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15章 魔法少女と帝国活動記
494話 神の思うまま
しおりを挟むたまに、夢をみる。
姿形は見えない。声だけが、全てを見通すような荘厳で美しく何物にも変え難い神の声だけが夢の中の彼女を強く突き動かす。
初めて、声を聞いたのは遥か昔のこと。
ネイファ・リンカの、魂の絶望と苦しみを救った一声が、初めての創滅神の声だった。
ネイファは脳に異常があり、思考能力が著しく低かった。体は本能に従って飯は食うし夜は寝る。尿も便も問題ないほど出る。しかし脳は指令を出さぬため、世話がなければいつ死んでもおかしくない。
たまに、夢をみる。
青空の下を駆け回る夢。友人と会話する夢。少しだけ捻くれた男の子と恋をする夢。
夢の幸福と現実の絶望の深さのギャップが大き過ぎて、心は延々と黒いものに、影に沈んでいった。
そんなときだ。
創滅神は夢に声を届けた。
『我が雫の一端よ。可哀想に。お前は世界が憎いか?己に課された枷が許せないか?』
続けて言った。
『お前はここで死に行くにはもったいない。我が雫を一滴、分け与えよう』
飛び起きるように布団を跳ね除けた。跳ね除けた?
ネイファは不思議に思う。思う?
全てに疑問符と、歓喜が同時に襲ってきた。なんだこれは。感情が、今まで感じてこなかった、思えなかった全てを、夢で夢見た感触を感じることができたのだ。
歓喜に打ち震え、ネイファはひた走る。そしてコケる。そして笑う。
筋肉は寝たきりなため乏しい。歩き方も走り方もままならない。しかし、これほど嬉しいことがあるか。
ふと、頭に重みと違和感を感じた。
「なに、これ。」
帽子のようなふわふわしたものが乗っていた。
外すと、一気に感情が薄れた。
これは思考能力を補助する帽子。
いや少し違う。ネイファは半神半人になった。神の力を制御するのがキャスケットの役目であり、思考補助は二の次。それを外せば、思考力の低下と共に絶大な力を振るえる。
この日から、ネイファは創滅神を崇め始めた。
—————————
夢をみる。
『あの少女と青年は殺すな。アレは面白い』
何故ですか。ネイファは聞いた。
『少女に影の力を教えてやれ。それが、我が差し出すひとつだけの条件』
どの程度でしょう。ネイファは再度尋ねる。
『触りだけでいい。あとは勝手に学習する』
ずいぶん信頼されているのですね。ネイファは嫉妬心を覚える。
『アレは少々特別だ。我はお前の方を気にかけている』
本当ですか?ネイファは嬉しく思う。
『お前ほどの才能を持つ人間はいやしない。お前が我に愛された人間だとすれば、アレは運命に愛された人間だ』
あの、もう直ぐ時間です。ネイファは寂しげに告げた。
『そうか。またいつか、こうして声を届けよう』
そうしてネイファの意識はだんだんと薄れ、いや、ハッキリとして目は覚める。
夢をみる日は、大抵寝覚めがいい。
「どうしてあんなのにわたしの力を与えなければならないんでしょうか……」
しかし今日は悪かった。いくら創滅神の頼みだかと言って……
でも、神は仰った。触りだけでいいと。なら適当に教えて操れるようになったところで適当に切る、これでいいのではないか?いや、1日で終わらせてやる。
そんな思いで立ち上がった。
ここは帝国の息のかかっていない中立の宿屋。ネイファは早々にそこを立ち去り、帝国府の寮へと影をつたって潜っていく。
「やあやあ、お目覚めの時間ですよ!」
いつもの調子で飄々と現れてみせる。
「……………ぅ……ん……」
「今日も仕事あるって言ってましたよね昨日。さすがのわたしもびっくり仰天です。」
ペチペチと少女の頬を叩く。どっちみちサボらせるわけだから、影で飲み込んでやろうかとも思った。
今日だけの師弟関係。弟子というものは取ったことがない。そもそも欲しいと思わない。しかし頼みとあれば断れない。
全く気が乗らないが、そろそろ起きてもらおう。
ネイファはキャスケットを取ると、巨大の魔力の渦を魔法少女に向け……
「人の部屋で何やってんの。」
パチクリ目を開けた魔法少女が、布団の中からこちらを睨んでいた。
「……つまらない。」
ネイファは仕方なくキャスケットを被り直す。
「ってやば……また遅刻する!そこどいて、そこメイド服かかってるから!」
「よくそれでクビになりませんな。」
「その分仕事してるし。」
「もうその仕事は終わりの時間ですがね。」
「え?」
魔法少女は急ぎ身支度し、忙しなくメイド服の袖に右腕を通そうとした瞬間に、異変を起こした。
「影よ。」
影がせりあがり、天井を這うように2人を食らった。魔法少女はマジか、という顔と共に「仕事ぉ……」という切実な呻きを漏らした。
遅刻で叱られすぎてもはやトラウマになっているようだった。
「強引すぎるでしょ。もっと他に方法ないの?」
「ありゃ。この影の中で意識があるとは珍しいですね。あの人でも気絶してしまったというのに。」
「あの人?」
「男の転生者、式家蓮というらしいですね。」
「蓮ね。そういえば初めて名前聞いたかも。」
興味なさげに呟いた。この場にあの男がいれば嘲笑ってやりたかったが、あいにくいない。
「そもそも、何用?ネイファって私を殺そうとしてたでしょ。」
「心外ですねえ。あのとき私は仲間に引き入れようとしただけですよ。監視の目の可能性を感じて狂気を演じただけで。」
「……その目を見て信用しろと?」
険しい視線が向けられた。ネイファはいかんいかんと首を振る。
あの時、殺すか殺さないかで言えば殺していた可能性の方が高かった。何故か分からないが、この少女は生かしてはおけないと思った。
「今は安心安全ネイファちゃんです。なにせ、創滅神様から貴方へ、影の使い方を教えるよう申し使っております故。」
「へぇ………?創滅神が?え?どんな風の吹き回し?」
「さあ。わたしも少々不服なのです。」
影を開く。薄く木漏れ日が差す。ここなら人もいない。
「で、ここで訓練と。怪しさ満点なのに。」
「そう仰せつかっているので。この不満げな顔が見えてないんですかね。目ついてます?」
「ついとるわ。」
魔法少女はネイファの目を見た。ネイファは全力の不満顔を披露する。
「そんなに嫌ならさっさと教えてくれたらいいじゃん。そしたらすっと終わるし、そのまま仕事いくから。」
「もとよりそのつもりです。」
ネイファは仕方なく、本当に仕方なくキャスケットを指にかける。
「かげよ。」
思考力低下の代わりに、神の力を。
影が隆起し、ネイファを取り囲むように陣形を組む。影から離れることはできない代わりに、自由自在の動きができる。
「こんなふう。」
「どんな風だよ。」
「まねする。」
「できないよ。」
しかし魔法少女は不服を申してくる。こんなに教えてあげているの。
「コツとかないの?人間にこんな技使えたら魔物になんて苦労してないでしょ。」
「かげによりそう。ちからをこめる。あやつる。……かげよ、うずまけ。」
ネイファを取り囲む陰はそのままぐるぐると渦を作る。鉄壁の防御だ。影は攻撃しても意味はない。
光にはめっぽう弱いが。
「うん分からない。」
「さわりはおしえた。」
ネイファはさっさとキャスケットを定位置に戻すと、煽るような口調で言う。
「神の御技を早々会得できるはずがないでしょう。まぁきっといつか役に立つんじゃないですか?」
「そんな無責任な……」
「才能があればいけるはずですが。あれれ、どうやらわたしの見込み違いでしたか?」
「ちょっとそのうざい口を塞ごうか。」
魔法少女の殺気を感じ取ると同時に、影を展開する。
「それではまた。帝国を滅ぼす際に。」
「あ、ちょっ!帰り方分からないんだけど!置いてかないで!?」
ネイファは無慈悲に消えていった。
魔法少女は先ほどまで彼女が立っていた地面を見て叫ぶ。
「置いてくんじゃねえええええよおおおおおお!」
———————————————————————
次回くらいで今章最後だと思います。いつのまにか500話も目前。
ここでちょっとしたお祝いでもしましょうか。20章くらいで終わらせられればいいんですけど……その日の思いつきで変わることもありますし。(次章はそれによって章内容を変更しました)
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