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18章 魔法少女と神の使徒
599話 誰がための力
しおりを挟む深い集中の中、ふっと息を吐き出した。
目の前には、サーベルがネイファの首を捉えているという事実が広がり、内心驚きが勝っている。
魔法少女の技術。弱者の戦術。
今のは、いわゆる縮光。しかし、剣技の道に携わる百合乃は持ち前の天賦の才で全てを凌駕した。
魔法少女が先輩と表面上仰いでいる、フィフィアのそれとほぼ同レベル。
完璧に、陰を消して光を魅せている。
相手が『本当にそこにいる』と事実として判断してしまうほど正確な陰の使い方。
魔法少女の劣化の一部を見ただけで、本家の本質を見抜きそれを行使してみせた。
これが本物の天才。
「これで対等、ですよね。」
ネイファの目がすぅっと細められた。その視線は、どこか睨むような疑うような、なんにせよ決して好印象ではない何かがあった。
百合乃の強がりもいつまで続くか分からない。短期決戦で終わらせたいのは山々だが、そうさせてくれる相手でないのはわかりきっている。
「くそが。」
軽蔑だ。瞳には、軽蔑の色が宿っていた。
はなから、価値観が違いすぎたのだ。
相手は神至上主義者。神に逆らう時点で蛮族。
陰の剣は、さらに炎で覆われる。
「……数秒の剣戟もやばそうですね。」
その剣は、魔断ですら破りそうだった。保って2秒。鍔迫り合いなんてできやしない。
「動いたら斬ります。」
「やってみろ。」
緊張から首裏に冷や汗が流れる。
陰の剣が、スッと動いたのが見えた。
ギィッ!という、明らかに撃ち合いの音ではない音が響く。これがサーベルと剣のぶつかり合いというのがまた恐ろしい。
位置は移動していないのに、ネイファは高速で剣を振るう。
百合乃は目で追うことすら難しい。気配をなんとか探り、合わせている。縮光を使うことで攻撃を回避しながら、少しでも空いている体に攻撃を入れ込もうと柄を握りしめる。
視線の右上から胸へと貫かんとする一閃を、チキンレースのようにギリギリで躱す。
しかしそれすら読まれたように、もう一方の腕で殴りが飛んでくる。それを、帝剣を持った左手で受け流す……が、腕にまとわりついている炎がうねりをあげ、退避を余儀なくさせた。
1メートルほど空いてしまったこの隙間と静寂。また、影の連弾が始まる。そう思われた瞬間に、百合乃はネイファの真横にいた。
陰縮地。
無論、ネイファの目は驚きによって開かれた。
「……それは。」
少し自我が見えた。心の揺らぎか。
「俊刃。」
突然加速するサーベル。そのまま、ネイファの方を通り過ぎて首を刎ねんと空を裂く。
ガギィッ!
火花が散った。百合乃は衝波の勢いで後退し、難を逃れる。
「本当、その炎なんなんです……?」
「ちれ。」
油でも注がれたように火が広がる。投網のように接近し、こちらを狙う。
もうどれだけ戦闘しているだろう。疲労の蓄積もバカにならない。
断絶のクールタイムもまだ10分以上は残っている。
「結構、ヤバめな展開です……」
それでも足を止めない。踏み込んで、駆け出す。的外れな方向に影は飛び、陰縮地での斬り込みも寸前のところで地面から這い出した影の鉤爪で防がれた。
その鉤爪を斬り伏せてみせれば、左脇腹に影が迫っていた。右からは右手を狙った剣の一撃も見える。
嵌められた。
息を吐く。
瞳に光が宿る。闘志がみなぎる。一瞬周囲が遅く見えた。灯火の力だ。
逆手に持ち替えた帝剣を少し傾ける。サーベルには吸魔を。少しでも炎の力を軽減させたい。
重心を低めて、防御体制を取る。バランスが命取りだ。
突然ネジが巻かれたように時間は加速した。カンッ、という小気味良い音と共に、金属が擦れる音も混じる。
「防ぎ、ましたっ!」
窮地を見事、己の手で脱してみせた。
狂愛は更にその姿を変えた。心の強さに比例して、『覚醒』のスキルへと至った。
ただ、一点だけ魔法少女と違う点がある。
これは、本人の心が最大限まで高まった時にのみ発動する。
それは、今だった。
「あれ……軍服が……」
異変はすぐに起きた。衝波で距離を取ると、今までならば追撃をするはずのネイファがピシリと固まっていた。
魔法少女と接触し続けた。それによって生まれた変革は、百合乃の能力にも変化を与えた。
軍服の一部が魔力の粒子となって消えていく。その分、装飾やらが出されていく。
黒を基調とした無機質な軍服は、縁や、服のところどころに赤い模様が描かれたものになる。首を留めていた長い金の紐は無くなり、薄いブローチが胸に施された。
アシンメトリーなスカート。ロリータ系にまとめられた軍服は、薄く魔力を纏ったままその形を維持し出した。
どことなく、魔法少女と似たような魔力を帯びている。
「これ……は……」
「…………………ッ!ころす。ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす!」
「……っ、ちょ、やめてください!」
魔断で風圧を消すが、その目は据わっていた。水色の髪をツインテールにしていた紐も片方失い、焦燥に満ちていた。
影がオーラのように舞い、全てが意思を持ったように百合乃に降り注ぎ———止まった。
「どうして……何故!何故わたしは……ここまで創滅神様に忠義を誓うわたしが!こうも惨めな思いをしなければならない!何故ぇっ!」
土が擦れる音が聞こえた。ネイファが膝をついていた。
「運命は、創滅神様は、何故わたしに慈悲を与えてくださらない……」
その目には涙があった。
「何故、このような愚者に……」
その目には怒りがあった。
この力のトリガーとなるキャスケットはもうない。身も心もそのまま捧げたネイファに残るのは、ネイファ・リンカという形のみ。
「ぁ………………」
呆然と、ただ眺めているだけしかできない。してはいけない雰囲気を感じ取った。
「わたしに価値はないのですか……」
「価値なんて、決められるものじゃないと思います……」
「黙れ!」
「ひぃっ……」
お前にわたしの気持ちがわかるか、と憎らしげな顔で問うた。黙りこくると、綺麗事はやめろ、と呟いた。
「魔法少女に手を出すことすらできず、ここで這いつくばるわたしにはもう価値がないのだろうな……ははっ、もはや、神を慕う『ネイファ・リンカ』など、もう存在しない……搾りかすの集合体だ。」
薄く笑った。
「殺すなら、いっそ殺せ。そうでないならわたしに殺させろ。早く目の前から消えてほしい。存在ごとな!」
その小さな幼女のような体から発せられるものとは思えないほどドスの効いた声が響く。
「キャスケットはもうない……わたしが、この手で守ると決めた偶像はもういない!わたしは見限られた!そうだろう、なぁ!そうだろう!」
「しっ、知りません!」
強い感情を表す赤。偶然か、そんな衣装を纏った百合乃は声を張り出す。開き直って叫ぶ。
「わたしは別にあなたのことを知ってるわけでもない!知りたいわけでもない!勝手な都合を押し付けないでください!」
「それを言うならわたしもそうだ。神の下にある世界で、神に逆らうなど言語道断だ。『人の意思は自由』だとか宣う奴らは、全員狂っている。秩序に沿ってこそ生物の生きる本懐だ。」
違うか?と、諦めや苛立ちをごちゃ混ぜにした視線を向けた。
答えに窮した。
「わたしの力はなんだったんだろうな。」
水色の髪をかき上げた。もはやサイドテールになった髪を乱し、紐を指鉄砲にして遠くへ捨ててしまった。
「確かに誓った、確かに願った。わたしは神のなんだったんだ。」
悔しそうに呟き、ストレスをぶちまけるように「あぁぁぁぁぁ!」と叫んだ。
「選べ。わたしを殺すか、お前が死ぬか。」
ギロリと百合乃を睨んだ。蛇に睨まれた蛙というやつか、動けない。
「お前も、その力はなんのためにある?世界を守るためか?」
「いえ……空を、守るためです。」
「なら、わたしを殺せ。その力は創滅神様の御力だ。わたし程度容易く斬り裂ける。」
「あの、最後に…………」
いいです?と、疑問形にしたはずだったが、どうにも尻すぼみになってしまっていた。
ネイファはそんな意気地のない百合乃を笑って、「殺したくなってきたな」と手にごうごうと燃える炎を生み出した。
「創滅神のことを、今はどう思っているんです?」
「もちろん、人生を賭けてわたしが崇拝する神だ。」
それだけ聞いて、百合乃は歩み出した。
別に、ネイファが何を思おうが百合乃にはなんの関係もない。でも、最後くらい知っておきたかった。ネイファは誰のために力を振るったのか。その決意の強さを。誰がための、力なのか。
1歩、また1歩と距離は縮まる。
目と鼻の先まで来た。
百合乃は帝剣を地面に突き刺した。サーベルを両手に構えて。
真っ赤に燃えるような百合乃の体は、灯火によって更に極限へと至った集中状態になる。
サーベルは赤く光出す。
6文字の言葉のために、力を練る。頭上に、滑るようにサーベルを移動させた。
「穿殺し。」
ネイファの視界は光に埋め尽くされた。
—————————
凄惨な遺体。葬ってやりたいとは思わない。死者は語らない。生者のように語りはしない。騙りもしない。
そう願っていたのだから、それでいいじゃないか。
百合乃は、武器をしまって踵を返した。
心がスッと落ち着いていくのを感じる。
「あれ……」
そこで、ようやく身体中痛いことに気がついた。
そのままバタンと仰向けに倒れた。
「あはは……死んでないといいですけど……」
この薄寒い夜空の下、自身が生きているかすら怪しく思えてきてしまっていた。
———————————————————————
とんでも展開ですね。
なんでこんな展開にしたかって?したんじゃない。なったんです。
いや、弁解させてください。
よーく考えてください。百合乃が断絶なしでどうやってネイファに勝つんです?勝てるわけないんですよ、普通に。
だから……こうするしかなかったんです……
ん?それより遅れたことに対する弁明はって?
ぶっちゃけ、朝起きた時に「あ、忘れたな」って思いました。しかしながら睡眠欲という三大欲求には勝てず……
言い訳はいい?……すみません。
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