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第2章

39.暗雲の予感

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カンタバロのギルドでは朝の早い時間にも関わらずスタッフが忙しなく動き、冒険者達はボード前でクエストを物色したり、休憩スペースでは軽食を手に次のクエストのミーティングや、楽しそうに雑談をするなど賑わいをみせている。


室内はその人数の多さから、人の集まりが生む独特な熱気に包まれていた。


ギルドの開け放たれた扉を潜り、キサギはその様子を見渡す。


この賑わいが案外好きな彼女は、自然と頬が緩む。


「あ、キサギさん!お帰りなさい!」


昨日出迎えてくれたギルドスタッフの女性がキサギをその視界に捉えるや否や、パァッと表情を輝かせ走り寄ってくる。


「おはようございます。エクターさんはもういらっしゃってますか?」


「ふふ!ギルド長、昨夜執務室に泊まったんでずっといますよ」


その言葉に思わずキサギは目を丸くした。


「あ、別にいつもの事なんで気にしないで下さいね!もし不測の事態に陥った際、すぐに采配を取れるように重要なクエストの時はいつもそうしてるんです。さっき、スタッフが朝食とコーヒー持って行ってたんで、もう起きてると思いますよ」


目の前で言葉を失っているキサギを安心させようと、スタッフはいつもの事だとクスクスと笑いながら両手を振り、早速彼女らをエクターの執務室へと案内する為先導する。


室内の冒険者達はチラチラと旅団へと視線を向けながら、何やらゴソゴソとまた噂話でもしているようだ。


「皆、旅団の活躍に驚いてるんです。なにせ難題なクエストを、こんな早くに解決させちゃいましたから。けど何より、同じギルドの仲間達を救ってくれた事にとても感謝しているんです。私もその1人です。皆さん、本当にありがとうございました」


先導していたスタッフがキサギへと向き直り、旅団ら1人1人の目を見て深々と頭を下げる。


「あぁ、あの視線はそういう意味だったのですね。それなら良かったです。私達はまだ新人で、ランテルではアモン討伐を信じていない冒険者達も多かったので、こちらでもそうなのかと」


「え~!そうだったんですか?……まぁ、キャリアの問題なら仕方ない所ではありますね」


ランテルでの冒険者達の反応に一定の理解を示したスタッフは、少し苦笑いして肩をすくめる。


そして彼女らはまた執務室へ向かって足を進めた。


「でも、流石にここではそれはないですよ。何せギルド長自らが解決を宣言して、メンバーを選抜して迎えに行きましたし、実際行方不明だった冒険者達が全員無事に帰還したのを、皆この目で見ているんですから……」


微笑みを浮かべるスタッフは、昨日の迎えに行ったエクター達が冒険者達を連れてギルドへ帰還した事を思い出しているのか、その表情は嬉しそうに緩んでいる。


その姿を目の当たりにしたキサギも自然と微笑みを浮かべた。


一行がエクターの執務室の前に到着すると、スタッフがその扉をコンコンと軽くノックする。


「ギルド長、神楽旅団の皆様が到着されご案内しました」


「おう!通してくれ!」


中からいつもの豪快なエクターの声が響くと、スタッフが扉を開けてくれキサギ達を中へと促し、彼女らが部屋へ入った事を確認すると彼女は仕事に戻る為1階へと戻っていった。


「無事の帰還、安心したぞ。ご苦労だったな!まぁ座ってくれ!」


室内にコーヒーの良い香りが漂う。


テーブルには既に人数分のカップが用意されていた。


どうやらスタッフが案内している間に別のスタッフがエクターへ先んじて連絡していたようで、彼自らがコーヒーを淹れて待ってくれていたようだ。


3人掛けのソファーにキサギとその隣にビャクランが座り、キサギ側のアームレストにシュリが腰を下ろし、ソウエイが彼女の背後に佇めば、コクヨウがキサギの足元にペタンと座る。


その光景は昨日も見たもので、やはり目の前のこのギュウギュウとした様相に「暑苦しっ」とエクターが苦笑いを浮かべながら対面のソファーへとゆっくり腰を下ろした。


席に着いたキサギがおもむろに冒険者タグを首から外し、目の前のエクターへと差し出す。


「ドヴァールでのクエスト、完了しました。どうぞ確認して下さい」


その差し出されたタグをエクターは暫くジッと見つめ、フッと軽く笑みを浮かべて首を横に振る。


「いや、冒険者達が戻って来た事が何よりの証拠。それに俺は昔気質の人間でな。是非その口から報告を受けたい」


その素直なエクターの言葉にキサギは軽く微笑み頷くと、差し出したタグを引っ込め首へと戻した。


「あぁ、そうそう。救出された冒険者達は今朝目覚めたそうだ。微かに記憶の混乱はあったようだが皆問題はなかったよ」


「そうですか。安心しました……最初に発見された冒険者の方は解呪出来ましたか?」


「あぁ、そちらも問題ない」


「……良かった……」


その言葉にキサギは胸を撫で下ろす。


もし上手く解呪出来ていなかったのならば、彼女がやろうと思っていた。


この世界の魔術師の力量を見くびっていたな、と軽く反省する。


「まず、事の発端はマティアスさんから聞いていますか?」


「50年前のドヴァールの亜人達の事件だな?あぁ、口外しない事を前提に聞いている」


「そうですか……精霊王の存在が公になると、観光客も多いこの地では良からぬ行動をとる人間も出るでしょう。下手をすれば精霊狩りや、昔のように奴隷問題へ発展する恐れも……このままギルド長の胸にしまっておいて下さい」


エクターはキサギの言葉に「勿論だ」と頷く。


「上位魔人の名はフォラス。彼がそこにまた現れたのは気紛れか、享楽か……魔人の意図など図れませんが、大方そんなところでしょう。精霊王の目覚めまで我慢が出来なかった彼は、またドヴァールを遊び場に選び、大型魔獣を召喚して混乱を呼んだ。そのさなかに幻惑魔法の濃霧を発生させ、更なる混乱で掻き乱し、彼らを狂乱の絶望へと落としていった……というのが大まかな流れです」


「……奴らは倒しても倒しても湧いてくる……本当に厄介な存在だ」


「えぇ。そして今回の行方不明事件は、50年前精霊王が眠りにつく前に展開した結界と、フォラスの負の魔力がぶつかり合い暴発を起こした事がきっかけとなり、時空に歪みが生じた。そこに彼らは閉じ込められてしまった……亜空間を漂う事なく無事に済んだのは、精霊王の張った結界の賜物です」


「時空の歪み……?暴発……亜空間……」


聞いた事もない現象や言葉にエクターは絶句し、動揺を隠す為か思わず片手で口元を覆っている。


「この説明はとても難しいです。ですが、そういうものだと受け入れて下さい。気になるようでしたら、その筋に詳しい魔術師にでも尋ねると良いでしょう」


「……そういう奴が近くにいたら、な」


エクターが苦笑いしながら答えた言葉に、キサギも同様に困ったように笑みを浮かべる。


「大型魔獣は先程の説明の通り、フォラスが召喚したものなので、今後自然発生はないでしょう。フォラスも討伐済みです。行方不明だった亜人達も全員ではありませんでしたが無事を確認し、昨日会った組合理事のアラゴスさんとバドさんの立ち会いの元、解呪の魔法も掛けておきましたから問題はないでしょう。ドヴァールの危機は取り除かれました」


「……そうか……今回の件に上位魔人が関わっていたとはな……やはりと言うべきか……」


ソファーの背もたれに仰反るように、エクターは勢いよく背中を預ける。


「ただ……」


キサギの眉間に皺が寄る。


彼女はフォラスの一件で一つ気がかりな事があった。


「?……ただ、なんだ?」


様子を変えたキサギを訝しみ、エクターが体を起こす。


「フォラスは上位魔人の中でも下位の者でしょう。私が先日ランテルで遭遇した上位魔人は影とはいえ、かなり余裕があり、感じる魔力も彼とは比べ物にならない程強大でしたし。しかも気になる言葉を言っていたんです」


「気になる言葉?」


エクターが怪訝な表情を浮かべ、キサギを見やる。


「はい。私が出会ったベリアルという上位魔人の名を口にした時、フォラスは非常に怯えながら彼を“四魔闘将の一角“と言ったんです。……エクターさんはご存知ですか?」


「四魔闘将?……いや、知らんな」


「フォラスは、他の上位魔人の事を聞いても答えなかった。いや、答えられなかったと言うのが正しいでしょう。何よりベリアルの名前すら口に出来ないようで、ずっと“あの御方“と言っていた……恐らく情報が流れないように“呪“……つまり制約が掛けられていたんです」


「制約?魔人が?……なんでそんな……」


「……これはあくまで私の見解ですが……」


キサギが眉を顰めながら言葉を切る。


対面のエクターは彼女をジッと見つめながら、静かに続きが語られるのを待っていた。


キサギが小さく溜息を一つ吐くと、躊躇いがちに口を開く。


「彼ら上位魔人は数を増やし、その中でも力のある最上位の者達が、上位魔人を統制・統率をしている……彼らは組織化して何かを企んでいるのではないでしょうか?」


「なっ!組織化……だと?!馬鹿な!そもそも魔人は群れんのが常識だぞ?!」


驚愕に顔を歪めたエクターが思わず声を張り上げ腰を浮かせる。


「仰る通りです。彼らはそもそも己の快楽を優先する存在。誰かと徒党を組むなど、本来考えられない事です。それが四魔闘将という役職が出来、上位魔人に制約をかけてまで統制している。しかも、おかしいくらいにフォラスは四魔闘将を妄信していた……全ての状況を鑑みても、今は様相が変わって来ている……何かおかしいと思いませんか?」


「そ、そんな……!フォラスは50年前も今回も散々ドヴァールを苦しめた上位魔人だぞ!奴より更に上位の者達など、厄災そのものじゃないか!しかもそんな奴らがまるで将軍のような役職に着いて、上位魔人に妄信されている?!その上組織化?!……おいおいおいおい……これはかなりヤバイんじゃないか?!」


「……私の考え過ぎなら良いんです。四魔闘将という言葉も、ただの二つ名程度なら聞き流せますが……個で動く筈の彼らが、私達の知る常識から逸脱した行動をとっている……今までの常識が常識では無くなっている事に、どうにも引っかかるんです」


キサギが唸るように掠れる声をあげる。


最早情報がいっぱいいっぱいのエクターは口をはくはくとさせながら、重い溜息をひとつ吐き出した。


「……確かに杞憂……なのかもしれん。だが、最悪の事態を想定して動いて、結局そうじゃなかったっていう方がまだ良い。これは一度、他のギルドで同様の事件がないか精査した方が良いな。ギルド全体で考えるべき案件ではあるが、最悪国にも報告をあげにゃいかん。……スタンピードなんぞより厄介だぞ、これは」


絞り出した彼の言葉に、キサギも神妙な面持ちで頷く。


「私達もクエストをこなしながら注視しておきます……まだ急に何かが起こる事はないでしょうが、彼らがこの先どう動くのか、何を目的としているのか……見極めないと」


執務室の窓から差し込む爽やかな朝の光がやけに眩しい。


キサギは嫌な予感を胸に過らせながらそっと窓へと顔を向け、外の賑わう街並みへと目を向けた。






















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