上 下
616 / 681
18章 魔法少女と神の使徒

586話 わたしだって

しおりを挟む

 朝起きた時には、もう、何もかもが遅かった。

 空の姿はなかった。

 いつもそうだった。いつの間にかいなくなって、いつの間にか帰ってきていた。そんな、波のような不安定な存在だった。

 でも、いつも帰ってきてくれた。だから、待っていられた。
 けれど、今回はそうもいかないと分かっていた。空は思い詰めたような顔を度々して、どこか上の空だった。

 何かあったときは、一緒にいてあげたかった。ついて行きたかった。

「トートルーナさん、空は……?」
「朝の訓練って言って、そのままですけど?まだ、外にいると思いますよ。」
嫌な予感がした。いつも、このくらいの時間には「疲れた」と言って戻ってくる。この時は、少しだけガードが緩い。

 慌てて、庭に出た。庭に出ても、広がったのは花と野菜だけ。綺麗だけど、今はそう思えない。黒ずんで見えた。
 いつもは空と、綺麗だって笑っていた青い空も、色褪せて見えた。

「空……………」
嘘だと言って欲しい。溢れそうな涙を無理矢理抑えて探し回った。きっと、外を走り回ってるだけ。

「ほんと、どうしてそこまでソラさんが好きなんですかね。」
トートルーナは諦めを含んだ声音でため息を吐く。またこうなるのかと。

「今回は今までのと違うんです!分かるんです、今回は無視しちゃいけないって分かるんです!」
「ユリノさん、それは……」
「わたしの勘を舐めないでください!」
「元気いっぱいじゃないですか!」
しかし、トートルーナの静止も聞かずに家を飛び出ていった。

 後ろからトートルーナの叫び声が聞こえる。それでも、いかなきゃと思った。今行かないと、絶対後悔する。もう、空がいなくなってしまうと思った。

 居場所なんて分からない。でも、王国中を見てまわればいつかは見つかる。いるかどうかも分からないよりは100倍マシだと思った。

「なんで空はいつも1人で抱え込むんです?!わたしがいるのに、なんでわたしを頼ってくれないんです!」
丘を駆け下りた。ボルトも越えるようなスピードで、パズールを飛び越えた。

 街の外になんて、何度も行っている。なんなら、もう冒険者のランクもCに行っている。ちゃんと、通っているから。空のために、少しでもできることを増やしたいから。

 今すぐ空に会いに行って、1発でいいから殴りたい気持ちが膨らんだ。置いていかれる側の気持ちを、考えてみて欲しい。こんなにも痛いのに、頼って欲しいのに、向こうは突き放してくる。

「空の馬鹿あぁぁぁぁぁ!」
その日、森に特殊な魔物が現れたと話題になった。

—————————

「……いない、です?」
気づいたら、王都にいた。身も心もボロボロで、一歩も動けないような満身創痍の状態で、王都を見上げた。

 人がいない。ガラガラだ。
 全くいないわけではないが、いる人間もいなくなっていく。避難、という印象がある。

「龍……?」
更に上を見れば、濁った空に舞う数体の龍が見えた。ここは異世界ということを思い出した。ここには龍もいる。

「ここにもいない……です?」
避難者の列を、蟻の行列でも眺めるように見つめる。

「向こうに行けばいるかもしれないですよね。」
重たい足を、踏み出した。


 流石に順番抜かしをするのは憚られるため、少ない理性によって木伝いの移動をした。手前の列を追い抜かすほどに、見覚えのある人間がいることに気づいた。
 戦争の時、共闘した騎士や顔の知っている王城の人も見える。先頭は、やはり国王だった。

「国王さん!」
裏返る。掠れる。声がまともに出たとは思えなかった。でも言語化はできた。

 ここまで休みなしの全力疾走。さらに、記憶が違わなければずっと叫びながら走っていた。
 喉がやられるわけだ。

 木から飛び降りれば、お付きの騎士が警戒するように道を阻む。この程度造作もないが、警戒を深めるだけなのでやめておく。
 両手を上げて、敵意をないことを示す。

「……ユリノか。」
「覚えてくださってたんですね。」
だけど、その声音は落ちに落ち切っていた。

「どうした。」
国王は守りを固める騎士を傍に除けると、その視線をこちらに向けてきた。もちろん、警戒がないわけじゃない。

「空が消えました。」
「それは大変だな。とは言うが、空は今もあそこにあるぞ?」
「それは『sky』です!」
国王の渾身のボケに素直にツッコむほど、今の心境は乱れ切っていた。指で触れれば、破れて弾けてきていきそうだった。

 それこそ、シャボン玉のように空に散るようだった。

 怒っているのか、泣きそうなのか、表情の居どころが定まっていない。何度も口を開き、閉じ。間抜けな顔になっていた。

「……きっと、この危機に立ち向かっているのだ。」
「なんで、王都の人たちはこんな大移動をしているんです?」
会話が噛み合わないが、国王は真摯に返してやる。

「龍の予知だという。」
「答えになっていません。」
「察してくれ。」
視線は、一瞬後ろの馬車に向けられた。荷物のようだが、その目には何か別の意図が含まれているようにも思えた。

 空を舞う龍。
 国王は徒歩。
 荷物用の馬車。

「……ラビアさん、です?」
ひとつの結論を見つけた。

「出してください!ラビアさんなら空の場所が分かるはずです!早く、早くっ!」
国王に詰め寄ろうと一歩踏み出すも、騎士に阻まれる。予想以上に力が強いが、百合乃の足元にも及ばない。

 もう、配慮できるような理性はかけらも残っていなかった。狂犬の目の前に餌を置いて、何も起きないはずがない。

「どうして、どうして……わたしだって、わたしだっていっぱい頑張ったんです!いっぱい悩んで、次は助けたいって、思ったんです!」
なのに……と、次の言葉は嗚咽に紛れて消えてしまった。

 外行用の服に身を包み、寒さ対策の外套を羽織るその上から胸ぐらを掴み、でも、弱々しくてもたれかかるような姿勢となる。

「…………陛下。」
「皆まで言うな、オリーヴ。」
国王は逡巡した。

 この問いには正解がない。
 2択という至極簡単な問いなのに、どちらを選んでも、どちらの覚悟をも壊してしまうから。

「一時、休息を取る。この間に、全ての王都の民を王都外に出し、王国を一時閉鎖せよ。そして、このことを国内、合衆国、帝国、全てに伝えよ。」
「仰せのままに。」
オリーヴはその場から音もなく消えた。

「少し、時間をもらいたい。」
「時間……」
「最低限の情報はやろう。しかし、全ては己次第だ。それでいいか?」
百合乃の首はゆっくりと縦に振られた。そのまま、昏睡するようにこの場に倒れ込んだ。

 安心と疲労が同時に襲われて、堪えていたもの全てが混ざって抱えきれなくなった。そして倒れるという結果に陥った。

「国民1人救えずして、王か。これだから、王は欺瞞なのだ。」
国王は国王の悩みをもって、その言葉を漏らした。

———————————————————————

 ここからは百合乃パートを何回かぶつけていきます。そして次回の百合乃パートでは、しっかり百合乃に戦わせてやりたいですね。ばちばち戦闘していきたいと思います。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...