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20章 魔法少女と空

640話 魔導神は語られる

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「お父さんの会社が倒産した時、とある大企業の重役の娘を名乗る女が現れたんだ……」
そう言って会話を切り出した。おそらくは、墓での話の続き。

「家のことは、もちろん全面的に僕が悪い。分かっている……けど、やっぱり、知ってて欲しいと思ってしまうんだ。罪悪感が、どこにも行き場のない後悔を……理解してほしいんだ。」
カランと音を立てる氷。明日には冬というのに、氷入りの茶を用意されている。グラスに触れると、生ぬるい。

「あそこで話した通り、唆された僕は……言われるがままになった。それで会社が、家が助かるなら……」
でも、予想は違った。そう言って顔を覆った。

「母さんは、僕は裏切ったと感じたみたいだね。空にもそう吹聴……いや、真実を伝えた。そのままを伝えた。だから、だから……」
全ての重荷に耐えきれなくなった母は身を投げた。そう言いたいのだろう。その言い分は、正しい。

 人としていうなら嘘くさい。けど、神からしてみれば、本当だと分かってしまう。割り切ったつもりなのに、理解してしまう……
 難儀だな、神。

 神になる覚悟、とはこういうことなのかもしれない。全てを理解してしまうが故の、自我の喪失。だからこそ、彼ら彼女らは己の核というべき自我をという楔を打って繋ぎ止めるのだ。

「結局重役の娘なんて話は嘘だったんだ……母さんを、未春を妬ましく思っていた人間が、家庭の隙を突いて壊した…………なんて言っても、言い訳にしかならないね。」
やつれた顔をして俯いた。終始項垂れっぱなしで、震えた声しか発していない。

 なんでこうも、被害者のように振る舞えるのかな。

 その姿を、私は冷めて見ることしかできなかった。
 本当のことをつらつら並べても、まとめてしまえば、『騙されてたから僕は悪くない』ということになる。

 でも、確かに私はこの男を蔑み過ぎていた。過去の苦しみからくる思い込み。過去が美化されるように、逆もまた然り。

「母さんが死んで、空もいなくなって……彼の養子になったと聞いたときは、少し、安心してしまった。」
「お義父さんのこと?」
「そうだ。本当はこの手に戻ってきて欲しかった……でも、僕は自己破産し日の食事にすら困っていた。空も、こんな僕と過ごすのは嫌だろう……」
「それ、ただ言い訳。」
飲もうとしたお茶を飲む気すら失せ、グラスを机に置いた。

「私はなんのためにここにいるの?言い訳を聞くため?なわけない。何が言いたいの?結局、我が身可愛さで、罪悪感を薄めるためにこの話をしているようにしか聞こえない。本当だからって、何語っても許されると思うな。」
「…………空?」
お父さんは虚をつかれて、目を丸くしている。

「黙ってれば、つらつらつらつら保身のために語ってさ。言いたいことなんて聞きたいんじゃない。私がここにいるのは、お父さんの言うべきことを聞くため。」
「言う、べき……」
震えた手に視線を落とす。まだ何かウジウジ悩んでいるらしい。

 お母さん昔、お父さんはモテたみたいな話してたけど……これに関しては真実味がなくなってきた。

「私は言うよ。お父さんがどれだけ何を言おうが、私は私に従う。お父さん…………あんたが嫌い。大っ嫌い!私の人生を壊した張本人なんだから、好きになれる要素がない!あまつさえ、こんな時にまで言い訳して!男らしくなれ!」
「な、なに……を?」
大人に、父に向かってなんて言葉を。突然何を言って?どっちの混乱かなんて今はどうでもいい。

「私は言うべきことを言った!あとは、あんたの番。好きに、最後に、必要と思うことを言え!」
激情のままをぶつけた。お父さんにはそんな鋭く熱いくらいの言葉をぶつけないと、ぴくりとも動かない。

「僕は…………空に、謝りたかったんだ……!許されたいなんて思わない、思ってなかった……本当にすまないと、それだけ……」
ポツリ、ポツリと言葉を進めた。すまない、すまないと何度も繰り返す。泣きたいけど泣かない、男らしくと言う言葉を文面通りに受け取ったのだろう。真摯なことだ。

 ちょっとはモテ男の片鱗、取り戻せたんじゃない?

 心なしか憑き物が落ちたような顔つきだ。痩せぎすには変わりなくとも、どことなく面持ちが違う。

 だからって、過去が消えるわけでもない。絶対に、私がその謝罪を受け入れることはない。

 でも、認めるくらいならしてもいいはず。

「そう、それでいい。」
私はグラスのお茶を飲み干して、立ち上がる。

「どこへ行くんだ?」
「帰んの。」
椅子を押して歩きだす。荷物なんてないので、手ぶらで廊下へ出た。

「永遠に、さようなら。」
少し晴れやかな気分。後ろからくる視線を無視しながら、ない胸張って帰路へと戻ろうと歩みを進める。

 ここであの言葉を受け入れて、許そうなんて思ってしまえば……私の半生が意味を成さなくなる。私の半分を、否定することになる。
 変化なんて耳心地のいいワードで飾ったって虚飾に過ぎない。自分が自分の生き方を否定するなんて、あってはならない。

 今まで必死こいて生きてきたんだ。それを無駄になんてさせはしない。

 だから私は、理解した上で距離を置く。
 相手を理解し、正しく蔑む。

 誠の言葉とは、魂をかけられる言葉のことだ。私は、この人生を賭けて言おう。

「また、来てもいいんだよ……?」
「2度と会いたくない。私の前から、消えて。」
首だけを回して微笑んでやった。それが最期の餞別で、最期のセリフ。

「………………ぁ。」
ルンルンな気分を背負って、私は玄関扉に手を伸ばす。

 あの時より清々しい気分かも。これで本当の解決、かな。

 自分のことは自分がよく分かってる、なんて言葉があるけど分からないこともある。
 それでも分かるのは、心に巣喰う大きな靄が晴れたことだろうか。

 それと、異世界に帰る方法。


 家に帰る前に、何かご飯を食べることにした。これが日本での最後の食事だ。今度はいつ帰って来れるかも不明なんだから、やれることはやっておきたいと思った。

 店に入ると、「ぃっしゃーぃ!」という人間が聞き取れる限界の省略をされた声が響いた。
 店内に充満する脂やニンニクの香り。

 女子高生が1人で来ることはない、個人経営タイプのラーメン屋。なんで私はこんなところで昼飯を食らおうとしているのか。

 食券制で先に払う。券売機で味噌にコーン、メンマ、煮卵……と、トッピングをマシマシにする。
 これが最後の外食とか、人生損しそう。

 それでも近所の飲食店とか思いつかないのだから仕方ない。
 その辺のファミレスはなんとなく嫌だ。だからここしかない。

 食券を手渡すと、席に案内されて少し待つ。すると、もくもくと湯気を上げたラーメンがすぐに到着する。

 おいしそ。

 ラーメンが目の前に来ると、さっきまでの迷いは脂のように溶け込んで箸に手をかけていた。

 その時、私は獣となった。

「ありゃっぃたぁー!」
行きと同じで何言ってるか分かんない声を背中で感じ、テカった顔で退店した。

 こんなジャンクなもの、異世界じゃ食べられないからなぁ……たまに帰ってこようかな普通に。

 食を目の前にした瞬間色々揺らいできた。というのは冗談で、ひとつ、困ったことを思い出していた。

 ステッキ、ない。

 あの時創滅神に消滅させられて、何もなくなってる。お金も、いろんな道具も、食材も。ギルドカードも無くなってる。

「ま、どうにかなるでしょ。」

 私、神だし。

 にひっと笑って、謎理論を展開しながら家に向かった。

 私は魔法少女。それは今と変わらない。
 神になろうが、魔法少女らしく乗り越えて見せよう。

———————————————————————

 展開が無理矢理だって?仕方ない。それがこの作品なのです。

 ということで、日本とはそろそろおさらばしましょう。早いって思います?私も思います。
 なにせ空さんが大人すぎましたからねぇ。神にまでなって、子どもっぽくあるのも不自然ですし、ここはスマートに。

 ……本音を言えばリアルがまだ時間がある今、書き上げてしまいたいだけです。
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