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20章 魔法少女と空
636話 魔導神とおとうさん
しおりを挟む私がこの家に来た時。
いつだったか、『お邪魔します』と言った私にお義父さんはこう言った。
『明日からはただいまだよ』
その優しい言葉に、私は返事ができなかった。
私は頭を持ち上げた。
不意に鳴る玄関扉が開く音が、現実に意識を戻させた。
適当に野菜を煮つつ、テレビのニュースに目を映していた頃だった。熊出没のニュースやら、事件のニュースやら。パトカーの中にズームされ、犯人の顔が映し出される。
1日ぐらいノー事件デイがあってもいいと思う。
廊下の方から「ただいま」と声が聞こえる。今更、どう接しようか悩みだす。
お義母さんはペタペタと廊下へ出て、「おかえりなさい」と声をかける。
こんな風に普通に日常会話ができる夫婦が、いい夫婦なんだろうと感じる。
「今日はお鍋よ。……それと、話したいことがあるの。」
廊下から漏れる声に耳を傾ける。私のことだろう。
「話したいことか。」
少し暗めの声でお義父さんが呟く。意を決して、私は深呼吸する。
流れるニュースの音、近づく足音。怖いけど、やるしかない。お義母さんが大丈夫だったように、大丈夫だ、きっと。
扉が開いた音を聴覚がキャッチし、顔を少し上げる。
「……その、おかえり。」
半分伏せた顔で口にした。
「…………………………っ。」
お義父さんは面食らったように口を開く。お義母さんのように人当たりの良さそうな顔がピシリと固まる。
「空、なのか……?」
「うん。」
「本当に、空なんだな……?」
「うん。」
「そうか……そうか…………ッ!」
お義父さんは鞄を手からこぼれ落とし、スーツの袖を目に当てた。
「少し、義父さんは、席を外す。」
ぎこちない言葉で廊下に出た。トイレに向かう音がした。
「お義父さんね、空が事故に遭ったって聞くとすぐに会社を飛び出して病院にきたんだよ。」
「お義父さんが?」
「本当は、1番気にかけていたのよ。」
優しく、微笑んだ。
「本当は言わないでって言われてるんだけどねぇ。実は、貴方を引き取りたいと言ったのはお義父さんなの。」
「それ……ほんと?」
お義父さんがいないのをいいことに、そんな深掘った話をする。
私を引き取る物好きもいたんだなって、興味本位で受け入れて、大人達が色々手続きをして……ここに来たけど。
お義父さんが……?お義母さんが気にかけてくれたのかと思ってたのに。
正直、意外だ。
人当たりがいいとは思っていたが、口下手で日常会話もあまりなかった。
そんなお義父さんが、私を率先して引き取る。そうは思えなかった。
「本当よ。」
「なんで……」
「少し、嫌な話になってしまうけど……それでもいいなら、話すわ。」
「…………お願い。」
お義母さんの深刻そうな顔から、私の家族関連だと勘づく。
「空のお父さんの会社の取引先が、お義父さんだったの。」
「取引先……?」
「お義父さんはね、元気に笑う空の写真を嬉しげに見せてくれたと喜んでいたわ。いい父親に恵まれた子供だって。」
お義母さんは自らのお腹をさすった。聞いてはいる。流産して、子宮を失ったと。
よくは覚えていないけど、親の命が子の命かの選択を迫られ、生まれてくる子どもに不幸な思いをさせるならと苦渋の決断をしたらしい。
こんなのがネットに上がれば「子供が可哀想」「親失格」だなんて叩かれるだろうけど、私はそうは思えない。
相当な決断だったのだろう。ギリギリまで粘って、医師にどうにかならないかと迫って、それでもダメだったのだろう。私たちみたいな部外者が、口を突っ込んでいい話じゃない。
話が逸れてしまい、私は首を振る。
「ダメな父だった私には、っていつも言っていた。少しくらい他と違くとも、笑っていられるならそれが幸せだって、お義父さんはいつも言ってたのよ。」
「……………」
「でも、その取引で空のお父さんの会社が大きなミスをしたらしくてね。信用を失った会社は雪崩のように瓦解していって、倒産したって。」
一旦息を吸って、お義母さんは言葉を進めた。
「お義父さん、空のことを心配してたの。あの子は無事かって、元気にしているかって。」
お義母さんは泣きそうになって、眉間をつねってそれを堪える。まだまだ話すことがあると言うように、口を何度も開く。
「お義父さんはね、会社を通して色々話を聞いたんですって。それで、現状を知って、悔しくて泣いていたの。もっと、慎重に取引していれば、って。」
「お義父さん、悪くないじゃん……」
「お義父さんなんだもの。私も、そんな優しいところが好きなのよ。」
途中から涙を流した。泣いていてもいい、早くお義父さんにここに来てほしかった。ありがとうと言いたい。ずっと気にかけてくれていてありがとうと。
「たまたまね、ニュースでね、子供を置いて自殺したって流れたの。道路に、飛び降り自殺した、『白河未春』のニュースをね。」
「うん。」
「そしたらお義父さん、凄いの。何したと思う?」
「分かんない。」
「街中、市中、県中の孤児院を回って、空のことをね、探したの。心中じゃないなら、まだどこかに、って。」
「うん。」
「そしたら、見つけちゃったの。本当に。びっくりしたわ。」
「……怖いよ、逆にさ。」
「父親の代わりになるって、真面目な顔して言ったのよ。」
懐かしむように涙をこぼす。私もつられて泣きそうになる。同時に、大人のことを何も理解しようとしなかった私が悔しく思えてきた。
「だからね。しっかり言ってあげて。」
「……うん。」
お義母さんはあえて何も言わなかった。私からの心の言葉こそが必要だと知っているから。
「ほら、お義父さん、来る。」
トイレの流れる音がする。多分、涙を拭いたトイレットペーパーが流れている。
言わなきゃ、最後に。
鍋の野菜はとっくに柔らかくなり、形が崩れようとしていた。
その前に、私は扉を開けた。待ってるんじゃない。甘えちゃいけない。
私から進まないと意味がない。
汚れていようが構わない。私は、ドアの前に立っていたお義父さんに飛び込んだ。
「ただいま、お義父さん。おかえり、お義父さん。」
「…………空。」
「なに?」
「いや、なんでもない……ああ、おかえり、空。ただいま。よく、帰ってきた。」
お義父さんは湿った声でつぶやいて、何度も私の背をトントンと叩いた。昔感じた暖かさを、私はまた感じることができた。
もう外もすっかり暗くなり、月が昇り出した。
私達はこたつに入り、鍋を食べていた。3人でこうやって食卓を囲むのはいつぶりか。
大体、1人か2人。お義父さんとは休日くらいしか共にしない。
「これ、私が切ったんだよ。」
「料理、できるんだね。」
「知らなかったの?」
「空、上手なのよ。」
他愛もない会話を重ねて、補うように笑い合う。これができるようになっただけ、及第点だ。
でも、まだ帰れないってことは……そういうことだ。
やり残したことがある。
両親のこと。おそらくは、そうだ。
そしてまだ2人には言っていないことがある。
2人には本当に感謝しているし、家族と思っているのも本当だ。
けど、向こうの世界にも……大切がある。私が見つけた、私が掴んだ大切が。
身近な大切に気付いた今、それを知った私だから、私が見つけた大切の大きさが分かる。
優劣はない。けど、私が守りたい。そう思ったんだから仕方ない。
明日にでも、全部喋ろう。
2人なら多分、信用してくれる。分かってくれる。
反対されるなら、賛成してもらえるまで話し続けよう。
夕食を終えた私は久々の風呂に入り、湯船に浸かり、体を休めた。
神の体でも疲れは残っているし、感じている。
その日は、泥のように眠った。
———————————————————————
大変です。寒さに襲われてだるさが押し寄せてきます。
執筆しなきゃ……でもだるい……というのを繰り返して、なんとか頑張ります。
休み休みになってしまうかもしれませんが、お許しを……
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