Hermit【改稿版】

ひろたひかる

文字の大きさ
上 下
93 / 106
番外小話

Trick or treat!

しおりを挟む
ちょっと時期の早いハロウィンネタです。


=========


 珍しく早く帰ってきた金曜の夜。
 蘇芳は書斎で仕事のメールを打っている。
 今日は家族でハロウィンのパーティーをしようと約束したので早めに帰宅したけれど、どうしても今日中に送らなければならないメールだけはやってしまわねば。仕事の持ち帰りは褒められたことではないけれど、やらなければならないことが多いのは事実だからしょうがない。
 会長職はやはり忙しい。

 ふとドアの外に人の気配を感じて、蘇芳は手を止めた。こそこそと囁き合う声も聞こえてくる。

(あれで隠れてるつもりなんだから)

 内心でくすくす笑ってしまったが、表情は気づかないフリをする。そして急いでメールを終わらせて、何食わぬ顔でパソコンを閉じた。

 すぐにコンコン! とちょっと大きめのノックの音がした。

「はいどうぞ」と返事をすると、書斎のドアが勢いよく開いた。バタン、と大きな音がしてひらいたドアは、ぶつかった勢いでぶるぶる振動している。

「おとーちゃま! とりっか、とりー!」

 舌っ足らずに叫んでポーズを決めているのは、どうやら小さな魔女さんらしい。黒い大きなつばのついたとんがり帽子をかぶって、やはり黒を基調にした裾の広がったワンピース、サテンのマント、黒のショートブーツ。最近お気に入りの魔女っ子戦隊ものアニメのキラキラと光る杖を構えて、もう片手には黒猫のぬいぐるみを抱きしめている。
 蘇芳は笑いをこらえながら椅子から立ち上がり、小さな魔女さんの前で膝を屈めた。

「これはこれは可愛い魔女さん。イタズラされたら困るから、お菓子をどうぞ」

 そう言って背中に隠していたオレンジ色の縞模様が目に痛い包みを手渡した。B5くらいある袋の中身は、娘の大好きなお菓子がぎっしり詰めてあり、口の所は黒いレースのリボンで結んである。
 そう、今日はハロウィン。目の中に入れても痛くないくらい可愛がっている娘のありすが、夏世と一緒に蘇芳を驚かそうと仮装の準備をしていたのは、テレパスなパパにはバレバレだった。

(あんなにワクワクされちゃ、聞きたくなくても聞こえてきちゃうよなあ)

 嬉しそうにお菓子の袋を両手に抱えたありすを抱っこすると、ふとドアの外に立って、顔だけ覗かせている夏世が目に入った。

「夏世? どうしたの?」
「あ、ううん、何でもないデス」

 あはは、と笑う夏世は何だか赤い顔をしている。

「おかーちゃま! ちゃんとあいことばいわないと、お菓子もらえないのよ!」

 蘇芳に抱っこされた魔女さんが自慢げに言う。「ありす、ちゃんと言えたんだからね」と鼻高々だ。

「あ、ありす!」

 夏世が「おかーちゃまはいいから! ほっといて!」と慌てて声を上げるが、蘇芳は合点がいったとばかりにニヤリと笑った。

「へえ、てことは、おかあちゃまは何なのかな、ありす? ありすと同じ魔女さんかな?」
「そうなのよぉ! おかーちゃま、かっこいいの!」

 ありすは蘇芳の腕から降りて夏世のところに行くと、手をとってグイグイ引っ張り出してしまった。

「ほら、おかーちゃま! とりっか、とりー!!」
「あ……はは、トリックオアトリート?」

 出てきた夏世は相当恥ずかしそうだが、蘇芳は無言でそんな妻を見つめてしまった。

 こちらの魔女さんは、やはり長いサテンのマントを着けているが、その下は黒のロングドレス。体にぴったりしたデザインだけど、胸の下くらいまでは黒のレースで肌が透けて見える、悪く言えばランジェリーっぽいデザインで、タイトなスカート部分は足の付け根近くまで深く入ったスリットから形の良い脚が覗いている。それにピンヒールときたもんだ。

「あ、あのね、ありすがどうしてもこのコーディネートじゃないとダメだって言うから、ええと」

 夏世は焦りまくって必死に言い訳をしているが、蘇芳はいつになく色っぽいか彼女一瞬見つめただけで、まるで自分の手柄のように自慢げな娘ににっこり笑いかけた。

「すごいね、ありす。おかあちゃまもかっこいいね。2人とも、ステキな魔女さんだ」
「でしょお!」
「うん、すごいすごい。さ、駿河のところに行って、ジュースをもらってお菓子食べておいで」
「はーい!」

 ありすは素直に書斎を出て、ぱたぱたと走り去っていった。ありすの足音が遠ざかったのを確認すると、蘇芳はにっこりと夏世に笑いかけた。

「ところで、莉貴《りき》は?」

 莉貴は3歳になる長男、ありすの弟だ。

「もう寝ちゃったよ」
「そうか」

 そういう蘇芳の笑顔に、何となく黒いものを感じる。

「さて、こっちの魔女さんにはお菓子は用意してなかったからなあ。どうしようかなあ」

 そう言うと、夏世の腰を引き寄せてその唇にちゅ、ときキスを落とす。

「それに、夏世のほうがお菓子より甘いから」
「何よ、トリックオアトリートって言ったの私の方なのに、それじゃ蘇芳がお菓子もらうみたいじゃない」
「うん、貰っちゃおうかな」
「え、ちょっと蘇芳」
「いただきます」

 言うなり背中と膝裏に腕を回され抱き上げられてしまう。じたばたしてみるが、さすがに男性の力にはかなわない。

「ちょっと待って蘇芳、ほんとに待って! ありすが戻ってきたら」
「大丈夫大丈夫」

 そうしてまんまと書斎に隣接するベッドルームに連れ去られてしまう夏世だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...