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汪楓白、男色の危機に晒されるの巻
其の五
しおりを挟む僕は、渾身の力で、燕隊長の体を突き飛ばした。しかし、そこは武術家と素人の差。
反動で倒れたのは僕。燕隊長は、驚いた様子で、その場に佇んでいる。
チクショ――ッ! これは、これで、なんか腹立つ!
「何故、こばむのです? 劉晏の魔羅は、やすやす受け容れておいて!」
こらこらこらこらこら! さっきから、魔羅って……云い方! 云い方!
もう……この人、嫌だよぉ!
「だから! ちがうって云ってるでしょう! 僕をなんだと思ってるんですか!」
「ちがう? いや、待てよ……この首輪、今一度、じっくり拝見させてもらいます!」
「ぐえっ……ちょ、ちょっと、苦しいっ……ん」
燕隊長は、なにか気がかりな点に思い当ったらしく、さっきよりもっと乱暴に、僕の首輪(の宝玉)を、自分の方へ引っ張った。
否応なく、僕と燕隊長の距離は縮まる。ほとんどはずみだと思うけど、燕隊長の唇が僕の鼻先をかすめ、僕は耳まで真っ赤になっていた。
感覚で判る……だからこそ、余計に恥ずかしい! なにを意識してるんだ、男同士じゃないか! 相手にも怪しまれるだろ! だけど、いままでのくだりもあるし……あぁあ!
モヤモヤする!
イライラする!
ムカムカする!
ジリジリする!
ムラムラする!
いや、最後のはちがった!(僕も相当、混乱してるな)
だけど燕隊長の懸念は、僕の羞恥心や、煩悶のたぐいなど一蹴した。
「先生……これが、なんだか、ご存知で?」
そう問いながら、ヤケに深刻な表情で、僕の首輪から手を離す燕隊長だ。
「あ、はい、えぇと、誰でも自分の云いなりにできる首輪……ですか? あっ! 但しあいつは、僕のこと、そう云う目では見てませんけど! まかりまちがっても、絶対に!」
僕は、燕隊長に、またぞろ妙な誤解されることを恐れ、急いで補足した。
すると――、
「そんな単純なものでは、ありません。ここに嵌まった宝玉は、命を吸い取るのです」
「はぁ……へ? 命?」
すっかり他のこと(燕隊長が男色だって件、襲われかけた件、浣腸された件、唇が触れた件……もう、色々ありすぎて……とにかく、本当に、どれも驚いたんだモン!)に気を取られていた僕は、彼の言葉の意味が判らず、すぐに嚥下できず、間抜けにも問い返した。
燕隊長は、やはりそんなことなど気にもせず、この首輪について丁寧に説明してくれた。
「鬼封じの首輪。正しい名称は【厄呪環】……本来は茨のような棘が突出し、邪鬼を拘束するという代物なのですが、かなり形状は異なるものの、まちがいないでしょう。討伐隊でも用いますから、判るのです。あいつ……先生にこんな真似しやがって、もう許せん!」
語尾で突然、感情を爆発させ、燕隊長は床に転がる酒瓢箪を、思いきり蹴り上げた。
中から酒が吹きこぼれる。啊、アレ……燕隊長が取り上げて、ここにあったのか。
ただいまの大騒ぎで、どこかに隠してあったのが、床に落ちたんだな、きっと。
なんにせよ、【厄呪環】と聞いて、僕はひとつ得心し、大きくうなずいた。
「それで、神々廻道士が呪禁を唱えるたび、僕の首を絞めつけたり、この宝玉の色味や文字で、僕の心を読んだりできたんですね? だけど、それがそんなに重要なことですか?」
僕の質問は、前の質問よりもっと稚拙で、愚問だったらしい。
燕隊長は、額に手を当て、大きく頭を振った。
「云ったでしょう。この宝玉は、着けた相手の命を吸い取ると……反逆心を殺し、自在に操るためにね。吸い取った生命力は、鬼業と化し、やがては着けた者を廃人にするのです。いや……あるいは生きる屍と云った方が、いいかもしれませんな。とにかく危険な代物だ」
命を吸い取る、命を吸い取る……あっ! つまり! 要は! まさか! そんな!
「ぼ、僕……死ぬんですか!?」
顔面蒼白、声を震わせる僕に、燕隊長は慈愛に満ちた笑みを向け、こう云った。
「ご心配なく。今すぐどうこう、というほどの鬼業を、先生からは感じません」
ホッと胸をなで下ろす僕。
でも、今すぐじゃなくても、いずれはってことだよね……?
だが、僕が懊悩の海へ沈みこむ前に、燕隊長が別の質問で、気を逸らそうとしてくれた。
「それに、奴は絶えず鬼去酒を呑み続けているとも、云いましたね」
「え? えぇ……それはもう、物凄い呑みっぷりで……」
それでも、なかば放心状態の僕は、うわの空で答えた。
しかし、燕隊長の次なるセリフが、僕をハタと覚醒させた。
「では、やはり……あの噂は、真実だったのか」
腕組みし、目を伏せ、意味深な態度で、つぶやく燕隊長だ。
僕は戸惑いながらも、ただいまのセリフの意味を訊ねた。
「なん、ですか?」
「神々廻道士は……いや、趙劉晏は、シラフになると人外の物と化す」
「は、い?」
あのぉ……余計に意味が、判らないんですけど……「人外の物」って、なに?
「もう少し、様子を見るべきかもしれんな、うむ……先生!」
「あ、はい!」
突然、燕隊長に力強く肩をつかまれ、僕はキリッと身を正した。と云うより、緊張で身を固くした。まさか、とは思うけど……いきなり、この場で押し倒したりはしないよね?
だけど、ヤケに熱っぽく、からみつくような眼差し、肩から伝わる体温は上昇傾向、小首をかしげて近づける顔……どんどん近づいて来る!
喂々! 口づけでも、する気か?
先刻からの流れで往くと、やっぱりそうなるの!? うぎゃ――っ! 頼むから、ちょ、ちょっと待ってくれ!
心の準備が……ってか、正直やめて欲しいよ! やめて――っ!
だけど、わずかに開けられた唇が、唇が、唇が、ついに! 僕へ……こう告げた。
「では、申しわけありませんが、ただちに牢内へ戻って頂きます」
「は……はぁあ?」
思いがけない一言に、吃驚したり、安堵したりで、僕は声を裏返した。
そんな僕に、燕隊長は作戦の概要を語り始めた。
「先生には今まで通り、奴に与するフリをして、そばに張りついていてもらいます。そして、奴の隙を見て、酒瓢箪の中身を鬼去酒から、鬼業に効果をもたらす『樒酒』へとすり替えて頂きます。それを呑んだ瞬間こそ、奴の最期……奴の正体は暴かれ、周囲で常に監視している我々【百鬼討伐隊】が捕縛に乗り出すと、まぁ、こういった流れになります」
よかった、この人……ようやく護国団筆頭の指揮官らしくなって来たよ……でもなぁ。
「そんなに、上手くいくでしょうか……あいつ、結構、勘がいいし、なんか不安で……」
僕は本音をもらし、弱気な表情でうつむいた。
「心配ご無用! 先生の身の安全は、我々が保証します!」
うぅん……確かに、僕一人じゃどうにもならないし、ここまで力説されちゃ、否とは云いづらいよなぁ……信用してないみたいでさ。今は護国団筆頭の彼らに、すべてを託すしかないか。これも、神々廻道士の呪縛から逃れるためだ。そして今度こそ、当初の目的である〝凛樺奪還〟を果たすためだ。やるしかない!
そうだ、やるんだ! 頑張るんだ!
「判りました、燕隊長! 僕、やってみます! 必ずや作戦を成功させ、神々廻道士の悪行の数々を、白日の下に晒しましょう! そして、奴の息の根を止めてやりましょう!」
燕隊長は無言でうなずき、僕の両手をギュッとにぎった。これにて、協定締結!
だけど、もうひとつ……僕にはどうしても、気がかりな点があった。
この機会だし、神々廻道士の過去を知る燕隊長に、思いきって聞いてみよう。
「あの、燕隊長……是非とも、教えてください」
「なんでしょう?」
「神々廻道士……趙劉晏の過去と、雁萩太夫との関係を」
「雁萩太夫……?」
その名を聞くや、燕隊長の片眉が、ピクリと上がった。口元が真一文字に引き結ばれる。
なんか、まずいこと聞いちゃったかな……でも、大切なことだし、僕は知りたいんだ!
雁萩太夫を、苦界から救い出すために!
「………………………………」
それにしても、ムチャクチャ長い沈黙……つ、つらい!
だがやがて、待ち望む僕の、真剣な眼差しに観念したのか、燕隊長は重い口を開いた。
「いいでしょう……なにも知らずに、ただ振り回されるのは、先生とて不如意でしょうからね。私と劉晏と《紗耶》の関係、過去の経緯を、時間がないので簡略にご説明します」
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