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15章 魔法少女と帝国活動記

472話 魔法少女は抱きしめる

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 ナイフ越しに、全てが伝わってきた。いや、元からそこに点在していたように、ふと思い出したような感覚に陥った。

 私の腕にはナイフが1本。なんとか大事な臓器を守り、腕に突き刺さった。
 今までは咄嗟に魔壊病を解決することができなかったが、こんなこともあろうかと起きた直後私のローブに魔力球を練り込んでおいた。私達が。

『感謝するがいい』
『私はなんもやってないでしょうよ』
『主にDがやってくれたもんね』
脳の奥の方からふふんと音が聞こえる。魔力は私達の手によって魔力球に吸われ、魔壊病は解決した。呪毒は、耐えだ。

 まぁ嘘だけど。
 刺されすぎて適応が発動しただけなんだけどね。

 ここらで小さく笑う。

 なんでそんな大事な記憶なんて入ってきたんだろうね。
 いや、ネインアーレにとって記憶とはこの世に蔓延る情報のひとつに過ぎない。機械が嬉しいや悲しいを知っていても理解ができないように、どうでもいいことなんだろう。

 それが、ナイフというネインアーレが手にした情報を通して私の内部を通って定着されたと。

 いや……待てよ。異能は生命の危機でない限り勝手に発動することはないはず……

 腕を見た。そして記憶を辿り、そうかと思いつく。

 深層意識ではこれがきっと良くないことという情報を理解してるんだ。だから私を殺してもループを続けるんだ。
 さっきの情報消去で、魔力が消え去った。周りの魔力に邪魔されず、行き場を失った情報体は私の体に流れ……だから、私に記憶がきた。

 ネインアーレは倒れない私を見て、怯えない私を見て、慈しむように笑う私を見て、数歩後ずさった。

 痛いは痛い。そもそも血が出る経験がこの服を着ているとほとんどない。ほとんど……うん、ちょっと前以来。ちょっと前の方が酷かった気も……
 いや、考えないでおこう。

 ネインアーレを前にさぁどうしようかと心で逡巡する。もしも望んだ行為だというならこのまま対処するか無視するのが得策だけど……
 少なくとも、望んではいないはずだ。

 よくネインアーレの顔を見る。大人びた顔立ちだけど、私と同じくらいらしい。

「一丁前に物を言えるような立派な人生歩んできたわけじゃないけど…………その行動は自分の意思?」
「……命令。」
突然の問いかけと、呪毒で死なない疑念からか答えてしまうネインアーレ。目を細めて、こちらを見た。

「あなたには感情がないわけじゃない。情報があるはず。なら、あなた自身の思いの情報がないはずがない!」
「っ……」
「あなたは実験動物でも感情のないロボットでもない、れっきとした女の子!そうでしょ、ネインアーレ!」
細く閉ざされた目が大きく開かれた。腕の痛みはなんとかなる。

 片腕がなくなったのに比べれば全然マシだ。というかこれ右腕なくなったら私生活できなくない……?

 少し不安が芽生える。

 ネインアーレは動揺しているように見える。ここでふと疑問が浮かんだ。

 彼女には感情がない、しかし情報がある。この解釈には間違いがあるのではと。
 そもそも人間も似たような物だ。元は感情などなく生存本能のみであったが、そこに情報が脳を通って感情が生まれる。
 なのに、なんでネインアーレにはそれがない?

 そこで気がついた。

 自分の精神面での情報を取り込まないという情報を植え付けたのではないのか。彼女を作ったのは帝国だ。記憶になくとも知らず知らずの間に、ということもある。

 助けてあげる、なんていう気はないけど。やってみるだけやってみよう。どうせループするなら死ぬ気で。
 この世界から隔離してみるのもいいかもしれない。

 私は咄嗟にステッキを投げつけると、元からバランスが崩れていたネインアーレの体が完全に後ろへ一直線。その隙にジャンプするように飛び込んで、彼女の不健康なまでに白く、細い体をギュッと抱きしめた。

『私達の出番だ』
『こっからは私の番ってことで』
Bはスキルから重力操作を選んだ。魔力を使わないため、魔壊病でも魔力がなくても発動可能。

 5人もいれば魔力の補助なしでも可能なんだよ、重力魔法は!

 結構前から使い続けているこの魔法を、5人で手際よく発動する。そして抱きつきながら私は一言。

「重力世界。」
あたり一体が軋むように潰された。少し範囲は抑えられているが、私を含めた半径1、2メートルは私の領域。神にすら抗えるほどの。

「ネインアーレ、いい?しっかり自分の情報をインプットして。帝国がしていることに与するべきか、自分で考えて。もしまだ帝国の味方でいたいならこのまま私を刺してもらっても一向に構わない。」
腕に力が入る。さらに重力は重くなる。レインアーレは抵抗する。必死でそれを防ぐ。攻防が続くこと1分もしない頃に、彼女の耳飾りが取れた。金属部分が圧力に耐えかねたらしい。そのまま地面に叩きつけられ、真っ二つ。

「これ……」
何やら、厨二病が書いたような極薄の呪いの札が中から現れた。

 情報の防波堤になってたのはこれか……

 私は更に強く抱きしめた。情報が一気に流れ込んでくるのは脳に負担がどうたら、となんかで読んだ気がする。
 百合乃が発狂しそうな状況をお送りしつつ、暴れ出すのを宥める。

「ネインアーレ!あなたは異能の兵器になんかされない!帝国か!私か!あなたがあなたでいられる場所はどっち!」
「…………!」
ガクッと唐突に力を失ったネインアーレは、私の肩に頭を乗せた。いつまで重力は展開すればいいんだろうか。

—————————

 どんな情報も認識できて、操作が可能なネインアーレである。が、1つだけ分からないことがある。

 生きるとはなんだろうか。

 それは人によって違う。
 例えば、楽しいや嬉しい、悲しいはある一定の形は存在する。しかし生きることに関しては、何が正しくて何が悪なのかは正直ピンとこない。

 裕福な人間が物を盗んで金にして生きるのはもちろん悪だろう。しかし、働くことも稼ぐことも叶わずその日の食い扶持すらない子供が家族のため、生きるために盗むしかなくというのは、果たして一概に悪いと言えるのか。
 それは生きる上で恥なのか。

 例えそこに存在していても、情報がなく認識されなかったら、生きていることになるのだろうか。確かにそこには心臓が動く人間がいるはず。しかし、誰からもそれは観測されない。

 生きるとは何か。生とはなんだろう。

 思えば、帝国で命令を受けていたのはそれを探すためだったのかもしれない。人の人生をこの目で見ることで、何かを得ようとしたのかもしれない。
 他に優先するものなんてないため、命令を了承し各国を回り、人を殺して帰ってくる。いたずらに生を奪う。

 人の生を自分は壊してしまっていることに何も思えなくなってきた。

 これは果たして生きているに入るのだろうか。そもそも自分には、そんなことを理解できる意思や感情があるのか。

「一丁前に物を言えるような立派な人生歩んできたわけじゃないけど…………その行動は自分の意思?」
標的にそう言われた。こいつはおかしい。いくら殺しても向かってくるし、情報の削除ができない。

 意思?そんなものは……

「あなたには感情がないわけじゃない。情報があるはず。なら、あなた自身の思いの情報がないはずがない!」
敵に向かって情けを送るなんて馬鹿だ、なんて思えなかった。少しだけ、心が動いてしまった。

 心?そんなもの、あるはずが……
 いや違う。ないはずがないんだ。そもそも感情やらなんやらを失ったのは、膨大な情報を達観するための無意識下で起こった現象だ。感情が消えたわけではない。情報として得られるはずだ。
 どうしてそれをしてこなかった。答えが得られるはずなのに。

 腹部に、刺激を感じた。柔らかくて温かい。そして身体中にえげつない力が加わった。その一帯だけ、情報を得ることができなかった。

「ネインアーレ!あなたは異能の兵器になんかされない!帝国か!私か!あなたがあなたでいられる場所はどっち!」
ネインアーレは、自身の無意識の情報を得た。

 自己を得たラプラスの悪魔は、少女へと戻っていく。

———————————————————————

 ラプラスの悪魔……
 いやまぁ、間違ってはないですし。この娘、原子の位置も把握できますしお寿司。
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