上 下
53 / 66
第2章

46.信頼のカタチ

しおりを挟む




リカルドとバリーへの制約魔法はいとも簡単に、呆気なく終わる。


勝手に仰々しい魔法を妄想していたバリーがギュッと固く瞼を閉じ構えていたが、キサギに「終わりましたよ」とあまりにあっさりと言われてしまい目を開いた後、何度も瞼をパチパチと開けては閉めてを繰り返す。


「……あれ?……もう掛けたの?」


「だから終わりましたよ、と言いましたよね?……一体何を想像されたのですか?」


「いや……ははは……」


思わず苦笑うバリーへとキサギはジト目を送る。


「何も変わった所はないな……とりあえず私は王城へ連絡をとる。ギルド内で通信が出来んのなら、外へ出るしかないな」


己の体に何の変化も無いとわかると、リカルドはバリーを連れて一旦執務室を出て行こうと立ち上がる。


すると、おもむろにキサギがパァンと柏手を一つ打ち鳴らした。


「今結界を解除しました。王族である貴方に、さすがにその様な無謀な事をさせられません。どこか部屋を借りて報告をなさって下さい」


「ならば隣の応接室へ。ご案内致します」


「構わん。どうせすぐそこだ。バリー、行くぞ」


マティアスが案内に立ちあがろうとすると、それを片手で制し、改めてバリーを連れてリカルドは部屋を出て行った。


その姿を見送ると、マティアスはフゥ~と長い息を吐きながら背もたれに勢いよく体を預けて深く座り直す。


緊張感から解き放たれた彼の顔には疲労がありありと浮かんで見え、横目に見ていたキサギが苦笑いを浮かべる。


「……笑い事ではないんだぞ」


苦々しい面持ちでマティアスがキサギへと言い放つ。


「はいはい。ごめんなさい。ですが本来侵してはならない領域を越えて来たのは、あちらが先です。やり過ぎたとは全く思ってませんので、悪しからず」


謝罪の言葉は口にするものの、キサギの様子はまるで反省の色など一切なく、リカルド達の行いを容赦なく切り捨てた。


「……まぁそうだが……王族に対して何かしら思う所があるのはわかるが……もう少し自重してくれ。心臓が持たん」


「ふふふ。マティアスさんの寿命が縮まってしまうのは困りますね。その前に胃が壊れちゃいそう。とりあえず善処します」


「……それ、改善する気ないだろう」


「いえいえ、滅相もない。ふふふ」


コロコロと笑うキサギに、最早諦めた様な面持ちでマティアスが一つ重い溜息を吐き出す。


「ところで本当に大丈夫なのか?ザガンの討伐の件は」


「仕事なのですから問題などありませんよ。ただ先程も申し上げましたが、ベリアルの時と同様、影の可能性は捨てきれません。確約は難しいです」


「それもあるが、エルバン平原に誰か冒険者をフォロー役で用意しなくて良いのか?リカルド殿下のお力添えを借りて騎士団に頼んでもよかろうに」


「……あぁ、それですか……先程も言いましたが、必要ありません。それに関してはこちらにも考えがありますから」


少し言い澱むキサギに、マティアスは怪訝な表情を浮かべ片眉をピクリと上げる。


「考え?」


「ふふふ、内緒です。ただご安心を。見届け人2人に被害が及ぶ事は決してありません。貴方が選んだS級冒険者を信じてお任せ下さい」


「……わかった。くれぐれも頼むぞ」


「ご期待を裏切らない相応しい仕事をしてみせます」


そんなやり取りの中、暫くしてリカルドがバリーを伴って執務室へと戻って来た。


「で、いつ実行するのだ?」


「今からですけど?」


「今?」


「はい。善は急げ、です」


キサギがおもむろに右手をスッと掲げる。


そこへ突然リカルド、バリーを包む様に幾つもの小さな魔法陣が展開される。


「神隠-カミカクシ-」


キサギの美しい声音が響くと、魔法陣から淡く光が放たれ2人の中へと溶けて消えて行く。


途端にマティアスが驚愕で口をハクハクとさせながら、更に何度も手で目を擦り忙しなくキョロキョロと辺りを見回す。


リカルドとバリーが彼の様子を訝しむ。


それもそのはずで、先程まで目の前にいたリカルドとバリーの姿が忽然と消えたのだ。


姿形が見えないだけでなく、気配すら感じない。


まるでそこには元々マティアスと神楽旅団しか居なかったかのように。


「認識阻害を上乗せした幻術と結界を重ね掛けした魔法ですよ。ちゃんと存在してますし、この件が片付けばきちんと魔法は解除しますからご安心下さい」


優しい声音でキサギが宥めるものの、マティアスはまだ信じられないといった様相だ。


「因みに申し上げておきますが、マティアスさんには制約魔法は掛けませんので、これから起こる事はくれぐれも内密にお願いしますね」


唇に人差し指を当てながら、キサギがあどけない少女のように笑みを浮かべる。


その言葉にマティアスは目を丸くし小さく息を呑んだ。


姿をその場から消しているものの、キサギ達旅団にはしっかり認識されているリカルドは、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情だ。


バリーはというと、主人であるリカルドの子供っぽい態度に苦笑いを浮かべている。


それを視界に捉えるも、キサギは敢えて知らんぷりをしマティアスへ柔らかく微笑む。


「確かに私は旅団の者達以外、信用はしていないと言いました。ですが、マティアスさんは簡単に口外するような御仁ではない。例え王族に脅されても決して仲間を売る様な真似はしない。短い期間とは言え、貴方は信頼出来る方だと思っています」


「……その様な事、わからんではないか」


リカルドが憮然とした面持ちで、まるでいじけたようにボソリと呟く。


それをしっかりと耳で捉えたキサギが、呆れた様に肩をすくめながらリカルドへと向き直った。


「別に、裏切られたならそれまで。私の見る目が無かっただけの事です。少なくとも、王侯貴族である貴方がたよりは信頼出来ると、私が勝手にマティアスさんの人柄を買っているだけです」


「まるで俺には信頼が無いみたいな言い方だな……」


「皆無です。いい大人が子供ですか?どうしてこうなっているか分かっているくせに、いじけないで下さい。ホント、面倒臭い」


大人の癖にいじけるリカルドと、少女でありながら悠然と対応をするキサギのやり取りの横で、バリーはやれやれと肩をすくめ、マティアスは何とも申し訳なさそうに口をハクハクとしながらたじろぐ。


「……いや、信頼は嬉しいが……その、王族に対してだな、物言いをだな……」


「はいはい。申し訳ごさいませーん。気をつけまーす。ふふふ」


反省の色など全く見えないものの、本来の歳相応に悪戯気に可愛いらしく笑うキサギに、マティアスは仕方ないなといったように小さく息を一つ吐き、肩をすくめながら苦笑う。


「……フッ。頼んだぞ」


「はーい!」


すると突然キサギが魔法を展開する。


てっきり別部屋にある転移ポータルに移動するのかと思っていたマティアスは、いきなりの魔法陣の出現にギョッと慌てる。


「ふふふ!驚いてる、驚いてる!でも内緒にして下さいね!それじゃ、行って来まーす!」


マティアスの驚く様に、キサギがニシシと意地悪い笑みをこぼす。


そして底抜けに明るい笑顔を彼へと向けて大きく手を振ると、フォンッと空間を歪ませる音を立てて、旅団達と共にその場から姿を掻き消した。


彼には見えないが、リカルドやバリーも共に行ったのだろう。


執務室にはマティアス1人が取り残され、静けさが包む。


先程まで居たキサギ達の姿が突然目の前から掻き消えた事に、未だ何が起こったのか現実に戻って来れない彼はただただ呆然と立ち尽くしていた。


膝の力が抜け、ボフンと音を立てながら椅子に体を預ける形で勢いよく腰掛ける。


「……ば、馬鹿な……転移魔法、だと?」


はくはくと口を動かした後、漸く漏れ出た声は酷く狼狽して掠れていた。


当然である。


本来、転移魔法は上位魔術師数人で魔力を流し込みポータルを起動させるものだ。


決して個人で使える様な、お手軽で簡単な魔法などではない。


この世界で転移魔法を個人で使えるのは、間違いなくキサギだけだろう。


或いは見せていないだけで、旅団全員が使えるのかもしれない。


それに加えて認識阻害や幻術、結界魔法。


目の前で繰り広げられた高難易度の魔法の数々を、果たしてこの世界でどれ程の魔術師がポンポンと簡単に使えるのだろうか。


キサギが規格外であるのは理解していたが、所詮はつもりだった。


マティアスはその事実に思わずゴクリと息を呑む。


『これから起こる事はくれぐれも内密にお願いしますね』


「……当たり前だ……こんな事が知れ渡れば例えS級冒険者とは言え、まだうら若い彼女の背に、世界全ての厄介事がひっきりなしに降り掛かるではないか」


先程のリカルドとの会話とその事実を想像し、胸を痛めたマティアスが片手で顔を覆い、思わず天井を仰ぐ。


その表情は苦悶に歪んでいた。


『マティアスさんは簡単に口外するような御仁ではない。例え王族に脅されても、仲間を売る様な真似は決してしない。短い期間とは言え、貴方は信頼出来る方だと思っています。私が勝手にマティアスさんの人柄を買っているだけです』


「……なんとも凄まじい殺し文句じゃあないか……」


キサギの微笑みが脳裏に過ぎる。


苦悶に歪む顔から、困った様に笑みを浮かべた表情に変え、天井を仰いだままに掠れた声をこぼす。


『ふふふ!驚いてる、驚いてる!でも内緒にして下さいね!それじゃ、行って来まーす!』


「……全く……大人を揶揄いおって……」


マティアスの知るキサギは15歳にしては大人びた美しい少女で、神秘的な微笑みは誰もが魅了される程のものだ。


常に優美で悠然と佇み、時には豪胆さを見せる差異に、マティアスを始めとした周囲はいつも驚かされている。


だが、S級冒険者としての絶対的信頼感と安心感は本物だ。


そんな彼女が珍しく歳相応に悪戯な笑みを浮かべ、満面の笑顔でこちらに手を振り「行ってきます」と言って出発した。


マティアスは突然クククッと笑い声をあげる。


いつも厳めしい表情を崩さない彼が、珍しく小さいながらも声を上げて笑っている。


「あぁ……今、グエンの気持ちが少しだけ分かったような気がするな……誰よりも強者であるにも関わらず、危うくて放っておけない……成る程。傾城傾国とは言い得て妙だ」


誰もいない執務室にマティアスのテノールの声が静かに響き渡った。

















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~

桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。 両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。 しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。 幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...