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汪楓白、鬼憑き芝居に加担するの巻
其の弐
しおりを挟む「よかろう。ところでお前、金はあるか?」
「は?」
いきなり、なんだって!? 借金……いや、金の無心!?
「授業料だ。まさか、只で俺さまから、教えを乞おうとしてるワケじゃねぇだろ?」
あ、そういうこと。
……って、べつに納得したワケじゃないけど、云う通りにするのが得策だろう。
「えぇと……今現在の持ち合わせは、これだけで」
僕が、腰帯の間にしっかりとはさみ、隠しておいた革財布から、五千螺宜(約二十万円)の紙幣を取り出すのを見るなり、神々廻道士は舌打ちし、小莫迦にしたように鼻で笑った。
「ハッ! シブチンだな、お前。あと五千万螺宜、足りねぇぞ」
「そんな! ボッタクリも、いいトコじゃないですか!」
呆気に取られる僕を横目に、紙幣を乱暴に取り上げた蛇那が、ため息まじりに云う。
「嫌だ……これじゃあ、ご主人さまの酒代半日分にも、ならないじゃない」
「酒代って……普通、これだけあれば、半年は保ちますよ!」
この人、どんだけ呑むつもりなんだ!
「てめぇ! 俺さまの五臓六腑を、なめてやがんのか!」
「いえ、そんなの……なめようがありませんって!」
誰か、この人の暴論を止めてくれ!
「仕方ねぇな。取りあえず、くわしい話は帰ってからするか」
「あの……お出かけですか?」
神々廻道士の言葉に、僕はかすかな光明を見た。こいつらが留守するなら、その隙に逃げられるかもしれない。ただ、僕は一抹の不安も覚え、問いたださずにはいられなかった。
「どういったご用向きです?」
「啊。そろそろ、仕事のお呼びがかかる頃なのさ」
「仕事?」
僕の質問に対し、神々廻道士は幾分、面倒臭そうに、蓬髪頭をかきながら答えた。
「俺さまは道士。そして、この場にいない二莫迦が今回の金蔓」
ハッ……それって、つまり……よもや……もしや……。
「まさか……また、イカサマ芝居を!?」
その時だった。
――ドンドンドン!
突然、廟の外から、けたたましい叩音と、切羽詰まった男声が、聞こえて来たのだ。
「神々廻道士さま、お願いします! 隣の宿場で、妖怪と鬼憑きが暴れて、手がつけられません! 被害者が出る前に、なんとか、あなたさまの功力で、騒ぎを鎮めてください!」
懸命に依願する男の声は、実に憐れっぽく……そして、一刻たりとも猶予のない危急を報せていた。すると神々廻道士は、口の端を悪逆にゆがめ、したり顔で僕にこう告げた。
「ほらな。もう、来る頃だろうと思ったぜ」
蛇那も満足げに微笑み、助けをもとめる男の悲壮な声を嘲り、こんなことをつぶやいた。
「あらあら、今日の顔役さん……相当、逼迫してるわねぇ。あいつら、かなり派手に暴れまくったんじゃないかしら。日頃の怒り、恨みつらみを、ここぞとばかりに晴らしたのよ」
皮肉だな。やっぱり彼女(?)らも、かなり神々廻道士に不満をいだいてるんだ。
「あ? カスの分際で、俺さまに対し、皮肉りやがったな?」
おや、気づかれた。殺伐とした目が怖い。
「いぃ――え! とんでもな――い! 一時の気の迷いでしたわ、ご主人さま!」
あら、否定した。必死な泪目が痛々しい。
「それにしても、ドンスカドンスカと、相変わらずこうるせぇオヤジだぜ。ムチャクチャ叩きやがって……あれで、廟の門扉が壊れたら、ただじゃおかねぇぞ。野郎の家に押し入り、女房と愛娘を犯し、一家皆殺しにした挙句、強盗の仕業に見せかけ、火ぃ放ったる」
ひぃ――っ! 実にサラリと、恐ろしいことを口走ってるよ、この人!
やっぱり、弟子入りなんて莫迦なこと、考えるんじゃなかった! 後悔先に立たずか!
そうこうする内、身支度を整えた蛇那が、戦支度を整えた神々廻道士に、出陣を促した。
「それじゃあ、往ってみましょう、ご主人さま」と、微笑みかける蛇那。
「それじゃあ、往ってらっしゃい、ご主人さま」と、手を振り見送る僕。
――ゴツンッ!
途端に、神々廻道士の一喝と、厳しい鉄拳が、僕の頭上に振り下ろされた。
「阿呆か! お前も一緒に来るんだよ!」
「えぇえっ!? 僕も一緒、ですかぁ!?」
そ、そんなぁ……折角、ここから逃げ出す、最良の好機だと思ったのに!
「喂、忘れんなよ。その首輪……俺さまから遠く離れたところで、俺さまが【本星名】を唱えた途端、結局は俺さまの思惑通り発動し、お前を地獄へ叩き堕とすのさ。所以、俺さまからは、決して逃げられねぇってことさ。こいつら三莫迦と同様にな。判ったか?」
俺さま、俺さまって……どんだけ、尊大な男なんだ、こいつは!
――バチ――ンッ!
うぎゃあっ! 今度は、情け容赦ない張り手を喰らわされた!
「尊大で悪いか! 暴論吐いて悪いか! さっきから黙って聞いてりゃあ、俺さまのことを〝こいつ〟だの〝鬼畜〟だの〝人非人〟だのと、散々好き勝手なことを……大体、偉大なる俺さまより、低能で低俗で低所得のクセに、えらそうなこと考えるな! 低血圧でも低血糖でも低体温でも、これからは低賃金で最低の仕事を押しつけるぞ、このクソ野郎!」
――バチ――ンッ! バチ――ンッ!
またっ……今度は往復ビンタ! ムチャクチャ痛いんですけど!
「ひぃいっ、なんて無茶な! あっ……そうか! ご主人さまは、この首輪の宝玉を見れば、相手の心を、読めるんでしたね。すみません……って、低能、低俗、低所得は余計です! しかも、病弱だろうと容赦なくこき使うって……人として、どうかと思いますよ! なぁんて、えらそうなこと云っちゃうのが、僕の悪いトコですよねぇ……哈哈、哈哈、哈……」
セリフの途中で、僕の語気が弱まり、尻すぼみになったのにも、わけがある。
神々廻道士が、ズイと突き出した二本指で、僕に目潰し攻撃を仕掛けようとしたからだ。
本当に、本当に……この人は……いや、心を読まれる。これ以上は云うまい。
「ふん、判ればいい」
「いえ、なにも判った気がしませんけど……」
気弱なクセに、自分の立場も顧みず、つい余計な一言を、ボソッとつぶやいてしまう僕。
そんな卑屈な僕を、刺すほど鋭利な眼光で睨みつつ、神々廻道士は猛然と立ち上がった。
「とにかく、往くぞ! 蛇那!」
「はぁい、ご主人さま❤ あらよっと!」
神々廻道士の合図を受けて、蛇那は見かけによらぬ怪力で、僕の体を軽々と担ぎ上げた。
「うわっ……待ってください! ちょっとぉ! 話も通じないの……ふぎゃあっ!?」
そうして蛇那は、暴れる僕を、庭の一隅に置いてあった柩の中へ放りこみ、無理やり蓋を閉じると、素早く釘を打ちつけてしまった。
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しかも、よりによって柩の中なんて、あんまりじゃないか! このままだと、確実に過呼吸を起こして失神する!
僕は、声を限りに叫びまくり、暴れまくり、神々廻道士へ助けをもとめた。
ところが、返って来た言葉は……。
「やかましい! そこをてめぇの〝終の棲み家〟にしたくなかったら、少し黙ってろ!」
――バァ――ンッ!
「ひっ……」
神々廻道士に勢いよく上蓋を叩かれ、僕は恐怖のあまり到頭……気絶してしまった(らしい)。何故なら、次に目が覚めた時、僕はさらなる窮状の中に、身を置いていたからだ。
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