BOX・FORCE-Another Story-

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Yukinoshita

Yukinoshita.part1

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ようやく、世間には静かな日々が続いた。
以来、長く雨の降る日が続いていたが、
その日は満天の青空が広がっていた。

渋谷マークシティーの改札出口通路。
スクランブル交差点が一望できる場所に、白峰 渉しらみね わたるは現れた。

(12:56。5分前とはいかないけど、まあ間に合ったか。)

白峰は、スマートフォンの画面に表示された時間をチラッと確認した。
そして、イヤホンで聴いていた曲を次の曲に送る。
激しいのロックソングから、甘いラブソングへと変わった。

(こんな毎日がずっと続けば、俺は…。)

たくさんの人が行き交うスクランブル交差点を見下ろしながら、白峰はどこか寂しそうな目をしていた。

すると、1人の人影が白峰の背後から近づいて来る。
その人影は白峰の肩に手を伸ばし、2回トントンと叩いた。

「…待ち合わせ時間、ギリギリかな?お待たせしました!渉さん。」

その人物は、菊野 里海きくの さとみだ。
普段の菊野は、一段と女の子をしている。
長く伸びた茶色がかった髪を、ハーフアップに縛り上げて、白いニットのトレーナーにベストタイプのベージュのワンピースを着ていた。
その姿は、刀を持った荒々しい時とは違い…。

「…里海!いや、ぴったりだ。悪いな、せっかくの貴重な休みを。」

「そんな事ないです!…任務以外で隊員の誰かとこうして会うのも初めてなので…ちょっと楽しみにしてました!」

そう言うと、菊野は清々しい笑顔を見せた。
その表情に、白峰は少しどきっとした反応を見せたが、それを隠すように続けた。

「い…以前のお礼だよ。俺が入院した時、看病してくれてありがとう。」

「いやいや、隊員として当然の事をしたまでですよ…!」

2人はふと、当時の事を思い出すと揃いも揃って慌てて赤面した。

「あ、あれは…その…。」

菊野が慌てて釈明しようとすると、白峰は人差し指を口に当て、言った。

「…あれは、秘密。だ。」


こうして2人は、電車に乗って浅草に向かった。

浅草駅に着くと、人集りが出来ていた。
それもそのはず。
久しぶりに晴れた日ということもあり、観光客や着物姿を楽しむ若者で溢れかえっていた。

「わぁ。すごい人ですね!」

菊野は驚いた表情で辺りを見回した。

「浅草、いつもこんな感じだぞ。見渡す限り、人、人、人。」

白峰は、少し呆れたようにそう言った。

「渉さんは、よく来るんですか?浅草。」

菊野は白峰の横を歩きながら、彼の顔を覗き込むようにしてそう問いかけた。
その表情に少しドキッとした白峰は、目線を正面に照れ隠しして言った。

「…ここは、俺のだから。」


2人は少し歩いて、白峰が案内した喫茶店に足を踏み入れた。

「私、アイスモカラテといちごのパフェにします。
渉さんは?」

菊野はメニューを見るなり、すぐに注文を決めた。

「俺はもう決まってるよ。すみません!」

白峰は、メニューを見ずにそう言って店員を呼んだ。

「アイスモカラテ1つといちごのパフェ1つ。
それと、アイスのアップルティー1つと特製ナポリタン、大盛り1つで。」

(え…、そんなメニューあったっけ…。)

白峰はスムーズにオーダーを伝えた。
それを聞いた菊野は、メニューに覚えのないオーダーに戸惑っていた。

「…誰かと思えば、大きくなったねぇ。渉くん。」

細身で中年の男性店員は、白峰の顔を見るなり懐かしげにそう言った。

「…久しぶりですね、マスター。お元気そうで何よりです。」

白峰は、その男性店員をと呼んだ。

「…おいおい、よしてくれよ。
俺がこうして今も好きにやってるのは、前マスターと、のお陰なんだから。」

マスターは照れくさそうに、しかしどこか寂しそうにそう言って、厨房に向かって行った。

「…お知り合いなんですか?」

一連の会話を聞いていた菊野は、白峰にそう質問した。

「ああ、ごめんごめん。
ここ、小さい頃からのなんだ。」

白峰は店内を懐かしそうに見渡してそう言った。

「…俺、昔かなりの荒れ者でさ。その時所属してたチームの総長が、この店をやってたんだ。」




_


それは、12年前。
浅草を中心とした暴走族チーム「MAXマックス」が、一帯を支配していた。

中学2年になった白峰はある日の夜、友人達と共に
興味本位で「MAX」の姿を見物に言った。


その時、偶然別の暴走族チームと口論になり、
「MAX」はそのチームと争いになった。
そして、偶然近くで見物していた白峰達は
相手チームに「MAX」の一員と勘違いされ、その争いに巻き込まれてしまう。



「…お前ら、中坊か?ガキの分際で、大人の喧嘩に入ってくんじゃねぇよ!」

相手チームの1人が、白峰の友人目掛けて鉄パイプを振り下ろした。
友人を庇おうと身を挺した白峰は、左手瞼の付近を強く殴られて、出血していた。

そこに、それに気がついた「MAX」のメンバーの男が仲裁に入った。
その男は、鉄パイプを持った男目掛けて右拳を繰り出して、気絶させてしまった。

左目を押さえながらも、その姿を見た白峰は、
痛みより感動を覚えていた。

「…おい、小僧!大丈夫か?…ったく、こんなところで何やってんだよ…。」

すると、その男は首にかけていた赤いマフラータオルを取り、白峰の出血を押さえるように巻きつけた。

そして相手のチームの方を向いて、鬼のような形相で叫んだ。

「おいテメェら!関係のない小僧ども巻き込んで、この恥知らずどもがぁ!2度とうちのシマに足踏み入れんじゃねぇ!
殴り殺されたくなきゃ帰れっ!!!」

その叫びと共に、相手のチームはそそくさとその場を離れて行ってしまった。

その男は、大きくため息をつくと
再び白峰に駆け寄った。

「…小僧、すまなかった。俺たちのせいで…。
しかし、こんな時間に出歩いてちゃダメだぞ?」

先程、厳つい大人達に鬼の形相で叫んだ人物とは思えない程、優しい笑顔でその男はそう言った。

「…俺は、益富 拳護ますとみ けんご
とりあえず、病院連れてってやる。」


それから、益富と名乗る男に連れられて
白峰は病院で治療を受けた。



それから数日後、白峰は益富にお礼をしようとしたが、彼が普段どこにいるのか知らずに、途方に暮れていた。

しかし、偶然とある喫茶店の前で
白峰は再び彼と遭遇した。

「…あっ、あのっ!益富さん!この前は、ありがとうございました!」

益富は白いロングコートに、赤いマフラータオルを首にかけて歩いていた。
突然声をかけられ、彼は驚いていたが
白峰の顔を見てすぐに笑顔になった。

「おう!小僧。元気そうだな。大事にならなくてよかったぜ。」

益富は安心したように白峰を見た。
そしてふと、喫茶店の看板を指差した。

「小僧、よかったら一緒にお茶でもどうだ?」

益富は笑顔でそう言うと、白峰を連れて喫茶店に入った。
白峰はウキウキしながら益富の後に付き、席に着いた。

「小僧、好きなもん頼んでいいぞ。
俺はもう、決まってるからな。」

益富がそう言うと、白峰はメニューを開いた。
普段見慣れないメニューに、中学生ながら目を輝かせてページを捲っていた。

「…俺、このコーラフロートがいいです!」

白峰は、益富の顔を見ながらそう言った。

「お?飯はいらねぇのか?中坊だろ?飯食え飯。」

益富はそう言うと、カウンターの奥にいるマスターのような老人に大声で言った。

「マスター!コーラフロートとアップルティー冷たいの!あと、特製ナポリタン大盛り1つずつお願い!」

マスターは、益富の顔を見るなり少し呆れたような顔をしたが、右手でグッドサインを出した。

「…まーたお前かぁ。わかったわかった。」

マスターはそう言うと、手際良く作業を始めた。

「…お前、名前は?」

益富はふと、白峰にそう言った。

「俺、白峰 渉しらみね わたるって言います!」

白峰は自信満々にそう答えた。

「ほう、カッコいい名前だな。」

益富は、そう言うと白峰に1枚のチラシを渡した。

「お前、こういうの興味ないか?」

それはボクシングジムの勧誘チラシであった。
名前は『MASUTOMIジム』。

「うち、ボクシングジムやってんだ。親父がコーチでな。超おっかねぇんだこれが。
…あ、俺がやってるってのは内緒な。」

益富は、口に人差し指を当ててそう言った。

「お前がこの前、友達庇ってでも護った姿に感動してな。もし仮に、次ああいう事があっても負けない体づくりしないか?って思ってな。」

益富がそう言いかけると、注文の品が届いた。

「お待たせ。コーラフロートとアップルティー。
それに、特製ナポリタン。特別に超大盛りにしておいたぞ。」

老人のマスターはイタズラな笑顔でそう言った。
マスターは、チラシに目をやった。

「まーたお前、勧誘してんのか。
うちの店でそういうのはやめてくれよ?
…まあ、「MAX」の勧誘なら、多めに見てやってもいいがな。」

マスターはそう言った。

「…やめてくれよ、マスター。
今「MAX」は俺のチームだ。口出しすんなって言ったろ?」

益富はそう答えると、ポカンと見つめる白峰の顔を見た。

「…ああ、マスターな?「MAX」の創設者で初代総長。
んで、俺が二代目引き継いでるってわけ。」

益富はマスターを指差してそう言った。

「お前も生意気になりおって…。まあ好きにせい。ほどほどにな。」

マスターはそう言うと、席を離れた。
白峰がテーブルに並んだドリンクと料理に目を輝かせているのを見て、益富が言った。

「…すまんすまん、好きに食えよ。
ジムの話は、気が向いたら俺に言ってくれ。」

益富は白峰に食べろと合図した。
白峰は、それを口いっぱい頬張って噛み締めた。


後日、白峰は益富の元を訪れて喫茶店の礼をすると共に、そのジムに加入した。


_

「…それが、白峰さんが以前言ってた"師匠"との出会いのきっかけなんですね。」

白峰の昔話を、菊野は黙って聞いていた。
菊野がそう言うと、注文の品が届いた。

「お待たせ。今日のパフェは特別ににしてあるよ。渉くん。」

マスターはそう言うと、菊野にウインクしてアピールした。
菊野は、パフェを見るなり目を輝かせた。

「あ、ありがとうございます!」

マスターは、嬉しそうな菊野の顔を見るなり笑顔を見せた。
そして、白峰に耳打ちした。

「…渉くん…君も意外と隅に置けないねぇ。」

マスターはそう言うと、ニヤニヤしながら席を離れた。
白峰は、咄嗟に照れを隠すように菊野に食事を促した。

「さ、食べて食べて。」

2人は、束の間のティータイムを楽しむことにした。


程なくして2人は、食事を終えて飲み物を飲みながらゆっくり過ごした。

「…話戻しちゃうかもしれないんですけど、白峰さんはその"師匠"と出会って、ボクシングを始めたってことですか?」

菊野はふと、白峰に問いかけた。

「…そうだな。師匠と出会ってから、俺は毎日師匠の元に通った。」


_
白峰が益富の元へ通うようになってから1年後。


「…師匠、どうしたんですか、改まって話なんて。」

益富は、白峰を喫茶店に呼び出した。
それは、普段彼らが利用する窓際の席ではなく
奥まった個室のような席に2人は座った。
しかし、喫茶店にいつものマスターの姿はなかった。

「…渉、実はお前に言わなければいけない事がある。」

席に着くなり、益富はそう言った。
その表情は、少し暗かった。

「…実は先日、マスターがお亡くなりになったそうだ。
原因は明確には不明だが、どうやら事故に巻き込まれてしまったらしい…。」

白峰は言葉を失った。
益富と共に、白峰を受け入れてくれた人物の1人であったマスターが死去した事へのショックを受けていた。

「…それで、マスターからの遺言によると
どうやら、俺にこの店を継いで欲しいとの事らしいんだ。」

益富は少し緊張しながらそう言った。
マスター、初代「MAX」総長からまた1つ大切なものを受け継ぐことに、まだ実感がないようであった。

それを聞いた白峰は、ことの重大さを深くは感じておらず、本心のままに答えた。

「師匠がマスターになるなら、俺毎日でも通います!…いや、なんなら手伝いますよ!」

白峰の真っ直ぐな答えに、益富は驚いた。
しかし、すぐに大声で笑い始めた。

「…まあ、そうだよな。お前ならそう言うと思ったぜ。」

益富はそう言うと、目の前のアップルティーを一気に飲み干した。

「…やってみるよ。ありがとう、渉。」



_
part2へ続く
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