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第二十三章 邂逅

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ワクは、充実した旅を続けます。
四季折々、それぞれに楽しみがあります。
春――期間限定の肉体労働で、仲間と一緒に流す汗。
夏――切り立つ崖の上から眺める、一面夕焼けに染まる世界。
秋――たわわに実った果樹園での、慌ただしくも楽しい収穫作業。
冬――深い森の奥で、猿と一緒に浸かる雪景色の天然温泉。
そういった、目の前の出来事や人との出会いが、大きな充実感や喜びを自分に与えてくれるのを、ワクはしみじみと感じていました。目標に向かって一歩一歩を重ねつつ、ワクは旅生活そのものを満喫していました。
旅人に対する人々の見方も、一時いっときと比べて随分好意的になっているように感じられます。もちろん中にはそれほどでもない人もいますが、それはごく少数派になっていました。少なくともワクの肌感覚では。

そして三年ほどが経ち――ワクは四十九歳になりました。

夏の終わり。
大気はまだ、夏の名残の暑気を含んでいます。
ようやく、民家がちらほらと見えてきました。
ここ一週間ほど、樹々や草花の風景ばかりを友にしてきたワクは、道端に腰を下ろし、人心地つきました。
(久しぶりに人の顔が拝めるな。やれやれだ。)
汗を拭きながら、遠くの山を仰ぎ見ます。
いつでも視界の端に、その姿を小さく見せている山。いつでもワクのことをさりげなく見守ってくれている山。いつでもワクの気持ちにやさしく寄り添ってくれる山。その山も、ここ数日暑さに喘いでいるようでした。
が、そろそろ今日あたりは、秋の気配を確かに感じます。
(少し涼しくなったかな。お前さんもほっとしているだろう。今夜は町中の宿にゆっくり泊まって、うまいもんでも食わしてもらうことにするよ。)
一人きりの時、何となく山に話しかけるような気持ちになっていることが、最近よくあります。
その山から目を少し右にやって、青々とした樹々をふと見ると、
(ん?)
ワクはかすかな既視感を覚えました。
(この風景、何だか見たことがあるような…。いや、そんなわけはないか。自然の風景なんて、どこも似たり寄ったりだしな。)
しばらくゆっくりして、暑さが引いてくると、ワクは再び立ち上がって、集落の方へと歩みを進めました。

まばらな民家が次第に密集し始め、様々な商店も並ぶ大通りに出ました。ここが町の中心でしょう。なかなか活気のある町のようです。
と、ワクはそこでも、軽い既視感を覚えました。
(ここ、前に来たことがある? いやいや。今日は錯覚が多いな。暑さのせいかな。)
日暮れまでにはまだ間がありますが、今日はもうここに泊まろうと決めました。まずは茶店にでも入って一休みだ。
少し行った先に見つけた一軒の茶店。何の変哲もない茶店でしたが、どこか惹かれるものがありました。何故だか、この茶店は素通りしてはいけない気がします。腰を下ろして、お品書きを見ると、その中に、「焦がし胡麻団子」があるではありませんか。懐かしいな。
「親父さん、焦がし胡麻団子ひとつ!」
「へい、まいど!」
(昔、何度か食べたっけ。が、こんなに離れた地方にもあるんだな。意外とどこにでもある団子なのかな?)

「おいおい坊主、本当に失くしたのか?」
一人の少年が、店主と話している声が聞こえました。
「最初から持ってなかったんじゃねえのか?」
「ち、違うよ! 僕、ちゃんとお父ちゃんにお金もらって、この袋の中に入れてきて…あ!」
「何だよ?」
「きっとあの時、落としたんだ。」
「本当かね。大人に嘘をつくと承知しねえぞ、坊主。」
「嘘じゃない!」
お金を失くしたようです。
「どっちにしても、払えねえなら、そいつは返してもらうよ。」
少年は泣きそうな表情です。ワクは気の毒になって、
「どれ、いくらだい? 俺が払うよ。」
「え? いいんすかい? すみませんねぇ、お客さん。」
「いやいや。」
ワクは、親父に言われるがままに代金を払い、少年と一緒に再び腰掛けました。
「ど、どうもありがとうございました。」
少年はぺこりと頭を下げます。
「おう、ちゃんと礼も言えて、しっかりした坊やじゃねえか。」
「あ、はい、いえ…。」
照れています。
その照れた顔。誰かに似ているような気が、一瞬しました。
(今日はどうもおかしい。何を見ても、以前に見たような気になるな。)
「何を買ったんだい?」
「焦がし胡麻団子。」
「へえ、おじさんも今それ食ったところだ。うめえもんな。」
「知らない。食ったことないもん。でも、お父ちゃんに買って来いって言われたから。」
「へえ。父ちゃんのお使いか。感心だなあ。」
「うん、お父ちゃん、具合が悪くて寝てるから。」
「そうかい。親父さん、団子食って元気が出るといいな。」
「うん! お父ちゃん、この団子、昔から好きなんだって。」
「ほう、そうか。で、金を失くしたようだが、大丈夫なのか?」
「うん…。財布がなくなっちゃった。さっき袋を落としたときに、落ちちゃったのかも。でも、中身が袋の中にこぼれて残ってるかもしんないなあ。」
少年は、手にしているを逆さにして、中をぶちまけるように振り始めました。
(なかなか豪快だな、おい。)
とワクは思いました。が、少年は見たところ十歳前後。この年頃の男の子なんて、こんなものなのでしょう。
袋からは、がらくた混じりの小物がたくさん転がり出てきます。手拭い、黄ばんだ紙の束、先が曲がって固まった筆、草履、下着、そして、何に使うのか、木の枝まで。御守りもあります。だいぶ色褪せた山吹色の。
ワクはその御守りを何気なく手に取りました。
「へえ、年季の入った御守りだな。おじさんも、これによく似た御守り、持ってるぜ。」
と、御守りをもてあそぶワクの手が止まりました。
(あれ?)
ワクの御守りとまったく同じ柄。
【大願成就】
縫い込まれている文字も、裏面にある神社の名も同じです。色だけが違います。
(え?)
ワクの御守りというのは、その昔、祭りの神輿担ぎをさせてもらった村で、コウサクからもらったものです。あの時、たくさんの色の中から、自分は深緑色を選んだ。そして、あいつが山吹色を――。
ワクは思わず、少年の顔をじっと見つめました。
(この御守りが、俺とお揃いの御守りなら、これはいったい、どういうことだ? この子は誰? なぜこの子が、この御守りを持っている? いや、こんなに遠く離れた町だ。たまたま同じ御守りなだけだろうな。いや、でも、こんなに遠く離れたこの町に、たまたまあの神社の御守りを持っている人が、そうそういるだろうか。やっぱり、ひょっとすると、この子はあいつの――。)
見つめられてきょとんとしている少年に、ワクは尋ねました。
「お父ちゃんがいるって言ったな?」
「うん。」
「お父ちゃんの名前は、何ていうんだ?」
「なんで?」
「いや、ひょっとしてお前のお父ちゃんが俺の知り合いかもしれねえと思って。」
「?」
「で?」
少年は、ワクの勢いに少々おびえたように、
「せ、センタ…だけど?」
「!」
その名前をかすかに期待していたワクですが、実際に聞くと、驚きに体が震えました。
でも、そんなことがあるでしょうか。こんなところにセンタがいるなんて。何かの間違い? いや、自分の頭がどうにかなったのでしょうか――。
そうだ、センタという名前だけでは、まだ分かりません。偶然の一致ということもあるでしょう。ワクは、続けて少年に尋ねました。
「じゃ、じゃあ、お母ちゃんの名前は?」
「お母ちゃんは、たしか…。」
たしか?
「キミ、と言ってた。」
やっぱり! 間違いない。

「坊や、おじちゃんを、お父ちゃん、お母ちゃんのところへ連れてってくれ。」
「…うん。」
戸惑う少年。無理もありません。茶店で出会った見知らぬおじさんが、急に馴れ馴れしくなり、家へ来るというのですから。
ワクと少年は、並んで歩き出しました。
「今、この町に住んでいるのかい?」
「ううん。すぐそこの宿屋に泊まってる。」
「ああ、すると、旅の途中かい?」
「そう。お父ちゃんと二人で旅をしているんだ。」
「そうか。お父ちゃんと。…お母ちゃんは留守番かい?」
「お母ちゃんはいないよ。僕が赤ちゃんの頃に死んだんだって。」
「!」
そうだったのか。「たしかキミと言ってた」という不自然な答え方。そういう意味だったのか。
「…そうなのか。キミちゃんが…。」
少年は、落胆した様子のワクを見上げて、
「おじちゃんは、お母ちゃんのことも知ってるの?」
「ああ、知ってるとも。とても可愛くて、しっかりした女性だった。」
「ふうん。」
「お父ちゃんは具合が悪いって言ってたな。どこが悪いんだ?」
「うん、よく分かんないけど、カンゾウ? とか、お医者さんが言ってた。お酒の飲みすぎだって。」
センタが…。体を壊すほど酒を飲むのか…。
「その宿屋には、どれくらい泊まっているんだ?」
「えっと、二週間くらい。」
「そうか。お前たちはどこへ行くつもりなんだい?」
「うーん、分かんない。」
「そうか…。ぼくは名前は何ていうんだ?」
「ケイ。」
話しているうちに、ある大きな宿屋の前に、二人は来ました。
「ここかい?」
「うん。」
黒光りする、堂々とした風格の立派な建物でした。コハルのかすみ荘はもちろん、これまでに泊まったどの宿屋よりも立派です。
「いらっしゃいましー! あらお坊ちゃん、お帰りなさい。こちら、坊やのお客さん?」
(大きい割に、きめ細かい接客の宿屋だな。宿泊客の顔をちゃんと覚えているじゃねえか。)
とワクは思いましたが、すぐに思い直しました。
(二週間も連続して泊まってれば、そりゃ覚えるよな。)
そう思うと、とみにセンタのことが心配になりました。
二人は玄関を上がり、ワクは少年の後をついて行きました。薄暗い廊下を歩いた突き当り、一番奥の部屋の前で、二人は立ち止まりました。
「ただいま! お父ちゃん、お客さんだよ。」
入口の襖を開けて、中へ入ると――。
小ぢんまりした部屋の真ん中に、布団に横になっている人影。周囲には、荷物や生活用具が雑然と置かれています。ほんの少し、こもったような臭気が漂っていました。
「お父ちゃん、お客さん!」
少年が部屋へ入りながら、再度告げます。
「おう。おかえり。客? 客って誰だ? こんなところへ客なんぞ来るもんかい。」
しわがれた、力のない声。しかし、懐かしい声でした。
男は上半身を起こしてこちらを見ました。頬がややこけ、目の下にはうっすらとクマ。薄く無精ひげを生やしています。しかし、懐かしい顔でした。
(センタ…。)
ワクをじっと見つめるセンタ。その表情は、ワクが誰だか分かっていない表情です。
「ええと、どちらさんで?」
「センタ。」
「?」
ワクはセンタの脇に座り、肩を揺すりながら、
「痩せたな、お前。」
センタは何かに思い当たったような顔をしました。
「え、あの…いや、まさか。」
「忘れたのかよ!」
「いや、失礼だけど、俺の親友によく似てる気がするんだけど。でも、まさかな。」
「センタ!」
「…わ、ワク? やっぱりお前、ワクなのか?」
ワクは目を潤ませ、無言で何度もうなずきました。
「センタ!」
「…ワク!」

興奮で激しく咳き込むセンタ。しばらくして落ち着くと、布団の上に上半身を起こした状態のまま、ワクとぽつりぽつりと話し始めました。
茶店でケイと出会い、ケイがセンタの息子だと分かったいきさつを聞いて、センタは感慨深げに目を細めました。
「そうか、コウサクさんのお守りがな。あれが、俺たちをまた引き合わせてくれたのかい。」
「ああ。びっくりしたぜ。まさかお前の息子に偶然出くわすなんて、普通じゃ考えられねえ。ちょっとやそっとの縁じゃねえな。」
「そりゃそうさ。俺たちの仲だもの。」
そこでケイに向かって、
「このおじちゃんはな、父ちゃんの親友で、恩人なんだぞ。こいつがいなけりゃ、お前は生まれてなかったかもしんねえ。」
「なんで?」
「父ちゃんが母ちゃんと一緒になれたのは、こいつのおかげだ、ということだ。」
「ふうん。」
「そんなことはないだろ。いや、それは言い過ぎだぜ。」
「いや本当に、お前がいなかったら、キミと一緒になってねえよ。」
「そういや、キミちゃんのこと、聞いたよ。」
センタは遠い目をして、
「…そうか。まあ、いろいろあったよ。あれから何十年もたってるからな。ええと、何年だ? 二十…五年か? お前もいろんな経験をしているだろうが、俺の方もいろんな目にあったよ。」
それからセンタは、ワクと別れてキミのところへ向かった後の経緯を話し始めました。
あの後、無事にキミと再会でき、そのまましばらく一緒に暮らした。しばらくしてお祖母ばあさんは寿命で亡くなり、それを機にキミと一緒に旅に出た。
「そういやな、キミのお祖母ばあさん、あれからずっと俺たちに感謝しっぱなしで。俺にもしょっちゅうそう言うし、お前にもお礼が言いたい、とよく言ってたぜ。」
「達者に過ごしていたんかい?」
「ああ、大往生だった。最後はキミと平穏に暮らせて、幸せだったと思う。」
旅の途中、キミのお腹に子供が出来たので、ある町に定住していた。キミは出産をきっかけに体調を崩し、その二年後に亡くなった。
「キミが逝っちまったときには、もうどうしようかと思ったよ。俺ひとりでどうやってケイを育てようか、と思ってよ。」
ワクは無言で大きくうなずきました。センタは、キミを亡くした悲しみには敢えて触れませんでしたが、ワクにはその悲しみの深さは分かるつもりでした。
「で、考えた挙句に、二人で旅に出ることにした。ケイが八つのときだった。」
「八つで?」
「ああ。」
センタはまた、遠い目をしました。旅に出たのも、あるいは悲しみを振り切るためだったのかもしれません。それから現在まで、センタとケイは旅を続け、今年、ケイは十歳になりました。
「ケイは健康ですくすくと育ってくれているが、俺は弱いからな、ついつい酒に頼って飲みすぎて…このありさまだ。それに…。」
「それに?」
「いや、何でもねえ。」
ワクも、センタと別れてからの経緯を簡単に話しました。コハルとのこと。お助け団の活動。ヤエさんとのこと。
「そうか…お互いに歳をとったよな。」
「ああ。」
しばらく無言で、感慨に耽る二人でした。ケイはそんな二人を、物珍しそうに眺めていました。

ワクは当面の間、彼らと同じ宿屋に泊まって、センタの世話をすることにしました。センタは最初、そんな迷惑をかけられないと難色を示しましたが、
「そんな遠慮をする仲じゃねえだろ。」
ワクの一言で決着が着きました。センタは何も言わず、瞳を潤ませました。
世話と言っても、食事は宿屋で出ますし、風呂には自分でかろうじて入れるため、大してすることもないと思われたのですが、ケイの遊び相手になったり、センタの話し相手になったり、日用品の買い物をしたり…いればいるで、やることは多々あるのでした。
何より、ワクがいることで、センタはゆっくりと体と心を休めることができ、少しずつ体調が回復しているようでした。また、再会した当初と比べ、徐々に快活さが戻ってきました。酒はワクが目を光らせ、飲ませないようにしました。
ケイの方も、病気の父親と二人きりで、子供なりに不安を感じていたようです。センタに言わせると、ワクが来てからずいぶん明るくなった、とのことでした。
そのケイは、知れば知るほど、人好きのする、良い少年のようにワクには思えました。顔は明らかにキミ似で、つぶらな瞳が特徴的です。少年らしい快活さや大胆さもありながら――その点も、センタよりむしろキミに似たのかもしれません――同時に思慮深く、特に相手の気持ちに配慮して発言する、といった繊細な部分も持ち合わせているように、ワクには思えました。小さい頃から苦労してきたせいかもしれません。愛嬌のあるところは、間違いなくセンタ似でした。とにかく、両親の良いとこ取りをしたような息子だ、とワクは感心しました。
「ケイはいい子に育っているじゃねえか。」
「そうか? どっちにしても、俺にとっては宝物だ。キミの忘れ形見だからな。」

ワクとセンタは相談して、あと二、三か月の間、この宿屋に長期滞在することとしました。高級な宿屋に泊まっているのは、病気療養には設備のしっかりした宿の方が良い、という医者からの助言によるものでした。また、この一番端の部屋に泊まっているのは、センタの病気を聞いた宿の女将が、狭いながらも、比較的涼しい部屋をあてがってくれた結果でした。
ワクは滞在の間、少しでも宿代の足しにしようと、大工仕事や農作業手伝い、力仕事など、あちこちで仕事を見つけて、毎日のように仕事に出かけました。

ある日。
先ほどから蝉が一匹だけ、まだ夏は終わらないぞとばかりに、頑張って鳴き声を上げています。
かなり暑さが和らいだその日、ワクは少し顔色の良くなったセンタの枕元に座り込んで、昔話に興じていました。今日は仕事は休みです。ケイは先ほどから、近くの広場へ遊びに行っています。どうやら友達もできて、この町での暮らしも楽しくなってきた様子でした。
「山ん中の湖で泳いだこともあったな。暑くて暑くて。」
「ああ! 鹿を見たときだな。追いかけていったら湖があったんだ。」
「きれいな澄んだ水だった。」
「素っ裸になって。ガキみたいにな。」
「はしゃいでな。いや、俺たち、ガキだったよ、あの頃、まだ。」
「まあ、今でもガキだが。」
「ガキがガキを育ててるのか。こりゃ、大したもんだな。」
「はは。夢を語り合ったよな。山へたどり着いたら、お前は親父さんを連れに戻ると言ってた。」
「…。」
ワクは下を向いて黙りました。センタはその肩に、そっと手を置きます。
「親父は亡くなったよ。」
「…え? 会ったのか?」
「いや、もちろん会ってねえけど。」
「?」
「聞いたんだ。いや、感じたんだ。親父の声を。存在を。」
ワクは、父親が亡くなる前に声を聞いたときのことを話しました。
「あれは絶対そういうことだったに違いない。」
「…そうか。不思議なこともあるもんだな。俺の親父は出て来てくんねえが。」
「お前の親父はまだ生きてるってことだよ。」
「ああそうか。」
二人して軽く笑った後、
「不思議と言えば、こないだから不思議に思ってるんだが…。」
「ああ、そうだな。」
「ん? 分かったのか? 何の話か。」
「なぜ俺たちが再会したのか、ってことだろ?」
「そう。そうなんだ。」
センタは、特に山を目的地に定めているわけではありません。また、定住している期間も長い上に、移動はキミやケイと一緒なので、ワクの歩みよりは遅いはず。どう考えても、ワクの方が遥かに山に近い地点にいるはずです。それなのに、ここでまた巡り合うとは、いったいどういうことでしょうか。二人とも、この疑問の答えは見つけられませんでした。が、ワクの心にひっかかったのは、この町に妙な既視感を覚えることです。ひょっとすると以前に訪れたことがあるのではないだろうか。すると自分は逆戻りしていることになる? いや、それはあり得ない。常に山を前方に見ながら進んできたのだから。では、なぜ? そういえば、昔、誰かが変なことを言ってなかったか――?
「噂だと、山を目指すヤツはみんな、結局同じところをぐるぐる回って、ちっとも前に進まずに、しまいに力尽きるんだという話だぞ。」
あれはたしか、サブロウでした――。
まさか。まっすぐ山の方へ向かっているつもりが、少しずつ方向がずれているのだろうか。すると、いつも前方に見えているあの山は、幻なのか? そうとでも考えないと納得がいかないじゃないか。
山は、遠くて近い――。
ザクロベエの言葉。
背筋にうすら寒いものを覚えました。
「どうした?」
急に黙って険しい顔つきをしたワクに、センタが尋ねました。
「い、いや、なんだか馬鹿馬鹿しいことを考えちまった。」
センタは何も言いませんでしたが、彼もやはり眉間にしわを寄せていました。あるいは、ワクと同じようなことを考えていたのかもしれません。
一匹だけうるさく鳴き続けていた蝉が、その瞬間、ぱたっと鳴き止みました。急な静けさに二人は、何やら不吉な思いに囚われ、思わず顔を見合わせました。
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