上 下
199 / 681
6章 魔法少女と奴隷商の国

閑話 雪狼族 2

しおりを挟む

 あたしは走っていた。できる限り、全速力で。

 街の中を、西商の大通りを駆け抜ける。
 途中で何度も人とぶつかり、怒鳴られた気がする。
 でも、そんなことは気にならなかった。

 主が襲われた。
 早く、どうにかしなければ。
 そんな思いが強かった。

 初めは気に入らなかった。ヘラヘラしていて、何度も殺そうと思った。
 でも、それを軽く往なして良くしてくれた。

 段々と信用してきた。

 助けたい。何が何でも。

 れいてぃー?と呼ばれた冒険者仲間たちに報告するのがいいか、あたしの足で間に合うのか。
 その間に、主が死んでしまっているのではないか。

 そんな最悪の場合が、頭をぐるぐると回り、支配した。

「……っ!主っ……!」
何も考えず、目を閉じて必死に走る。

 買ってもらった新しい服。魔力が通りやすく、動きやすい。
 これが無ければ、ここまでの速度は出ない。

 どれだけ走ったか分からない。数メートルかもしれない、何キロかもしれない。
 感覚が無くなってる。

 でも、宿の方向だけは見失わないよう、走った。

 走って、走って、走って。
 何度転けたか。

 そんな時、東の方向でが鳴った。

 身が震えた。

 全身の毛が逆立ち、尻尾は直線に伸びる。

 聞いたことがあった。
 死んでしまったジィちゃんから、そういう話はよく聞かされていた。

 龍。

 雪龍。会った瞬間に命の危機を感じ取り、身が打ち震える。
 言われ続けたその感覚に、今の感覚は酷似していた。

「龍……?」
そう呟いた瞬間、頭を振る。

 そうじゃない、今しなきゃいけないのは、報告をすること。

 ジィちゃんは言っていた。
 報告、連絡、相談は大切だと。

 「何の魔物を、どこで見つけたかを報告しろ。いつ、どこに、にどれくらい狩りに行くかを連絡しろ。すべての事柄に対し、不安に感じたなら相談しろ。」
 それは、ジィちゃんから教わったことだった。

 ジィちゃんは凄い。今更そんな風に思う自分が憎い。
 まともに仲直りもできず、死に別れてしまった。

「会いたい……」
その感情をも力にし、今度こそ大切な何かを守ろうと足を早めた。

 すると、耳が反応する。
 何人かの足音が聞こえてくる。

「おい、さっきの音は何だ?」
「ワタシに聞かないでくれるかしら。」

「お前には言ってないぞ。」
「煙も立ってますね。東商でしょうか。」
「うむ。偵察に行った方が良いのではないか?」
あの時は、バラバラに動いていたはずの4人が、言い合いをしながらも共に行動していた。

 見つけた、見つけた!

 内心であたしは喜び、さらに強く地面を踏む。
 痛みを感じた。肉離れでも起こしたか。

 でも、その程度ではあましのこの足は止まらなかった。

「おい、あれってソラの……」
「奴隷……じゃなくて、ツララちゃんね。」

「…………っ!、、はぁ、ぁぁ、……!」
何かを伝えないとと思い、口をぱくつかせる。でも、疲労と痛みと口の渇きで、意味のある言葉は出なかった。

 なんで、こんな時に……

「あの爆発と関係はある?」
そんな中、女性が静かに、極めて冷静にそう聞いてきた。

「……」
首を振る。イエスかノー、ジェスチャーで伝わる質問をしてくれる。

 こんな時でも、早い判断ができる……
 あたしも、こんな風になりたい。

 そんな風に、未来の自分と重ね合わせて落胆する。

「ソラは危ない?」
「……!」
何度も頷く。

「そう。人?」
「……!」
同じく、強く頷いた。

「まさか……東商の人かしら?」
「…………!」
本当はどうかは分からないけど、噂くらいは聞いたことはあった。だから、頷く。

「そうね。暗殺者かもしれないわね。私とウェントは救助に、ライとトインは東商に使ってちょうだい!」

「了解です!」
「承知した。」
凄いチームワーク。

 あたしも、主を助けられるように、こういう風になれるのかな?

 そんな想像に浸り、すぐに現実に戻ってくる。

「それより、向かったところでじゃないか?」
「なんでよ?」

「あのソラが勝てないなら、誰が勝てるんだよ。」

「……それも、そうね。でも行かないよ。行った方がいいわ。きっと。」
急に頼りなくなった。

 本心を言うと、ちょっと不安になってきた。

「細かいことはどうでもいいわ。早く行きましょう。」
仕切り直し、主の元へ急ぎで向かう。もう手遅れかもしれないけど、行かずに後悔するより、行って後悔した方がいい。

 あたしは走る。その度に痛みがぶりかえす。
 でも、2人に追いつくために必死で走る。

 主は、『ツララのステータスはその辺の騎士の数倍はあると思うよ』って言ってた。
 これは経験の差……?全然追いつかない。

 主だったら、ここであたしに何か言っただろうか。
 勢いよく、ノリ満載で。

 最初はめんどくさかったけど、いざ無くなると、それはそれで悲しい。

「ツララちゃん、こっちで合ってるのね?」
「確認しずにきたのか?」
「聞く暇がなかったんだもの。」

「………あっ、てる。」
なんとか声を絞り出し、搾りかすみたいな声でそう言った。

「ありがとう。ならいいわ。」
そう言ってまた走り出す。

 大きな背中。これが、プロの冒険者。
 主とは少し違う。

 少し経ち、主が襲われた場所まで来た。

「……………ッ!?……うっ…」
両手で口を抑えた。

 そこには、戦闘の痕跡と血痕が多く残っていた。
物品での証拠は無く、ただの事故現場にしか見えない。

「この血痕の数……うっ。」
「血の匂い、無理なのか?」
「ワタシも人の血は嗅ぎ慣れないのよ。慣れる方がおかしいのよ。」

「確かに、この量は危険だな。ここに人型の血痕ってことは、全身からの出血で間違いない。血溜まりの痕跡もある。失血死……、連れ去られたとすれば、ほぼ確実に死ぬ。」

「えぇ、そうね。まだここにいてくれたら、回復の兆しはあった。」
2人は、眉を顰めて話し合う。

 人が死んだ。主が死んだ。なのに、冷静でいられるなんて……おかしい。

「ワタシ、失敗したわ。人選ミスよ。ライを連れてくるべきだった。もしここで生きてても、ワタシたちだと回復させられる人がいない。」

「気に病むな。トラブルはつきものだ。」

 話が入ってこない。

「ツララちゃん、アナタはワタシが育てるわ。ソラの分まで、しっかりと。」
手を差し伸べられる。その手を掴んでしまっては、何かを失うと思った。認めてはいけない。

「……生きてる。」

「ツララちゃん。辛いことだろうけど、現実を見なさい。この出血量。死亡は確定よ。」

「生きてる!」
力の限り叫ぶ。

「ステータスを見た!簡単に死なない!ヒールもあった!回復できる!神様の力も持ってる!絶対に生きてる!」

 今思い返せば、言ってはいけないこともあった。でも、それでも叫ぶ。可能性が、ゼロではない限り。

「……言ってることはよく分からないわ。でも、確かにそうね。あの規格外が死ぬところなんて、想像もつかないわ。」

「そうだ。早とちりかもしれない。そもそもこの血だって、ソラの血とは限らない。あいつのことだ。何人か殺して逃げただけかもしれない。」
そんな、可能性の話で心を落ち着かせる。

「探すわよ、ソラを。」
そうしてあたしたちは、主を見つけるために足を動かした。

———————————————————————

 ソラの安否がどんどん不確定になっています。
 本当に死んでいる可能性もあるかもしれません……
 主人公、交代……


 設定ミスにより、投稿時間が遅くなりました。
 申し訳ありません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こんなとき何て言う?

遠野エン
エッセイ・ノンフィクション
ユーモアは人間関係の潤滑油。会話を盛り上げるための「面白い答え方」を紹介。友人との会話や職場でのやり取りを一層楽しくするヒントをお届けします。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

異世界でイケメンを引き上げた!〜突然現れた扉の先には異世界(船)が! 船には私一人だけ、そして海のど真ん中! 果たして生き延びられるのか!

楠ノ木雫
恋愛
 突然異世界の船を手に入れてしまった平凡な会社員奈央。私に残されているのは自分の家とこの規格外な船のみ。  ガス水道電気完備、大きな大浴場に色々と便利な魔道具、甲板にあったよく分からない畑、そして何より優秀過ぎる船のスキル!  これなら何とかなるんじゃないか、と思っていた矢先に吊り上げてしまった……私の好みドンピシャなイケメン!!  何とも恐ろしい異世界ライフ(船)が今始まる!

【猫画像あり】島猫たちのエピソード

BIRD
エッセイ・ノンフィクション
【保護猫リンネの物語】連載中! 2024.4.15~ シャーパン猫の子育てと御世話の日々を、画像を添えて綴っています。 2024年4月15日午前4時。 1匹の老猫が、その命を終えました。 5匹の仔猫が、新たに生を受けました。 同じ時刻に死を迎えた老猫と、生を受けた仔猫。 島猫たちのエピソード、保護猫リンネと子供たちのお話をどうぞ。 石垣島は野良猫がとても多い島。 2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。 「保護して下さい」と言うだけなら、誰にでも出来ます。 でもそれは丸投げで、猫のために何かした内には入りません。 もっと踏み込んで、その猫の医療費やゴハン代などを負担出来る人、譲渡会を手伝える人からの依頼のみ受け付けています。 本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。 スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

泥酔魔王の過失転生~酔った勢いで転生魔法を使ったなんて絶対にバレたくない!~

近度 有無
ファンタジー
魔界を統べる魔王とその配下たちは新たな幹部の誕生に宴を開いていた。 それはただの祝いの場で、よくあるような光景。 しかし誰も知らない──魔王にとって唯一の弱点が酒であるということを。 酔いつぶれた魔王は柱を敵と見間違え、攻撃。効くはずもなく、嘔吐を敵の精神攻撃と勘違い。 そのまま逃げるように転生魔法を行使してしまう。 そして、次に目覚めた時には、 「あれ? なんか幼児の身体になってない?」 あの最強と謳われた魔王が酔って間違って転生? それも人間に? そんなことがバレたら恥ずかしくて死ぬどころじゃない……! 魔王は身元がバレないようにごく普通の人間として生きていくことを誓う。 しかし、勇者ですら敵わない魔王が普通の、それも人間の生活を真似できるわけもなく…… これは自分が元魔王だと、誰にもバレずに生きていきたい魔王が無自覚に無双してしまうような物語。

処理中です...