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番外小話
桜を見上げながら
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四角いファインダーの向こうには満開の桜。真っ青な空に映える桜は淡いピンクの霞のよう。
カシャ、とシャッター音を響かせてその一瞬を切り取る。風の具合、光の加減、その瞬間にしか見られない唯一無二の光景を収めていく。一平は何枚か撮影し、カメラのモニターで写り具合を確認してみた。今回は下から見上げる構図での撮影、以前とはまた違う角度の桜に新鮮な感動を覚える。
去年、ここに同じ桜の木を撮影しに来た。
少し距離をとって桜の木の全景が収まるように撮った写真は大きなパネルにして部屋に飾ってある。
自分でもなかなかの出来だと思っているこの写真だが、これを撮影したときは本当は撮影が目的では来たわけじゃなかった。消えてしまった大切な人を探す旅の途中だったのだ。
あの事件の直後いなくなった優がどこにいるのか見当もつかず、一平は休みを利用してあちこちを探し歩いていた。そんな中、春先にたまたま訪れたこの土地にこの桜を見つけた。少し小高い丘の上にぽつんと一本だけ立ち上がった太い幹、それに覆いかぶさるように咲く満開の桜。その美しさに見惚れ、気がつけば夢中でシャッターを切っていた。木の全体が写るようにレイアウトを決めて何枚も撮影したが、近寄って花を接写しようとは何故か思わなかった。
なぜだろうな、と去年のことを思い出しつつ一平は桜を見上げた。見上げた花の隙間から青空の色が透けて見えるのがきれいで、一平はもう一度カメラを構えた。
「一平さん! お弁当にしよう」
ファインダーから目を離して優の声に振り向いた。今年は去年と違って彼女が一緒だ。部屋のパネルを見てずいぶん気に入ったみたいなので、一緒に行ってみようかと出かけてきたのだ。優はたいそう喜んで、お弁当を作ってきてくれたのだ。どうやら今日は色とりどりのサンドイッチに鶏の唐揚げ、おまけにデザートもつくらしい。途端にぐう、と腹の虫が鳴いた。
「うん、そろそろ腹減ってきたよ」
そう返事をしてカメラの電源を落とした。
今日はどうしても桜の全景ではなくその花を下から撮影したかった。凛とひとりで立つ桜じゃなくて、優と一緒に見上げる桜を撮りたかったから。
去年撮影したときに近寄って撮る気になれなかったのは、きっと優がいなかったから。ひとりで当てもなく優を探す自分の孤独感とか、もう会えないのではという不安と必死に戦っている様を、丘の上に一本だけ立っている桜の木に重ね合わせていたのかもしれない。
でも今年は優がいる。一平を見つめて笑ってくれる。
一緒にいられることがうれしい。一緒にいるだけで暖かいなにかで自分が満たされていくのを感じる。
この桜もまたパネルに仕立てよう。そして今までのパネルと入れ替えよう。そうやって二人の思い出で上書きしていく作業もきっと悪くないに違いない。
レジャーシートに広げられた弁当にひとひら花びらが舞い落ちる。それを指先でつまみ上げて優が笑う。
今年の桜はいつになくきれいだ、と感じながら一平はサンドイッチにかぶりついた。
カシャ、とシャッター音を響かせてその一瞬を切り取る。風の具合、光の加減、その瞬間にしか見られない唯一無二の光景を収めていく。一平は何枚か撮影し、カメラのモニターで写り具合を確認してみた。今回は下から見上げる構図での撮影、以前とはまた違う角度の桜に新鮮な感動を覚える。
去年、ここに同じ桜の木を撮影しに来た。
少し距離をとって桜の木の全景が収まるように撮った写真は大きなパネルにして部屋に飾ってある。
自分でもなかなかの出来だと思っているこの写真だが、これを撮影したときは本当は撮影が目的では来たわけじゃなかった。消えてしまった大切な人を探す旅の途中だったのだ。
あの事件の直後いなくなった優がどこにいるのか見当もつかず、一平は休みを利用してあちこちを探し歩いていた。そんな中、春先にたまたま訪れたこの土地にこの桜を見つけた。少し小高い丘の上にぽつんと一本だけ立ち上がった太い幹、それに覆いかぶさるように咲く満開の桜。その美しさに見惚れ、気がつけば夢中でシャッターを切っていた。木の全体が写るようにレイアウトを決めて何枚も撮影したが、近寄って花を接写しようとは何故か思わなかった。
なぜだろうな、と去年のことを思い出しつつ一平は桜を見上げた。見上げた花の隙間から青空の色が透けて見えるのがきれいで、一平はもう一度カメラを構えた。
「一平さん! お弁当にしよう」
ファインダーから目を離して優の声に振り向いた。今年は去年と違って彼女が一緒だ。部屋のパネルを見てずいぶん気に入ったみたいなので、一緒に行ってみようかと出かけてきたのだ。優はたいそう喜んで、お弁当を作ってきてくれたのだ。どうやら今日は色とりどりのサンドイッチに鶏の唐揚げ、おまけにデザートもつくらしい。途端にぐう、と腹の虫が鳴いた。
「うん、そろそろ腹減ってきたよ」
そう返事をしてカメラの電源を落とした。
今日はどうしても桜の全景ではなくその花を下から撮影したかった。凛とひとりで立つ桜じゃなくて、優と一緒に見上げる桜を撮りたかったから。
去年撮影したときに近寄って撮る気になれなかったのは、きっと優がいなかったから。ひとりで当てもなく優を探す自分の孤独感とか、もう会えないのではという不安と必死に戦っている様を、丘の上に一本だけ立っている桜の木に重ね合わせていたのかもしれない。
でも今年は優がいる。一平を見つめて笑ってくれる。
一緒にいられることがうれしい。一緒にいるだけで暖かいなにかで自分が満たされていくのを感じる。
この桜もまたパネルに仕立てよう。そして今までのパネルと入れ替えよう。そうやって二人の思い出で上書きしていく作業もきっと悪くないに違いない。
レジャーシートに広げられた弁当にひとひら花びらが舞い落ちる。それを指先でつまみ上げて優が笑う。
今年の桜はいつになくきれいだ、と感じながら一平はサンドイッチにかぶりついた。
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