上 下
597 / 681
17章 魔法少女と四国大戦

569話 犠牲と歓迎

しおりを挟む

 ネイファ・リンカは夜明けまで倉庫に入り浸っていた。
 目の前には影が渦巻いている。コレはネイファの操る影である。

「ご苦労様です。」
影に一言労りの言葉をかけると、そこに手を突っ込む。

「人体に影響はないのか……それ。」
「ないといえば嘘になりますが、通常はありませんよ。わたしも使う影に危なっかしい機能があると思ってるんですか?」
「いちいち鼻につく言い方はやめろ。敵を増やすだけだ。」
「生憎、わたしに味方は必要ないので。」
「この関係はあくまでも協力関係で押し通すわけか。」
エディレンは肩を竦めて壁に背をつけた。

「そろそろ始めますか。今日で、帝国は終いですねぇ。」
「本当の終戦か。余の目にも焼き付けておこう。人の歴史の終わりというものを。」
「貴方が見るべきはその先の未来では?神は過去になどとらわれないと思っていましたが、思い違いでしたかな?」
「うるさい。」
意外にいいコンビをしている。ネイファとエディレンは示し合わせるわけでもなく、重要資料をそれぞれ影と空間にしまっていった。

—————————

「なんだ、これ。」
帝国に逃げ帰ってきた、僅かな兵力。

 首都リリスミアは、半壊状態になっていた。

 それは事実上であり、表面的には大きく崩れてはいない。しかし、化け物たちの徘徊はそれだけで国民の精神を大きく削ぎ、帝国から逃げ出したい気持ちが膨らむのだ。

 彼らが目にした光景は、もう取り返しのつかない状況に陥った帝国だった。

「やめろ!くっ、くるな!」
家に居れば安全の可能性も高いというのに、わざわざ逃げ出して遭遇する。そして殺される。

「に、逃げろっ、外だ!」
対して、家にいたとしてもものによっては侵入してくる。窓を割って、空いた腹を満たすため。

 何の意味もなく逃げ帰ってきた、役目を果たしきれなかった彼ら騎士に何かできようはずもなかった。帝国府に向かう足取りは、次第に重くなる。
 ただ絶望に顔を歪めていた。

「風…………?」
そんな嫌な空気を、一瞬だけ紛らわす風が吹いた。

 しかし気づく。これは、人工的なものだ。より大きな絶望を運んで、襲いくる。
 砂塵を纏った嵐のように、帝国をボロボロにすることとなる。

「紙……紙が降っている……?」
それは異常気象などではない。困惑を含んだ声を発した後に、視覚を働かせた。

 騎士らは悟った。

 本当にもう、ヘルベリスタ帝国は終わるのだと。

「なんの、何の目的があってこのような非道をするのだ……!…………いや。違う。我々も、同じく等しく、非道なのだ……」
そんな中、帝国民は彼らの存在に気付いた。

 助けてくれ、と。もう何の力も残っていない彼らに命を決して叫び声を上げた。

 『たった1%、希望を残しておきました。もしここで生き残った騎士たちが、英雄にでもなれば。もしや騎士国家が生まれるやもしれませんねぇ』

 ネイファ・リンカは、夜明け前にそう言った。

『けれど、大きすぎる絶望を前にすると、何も考えられなくなる。たとえそれが、皆で押せば倒れるハリボテだとしても』

 悪魔のような笑みを浮かべて言っていた。

 下がり切った帝国の威信の、僅かな希望も断たれた。国民も、騎士も、等しく理不尽に背を向ける。国民は目の前の背に石を投げつける。
 怒りの矛先をぶちまける。

 人は醜く、どうしよもなくなった時には同じどうしようもない人間に八つ当たりをする。

 コレで絶望のピースは揃った。
 化け物と、不満と不安と、国民の怒りと、帝国へ感じる理不尽。
 最後のピースを埋めて、この壊すためのパズルを完成させる。

 大空を覆うように、画面が映し出された。

—————————

「面白いくらいに、国民が荒れていますねぇ。ちっとは騎士も動けばマシでしょうに。」
「それをさせないよう仕向けた其方が言ってもな。」
帝国府のてっぺん。人が立ち入れないはずの屋上ですらない屋根の上で、エディレンの風魔法が舞う。

「はい、どんどん飛ばしちゃってくださいよ。」
「今やっている。」
「早く最後の絶望を届けなければならないんですから、ちゃっちゃとしてくださいよ、まったく。使えませんねぇ。」
いちいち棘のある言葉に刺されながら、風を起こす。痛みも慣れれば心地いいこともある。と思わないとやってられない。

「はぁ……其方の回収した資料、全部出せ。」
「何ですか、カツアゲですか?」
「少しは素直に言葉を受け取れ。」
「仕方ないですねぇ。じゃ、終戦放送はわたしでやっておきますね。」
簡単に言ってのけ、宣戦に使ったものと同じ映像投影の魔導具を光らせる。影を使ってハッキングした。

「あー、あー、テステス。」
音声が機能しているかの確認も行なって、ネイファは帝国を見下ろす。キャスケットに水色髪の少女が、帝国中に映し出される。

 声が、帝国全土に響き渡る。

「こちら、神国軍副機卿兼指揮官を務めさせていただいているネイファ・リンカと申します。」
キャスケットのツバを軽く上げ、明日は雨でも降るのかという言葉が発せられる。棘が、1本たりとも見当たらない。

「悲しくも、此度の戦は我々帝国が敗北を喫してしまいました。帝国軍及び派遣された神国軍は壊滅と言ってもいい損害を負い、皇帝ディティー・ヘルベリスタは敵将の手によって討たれました。繰り返します。帝国軍及び派遣された神国軍は壊滅と言ってもいい損害を負い、皇帝ディティー・ヘルベリスタは敵将の手によって討たれました。」
反応はない。上から見下ろし、見える人々の顔は呆然と生気が抜けていた。もう死ぬ以外の道が残っていないような、何もできない虚無感に苛まれているような。

「我々が捜索に出たときには、遺体は消え、これだけが現場に残されていました。」
手には帝剣、そしてティアラ。どちらも、帝国を象徴するもの。

 しかし、そんなものはどうでも良かった。他人の絶望など知りはしない。
 神のためになれば、それでいい。創滅神様が死ねと言うなら、死ぬ所存だ。
 帝国は、創滅神にとって害虫なのだ。

 だから、潰れるべき。

 ネイファは次に、悪魔のような純真な笑みを湛えた。最後の絶望が肉薄する。

「ですが、このまま降伏してグランド・レイト王国とラミア合衆国に帝国の権益を譲れば、今徘徊している化け物どもを駆逐し、国民を救出することを誓う条約を結ぶそうです!」
国民の心を代弁するように、手を組んで喜ばしそうに笑う。

「どうしますか?アズリア神国としては、条約に則って参戦しただけですが、帝国は違うでしょう。降伏して平和を望むか、立ち向かって滅びに向かうか。」
手を差し伸べるように、選択を与える。

 皇帝はいない。帝国も信用できない。
 目の前に迫る危機を排除すると言う王国。王国の手が入れば、ここは王国領となり守られる。
 どちらがより良い手なのか。

 愛国心が薄れ切った国民には、ほとんど一択の選択だった。

「選択の権利を握る皇帝は今、この世にいない。つまり、貴方がたが全てを決定する権利を持っている。どうか、懸命な判断を。」
映像は消え失せ、残った朝特有の静けさが戻ってくる。

「言っておきますが。」
「トイレか?」
ちょうど資料を撒き終えたエディレンに拳を振るうネイファ。簡単に避けられる。

「今の、余を殺す気だったな。」
「殺す気でしたし、そりゃあ。」
拳を引っ込めると、今度こそ言葉を口にする。

「わたしは誰かの味方でも、敵でもない。ただ神の下にある。なので、貴方と敵対する可能性もあるわけです。」
「何が言いたい?」
「いえ、何も。忘れてください。」
目的は達した。そう言うように、踵を返した。

「帰りますよ。わたしたちの目的は終わったんですから、残る理由もないです。」
暴動や反発の制御。完璧に終えた仕事の成果を土産に、魔法少女の待つイグルの方向を見る。

「コイツは、やばいかもしれないな。」
聞こえないように、言葉を噛み締めた。

———————————————————————

 気分的にもそろそろ日常回をしたいところですけど、もう物語は終盤。あと100話以内で終わらせたいなぁと考えています。
 書きたいことはありますけど、ぐだぐだしすぎず終わるならこの辺りかなと。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界を服従して征く俺の物語!!

ネコのうた
ファンタジー
日本のとある高校生たちが異世界に召喚されました。 高1で15歳の主人公は弱キャラだったものの、ある存在と融合して力を得ます。 様々なスキルや魔法を用いて、人族や魔族を時に服従させ時に殲滅していく、といったストーリーです。 なかには一筋縄ではいかない強敵たちもいて・・・・?

異世界なんて救ってやらねぇ

千三屋きつね
ファンタジー
勇者として招喚されたおっさんが、折角強くなれたんだから思うまま自由に生きる第二の人生譚(第一部) 想定とは違う形だが、野望を実現しつつある元勇者イタミ・ヒデオ。 結構強くなったし、油断したつもりも無いのだが、ある日……。 色んな意味で変わって行く、元おっさんの異世界人生(第二部) 期せずして、世界を救った元勇者イタミ・ヒデオ。 平和な生活に戻ったものの、魔導士としての知的好奇心に終わりは無く、新たなる未踏の世界、高圧の海の底へと潜る事に。 果たして、そこには意外な存在が待ち受けていて……。 その後、運命の刻を迎えて本当に変わってしまう元おっさんの、ついに終わる異世界人生(第三部) 【小説家になろうへ投稿したものを、アルファポリスとカクヨムに転載。】 【第五巻第三章より、アルファポリスに投稿したものを、小説家になろうとカクヨムに転載。】

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

神様に愛された少女 ~生贄に捧げられましたが、なぜか溺愛されてます~

朝露ココア
恋愛
村で虐げられていた少女、フレーナ。 両親が疫病を持ち込んだとして、彼女は厳しい差別を受けていた。 村の仕事はすべて押しつけられ、日々の生活はまともに送れず。 友人たちにも裏切られた。 ある日、フレーナに役目が与えられた。 それは神の生贄となること。 神に食われ、苦しい生涯は幕を閉じるかと思われた。 しかし、神は思っていたよりも優しくて。 「いや、だから食わないって」 「今日からこの神殿はお前の家だと思ってくれていい」 「お前が喜んでくれれば十分だ」 なぜか神はフレーナを受け入れ、共に生活することに。 これは一人の少女が神に溺愛されるだけの物語。

処理中です...