした。遼玄が破戒し、【抹香宗僧兵団】を出奔したのは……そう、彼は元々神祇府の斎官だったのです。そして私の、幼い頃からの側近でもありました。彼を敬愛し、同調した孔雀太夫や涅槃居士たち十一人も、同じく神祇府から姿を消しました。降魔教信者を取調べる内、彼らの純粋な信仰心に感化された十二人は、天帝の尊名を笠に着て、苛烈な弾圧行為を正当化する神祇府に、反感をいだくようになったのです。しこうして降魔教の洗礼を受け、神祇府に反旗をひるがえした十二人は、降魔教宗主から認められ、【降魔十二道士】と呼ばれるようになったのです。しかし、そんな裏切り者を、神祇府が許すはずがありません。降魔教信者への弾圧は、ますます過激なものとなり……ついには十二道士も捕らえられ、神祇府『天譴裁判』の評定庭に、引き出されました。父王はこの時、天譴裁判に私も同席させました。私の行動を監視する内、私が降魔教信者に対し、感じている同情や憐憫を、鋭く見抜いたからでした。そこで私が、どのような態度を見せるか、試したかったのでしょう。そんな中、十二道士への残虐な拷問が始まりました。最も反抗的だった遼玄は、顔を焼き潰され……それで、あのような悪相になってしまったのです。他の道士たちも、男女の別なく裸にされ、焼き火箸で全身殴打され……皆は知らないでしょうが、体中それはもう痛々しい傷だらけなのです。私は、とても見ていられず……気がつくと評定庭の真ん中に、十二道士の前に、飛び出していました。拷問を加える執行官たちを押しのけて、必死で十二道士をかばっていました。泣きながら父王に、彼らの助命嘆願をしていました。そんな私の行動に、父王は心底落胆した表情を見せました。あとで知ったことですが……神祇府高官の間で、私が己の身分を顧みず、真諦教より降魔教に重きを置いていると……悪評が立っていることを払拭するため、あえて私をあの場に立ち合わせたのです。私が平素、冷静な態度で、彼らの拷問を傍観していれば、神祇府高官たちの疑念も消え失せ、父王の威信に傷がつくこともないと……その思惑が覆されるや、父王は〝鬼〟となったのです。高官たちの手前、血縁の情愛も捨て、娘であっても断罪する……それが神祇大臣の地位を守るための、唯一の方法だったのです。そうして私は、十二道士と連座させられました。いえ、高官たちの強硬な意見を聞き入れて、父王は私に、最も過酷な罰を下したのです。それこそが、この鬼面の正体なのです。抹香宗筆頭『一如衆』の洸燕坊が、処罰を執行しました。調伏の呪法を用い、打ち出した鬼業の面を、無理やり私の顔にかぶせたのです。つまり私は、聖戒王家の人間ではなく、穢れた〝鬼憑き罪人〟として、【降魔外道】として刑場に引き出され、晒し者にされた挙句、斬罪されることとなったのです。降魔十二道士も、同日に同場所で刑執行と決まりました。ところが当日、思わぬ事態が起こったのです。処刑見物に来ていた市井の民が……いえ、実は降魔の使徒が反乱を起こし、私と十二道士を救命してくれたのです。降魔教信者たちの多くは、その場で抹香宗に粛清され、命を落として逝きましたが、私と十二道士は、彼らの犠牲により、辛うじて天凱府を脱出することができたのです……それからです。私と降魔十二道士が、神祇府や抹香宗の手を逃れて、各地を放浪するようになったのは……また、自分たちをかばったことで、斯様な鬼面をかぶせられた私を、十二道士は前以上に大切にあつかい、幾多の危険にも守ってくれました。とくに責任を感じた遼玄は、私の呪われた鬼面を外すべく、情報を集め、ついにその方法を見つけてくれました。それがここ【黄泉離宮】に隠された聖水での禊です。けれど、その希望も断たれました。その上、十二道士に無残な死に方をさせてしまい……果ては抹香宗の手先として、忌まわしい《調伏方》に復活させられただなんて……すべて私のせいです。私のせいで十二道士は落命し、死してなお、御霊を穢される破目に……私はこれから、どうすればいいのです……雲嶺火」
――娜月は、ずっと泣いてたよ……鬼面の眼窩から、ポロポロと大粒の泪をこぼしてなぁ。自分を責め続けたんだ。それほど、十二道士との絆は、深くて強いものだったんだろうよ。彼女のつらい過去、その告白を聞き終えた俺たち五人は、次第に元の【雷鳴】に戻っていったんだ……つまり、ようやく心がひとつになったのさ。俺たちは、その時、はっきりと決意したよ。最初の……出逢いの晩、神籬森の仏舎利塔で、一度は彼女のために『死んでもいい』と、思えた気持ちが、俺たち全員の中で再燃したってワケさ。元より、彼女の助けがなければ、あの晩、あそこで死んでたはずの俺たちだ。幻麼も、丹慙坊も、下下八も、もう彼女を見捨てようとはしなかった。そして運命の翌昼。ついに決戦の時がやって来た……え? 勿論、勝ったんだろって? 俺が今、ここにこうしているから? 哈哈……そう簡単に一言で、片づけられるような状況じゃなかったぜ、隊長さん。【黄泉離宮】は、まさに修羅場……いや、地獄だったよ。さてと……【百鬼討伐隊】の官兵さんがた……俺の与太話に、長々とつき合ってもらって、悪かったねぇ。次は、いよいよ大詰め……終幕について語るぜ――
「一体、どうする心算じゃ、御頭!」
社殿内部に場所を移し、始まった会議。最初に口を開いたのは、丹慙坊だった。
「どうするもこうするも、先刻申し上げた通りです。死ぬまで、戦い抜くしかありません」
牙奄斎の返答に、幻麼はイラ立った。
「喂、ふざけるなってぇの! ようやく治安部隊や護国団の包囲網から、逃げて来られたってのによぅ! こんなところで命を落とすなんざぁ、ワイは真っ平御免こうむるねぇ!」
「幻麼の云う通りだぜ! ハナから【抹香宗】の狙いは、姫さんだけ! 彼女さえ差し出しゃあ、見逃してくれるってんだから、その案に乗っかろうぜ! それが最善策だろう!」
下下八は二つの投げ手斧を研ぎ合わせ、娜月姫のいる奥の院へ向かおうとする。
自慢の愛器で、彼女の首を刎ねる心算だろう。
「待て! 勝手は許さねぇぞ、下下八! 娜月にはなんの罪もねぇだろ! それに娜月を差し出したところで……今更、俺たちの命が保障されるワケねぇじゃねぇか! どうせ俺たちを皆殺しにしなきゃあ、奴らの気は収まらねぇんだ! 抹香宗の口車に乗せられるな!」
雲嶺火が、血気さかんな卑族青年の往く手をさえぎり、立ちはだかった。
牙奄斎が、そんな頭目の心裏に気づき、すかさず助勢する。
「御頭の云う通りですよ。まずは、かくなった所以、降魔十二道士との宿縁、抹香宗との因縁など……隠された真実を彼女の口から、つまびらかに聞いてみることと致しましょう」
頭目雲嶺火の熱意と、天才軍師の働きかけで、丹慙坊、幻麼、下下八は不承不承、折れた。
娜月姫は一人、奥の院にいる。盗賊どもは連れ立って、そこへ向かった。
「それにしても、酷い荒らされようだな」
「ああ、まるで盗賊に襲われたあとみたいだぜ」
「莫迦。盗賊は俺たちだろう」
「どうやら……先客がいたようですね。そして彼奴らが、聖水入りの徳利を持ち去った」
社殿内部は、メチャクチャに引っかき回され、御簾や几帳は斬り裂かれ、瓶子や酒器の破片が散乱し、足の踏み場もなかった。果ては御神体画や経巻、厨子までが被害にあっていた。
奥の院へ向かう回廊で、各部屋をのぞき検分しながら、男たちは大きなため息をついた。
だが……突然、雲嶺火の顔色が変わった。なにやら危急を察知したらしい。
手下どもに先んじ、慌ただしく走り出した。
「どうしたんじゃ、御頭!」
「喂、待ってくれよ!」
「なんだってんだ、一体!」
「まさか……姫君!」
牙奄斎も気づき、雲嶺火のあとを追う。奥の院は、何故か分厚い板唐戸で、きっちり閉ざされている。それを蹴破る勢いで、内陣へ入った雲嶺火たちは、とんでもない光景を目撃、仰天した。娜月姫は、そこで今まさに、自害を図らんとしていたのだ。逸早く駆け寄った雲嶺火は、赤毛を逆立て、怒り心頭で、彼女が己の咽に当てがった懐剣を、叩き落とした。
「娜月! 莫迦な真似はするな!」
物凄い剣幕で怒鳴る雲嶺火を、鬼面姫はハラハラと泪を流しながら、キッと睨み返した。
「何故、邪魔するのです! 私さえ死ねば、皆は自由になれるのに……お願いだから死なせてください、雲嶺火! さもなくば、私は……十二道士の御霊にも、申しわけが立たない!」
「やめろ、娜月! これ以上、自分を責めるのはよせ! 抹香宗の下らねぇ云い分になど、耳を貸すな! 皆も、俺の話をよく聞いとけよ! たとえ奴らの口車に乗って、娜月の首を差し出したところで、俺たちが皆殺しにされるのは、決まりきってることだろ! 俺たちに残された道は……生き延びる術は、ここで一丸となって、戦い抜くこと以外にねぇんだ! 十二道士のことも、あんたのせいじゃねぇ! 奴らは最早、単なる空蝉……抹香宗の傀儡兵にすぎないんだからな! 奴らの成仏を心から願うなら、奴らの仇を討ちたいと真から思うなら、その刃を向けるべきは、抹香宗のクソ坊主どもじゃねぇのかい! あんたがここで無駄死にしたら、十二道士は……それこそ死んでも死にきれねぇぞ! ちがうか、娜月!」と、雲嶺火に両肩をつかまれ、激しく揺さぶられ、娜月姫は嗚咽をもらした。
緋幣族の赤毛盗賊が見せた、強く、優しい至心に、娜月姫は胸を打たれたのだ。
「雲嶺火も、皆も……どうか、私を許しておくれ! 私が皆を、この地獄へ巻きこんでしまった! 私が遼玄に、そなたたちを雇う、などと云わなければ……こんなことには……」
「姫君……それ以上は云うに及びません。元より我らが勝手に押しかけて、あなたの傍にいることを望んだのです。結局は、自分たちでまいた種なのです。今更、あなたに恨みごとなど申しません」と、牙奄斎も、泣きじゃくる娜月姫をかばい、慰めてくれる。そんな三人の様子を見て、幻麼、丹慙坊、下下八の心境にも、変化が生じ始めた。牙奄斎の云う通り、盗賊【雷鳴】は邪な復讐心をいだき、自ら娜月姫に近づいたのだ。降魔十二道士の猛反対も、なんのその。甘言を弄し、娜月姫の親切心につけ入ろうと画策したのは、彼らの方なのだ。
「本当に責められるべきは、頭目として、すべてを決したこの俺さ……そうだろう、皆」
雲嶺火は、皆に聞こえぬほど弱々しい声音で、そうつぶやいていた。
牙奄斎だけが、雲嶺火の懊悩を感じ取り、沈黙を守ったまま項垂れた。
抹香宗僧兵団と【神籬森冥罰衆】が、湖畔を去ってから一刻ほどのち。
敵方が与えてくれた猶予を活用して、盗賊どもは総力を結集。
思いつく限りの工夫を凝らし、【黄泉離宮】に、さまざまな罠や仕掛けを張り巡らせた。
そも、【黄泉離宮】の造りは複雑で、せまい中洲に建つ本殿から、四方の湖上へ四つの釣殿がせり出している。本殿後ろには小さな奥の院が配置され、それらを鴬張りの回廊が取り囲んでいる。つまり、部屋数は全部で六つ。先乗りした抹香宗の手により、大分荒らされてはいたが、離宮そのものに痛みが少なかったのも幸いだった。そこで盗賊どもは、牙奄斎軍師の発案で、この複雑な造りを、最大限に活かす陽動作戦を立てた。
まずは戸板で回廊欄干に頑丈な矢防を取りつけ、あちこちに刺さった抹香宗の尖矢は残らず回収した。
壁板や仏像までけずり、水際に忍逆刺を設置、水中からの攻撃にも、万全の備えをほどこした。なにせ、命懸けの死闘が待っているのだ。突貫工事ながら、決して手は抜けない。
五人は、己に課された作業を丹念に行った。しこうして仕上がった作戦の詳細は、追い追い明らかにするとして……この時、離宮を隅々まで調べた五人は、大いなる収穫も得た。
奥の院真下に、小さな隠し部屋があり、その中から、火薬、油壷、縄、砲弾、応急薬品、わずかな保存食……そして、数多の武器や防具が見つかったのだ。一緒に仕舞われていた古い文献によると、かつて【黄泉離宮】では、二度も禁忌の呪法を行ったという、謂われなき『神逆罪』の嫌疑から、神祇府抹香宗との激しい攻防戦が、繰り広げられていたのだ。
丁度、今の盗賊どもと同じ立場である。さらに、四方釣殿の扉や鎧戸には、あらかじめ鉄板が埋めこまれていることにも、盗賊どもは気づいた。これも多分、戦禍の爪痕だろう。
その上……探索を続けた結果、東方『青竜殿』の床下に、一艘の小舟を発見した。
「渡りに船たぁ、まさにこのことだぜ。こいつぁ、いざって時に役立つな……よし!」
「だったら、御頭。今すぐこれに乗って、逃げちまった方が得なんじゃねぇのかい?」
「いえ、それはダメです。湖岸に人影は見えませんが、抹香宗の僧兵どもは、まだ森中にひそんでいるはず……そして我々の目が届かぬ場所で、こちらの動向を、じっとうかがっているはずです。とにかく、我々が逃げる猶予まで、与えてくれるわけはありませんからね。小舟でなど漕ぎ出そうものなら、あっと云う間に、矢衾にされるのがオチですよ、下下八」
「牙奄斎の云う通りだぜ。周囲の森陰から、ヒシヒシと殺気立った視線を感じるんだ。見ろよ、俺の影を……〝可愛い奴ら〟が珍しくおびえてやがる。こりゃあ只事じゃねぇぞ」
そう云われ、手下どもが御頭の足元に視線を落とす。すると確かに、雲嶺火の影は朱色に染まり、妖しくうごめいていた。まるで影だけが、小刻みに震えているかのようだ。
【壊劫穢土(地獄)】とつながった鬼道術師・雲嶺火の朱影の中、二頭の使鬼《馬頭鬼》と《牛頭鬼》が……あの獰猛凶悪な鬼畜が……恐怖するほど事態は切迫している、ということなのか。これには、強者ぞろいの手下四人も、さすがに寒胆せずにはいられなかった。
娜月姫もかすかに震え、不安そうに雲嶺火の朱影を見つめている。
「さて……奴らの言葉が本当なら、まだ一戦交えるまでに時間がある。その前に、娜月。是非とも、聞かせてくれないか。あんたと聖戒王、抹香宗、そして降魔十二道士の関係を」
雲嶺火に促され、娜月姫はうなずいた。
そして、驚くべき真実を語り始めた。
「私は……神祇大臣《聖戒王》の娘です。父王は知っての通り、国教擁護に身命を捧げる役職上、【降魔教】弾圧の急先鋒。しかし私は、父王の強引かつ乱暴なやり方に、常々疑問を感じておりました。そもそも【降魔教】とは、皆が云うほど悪逆な狂信者なのかと……神祇府に連行されて来る者たちを見て、思ったものです。彼らは一様に貧しく、日々の暮らしにも困窮している社会的な弱者ばかり。それが国教【真諦教】ではなく、【降魔】の教義にこそ救いを見出し、心の潤いをもとめただけなのです。けれど神祇府は、それを認めませんでした。何故なら【降魔】の教義は、【真諦教】の矛盾と偏見をあぶり出す、新しくも神聖なものだったからです。さて、そんな折でした。遼玄が破戒し、【抹香宗僧兵団】を出奔したのは……そう、彼は元々神祇府の斎官だったのです。そして私の、幼い頃からの側近でもありました。彼を敬愛し、同調した孔雀太夫や涅槃居士たち十一人も、同じく神祇府から姿を消しました。降魔教信者を取調べる内、彼らの純粋な信仰心に感化された十二人は、天帝の尊名を笠に着て、苛烈な弾圧行為を正当化する神祇府に、反感をいだくようになったのです。しこうして降魔教の洗礼を受け、神祇府に反旗をひるがえした十二人は、降魔教宗主から認められ、【降魔十二道士】と呼ばれるようになったのです。しかし、そんな裏切り者を、神祇府が許すはずがありません。降魔教信者への弾圧は、ますます過激なものとなり……ついには十二道士も捕らえられ、神祇府『天譴裁判』の評定庭に、引き出されました。父王はこの時、天譴裁判に私も同席させました。私の行動を監視する内、私が降魔教信者に対し、感じている同情や憐憫を、鋭く見抜いたからでした。そこで私が、どのような態度を見せるか、試したかったのでしょう。そんな中、十二道士への残虐な拷問が始まりました。最も反抗的だった遼玄は、顔を焼き潰され……それで、あのような悪相になってしまったのです。他の道士たちも、男女の別なく裸にされ、焼き火箸で全身殴打され……皆は知らないでしょうが、体中それはもう痛々しい傷だらけなのです。私は、とても見ていられず……気がつくと評定庭の真ん中に、十二道士の前に、飛び出していました。拷問を加える執行官たちを押しのけて、必死で十二道士をかばっていました。泣きながら父王に、彼らの助命嘆願をしていました。そんな私の行動に、父王は心底落胆した表情を見せました。あとで知ったことですが……神祇府高官の間で、私が己の身分を顧みず、真諦教より降魔教に重きを置いていると……悪評が立っていることを払拭するため、あえて私をあの場に立ち合わせたのです。私が平素、冷静な態度で、彼らの拷問を傍観していれば、神祇府高官たちの疑念も消え失せ、父王の威信に傷がつくこともないと……その思惑が覆されるや、父王は〝鬼〟となったのです。高官たちの手前、血縁の情愛も捨て、娘であっても断罪する……それが神祇大臣の地位を守るための、唯一の方法だったのです。そうして私は、十二道士と連座させられました。いえ、高官たちの強硬な意見を聞き入れて、父王は私に、最も過酷な罰を下したのです。それこそが、この鬼面の正体なのです。抹香宗筆頭『一如衆』の洸燕坊が、処罰を執行しました。調伏の呪法を用い、打ち出した鬼業の面を、無理やり私の顔にかぶせたのです。つまり私は、聖戒王家の人間ではなく、穢れた〝鬼憑き罪人〟として、【降魔外道】として刑場に引き出され、晒し者にされた挙句、斬罪されることとなったのです。降魔十二道士も、同日に同場所で刑執行と決まりました。ところが当日、思わぬ事態が起こったのです。処刑見物に来ていた市井の民が……いえ、実は降魔の使徒が反乱を起こし、私と十二道士を救命してくれたのです。降魔教信者たちの多くは、その場で抹香宗に粛清され、命を落として逝きましたが、私と十二道士は、彼らの犠牲により、辛うじて天凱府を脱出することができたのです……それからです。私と降魔十二道士が、神祇府や抹香宗の手を逃れて、各地を放浪するようになったのは……また、自分たちをかばったことで、斯様な鬼面をかぶせられた私を、十二道士は前以上に大切にあつかい、幾多の危険にも守ってくれました。とくに責任を感じた遼玄は、私の呪われた鬼面を外すべく、情報を集め、ついにその方法を見つけてくれました。それがここ【黄泉離宮】に隠された聖水での禊です。けれど、その希望も断たれました。その上、十二道士に無残な死に方をさせてしまい……果ては抹香宗の手先として、忌まわしい《調伏方》に復活させられただなんて……すべて私のせいです。私のせいで十二道士は落命し、死してなお、御霊を穢される破目に……私はこれから、どうすればいいのです……雲嶺火」
――娜月は、ずっと泣いてたよ……鬼面の眼窩から、ポロポロと大粒の泪をこぼしてなぁ。自分を責め続けたんだ。それほど、十二道士との絆は、深くて強いものだったんだろうよ。彼女のつらい過去、その告白を聞き終えた俺たち五人は、次第に元の【雷鳴】に戻っていったんだ……つまり、ようやく心がひとつになったのさ。俺たちは、その時、はっきりと決意したよ。最初の……出逢いの晩、神籬森の仏舎利塔で、一度は彼女のために『死んでもいい』と、思えた気持ちが、俺たち全員の中で再燃したってワケさ。元より、彼女の助けがなければ、あの晩、あそこで死んでたはずの俺たちだ。幻麼も、丹慙坊も、下下八も、もう彼女を見捨てようとはしなかった。そして運命の翌昼。ついに決戦の時がやって来た……え? 勿論、勝ったんだろって? 俺が今、ここにこうしているから? 哈哈……そう簡単に一言で、片づけられるような状況じゃなかったぜ、隊長さん。【黄泉離宮】は、まさに修羅場……いや、地獄だったよ。さてと……【百鬼討伐隊】の官兵さんがた……俺の与太話に、長々とつき合ってもらって、悪かったねぇ。次は、いよいよ大詰め……終幕について語るぜ――
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