Hermit【改稿版】

ひろたひかる

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本編

崩壊

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「誰もいないみたい」
 改めて施設の中を調べるため透視の網を広げてみたが、なぜか今度は隔壁にバリア機能がかかっていない。恐る恐るその先を覗いたが、人は誰もいなかった。一平も難しい顔でその様子を聞いていた。
「誰も施設内にいない、その上バリアシステムも働いてない。隔壁は?」
「閉まってる」
「でもバリアシステムがないなら俺たちなら開けられるわけだ。罠臭い」
 優も同意見だ。
「でも、なんでこのタイミングで? さっきのトラックがあの施設を引き払うためのものなら、早すぎる気がするの」
「タイミング?」
「さっき南美のマンションでやりあった男の人、あの人が捕まったからここがバレると思って引き払ったのかなって思ったの。でも、捕まったことが組織に伝わって、すぐに引き上げを決めたとしても早すぎるかなって。私、すぐにテレポートしてここまで来たんだし、あの人捕まえてから一時間も経ってないよ?」
「確かになあ」
 二人はもう一度施設の方へ視線を向けた。相変わらず真っ暗な中にぽつんと街灯がひとつ浮かび上がっていて、風の音や虫の声以外の人工的な音は一切しない。
「でも、なら――つまり、さっきの野郎は捨て駒ってことか?」
「え?」
「最初から組織はあの男が優ちゃんを攫う任務を果たせるとは思ってなかった。むしろ捕まるだろうと予想してたってこと。奴が捕まってあの施設の場所がこっち側に割れたときに、あそこに誘いこんで優ちゃんを捕まえようとしてるとか」
 一平の推理はあり得ないことじゃない。優は背筋が寒くなった。
「とすると、このままあそこを調べに行くのは得策じゃないな。一先ず蘇芳に連絡するよ」
 スマホは辛うじて電波が届いている。一平が蘇芳に電話をかけ始めたのを見ながら優はもう一度施設の隔壁の奥を透視してみた。
 確か自分が入れられていた部屋は地下のさらに深いところで、逃げ出したあの日は三階か四階は階段を駆け上がったと思う。
 やはり人の気配は感じられず、優はもう少し大胆に施設内部を透視し始めた。警備員の詰め所、その奥に複雑に曲がりくねった廊下が続き、何だか分からない部屋がいくつも並んでいる。その向こうに優と総一郎が上がった階段がある。そこからさらに下の階へ透視の網を広げ――

 が、その時だった。
 何かが優の感覚に危険信号を伝えてくる。
 超能力者の勘としかいえないその僅かな違和感に、危機感が一気に高まる。
「――ああ、だから一先ず中を調べるのはやめて」
「一平さん!」
 体が勝手に動いてまだ通話中の一平に体当りするように抱きついた。そのまま間髪を入れず一平を連れてテレポート。目の端に映った少し離れた山の頂へ一気に移動した。
 テレポートアウトした、次の瞬間。

 ドォオオオン!

 激しい爆発音が地面を揺らす。タックルした勢いのまま跳んだ二人は、折り重なるようにしてその音を聞いた。
「優ちゃん、大丈夫――な、何だあれ!」
 下敷きになった一平が上半身を起こし優の背後を唖然とした顔で見ていた。つられて振り返った優も一平の視線の先をたどる。その先にはさっきまで二人がいた山があった。その中腹に大きな穴があき、穴付近は土砂崩れを起こしている。大きな木が根ごと穴を滑り落ちていくのが見えた。こんな離れた場所からもわかるほどだから、実際の崩落の規模は相当な規模だと思われる。テレポートしなかったら巻き込まれていただろう。
「さっき私たちがいたあたりだ」
「たぶん、証拠隠滅したんだと思う」
 施設の内部を透視した時の刺すような危機感を思い出し、優は表情を固くする。
「まさかそのためにあんな大掛かりに爆破したってのか? あんなの、すぐに消防も報道も殺到するんじゃ――」
 そこまで言って一平は言葉を止めた。テレポートした時に落としたらしいスマホから焦った蘇芳の声が一平を呼んでいたのに気がついたからだ。一平はそれを拾い上げるとまた蘇芳と話し始める。優はまだ崩落を続ける山をただ眺めるしかなかった。

 だが不意に聞こえてきた声に現実に引き戻される。
「――こんなところで会うとは思わなかったなあ、P7」
 ざわっ、と緊張が腹の底から体を駆け上がった。瞬時に警戒網を展開し辺りを見回したが、人らしき気配は一切感知できない。バリアシステムを使っている時に、そこだけ黒く塗りつぶされたように感知できない空間ができるが、それすらないのだ。怖い。
「誰だ!」
 すぐに優に駆け寄った一平が木々に向かって叫ぶ。しんとした森がその声を吸い取って内包してしまったかのように、なんの手応えもなく感じる。
 が、すぐにクスクスと笑う声がした。
「心配しなくても今は何もしないよ。それにしても思ったより早かったね。君がここに来るのはもっと後だと思っていたよ、P7――おまけに俺もびっくりな展開だ。まさかそいつと一緒にいるとは。なあ、麻生一平、くん?」
「!」
 優が恐れていたことが起きてしまった。
 自分をP7と呼ぶ男の声、つまりは組織の人間が一平のことを知っている――完全に一平は組織に認識されてしまった、南美のように組織の標的の一人になってしまったということだ。
 ああ、ついに引き返せないところまで彼を巻き込んでしまった。
 ショックで呆然としてしまった優の肩を一平がぎゅっと抱き寄せる。ハッとして見上げた一平の横顔は、なぜか不敵に笑っている。
「へえ、俺のことも調査済ってことか?」
「いやいや、君のことはまた別件さ。だから俺としてもP7と一緒にいたから驚いてるよ――さて、こうやって声をかけたのはね、一言挨拶しておこうと思ってさ」
「挨拶?」
「そう。しばらくはこちらとしては君たちの相手をしてられないんだ。だから挨拶」
「はあ?」
 一平が素っ頓狂な声を上げるが、優も全く同じ心境だ。あなたたちが先に手出ししてきたんでしょう、と。
「P7は貴重な成功サンプルだからね、俺たちとしてもそのまま放っておくわけにはいかないんだけど、しばらくは多忙でね。繁忙期乗り越えたらまた相手するから、それまでのんびりしてるといいよ。あー、俺ってば親切」
「それを信じろって?」
「信じる信じないはそっちの自由だよ。ま、挨拶はしたからね」
「まて! おまえは誰なんだ」
 そのままこの場を後にしそうな口ぶりに慌てて一平がかみついた。すると「ああ」と声が聞こえた。
「そうだな、俺は『男A』で構わないけど、それじゃ味気ないよねえ――せめて『J』にしとこうか。トランプのジョーカーの『J』。俺の存在自体がジョーカーみたいなものだからね。それじゃ」
 ほんのわずかカサッと葉ずれの音が聞こえ、それきりあたりは静まり返った。
 そこに何もいなかったかのように。
 優と一平はただそこに立ち尽くすしかなかった。


 後に蘇芳の手配した人間が現地の調査を行った。
 すっかり土に埋もれてしまっていたが、残骸を掘り当てることに成功する。とはいえ、かなり緻密に爆破されており、全容を調査するのは時間が相当かかりそうとのことだった。もちろんデータや研究中の何かなどは今のところ出てこない。優たちが見たトラック等で重要なものは運び出されたのだろう。
「まあ、すごい収穫は期待していなかったけど、徹底してるよね。あそこまでするとは」
「文字通り木っ端微塵だからな」
 夕方のオフィスで蘇芳から手渡された資料には、現場の調査結果の第一報がしたためられていた。原型を留めぬほどに破壊された施設の写真を見ると、番匠にもここがそれだけ重要な施設だったのだろうと推測できた。
「ひとまずは一平たちが無事でよかったな」
「うん、巻き込まれなくて本当によかった」
「で、二人はどうしてる?」
「おとなしくしてるよ。優ちゃんも流石に今回はショックが大きかったみたいでね。一平のことを組織が把握しちゃったみたいだからね」
 蘇芳はさすがに少し眉をひそめる。
「優ちゃんは一平が組織のターゲットにされるのをものすごく恐れてる。その『J』とかいう男は一平のことを把握していた、つまり家も割れてるってことで、家族に僕や夏世がいることも向こうはわかってるだろう。僕たちの能力まで把握してるかどうかはわからないけど。
 ならなおさらうちにいた方がお互い安全だって説得したよ」
「確かになあ」
 昴グループの総帥宅。セキュリティも半端じゃなければ住人のスペックも恐ろしい。何しろ家主は歩く感知センサーで、その義弟は神出鬼没の優秀なガードマンなのだ。
「俺なら押し入るのはごめんだな」
「だろ?」
 そう微笑んで蘇芳は窓の外に視線を移した。
 そろそろ夕暮れも途切れそうな空の下、街もぽつぽつと灯りが見え始めている。
「この、どこかで」
 蘇芳の瞳が鋭く探るような青に深まる。少しの間そうして外を見ていたが、やがて大きく息を吐いて番匠に向き直った。
「さ、いい加減仕事片付けよう。たまには早く帰らないと」
 そう言って手元のパソコンに目を落とした蘇芳を見て、いつも口酸っぱく「早く上がれ」と言っている番匠は「お前が言うかそれを」と思わず苦笑してしまうのだった。
 
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