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『其の拾壱』

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 その日は晴天だった。
 夏場には珍しく、目に痛いほどの青空が、雲ひとつ浮かべることなく広がっていた。
鬼籤座おにくじざ】の天幕周辺には、沢山ののぼりが立てられ、朝早くから花火が打ち上げられ、開演の準備が着々と進められていた。すでに近在の町村からは、多くの人が集まり始め、天幕の周囲でソワソワと、落ち着かぬ様子である。客引きも兼ねる音耶おとや迦葉かしょうが、観劇用の木札を売り始めると、あっと云う間に人々が群らがり、長蛇の列をなした。双子は喜悦満面である。
「これでまた、神籬森ひもろぎもり侵入の軍資金が大分、稼げるな」
ああ、姫君の鬼業きごうを解くため、もうひと踏ん張りだな」
 客には聞こえぬよう、小声でささやき合う音耶と迦葉は、木札が売り切れると同時、観覧料入りの偈箱げばこをそっとさすり、天幕に収まりきれなかった客へ、慇懃に頭を下げた。
「お待ちの皆さま! まことに申しわけございません! 木札は只今、売り切れました!」
「折角、足を運んで頂いたのに、相済みません! けれど、午後より第二部が始まります!」
「「どうぞ、またのお越しを!! 我ら【鬼籤座】一同、心よりお待ち申し上げます!!」」
 最後は二人、見事に美声をそろえ、一挙手一投足たがわぬ所作で、後転宙返りしながら、天幕へと下がって往った。これにて、客になれなかった人々からも、不満の声はもれず、逆に拍手喝采が巻き起こった。こうした、双子によるソツのない〝種まき〟のお陰で、第二部も盛況となるはずだった。その日の第一部が、無事に終わっていたならば……。


「ヤレヤレ。まったく、よぅやるよ。次から次へと、手を変え、品を変え……さすがの天才詐術氏・幻麼げんまさまでも、あそこまで非道な荒稼ぎはできないぜ。見習いたいくらいだわ」
「イカサマ舞台で客を騙し、次の幕ではさらに金を要求する……なんとも浅ましい守銭奴ぶりですな。彼らの悪知恵の働かせ方には、目をみはるものがあります。しかしこれは、今まで【雷鳴レイション】が行って来たことと大差ないようにも思いますがね。義賊を装い、蛮行三昧」
「確かにのう。ちがうと否定できんから、困る」
「あ~あ、つまらん! 種も仕掛けも見飽きちまったよ! 追跡部隊は一向に、俺たちの行方に気づかねぇし……ここで散々こき使われるだけ、損した気分になってくぜ、御頭!」
「そうでもないぜ、八。客席の方を見ろ。今日の面子メンツは、ヤケに目つきが据わってやがる」
 雲嶺火うねびが指差した先、客席の中央に陣取る一団は、互いに素知らぬ顔で土地の農夫を装っているが、武士であることは明らかだった。周囲に巧く溶けこむため、時に拍手を送り、驚くべき演目の数々に声を上げ、口元こそゆるめているが、眼差しだけは真剣そのものだ。
「どうやらこれは一波乱……嵐の前触れだぜ」
 炯々けいけいと瞳を煌めかせ、低くつぶやく雲嶺火だ。
「貴様も、やはりそう思うか?」
 いつの間にか五人の背後に、遼玄りょうげん座長が佇んでいた。
 彼らの話を全部、聞いていたらしい。
「ざ、座長さん!」
「こりゃあ……」
「今のは、別に悪口じゃあ……」
 慌てる盗賊に対し、遼玄は無言で帳頭巾とばりずきんを降ろした。
 焼け爛れた悪相を隠し、舞台へ躍り出る。
 次なる幕は、千剣操術せんけんそうじゅつを用いた『人身御供真剣舞ひとみごくうしんけんまい』だ。五遁幻術師ごとんげんじゅつし忘八わんぱの『わか身変化みへんげ』で、すでに大盛り上がりの客席から、またしても、割れんばかりの拍手が巻き起こった。一座の華、明衣妓あかはぎ孔雀太夫くじゃくだゆうの華麗な目隠し舞踏が始まる。此度は趣向を変え、文丑役者どうけやくしゃ水沫みなわと、軽業師かるわざし飛天行者ひてんぎょうじゃも舞台に登っている。無論、二人とも目隠し状態だ。
 双子の音曲鳴物師おんきょくなりものしは、ますます軽快に奏で、そこへ鵺吟師ぬえぎんし諱御前いみなごぜん玲瓏れいろう声音こわねがからみつく。
 舞台は雑多衆ざったしゅう轟馬ごうまれんの働きで、目まぐるしく転換し、背景を黒一色に染め上げる。
「それでは皆さま! 我ら【鬼籤座】取って置きの出し物、人身御供真剣舞! とくとお愉しみください!」と、黒子姿の遼玄座長が、朗々たる大音声だいおんじょうで云う。
 間髪入れず、一投目が放たれた。
 飛び上がった軽業師の股をくぐり、文丑役者の髪をかすめ、明衣妓の流麗な舞をすり抜け、背後の的へと突き刺さる。観客の歓声が、天幕一杯に反響した。
 次いで二投目だ。
 これも飛天行者を、忘八を、孔雀太夫を、紙一重でかわし、的の中心部に突き刺さる。
 続いて三投目……ところが遼玄座長、なにを思ったか、いきなり客席の方へと向きなおり、鋭い刀剣を、桟敷の中心部めがけて、勢いよく投じたのだ。
「「「「ああっ!?」」」」と、誰もが息を呑んだ瞬間――、
 刀剣は丁度、立ち上がった農夫の左胸に、ザックリと突き刺さった。
 農夫の手から、毒薬を塗った小刀が、ポロリとすべり落ちる。
 そして農夫も、血を吐きながら、その場にくずおれた。
神祇府じんぎふの犬どもめ!」
 遼玄座長は、憎々しげに叫んだ。
「きゃあぁぁぁぁぁあっ!」
「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ!」
「人殺しいぃぃぃいぃっ!」
 客席は騒然、大混乱である。すると、この好機を見逃さず、他の農夫たち……いや、農夫に化けた神祇府『剣聖連けんせいれん』の刺客たちが、一斉に舞台の上の座員へ、襲いかかったのだ。
降魔十二道士ごうまじゅうにどうし】は、一丸となってこれを迎撃する。
 騒ぎを聞きつけ、舞台袖から現れた鬼面姫・娜月なつきも、大わらわの惨状である。
ああっ……なんてこと! 遼玄!」
 激戦の死舞台へ、飛び出そうとする娜月姫の無謀を、慌てて引き止めたのは【雷鳴】だ。
 こうなっては、舞台装置に隠れた盗賊どもも、黙って見すごすわけにいかぬ。
 雲嶺火が号令した。
「俺たちも往くぞ!」
「おぅ! 云わずもがなじゃ!」
「恩着せがましく、奴らに助勢してやれ!」
牙奄斎がえんさい! 姫さまを頼むぜぇ!」
「承知しました!」
 雲嶺火にならい、丹慙坊たんざんぼう下下八げげはち、幻麼も、次々と死闘に参戦する。
 牙奄斎だけが娜月姫の元に残り、大弓で近づく敵を威嚇する。
 くわすきに見せかけて、持ちこんだ偃月刀えんげつとうを抜き払い、凄まじい剣伎けんぎを見せる『剣聖連』。
涜神教とくしんきょう降魔外道ごうまげどう】の破戒者どもめ! お尋ね者と結託し、〝鬼憑き〟罪人を聖域から奪い去り、数多あまたの残虐行為をかさねた人非人にんぴにん! 我ら神祇府武術指南方筆頭『剣聖連』が、残らず捕縛してくれる! 覚悟!」と、農夫の扮装を解いた大柄な筆頭格が、大喝する。
 戦に突入するや、証の『うん字額当じひたいあてを巻き、気合充分だ。神祇府の、武術指南方で編成された剣術の達人たち相手では、さすがの【雷鳴】も苦戦を強いられたかと、思いきや――。
有象無象うぞうむぞうの斬られ役ども! てめぇらこそ、覚悟はいいか!」
 雲嶺火の断骨刀だんこつとうが、入口から、さらになだれこむ兵法者一団を、怪腕強力で粉砕する。
「死にたい奴ぁ、わしが手助けして進ぜるぞ!」
 丹慙坊の十文字槍じゅうもんじやりが、片っ端から突き殺す。まさに見境なしの、手当たり次第だ。
「俺の手斧ちょうなの方が、狙い目は確かだぜ!」
 下下八は同時に二本を投じ、四つ首狩って蜻蛉返とんぼがえりさせる。両手でにぎり、喜悦満面だ。
「さぁ、今度は調教の時間だよ! おいで!」
 幻麼が忌辮索いみべんさくをふるえば、十把じっぱひとからげ。締め上げ、叩きつけ、死体の山を築く。
おい! あそこにいたぞぉ!」
「例の〝鬼憑き〟姫だな!」
く、捕まえろぉ!」
 勿論、牙奄斎も負けてはいない。
 逃げ惑う客の合間を縫って、肉薄する剣聖連の刺客……彼らの末期は悲惨だった。
「ぎゃあっ!」
「うぐっ……!」
 すかさず牙奄斎が放った矢で、正確に心臓を射抜かれ、落命者が続出。
 他四人の働きと合わせて、すでに半数以上がたおされていた。
「残念ですが死門しもんをくぐらねば、ここへは近づけませんよ!」と、娜月姫を背にかばいつつ、余裕の笑みを浮かべる牙奄斎。これには、さしもの【降魔十二道士】も唖然悄然だ。
「なんという奴らだ!」
「たった五人で、我らの倍以上の数を……」
「やはり、味方に引き入れておいて、正解だったな!」
 しかし、安堵するのは、まだ早かった。
「なんか、焦げ臭くねぇか!?」と、幻麼。
おい! あれを見ろ!」と、下下八。
 彼が指差した場所、天幕の一部が、燃え始めていた。どうやら、自棄やけになった敵方が、例の篝篭かがりかごを射落とし、天幕に火を放ったらしい。
 桟敷には、多くの無関係な客が残っているのに、とんでもない所業である。
 到底、神祇府の聖職者がすることとは思えない。
「姫さま! 早くこちらへ!」
「裏口から、外へ逃げましょう!」
「待って……待ってください! 皆を置いて、私だけ逃げるわけにはいきません! 二人とも、どうか放してたも!」
 孔雀太夫と諱御前に手を引かれ、娜月姫は、なかば強制的に舞台裏へ連れ去られた。
 すぐに気づいた牙奄斎が、仲間四人へ合図する。
「大変です! 姫君が……」
 雲嶺火たちも気づき、慌ててあとを追う。
「そうはさせるかよぅ!」
 阿鼻叫喚あびきょうかんの火焔地獄と化した【鬼籤座】興行天幕から、命辛々いのちからがら逃げ出す人、人、人。
 近隣の百姓や、行商人、旅人などが、驚き目をみはる中、猛烈な火柱を上げ、黒煙を立ち昇らせる巨大な天幕の周辺は、野次馬でごった返していた。但し、かなりの遠巻きである。
 それというのも――天幕周囲には怪しい人影が、すでに十重二十重とえはたえの人垣を作り、ありの這い出る隙間もないほど、密接に立ち並んでは、異様な緊迫感を漂わせていたからだ。
 孔雀太夫と諱御前に連れられた娜月姫、あとを追う【雷鳴】一味、そして【降魔道士】の面々が、なんとか表に逃れた際、さらなる恐怖が幕を開けた。遼玄が、震撼して叫んだ。
「貴様ら……【抹香宗僧兵団まっこうしゅうそうへいだん】だな!」
 一様、背に己の戒名を綴った直綴僧衣じきとつそうい、朱の胴丸どうまる、〝三綱五常さんこうごじょう〟の額当に寡頭かとう、黒玉の数珠を#袈裟掛__けさが__けにし、穂先が二又に分かれた天衝棒てんつきぼうを掲げている。そうして片手をかざし、一心に呪禁じゅごんを唱えている。炎の天幕を包囲する堅牢な二重円陣。直後、長大な楯をかまえる内陣百余名が、一斉にかがみ、影に隠れていた外陣三百余名が、一斉に火矢を放ったのだ。
「ひぃぃいぃぃぃぃいっ!」
「お助けぇぇえぇぇえっ!」
「ぎゃあぁぁあぁぁぁっ!」
 真っ先に犠牲となったのは、罪もない観客だった。【降魔十二道士】や【雷鳴】もろとも、陣内に閉じこめられた農夫や町人などが、火矢の猛攻を浴び、バタバタと倒れていく。
「やめてぇ! この者たちは無関係よぉ!」
【抹香宗僧兵団】の、目にあまる乱逆ぶりに、悲鳴を上げた娜月姫。
 思わず、危険も顧みず、僧兵団めがけて駆け出そうとする。そんな彼女をかばい、前に出た孔雀太夫、諱御前までが、火矢を受け、くずおれてしまった。一同に激震が走る。
「嫌あぁぁあぁぁぁぁぁあっ!」
屍神楽道士しかぐらどうし! 荼吉尼道士だきにどうし!」
 さらに、憤然と襲いかかる内陣の天衝棒が、文殊丸もんじゅまる、音耶と迦葉、涅槃居士ねはんこじを血祭に上げる。
「やめろぉぉお! 卑怯者どもめぇえ!」
 雲嶺火が絶叫した。
 ジリジリとせばまる包囲網。
 今、彼らが下手に動けば、生き残りの客十数名も、確実に射殺されてしまうのだ。
 最早、手も足も出せない。
「もう判ったな、【降魔外道】……下手に逆らえば、貴様らの元に集まっていた者全員を、涜神教の信者と見なし、誅戮ちゅうりくするまで!」と、一歩前に進み出たのは、色黒壮年の巨漢僧侶だった。この男が僧兵団長だろう。血赤珊瑚けっせきさんごの数珠をたぐりながら、喜悦満面である。
洸燕坊こうえんぼう! 貴様という奴はぁぁあ!」
 娜月姫が、怨嗟に満ちた泪声で絶叫した。
 直後――、
「危ねぇ! 娜月っ!」
 今度は、無数の尖矢とがりやが、四方八方から飛来し、娜月姫を守ろうと、楯になった【降魔十二道士】を、容赦なく刺し貫いたのだ。間一髪、焼死覚悟で、再び燃えさかる天幕内部へ飛びこんだ【雷鳴】一味と、彼らに引っ張られた娜月姫だけが、的場にならず済んだ。
 彼らは、十二道士と、罪なき観客たちの、断末魔の叫び声を、確かに聞いた。
 あまりにも呆気なく、【降魔外道】は殲滅されてしまったのだ。
 いや、唯一人、幾本もの尖矢を浴びてなお、雄叫びを発した豪胆な道士がいた。
 遼玄である。
「涜神者どもぉぉお! 貴様らを、地獄へ道連れにしてやる! 覚悟ぉぉおぉぉぉおっ!」
 血反吐ちへどとともに怨言わめき散らし、遼玄は最期の千剣差配を行った。
 途端に、千剣操術が発動され、辺りをまばゆい白銀光がおおった。
「遼玄! 嫌ぁぁぁあぁぁぁぁあっ!」
おん字榧木箱じかやきばこから噴出した凄まじい光線が、縦横無尽に飛び交い、僧兵団の闘志を殺ぐ。
「ぎゃあっ!」
「うぐ……!」
「ぐはぁっ!」
 巨体の僧兵の手足を、胴を、首を斬り刻み、刺し貫き、薙ぎ払い、千剣が猛威をふるう。
「娜月さまっ……早く、早く逃げてください! お前たち、姫君を、頼んだぞぉぉおっ!」
 直後、一斉に襲いかかった僧兵団が、無数の天衝棒を繰り出した。
 今度は遼玄の体躯を、容赦なく串刺しにする。 
 それでも、歯を食いしばって堪える遼玄は、なにを思ったか突然、千剣を【雷鳴】に向けて飛散させた。燃えさかる天幕と、舞台装置の隙間に、身を隠していた娜月姫と盗賊五人は、震撼した。いや、彼らを狙ったわけではない。丁度、彼らの上に倒れて来た、天幕や支柱の火勢かせいを、瞬時に斬り払ってくれたのだ。
 さらに千剣は、驚くべき功力くりきを魅せる。幾重にもつらなり、折りかさなり、複雑に組み合わさった刀剣が、見る見る内に、巨大な〝鳳凰像ほうおうぞう〟を形造ったのだ。それは、さしもの抹香宗僧兵団でさえ、虚を突かれ、愕然と目を瞠るほど、煌々きらきらしく、神々しい光景だった。
「なんだっ……あれは!?」
「ほ、鳳凰だっ! まさか……!」
「遼玄っ……貴様ぁぁあっ!」
 僧兵団長《洸燕坊》……聖戒王家せいかいおうけ聖貴族せいきぞく』の血を引く彼は、容貌魁偉ようぼうかいいだが、抹香宗数多の団員の中でも、珍しく『唵字掌おんじしょう』を持つ者として、皆から一目置かれていた。そんな洸燕坊は、己の足元で、なおも不可解な呪禁を唱え続ける遼玄を、憎々しげに睨みつけた。
 天衝棒を大きく振りかざし、止めの一撃を加えようとする。
 聖なる右掌みぎてのひらに、背信的な力がこもる。
「もうやめてぇぇぇえっ! 遼玄っ!」
 娜月姫の悲痛な泪声に、遼玄はかすかな微笑みを浮かべた……ようだ。
 直後――見事に千剣で仕上げられた鳳凰は、凄まじい軋音あつおんを立てて翼を広げた。
 火の粉まじりの熱風が渦を巻き、たちまち周囲の僧兵を吹き飛ばす。
 遠くで見守る野次馬も、あまりの驚愕に絶句したままだ。
 彼らには、千剣操術の秘める凄絶な功力など、一向に判らない。単に只今、目前で起こっている事象が、炎の中から誕生するという『鳳凰伝説』の顕現そのものに見えたのだ。
 最早、敵味方の別なく皆が皆、神秘的な千剣鳳凰誕生の光景に、見入っていた。
「娜月さま! どうか、ご無事で! いずれ、来世で逢いましょう……おさらばっ!」
 遼玄が最期の呪禁を叫び終わった途端、千剣仕立ての鳳凰は、娜月姫と盗賊【雷鳴】を、かっさらうように背中へ乗せ、大空へ羽ばたいた。凄まじい羽風はかぜ……いや、刃風はかぜが、周囲の敵方を一瞬で斬り刻む。血風けっぷうが吹き荒れ、野次馬連中から、またもどよめきが起こった。
「遼玄っ!」
 だが娜月姫が懸命に伸ばした手は、到頭【降魔教がまきょう道士】にも、遼玄にも届かなかった。
 白銀に輝く巨大な鳳凰は、奇声の如き軋音とともに、はるか天空の彼方へ飛び去った。
 しこうして、同朋を過半数まで減らされた『剣聖連』は、すっかり戦意消失。
 かなりの痛手をこうむった兵法者集団の首領は、鳳凰剣伎の凄絶さに倉皇そうこうした挙句、此度の件からの撤退を決意した。手傷を負った仲間を介抱しつつ早速、帰還準備にかかる。
 その一方で【抹香宗僧兵団】も、盗賊五人と〝鬼憑き罪人〟を乗せた鳳凰、そして落胆いちじるしく敗走する『剣聖連』の後ろ姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
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