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第2章

41.怒髪天を突く

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午前中急ぐようにカンタバロを発ったキサギ達一行は、結局あれからどの観光地にも立ち寄る事もなく、午後にはランテルのギルドへと帰還した。


「お?戻ったのか」


丁度ギルドの入り口へと足を踏み入れたその時、たまたま2階から階段を降りて来るマティアスに声を掛けられる。


「午前中にエクターから連絡があったぞ。今回もよくやってくれた」


「ありがとうございます。ディゴンさん達は?」


「昼過ぎにはこちらに戻って来て、彼らからも報告を受けた。後、謝罪もな……」


いつもの厳めしい顔を少し緩め、マティアスの表情には微笑みが浮かんでいた。


「何やら誰かに触発されたようだな。ディゴンの表情から角が取れて、晴れやかだったぞ。彼らは別のクエストを受けて既に出立したんだが、君に礼を言っていたぞ。まぁ、本人に直接言えと言っておいたがな」


仕方のない奴だ、とマティアスが苦笑い気味に肩をすくめる。


キサギも思わずディゴンの慌てる顔を想像してクスリと笑みをこぼす。


「ふふ。そうですか。ではマティアスさん、お時間があればクエスト完了の手続きをしたいのですが……」


「あぁ……すまんが私はこれから出掛けなきゃならん。スタッフリーダーが代行する」


「わかりました。それでは私達はこれで」


軽く会釈するキサギの横をマティアスは通り過ぎ様に「魔人の件、明日話そう」と小さく呟き、彼女の肩をポンと叩くとそのまま出掛けて行った。


「お疲れ様です。別室にご案内しますのでこちらへどうぞ」


マティアスの背を見送るキサギに、女性スタッフが声を掛けてきた。


声の主へと向き直ると、そこには穏やかな微笑みを浮かべる女性スタッフが姿勢良く佇んでいる。


よく見ると制服の色が他のスタッフ達とは違う。


ギルドのスタッフの制服には色があり、ギルド長であるマティアスは藍色、スタッフは深緑、そして彼女のようなチームリーダー職に着く者らは臙脂だ。


それぞれの胸元には担当役職の絵柄が描かれたバッヂが付いており、誰が見てもわかる様に見分けがつく仕様になっている。


キサギ達は連れられるまま2階の応接室に案内されると、スタッフはキサギへと向き直り軽く頭を下げた。


「初めまして。私はこのギルドのスタッフ統括を務めます、キリエと申します。今回はギルド長に代わって私が応対させて頂きますね」


「ご丁寧にありがとうございます」


にこやかに自己紹介するキリエはどうやらマティアスに次ぐこのギルドのNo.2とも言える、全スタッフを纏めるリーダーのようだ。


(見たところまだ30代そこそこなのに、落ち着いていて安心出来る人だなぁ……オリガさんもそうだったけど、こういう人は好感が持てるわ)


キサギは軽く会釈しながらキリエを分析評価すると、首からタグを外し彼女へと差し出す。


「お預かりします」と両手で丁寧に受け取り、彼女はキサギへソファーへ掛けるよう促した。


キリエがキサギの対面のソファーに腰掛け、テーブルに置かれていたクエスト用紙を手に取り一連の作業を淡々と行ってゆく。


そしていつものように魔宝石が小さく明滅し、クエスト用紙の中央にぼんやりと「クエスト完了」の文字が浮かび上がるのを確認すると、キリエは満足したかのように笑みを浮かべ一つ頷き、冒険者タグを対面のキサギへと差し出した。


「手続きは終了です。難解なクエストの早期解決、今回もお見事としか言いようがありません。お疲れ様でした」


笑顔のキリエから返されたタグを受け取ると、キサギもまた微笑みを浮かべ「ありがとうございます」と答えタグを受け取り、すぐに首に戻した。


「旅団の皆様は明日午前中にギルドへ起こし下さるよう、ギルド長より伝言を承っております。予定は大丈夫ですか?」


「はい、勿論です……ところでマティアスさんは何か会合とかですか?」


「ふふ……いえ、その……」


キサギの問いに、キリエが苦笑いしながら言葉を濁す。


「?」を浮かべながら彼女は首を傾げた。


「……その……ギルド長は、キサギさんの苦手な王城へ行かれたんです」


苦笑いを浮かべたまま、何やら言いにくそうにキリエが答える。


「うげっ……あぁ、それはそれは……」


思わずキサギは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、明後日の方を見ながらモゴモゴと言葉をこぼす。


そんな彼女を見ながらキリエは柔らかくクスクスと笑みを溢した。


「ふふふ。やっぱり。先日ギルド長から少しだけ事情を聞いていたので、恐らくそういう反応が返ってくると思っていました」


「……あはは。お恥ずかしい限りです」


「いえいえ。英雄と呼ばれるS級冒険者の方にも苦手なものがあるとわかっただけで、何だか親近感が湧きます。……それでは、カンタバロから戻られたばかりでお疲れでしょう?本日はどうぞゆっくり体を休めて下さい」


キリエが可愛らしく笑い、席を立つ。


そして率先して扉を開いて待ってくれた。


「ありがとうございます。それでは、また明日伺います」


ソファーから立ち上がったキサギは扉の前でキリエに一礼すると、一行はギルドを後にした。


…………時は進み、その翌日の朝。


今日も晴天のランテルは穏やかな温かさに包まれる。


ギルドはいつものように冒険者達で賑わっており、スタッフは皆せわしなく動き回り、ボードへ手際良くランク毎に仕分けられたクエスト用紙を貼り付け、冒険者達は齧り付くようにクエストを物色していく。


それはいつもの、忙しくも和やかな光景だった。


だが。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ??!!マティアスさん!!それどういう事ですか!!??」


そんな平和な1階フロアに、つんざくような叫び声がこだまする。


1階にいた冒険者やスタッフ全員漏れなく思わず肩をビクリと跳ね上げ、声がこだましてきた方へと皆ゆっくり顔を向ける。


その声は間違いなく2階から飛んで来た。


今2階にいる人物を、皆が脳内で想定する。


そして「あぁ……」と皆合点がいくと、1階はまたいつもの喧騒へと戻っていった。


先程のつんざくような叫び声の上がった2階のマティアスの執務室。


その室内は異様な空気に包まれていた。


「今日は例の魔人の件の話でしたよね??!!それがいきなり……一体どういうつもりですか!!??」


「いや……だから……その……話を……」


デスクの椅子に腰掛けていたマティアスは目の前の人物の様相に大きく仰け反り、いつもの厳つい相貌を崩し困り顔で額には汗が滲んでいる。


タジタジの様子で、言葉もしどろもどろだ。


そのマティアスに凄まじい剣幕で今にも掴みかかろうとしているところを、苦笑いのシュリに羽交い締めされ持ち上げられながらも、ジタバタともがき暴れる人物こそが、先程の絶叫の張本人。


キサギである。


いつもの穏やかで神秘的な微笑みはどこへやら。


その美しい顔は憤怒に燃え、魔力が溢れ漏れ出ている。


キサギの怒りの原因。


それはマティアスのデスクの上に置かれた一通の招待状と、テーブルに置かれた豪奢なドレスと装飾品だった。


時間が遡る事少し前。


キサギ達がマティアスの執務室に入るや否や、彼の口から飛び出したのは例の魔人の件ではなく、王城で行われる晩餐会と舞踏会への参加の可否を問うものだった。


キサギはポカンと呆気にとられる。


当然マティアスはキサギが王族を忌避していることは知っている。


である筈なのに、この仕打ち。


キサギの脳内では、リンデルでのルシアン達王侯貴族の子息子女達の件や、昨日のジェノヴィア王家の姫との遭遇、それ以外にも前世で体験した国の上層部から受けた散々な仕打ちを思い出させる。


それでなくても魔人の事で、キサギの心中は穏やかでは無い。


最早ストレスがマックスになった彼女の張り詰めた糸が、マティアスの言葉を切欠にアッサリとブチ切れた。


キサギの背後に佇むビャクランはいつものように「あらあら」と慈愛の籠った微笑みを浮かべ、ソウエイはデフォルトの無表情のまま、コクヨウに至ってはやれやれといった表情で溜息を吐く。


1番体格の良いシュリは先程から苦笑いを浮かべながら、足をバタバタさせながらもがくキサギをなんとか抑え「まぁまぁ」と彼女の耳元に小声で宥めていた。


「冗っっっ談じゃない!!私は冒険者よ!!なんで王城の晩餐会に参加なんぞせにゃならんのよ!!しかも舞踏会にも参加だぁ?!ふざけんな!おまけに何?!このドレスとか装飾品!!そいつ、私のサイズどうやって知ったのよ?!気持ち悪いっっっ!!贈った奴、ここに連れて来い!!今すぐ消し炭にしてやる!!いや、永劫の時の中を、一生苦しみながら出られなくしてやる!!それとも煉獄の門をこじ開けて、放り込んでやろうか!!」


まさに鬼神の暴走、といったところ。


魔力を撒き散らしながら、なんとも物騒な言葉を喚き散らし、最早マティアスの部屋は混沌と化している。


執務室の両サイドの本棚はポルターガイストでも起こったかのようにガタガタと音を立てて震えだし、部屋の窓に至ってはミシミシと悲鳴をあげ仕舞いにはピシッとヒビが流れるように入る始末。


因みにこの声は全て1階に丸聞こえで、冒険者達は思わずブルリと体を震わせそそくさと逃げるようにクエストに出掛けて行ったり、地下の鍛錬施設へ走り去る者達で溢れ、その日のギルドの1階は珍しく静かだったという。


「御前、落ち着けって。ギルド長、今にも死にそうになってるぞ」


「知ったことか!!私は!リンデルで!ハッッッキリと!第2王子に言った筈よ!!王族の招待が厚意のつもりなら迷惑千万だって!!遠回しじゃなく、直接的によ!?直接的!!わかる?!え?!何、あの人達には通じない言葉だった?!それとも理解出来なかった?!ったく、どいつもこいつも王族ってもんは、“善意“という名の悪意で、どんだけこっちに迷惑かけりゃ気が済むの?!それとも迷惑だと思ってないわけ?!どんだけ脳味噌沸いてんのよ!!」


魔力を放ちながら、怒髪天を突くキサギの様を目の当たりにし、マティアスは流石に口から魂が飛び出す寸前で、もはや意識が遠ざかっている。


するといきなりパタリとキサギが暴れるのをやめ、力なく項垂れた。


執務室が突然、静寂に包まれる。


突然の有様に、現実へと引き摺り戻されたマティアスがハタと気を取り戻し、訝し気に、そして不安そうに彼女を見やった。


「……この国、捨てるか」


掠れるようなキサギの物騒な言葉が室内に響き渡る。


思わずギョッとしたマティアスが、席から立ち上がった。


その時。


「それは困るな」


それは執務室の扉から響く。


キサギの耳がピクリと動いた。


聞き覚えのあるバリトンの声。


項垂れていた体をガバリと上げ、キサギが憤怒の顔そのままにギュンッと勢いよく顔を声の主へと向ける。


その人物を視界に捉えるや否や、彼女はそれはそれは盛大に「チィッ!!」と舌打ちをする。


そこには困り顔で苦笑いを浮かべる第2王子のリカルドと、顔を青ざめる副官のバリー、そして彼らを案内をしたキリエが今にも死にそうな顔で立っていた。



















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