上 下
620 / 681
18章 魔法少女と神の使徒

590話 君のために

しおりを挟む

「空は、山脈より少し西側の位置におりますね……」
グロッキー状態のラビアは、百合乃の背の上で呟いた。

「わっかりました!」
「ちょ、スピード!スピードは落としてください!」
そんな叫びは聞かれず、全速力で王国を駆け回る。

 直線距離で言えばそれほど離れてはいないが、鬱蒼とした森林に阻まれている。
 しかし、北の森林と東の森林の間にはほんの少しだけ隙間があり、山脈に繋がっている。そこから沿っていけば、時短になる。
 急がば回れとはこのこと。

「今は、何が起こってるんです?もう少し詳しく知りたいんです。」
ダッシュの間。暇つぶしをするように声をかける百合乃。

「……今の私に、聞かないでもらっても……?」
「ジェットコースター苦手なタイプですか。」
こんなものジェットコースターが好き嫌いとかそういう次元じゃない。なんていう言葉を吐けたなら質問にも答えられる。

 百合乃におぶられている状況。支えられているのは脚の付け根。そこを中心にすると、中心から離れた頭はその分揺れは大きくなって、グワングワンと脳が揺れる。

 これをあと、どれだけ耐えればいいんだろう。王国も合衆国も帝国も、世界全部が危険だとか、もうどうでも良くなってきた。
 実感のある恐怖の方が怖い。

 変わる景色で気を紛らわせようと景色を目で追っていると、突然動きが止まった。

「着きました……か?」
「いえ、何かいます。」
現在は山脈の半分くらいだろうか。魔法少女は壁を展開し、その壁の辺りにいる未来を見た。

 これでも頑張った方だ。
 あまり先の未来は見えなくなっている。魔法少女が切り捨てて、未来が不安定になっている。ちょっとしたことで改変されて、形がバラバラになる。
 風が吹けば桶屋が儲かる。バタフライエフェクト。そういった類の状況。

 ラビアは視線を彷徨わせて、ある一点に向いた。

「……使徒です。」
「使徒です?」
当然の疑問に、当然のように返す。

「神が力を与えた、神国の民。未来では、世界の全てを焼き尽くしました。」
「世界の全て…………っ!」
百合乃は何かに気づいたように目を見開いた。しかし、答えを口に出す前に炎が飛ぶ。

「全てを燃やします!絶対に当たらないでください!」
理すら燃やしてみせる、凶炎が目の前に迫っていた。ごうごうと激しさを増すそれがぶわっと目の前に広がる。

「縮地!」
百合乃の姿は炎の中に消えていった。

「百合乃っ!」
「こっちです。」
しかし、思ったような絶望は訪れなかった。炎はどこかへ飛び去り、声は後ろから聞こえた。

「へ?」
「ラビアさんって意外と変な声出るんですね。」
「……どういう原理なのかしら。」
振り返った先の少女を睨むように見る。

「知りません。勝手についてきたスキルですし。」
惚けた顔をしているが、本当に分からなさそうだ。

「それより、あれなんです?」
少し汗ばんだ様子の男が、木の影から手を伸ばしていた。

 所詮は素人。避けられさえすれば、周囲が燃やされるというデメリットはありながらも戦闘は可能だ。

「あんな素人、舐めないでください。」
また、その場から消えた。その時には敵の目の前に移動しておりマジックのような曲芸に目を見張る。

 そこからは早かった。
 抜刀したサーベルを振ると、見えなかった気配を感じられるようになり、その直後衝撃が四散し5名の死体が出来上がった。

 うぇ、と心底嫌そうな言葉と共に血液を振り払う。

「その……抵抗とかはしないのですか。」
「向かってくるのはこっちを殺す気でいる敵です。容赦する方がわたしは馬鹿だと思いますけど。」
それでもやっぱり嫌そうに、鼻をつまむ。

 確かに、血液の独特の匂いは嗅いでいたいような匂いではない。
 何やら、地面で炎上を始めた神炎で早々に火葬で葬送する。

「空は、これを止めるために必死だったんですね。」
絶対に燃えなさそうな石を投げ込んだ。溶けるように燃え尽きた。

 こんなものが王都に放たれようものなら、人なんて紙切れと変わらずに破壊され尽くすだろう。
 神に挑むなんて、荒唐無稽な世界に踏み込んだ魔法少女を想い、拳を握る。

「差し詰めなんでも溶かす炎ってとこです?……こんなの、空だけの問題じゃないです……」
俯き気味に、潤んだ瞳で呟いた。

「早く、行きましょう。手遅れになる前に。これを知った空が、何の対策もなく戦闘をするとも思いませんが。」
まるでゲームの攻略サイトでも見ているように、何とか解決案を見出してくる。

 それがギリギリなのは、肝が冷えるからやめてほしい。

「ですね。」
「やっぱり、歩きません?」
「嫌です。」
「歩きたいのですが。」
「ダメです。」
有無を言わさず、百合乃はラビアを背負っていった。

 また、並行移動ジェットコースター耐久戦が始まる。


 走り続けて、山脈の終わりも見えてきた。遠目に長い壁も見え、ここがゴールだとクラクラする頭がほっと安らぐ。

 道中も、使徒は多く攻めてきた。
 斬っても、斬っても、被害が大きくなるばかりでキリがない。このままでは、王国崩壊も時間の問題そうだ。

「まだ、終わらなさそうです。」
百合乃は、再度ラビアを下ろした。その辺りの木にふらつきながら、手をつく。

「誰です?わたし、勘はいいんです。」
ぱちぱちぱち。乾いた音、おそらく拍手が聞こえてくる。

「何がしたいんです?」
警戒と苛立ちを混ぜたように声を張る。

「創滅神が下さった御力をここまで防いでみせるとは、圧巻だったぞ。」
木の影から、人間が現れた。初老の男性だ。

「罪人に名乗る名は無いが、誰に殺されたかも知らず死に行くにはもったいないものを見せてもらった。」
「だから、何の話です?」
怪訝な目を歯牙にもかけず、男は笑った。

「アズリア神国教皇、ゼビエンだ。」
「冥土の土産だ」なんて言って、押し売りのように語った。

「そんな土産要らないので、返品をお願いします。」
「なら、そのまま死んでもらうぞ。」
炎が舞った。ノーモーションからの攻撃。

「木葉舞っ!」
「ほう、剣技の動きで避けるか。」
その炎の軌道の先には、ラビアがいた。

「……なんで、こうまた不運は私へ向かうのでしょうかね……」
小指には、指輪が。

 炎はラビアが寄りかかっていた木に直撃し、炎上。避けられるはずもなかったラビアは、真逆の木に背をつけていた。

「小賢しいな。」
「こっちも無視してもらっては困りますっ!」
魔断と衝撃断のこもった剣が振る。ゼビエンは、炎の剣を持ってそれを防いだ。

 一瞬の疑問と共に、危機を即座に察知し剣を押す勢いで飛び退いた。
 空中では天震の圧で移動をコントロールし、太陽で姿を隠すように飛び上がる。

「魔刃!」
遠距離の動きに転じ、攻撃を繰り出す。

「温い!」
「そうです?そうでもないですよ!」
今度は、衝波の反動でドロップキックを喰らわせた。もちろん、これはブラフ。

 仮定未来眼で、最低限の未来は見える。

「俊刃。」
炎の壁が張られる。そう分かっていればあとは簡単。それより早く攻撃し、アウェイ。遅れて炎が出現した。

「っ、神の使徒に傷を……」
晴れた視界の奥には、肩から出血するゼビエン。見事的中した。

「さ、終わらせましょう。こんな馬鹿げた戦いは。」
不幸しか生まないこんな悪戦。止めなければならない。

 そして、もうひとつ。全てを解決しようとする魔法少女の行動も、止めなければならない。
 自己犠牲なんて、誰も望まないのだから。

———————————————————————

 思ったより、早めに終われそうな気がしてきました。
 ……多分、後日談とかでめちゃくちゃ話数食うと思いますけど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こんなとき何て言う?

遠野エン
エッセイ・ノンフィクション
ユーモアは人間関係の潤滑油。会話を盛り上げるための「面白い答え方」を紹介。友人との会話や職場でのやり取りを一層楽しくするヒントをお届けします。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

異世界でイケメンを引き上げた!〜突然現れた扉の先には異世界(船)が! 船には私一人だけ、そして海のど真ん中! 果たして生き延びられるのか!

楠ノ木雫
恋愛
 突然異世界の船を手に入れてしまった平凡な会社員奈央。私に残されているのは自分の家とこの規格外な船のみ。  ガス水道電気完備、大きな大浴場に色々と便利な魔道具、甲板にあったよく分からない畑、そして何より優秀過ぎる船のスキル!  これなら何とかなるんじゃないか、と思っていた矢先に吊り上げてしまった……私の好みドンピシャなイケメン!!  何とも恐ろしい異世界ライフ(船)が今始まる!

【猫画像あり】島猫たちのエピソード

BIRD
エッセイ・ノンフィクション
【保護猫リンネの物語】連載中! 2024.4.15~ シャーパン猫の子育てと御世話の日々を、画像を添えて綴っています。 2024年4月15日午前4時。 1匹の老猫が、その命を終えました。 5匹の仔猫が、新たに生を受けました。 同じ時刻に死を迎えた老猫と、生を受けた仔猫。 島猫たちのエピソード、保護猫リンネと子供たちのお話をどうぞ。 石垣島は野良猫がとても多い島。 2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。 「保護して下さい」と言うだけなら、誰にでも出来ます。 でもそれは丸投げで、猫のために何かした内には入りません。 もっと踏み込んで、その猫の医療費やゴハン代などを負担出来る人、譲渡会を手伝える人からの依頼のみ受け付けています。 本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。 スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

泥酔魔王の過失転生~酔った勢いで転生魔法を使ったなんて絶対にバレたくない!~

近度 有無
ファンタジー
魔界を統べる魔王とその配下たちは新たな幹部の誕生に宴を開いていた。 それはただの祝いの場で、よくあるような光景。 しかし誰も知らない──魔王にとって唯一の弱点が酒であるということを。 酔いつぶれた魔王は柱を敵と見間違え、攻撃。効くはずもなく、嘔吐を敵の精神攻撃と勘違い。 そのまま逃げるように転生魔法を行使してしまう。 そして、次に目覚めた時には、 「あれ? なんか幼児の身体になってない?」 あの最強と謳われた魔王が酔って間違って転生? それも人間に? そんなことがバレたら恥ずかしくて死ぬどころじゃない……! 魔王は身元がバレないようにごく普通の人間として生きていくことを誓う。 しかし、勇者ですら敵わない魔王が普通の、それも人間の生活を真似できるわけもなく…… これは自分が元魔王だと、誰にもバレずに生きていきたい魔王が無自覚に無双してしまうような物語。

処理中です...