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汪楓白、道士を志すも挫折するの巻
其の八
しおりを挟む――カチャン。
「え……な、なんですか、これ?」
突然、神々廻道士が、僕の首に取りつけた物……それは一見、首輪のようだった。
「首輪だ。見りゃ判んだろ」
あ、やっぱり。
但し普通の首輪とちがい、黒い皮革表面には、不可解な黄金文字が打ち出され、丁度中央部の金具……咽仏の辺りから垂れ下がった金輪には、美しい宝玉が嵌めこまれている。
「いえ、そうじゃなく……なんで僕に、こんなモノつけるんですか?」
そうそう! これじゃあ、まるで、本物の飼い犬みたいじゃないか!
「こいつらとおそろいだ。うれしいだろ?」
神々廻道士が指を鳴らし、合図すると、三妖怪は嫌々といった感じで、己の首に嵌められた同種の首輪を僕に示し、うつむきがちに微笑んだ。なんだか三匹とも、すべてをあきらめきったような、悲壮な笑顔だ。妖怪とはいえ、気の毒になるほど、彼らも嫌なんだな。
……ってことは、だ。絶対的に、うれしいワケ、ないだろ!
僕は、首輪の形状を探り、あちこちいじくり回し、なんとか外そうと試みた。
最後は力尽くで、引き千切ろうとまでしたが、まったく無駄なあがきだった。
「よかったわねぇ、シロちゃん」と、僕の肩に、しなだれかかる蛇那。
「これで貴様も、我々の仲間だな」と、僕の背中を、ポンと叩く蒐影。
「今後とも、よろしく頼むぜ」と、僕の元結頭を、乱暴になでる呀鳥。
ま、まさか……この悪辣なエセ道士が、三妖怪を隷属させてた理由って……まさか!
「その、まさか、だ。お前は晴れて、悪辣なエセ道士さまの、下僕になれたんだよ」
神々廻道士の、嫌味たっぷりなセリフに、僕は震撼した。
「な、なんで、僕の考えたこと……」
目を見開き、冷や汗を流し、生唾を呑みこむ僕の疑念に答えたのは、三妖怪だった。
「この首輪……飾り玉の色と紋様で、ご主人さまには心の声まで読み解けるのだそうだ」
ば、莫迦な! それじゃあ……少しの反逆も、許されないってコト!?
「下手に逆らわない方がいいわよ。ご主人さまがその気になれば、いつでも私たちに罰を与えられるんだから。精々私たち同様、ご主人さまに従い尽くし、暮らしていくことね」
嘘だ……そんな、嘘だろぉ!? 誰か『冗談だよ』と笑ってくれぇ!
「嘘だと思うなら、試しに反抗してみろよ。俺たちにとっちゃあ、面白い見物になるぜ」
いや……なんか怖いから、それはやめておこう……うん、賢明な判断だ。
『『『反抗しろって、云ってんだよ!!!』』』
「ひっ……ひぃいぃぃいっ! また、化けたぁあぁぁぁあっ!」
白蛇、影鬼、怪鳥という、真の姿に戻った三妖怪が、再び僕に襲いかかって来た。
僕はすっかり恐慌を来たし、慌てて廟から逃げ出そうとした。
刹那、神々廻道士の目が、妖しく煌めいた。
嫌な予感……それでも僕は命辛々、逃げるのに必死だ。すると彼は、不可思議な印契を結び、逃げる僕の背中に向けて、これまた不可思議な響きの言葉を云い放った。
最低最悪の凶事は、まさしくその瞬間に起きたのだ。
「逃がすか! 唵嚩耶吠娑嚩訶!」
「うっ……」
僕は、咽が詰まるような、猛烈な苦痛を感じ、前のめりに倒れた。何故なら――、
「うげぇえぇぇぇえっ! く、苦しい……首輪が、絞まる……助けてぇえぇぇえっ!」
そう、首輪が物凄い勢いですぼまり、僕の気道をふさごうとしていたのだ。
しかも、中央に下がる宝玉が光り輝き始め、奇妙な紋様が浮き出しているように見えるが……啊!
そんなこと、どうでもいい! とにかく苦しい! 息ができない! 死ぬ!
「だから、云ったろ。お前が俺さまに反抗するたび、俺さまはお前の存在証明たる【本星名】を唱える。するとお前は、その『鬼封じの首輪』に絞めつけられ、半死半生の思いをする。俺さまが許し、解除の呪禁を口にするまで、そいつはお前の首に喰いこみ続けるぞ」
「ひぃっ……ぐっ……そんな話、まだ聞いてません! そんなら早く……許して、師父!」
「あぁん? 誰にモノ頼んでんだ?」
「ぐえぇえっ……し、死ぬ! 本当に、死ぬ! ごめんなさい、ご主人さま!」
「だから、誰に向かって口利いてんだ?」
「いぃいっ……偉大なる、ご主人さまぁあっ!」
息も絶え絶え、声も切れ切れに、ようやくつむぎ出した屈辱的な言葉。
だけど、僕にとってそれは、唯一の救いの言葉でもあったのだ。
神々廻道士は満足げに微笑し、うなずいた。
代わりに、僕の中では、確実に〝なにか〟が壊れていった。
「吽!」
印契を解き、神々廻道士が呪禁を唱えた途端、首輪は収縮を止め、元の範囲に戻った。
僕は、ゼェゼェと肩で息つき、滂沱の脂汗にまみれ、恐る恐る神々廻道士を振り仰いだ。
案の定、笑っている。蛇那も、蒐影も、呀鳥も、笑っている。啊、こんなにも嗜虐的な人間(と妖怪)に、僕は初めて会った……いや、遭ってしまった。不運と云うより他ない。
「……凛、樺……」
そうつぶやいたきり、僕の頭は朦朧とし、視界は真っ黒になり、そして意識を失った。
〔暗転〕
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