Hermit【改稿版】

ひろたひかる

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本編

招かれざる客

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「優、納得いってないだろ」
「そういう一平さんだって」
 二人でちょっとため息をついてしまった。
 蘇芳と夏世が連絡だ何だで忙しくなってしまったので、とりあえず二人は自室に引き上げることにした。総一郎はさすがに限界らしく、用意してもらった客室で寝てしまった。南美も宿題があるからと部屋へ戻っている。
 二階の広い廊下に置いてあるベンチに二人で座り、顔を見合わせた。
「何かね、蘇芳さんとか東さんに丸投げしちゃったみたいでいたたまれないっていうか、途中で投げ出すみたいでもやっとするの」
「あ、そっちの方か。俺の場合は清野の奴をこの手でぶっ飛ばしたいってのもあるかな」
 一平が拳骨を握ってみせる。確かに一平が倒したのは大沼で、清野には指一本触れられていない。
「まあ、確かに釈然としないよな」
 一平も同意見のようだ。
 とはいえ優だって警察の邪魔をしたいわけじゃないし、蘇芳の言っていることが正解なんだろう。そもそも多少の訓練を受けたとはいえ別に戦い方を学んだわけじゃない。荒事に関わるのは優には怖いことだ。
 わかってはいるけど悔しい気持ちもある。
 モヤモヤしていても仕方がないので優は話題を変えた。
「釈然としないって言えば、清野さん。結局、一平さんとどういう関わりなんだろう?」
「俺、本当に心あたりないんだよなあ」
 うーん、と首をひねった。同じ学校にもいなかったし、空手の試合相手でもなさそうだし、大学のサークル関係なんて狭い世界だし――と指降りながら考えているが、やはり思い当たることはなかったようだ。
「ま、いいか。ここでいくら考えててもわからないものはわからないもんな。
 ――なあ、優。やっぱり蘇芳が俺たちに手を出すなって釘刺したの、正解だと思う。俺としては優をこれ以上危険な目に遭わせない、ってのは大賛成だし」
「それは私も一緒。また一平さんに何かあったら、私――」
 一平がいなくなった時の気持ちが蘇ってきて、鼻の奥がツンと痛くなる。何だかすっかり泣き虫になっちゃったなあ、と優は自省した。以前はこんなじゃなかったのに、と。
「何だよ、泣くなよ」
「う、泣いて、ないから」
「まったく、ふくれっ面すんなって」
 くしゃくしゃっと髪をかき回される。
「やぁだ、やめて」
「ごめんごめん。でも可愛いんだもん」
「――!」
 不意打ちだ。
 こんな甘いセリフを平気で言うような人だったろうか。優は真っ赤な顔で目をそらす。
「え? 怒っちゃった?」
「そうじゃなくて――ああもう」
 優は照れて顔をそむけたが、ちらっと一平を振り向くと、可愛くてしょうがないというような笑顔で優をじっと見ている。
 こんな微笑み、どこかで見たことがあるな。優は思った。
 そうだ、蘇芳だ。蘇芳が夏世を見ている顔と似ている。さすが血はつながっていなくても兄弟だ、と妙に納得してしまう。顔の赤さが耳や首筋まで達して暑い。
「優? どうした? こっち向いて」
 楽しそうに一平が言うのでひょっとしてからかわれてるのでは、とようやく気がついた。
「もう! からかってるのね」
「いやいや、照れる顔がますますかわいいとか思ってませんから」
 頬をちょん、と指先でつつかれて、なんだか追い詰められたような気分になってしまう。
「もう、まじめな話してたでしょ」
「――はい、すみません」
 一平もさすがにからかいすぎたと反省したのだろう。「話、戻そっか」と座りなおした。
「で、お互い相手に何かあったら絶対に嫌だって話だったよな」
「うん。でね、自分でなんとかしようって飛び出して、結局他の人にどれだけ心配かけているかとか、待ってる人たちの辛さとか、そういうのよくわかったから。蘇芳さんの言う通りおとなしくしてる」
「はは、そうだな。俺もそこは反省しなきゃな――あの時はごめんな。心配かけた」
「ううん」
 隣に座る一平の肩にこつん、と頭を預けると、一平がそっと髪をなでてくれた。
 好きな人と過ごすこんな他愛もない時間。何て幸せなんだろう。たった今まじめな話にシフトチェンジしたはずなのに、結局のところ優もまじめな話より一平と他愛もない話をしてただ一緒にいるほうがいいのだ。
 くっついたところから一平の体温が伝わってきて、ふんわりと癒される。このままずっとこうしていたいな、なんて考える。
 すっかり体重を預けてしまっているけれど、重くないかな。あと、今日もちょっと暑かったし、髪の毛臭くないかな――
「優、なんかいつも甘い匂いがする。今日も夏世のオードトワレ、つけてる?」
「ううん、何だろう?」
「シャンプーとか?」
「いつものだよ?」
「じゃ、何だろう。いい匂い」
 すん、と一平が優の髪の匂いをかいだ。それだけなのに何となくいけないことをしているみたいでドキッとする。
 ところが一平がぱっと顔を上げた。
「ご、ごめん。ちょっと俺変態っぽかった?」
 言われてみればそんな気もするが、優は「ううん」と首を横に振った。
「嫌じゃなかったよ」
「よかった」
 一平がそう言って微笑み、額に軽く唇で触れた。触れられた部分から体中に暖かいものが広がっていくようで、心地よくてとろけてしまいそう。
 しばらくそのまま見つめ合っていたが、やがてそっと優の頬に大きな手が添えられ、軽く上を向かされる。
 自然と目が閉じ、唇と唇が触れ合うのに任せた。
 軽くついばむようなキスに、とろけて混じりあってしまいそう。
「優。好きだよ」
 キスの合間に紡がれる言葉がうれしい。優もどうしても伝えたくて口を開こうとするのだけれど、そのたびに一平の唇に邪魔される。
 うれしい。
 すき。
 吐息に交じってそんな言葉が勝手に漏れ出すのを止めることができなかった――が。

 がしゃん!

 突然聞こえたガラスの割れる音に、一気に現実に引き戻される。
 音は廊下の東奥から聞こえてきた。東側の突き当り、そこは一平の部屋だ。
「俺の部屋か?」
 甘い雰囲気は一瞬にして霧散してしまった。顔を引き締め二人一緒に一平の部屋へ向かう。そっとわずかに扉を開くと、風が流れてくるのを感じた。どうやら窓が開いているらしい。
「ひょっとして窓ガラスが割れた音?」
「優、俺の後ろに」
 優はテレパシーで、一平は空手で培った勘で部屋の中に人の気配を感じ取る。一平が優を背後にかばいつつ、勢いよく扉を開けた。
 バン! と扉がきしむほど大きな音を立てる。すると部屋の暗がりから声が聞こえてきた。
「まったく、粗暴だなあ君は」
 暗い部屋の中、誰かが立っていた。割れた窓ガラスの向こうからのぞく月に照らされて、逆光で顔はよく見えない。
 細身ですっと背が高く、そして聞き覚えのある声。まさかと思う一方で、ついに来たかという気持ちもある。
「――清野……!」
 清野がそこに立っていた。
「おまえたちのせいだよ」
 低い声で清野がつぶやいた。
「俺の計画は順調だった。あんな頭の古い古狸たちより俺の方が何倍も上手く組織を使えるんだ。狸たちの目的は金と地位だったけど、俺は違う。もっと崇高な目的なんだ。
 おまえたちだって俺に従えば、俺の作る新しい世界で優れた新しい人類として君臨できるものを、何で敵対する」
「何言ってんだ、あんた。本気でそんなこと考えてるわけじゃないだろ?」
 一平が呆れた声で返す。
「第一、組織内のあんたの配下全員が超能力者なわけじゃないだろ? なら、その理想だけであんたに従ってる人間の数はたかが知れてるってことだ。そのあんたの理想の世界とやらは信用できない。第一、俺、優れた新しい人類って奴にキョーミねえから」
「交渉決裂だな。まあ、そもそも君を俺の理想の世界へ連れて行く気はなかったけどね」
「何だよ、嫌われたもんだな」
 一平と清野の間に一触即発の空気がぴぃんと張りつめている。何だか室温が下がったような気さえする。
「き、清野さん。なんでそんなに一平さんを目の敵にするの? 私と違って、理由がないでしょ」
 言いながら優はPKで部屋の照明のスイッチを入れた。突然明るくなった室内で、美しいはずの清野の表情に優はぞっとした。どこか狂気をはらんだように見えたのだ。
「順調だったんだよ。何年もかけて計画して、準備してきたものが、おまえたちが手を打ったせいで壊れ始めている。
 ――おまえたちが! 俺が手に入れたものに傷をつけた! ひびを入れた! だから、今度は俺がおまえたちをここから追い出してやる。そもそも、ここは俺のいるべき場所だ」
「意味わかんねえ」
 本当にこの人はどこかおかしくなっているんじゃないか。優は怖くなってきた。
 今聞いていても清野の理想はいろいろと穴だらけな気がするのだ。なのに清野は自信満々にそれを語り、清野の信者は清野に心酔している。まるで新興宗教に妄信的になってしまった人たちを見ているようだ。
「わからなくていい! 元々は俺がおまえの立場にいたはずなんだ、麻生一平! それをおまえが、よそ者のお前が、俺のための場所に入り込んだんだ!」
 本当に何を言っているのかわからない。今度は狂信者というより子供の駄々を聞いているようだ。何だかイメージが安定しない。優は一平のシャツを無意識にぎゅっとつかんでいた。
 その時バタバタと足音がして、蘇芳と駿河が部屋に駆け込んできた。
「一平! 何があった! 大丈夫か」
 蘇芳が真っ先に飛び込んできて、驚いて立ち止まった。一平と優の他に見知らぬ男がいて、窓ガラスは割れている。驚くなという方が無理な話だ。
「誰だ?」
 部屋の入り口で立ち止まったまま、蘇芳が警戒した声を出す。すると清野がゆっくりと視線を蘇芳に向け、どこか恍惚とした笑みを見せた。
「こんばんは、古川蘇芳さん」
 一平が「蘇芳にはさん付けなんだ」とツッコミを入れているが、清野は全くの無視だ。
「君が、清野さん?」
 蘇芳の問いに清野は返事をせず、ただ口の端をニヤリと上げて肯定を示す。
「ええ、そうです。お会いできてうれしいです。
 あなたがたが手を回してくれたおかげで、組織は結構なダメージを受けました。立て直しにはちょっと手間も資金もかかりますね。新たに資金源も確保しなきゃいけないみたいですし、どうですか、組織に出資しませんか」
「はあ?」
 声に出して呆れたのは一平だが、蘇芳も面食らった顔をしている。が、そこはさすがの会長。すぐに立て直して表情を引き締めた。
「あいにくだけど清野さん、僕はそっち方面に事業を拡大させるつもりもないし、第一、興味もない。お断りさせていただくよ」
「まあ、そう言うだろうとは思っていました」
 しれっと返した清野は断られたというのに愉悦に浸った顔をしている。
「ああ、思っていた通りだ。あなたのその徹底した手腕、やはりさすがですね。こんなに一気に組織にダメージを与えられることは想定していなかった。素晴らしい」
 清野の声はだんだんうわずっていく。興奮の度合いが右肩上がりになっているようにも見受けられる。
(なんか、怖い)
 優は気味が悪くなってきた。もともと清野が話していたこと自体狂信的な内容ではあったが、今の様子を見ているとまるでそれ以上の狂気を内に秘めているように思えてしまう。
 思わず一平の後ろに隠れて袖をぎゅっと握りしめる優に対して、逆に蘇芳の背後から顔を出したのは駿河だった。駿河は清野の姿を目にして、何やら考え込んでいるようだった。そして。
「――!!」
 駿河が息をのんだ。蘇芳がその様子に気づいて駿河をちらっと振り返る。
「駿河?」
「まさか――でも、確かに面影が」
 蘇芳がハッとした顔で駿河と清野を何度も見比べる。
 蘇芳の脳裏に、忘れられない小さな影が春の花の香りを伴って蘇る。
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