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番外小話
Trick or treat!
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ちょっと時期の早いハロウィンネタです。
=========
珍しく早く帰ってきた金曜の夜。
蘇芳は書斎で仕事のメールを打っている。
今日は家族でハロウィンのパーティーをしようと約束したので早めに帰宅したけれど、どうしても今日中に送らなければならないメールだけはやってしまわねば。仕事の持ち帰りは褒められたことではないけれど、やらなければならないことが多いのは事実だからしょうがない。
会長職はやはり忙しい。
ふとドアの外に人の気配を感じて、蘇芳は手を止めた。こそこそと囁き合う声も聞こえてくる。
(あれで隠れてるつもりなんだから)
内心でくすくす笑ってしまったが、表情は気づかないフリをする。そして急いでメールを終わらせて、何食わぬ顔でパソコンを閉じた。
すぐにコンコン! とちょっと大きめのノックの音がした。
「はいどうぞ」と返事をすると、書斎のドアが勢いよく開いた。バタン、と大きな音がしてひらいたドアは、ぶつかった勢いでぶるぶる振動している。
「おとーちゃま! とりっか、とりー!」
舌っ足らずに叫んでポーズを決めているのは、どうやら小さな魔女さんらしい。黒い大きなつばのついたとんがり帽子をかぶって、やはり黒を基調にした裾の広がったワンピース、サテンのマント、黒のショートブーツ。最近お気に入りの魔女っ子戦隊ものアニメのキラキラと光る杖を構えて、もう片手には黒猫のぬいぐるみを抱きしめている。
蘇芳は笑いをこらえながら椅子から立ち上がり、小さな魔女さんの前で膝を屈めた。
「これはこれは可愛い魔女さん。イタズラされたら困るから、お菓子をどうぞ」
そう言って背中に隠していたオレンジ色の縞模様が目に痛い包みを手渡した。B5くらいある袋の中身は、娘の大好きなお菓子がぎっしり詰めてあり、口の所は黒いレースのリボンで結んである。
そう、今日はハロウィン。目の中に入れても痛くないくらい可愛がっている娘のありすが、夏世と一緒に蘇芳を驚かそうと仮装の準備をしていたのは、テレパスなパパにはバレバレだった。
(あんなにワクワクされちゃ、聞きたくなくても聞こえてきちゃうよなあ)
嬉しそうにお菓子の袋を両手に抱えたありすを抱っこすると、ふとドアの外に立って、顔だけ覗かせている夏世が目に入った。
「夏世? どうしたの?」
「あ、ううん、何でもないデス」
あはは、と笑う夏世は何だか赤い顔をしている。
「おかーちゃま! ちゃんとあいことばいわないと、お菓子もらえないのよ!」
蘇芳に抱っこされた魔女さんが自慢げに言う。「ありす、ちゃんと言えたんだからね」と鼻高々だ。
「あ、ありす!」
夏世が「おかーちゃまはいいから! ほっといて!」と慌てて声を上げるが、蘇芳は合点がいったとばかりにニヤリと笑った。
「へえ、てことは、おかあちゃまは何なのかな、ありす? ありすと同じ魔女さんかな?」
「そうなのよぉ! おかーちゃま、かっこいいの!」
ありすは蘇芳の腕から降りて夏世のところに行くと、手をとってグイグイ引っ張り出してしまった。
「ほら、おかーちゃま! とりっか、とりー!!」
「あ……はは、トリックオアトリート?」
出てきた夏世は相当恥ずかしそうだが、蘇芳は無言でそんな妻を見つめてしまった。
こちらの魔女さんは、やはり長いサテンのマントを着けているが、その下は黒のロングドレス。体にぴったりしたデザインだけど、胸の下くらいまでは黒のレースで肌が透けて見える、悪く言えばランジェリーっぽいデザインで、タイトなスカート部分は足の付け根近くまで深く入ったスリットから形の良い脚が覗いている。それにピンヒールときたもんだ。
「あ、あのね、ありすがどうしてもこのコーディネートじゃないとダメだって言うから、ええと」
夏世は焦りまくって必死に言い訳をしているが、蘇芳はいつになく色っぽいか彼女一瞬見つめただけで、まるで自分の手柄のように自慢げな娘ににっこり笑いかけた。
「すごいね、ありす。おかあちゃまもかっこいいね。2人とも、ステキな魔女さんだ」
「でしょお!」
「うん、すごいすごい。さ、駿河のところに行って、ジュースをもらってお菓子食べておいで」
「はーい!」
ありすは素直に書斎を出て、ぱたぱたと走り去っていった。ありすの足音が遠ざかったのを確認すると、蘇芳はにっこりと夏世に笑いかけた。
「ところで、莉貴《りき》は?」
莉貴は3歳になる長男、ありすの弟だ。
「もう寝ちゃったよ」
「そうか」
そういう蘇芳の笑顔に、何となく黒いものを感じる。
「さて、こっちの魔女さんにはお菓子は用意してなかったからなあ。どうしようかなあ」
そう言うと、夏世の腰を引き寄せてその唇にちゅ、ときキスを落とす。
「それに、夏世のほうがお菓子より甘いから」
「何よ、トリックオアトリートって言ったの私の方なのに、それじゃ蘇芳がお菓子もらうみたいじゃない」
「うん、貰っちゃおうかな」
「え、ちょっと蘇芳」
「いただきます」
言うなり背中と膝裏に腕を回され抱き上げられてしまう。じたばたしてみるが、さすがに男性の力にはかなわない。
「ちょっと待って蘇芳、ほんとに待って! ありすが戻ってきたら」
「大丈夫大丈夫」
そうしてまんまと書斎に隣接するベッドルームに連れ去られてしまう夏世だった。
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珍しく早く帰ってきた金曜の夜。
蘇芳は書斎で仕事のメールを打っている。
今日は家族でハロウィンのパーティーをしようと約束したので早めに帰宅したけれど、どうしても今日中に送らなければならないメールだけはやってしまわねば。仕事の持ち帰りは褒められたことではないけれど、やらなければならないことが多いのは事実だからしょうがない。
会長職はやはり忙しい。
ふとドアの外に人の気配を感じて、蘇芳は手を止めた。こそこそと囁き合う声も聞こえてくる。
(あれで隠れてるつもりなんだから)
内心でくすくす笑ってしまったが、表情は気づかないフリをする。そして急いでメールを終わらせて、何食わぬ顔でパソコンを閉じた。
すぐにコンコン! とちょっと大きめのノックの音がした。
「はいどうぞ」と返事をすると、書斎のドアが勢いよく開いた。バタン、と大きな音がしてひらいたドアは、ぶつかった勢いでぶるぶる振動している。
「おとーちゃま! とりっか、とりー!」
舌っ足らずに叫んでポーズを決めているのは、どうやら小さな魔女さんらしい。黒い大きなつばのついたとんがり帽子をかぶって、やはり黒を基調にした裾の広がったワンピース、サテンのマント、黒のショートブーツ。最近お気に入りの魔女っ子戦隊ものアニメのキラキラと光る杖を構えて、もう片手には黒猫のぬいぐるみを抱きしめている。
蘇芳は笑いをこらえながら椅子から立ち上がり、小さな魔女さんの前で膝を屈めた。
「これはこれは可愛い魔女さん。イタズラされたら困るから、お菓子をどうぞ」
そう言って背中に隠していたオレンジ色の縞模様が目に痛い包みを手渡した。B5くらいある袋の中身は、娘の大好きなお菓子がぎっしり詰めてあり、口の所は黒いレースのリボンで結んである。
そう、今日はハロウィン。目の中に入れても痛くないくらい可愛がっている娘のありすが、夏世と一緒に蘇芳を驚かそうと仮装の準備をしていたのは、テレパスなパパにはバレバレだった。
(あんなにワクワクされちゃ、聞きたくなくても聞こえてきちゃうよなあ)
嬉しそうにお菓子の袋を両手に抱えたありすを抱っこすると、ふとドアの外に立って、顔だけ覗かせている夏世が目に入った。
「夏世? どうしたの?」
「あ、ううん、何でもないデス」
あはは、と笑う夏世は何だか赤い顔をしている。
「おかーちゃま! ちゃんとあいことばいわないと、お菓子もらえないのよ!」
蘇芳に抱っこされた魔女さんが自慢げに言う。「ありす、ちゃんと言えたんだからね」と鼻高々だ。
「あ、ありす!」
夏世が「おかーちゃまはいいから! ほっといて!」と慌てて声を上げるが、蘇芳は合点がいったとばかりにニヤリと笑った。
「へえ、てことは、おかあちゃまは何なのかな、ありす? ありすと同じ魔女さんかな?」
「そうなのよぉ! おかーちゃま、かっこいいの!」
ありすは蘇芳の腕から降りて夏世のところに行くと、手をとってグイグイ引っ張り出してしまった。
「ほら、おかーちゃま! とりっか、とりー!!」
「あ……はは、トリックオアトリート?」
出てきた夏世は相当恥ずかしそうだが、蘇芳は無言でそんな妻を見つめてしまった。
こちらの魔女さんは、やはり長いサテンのマントを着けているが、その下は黒のロングドレス。体にぴったりしたデザインだけど、胸の下くらいまでは黒のレースで肌が透けて見える、悪く言えばランジェリーっぽいデザインで、タイトなスカート部分は足の付け根近くまで深く入ったスリットから形の良い脚が覗いている。それにピンヒールときたもんだ。
「あ、あのね、ありすがどうしてもこのコーディネートじゃないとダメだって言うから、ええと」
夏世は焦りまくって必死に言い訳をしているが、蘇芳はいつになく色っぽいか彼女一瞬見つめただけで、まるで自分の手柄のように自慢げな娘ににっこり笑いかけた。
「すごいね、ありす。おかあちゃまもかっこいいね。2人とも、ステキな魔女さんだ」
「でしょお!」
「うん、すごいすごい。さ、駿河のところに行って、ジュースをもらってお菓子食べておいで」
「はーい!」
ありすは素直に書斎を出て、ぱたぱたと走り去っていった。ありすの足音が遠ざかったのを確認すると、蘇芳はにっこりと夏世に笑いかけた。
「ところで、莉貴《りき》は?」
莉貴は3歳になる長男、ありすの弟だ。
「もう寝ちゃったよ」
「そうか」
そういう蘇芳の笑顔に、何となく黒いものを感じる。
「さて、こっちの魔女さんにはお菓子は用意してなかったからなあ。どうしようかなあ」
そう言うと、夏世の腰を引き寄せてその唇にちゅ、ときキスを落とす。
「それに、夏世のほうがお菓子より甘いから」
「何よ、トリックオアトリートって言ったの私の方なのに、それじゃ蘇芳がお菓子もらうみたいじゃない」
「うん、貰っちゃおうかな」
「え、ちょっと蘇芳」
「いただきます」
言うなり背中と膝裏に腕を回され抱き上げられてしまう。じたばたしてみるが、さすがに男性の力にはかなわない。
「ちょっと待って蘇芳、ほんとに待って! ありすが戻ってきたら」
「大丈夫大丈夫」
そうしてまんまと書斎に隣接するベッドルームに連れ去られてしまう夏世だった。
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