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第2章

36.残滓を解く

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茂みの中から成り行きを見ていたディゴン達は、まるで時が止まった中にいるような不思議な感覚だった。


何せ50年前、あのフォラスと名乗る上位魔人に亜人達は一方的に嬲られ苦しめられたのだ。


それを目の前の人間がいとも簡単に退治した。


何の苦戦もなく。


それはもう呆気なく。


圧倒的な力でもって。


それは一言で言い表すならば、偉烈。


フォラスが消え去った空間を、ただただ呆然と眺めていた。


静かに佇んでいたキサギが、ひとつ柏手をパァンと打ち鳴らすと、ディゴン達や周辺に張られた結界が静かに解かれて行く。


そして抉れた地面は何事もなかったかのように、元の姿を取り戻した。


石化のデバフで動けなかった彼らは漸く体が自由になり、急いで茂みから抜け出すと、まるで何事もなかったかのような目の前の光景に更に驚愕する。


辺りの様子を見渡しながら、彼らはキサギの元へと駆け寄ろうとした。


だが彼女はその場所から動かず、ただジィッと空を仰ぎ、よくよく目を凝らしている。


「……お、おいっ……!」


不可思議な行動をとるキサギへディゴンが駆け寄り声を掛けるも、彼女の元へ辿り着く前に突然シュリとソウエイがそれを阻むように遮る。


そのあまりにも荘厳な出立ちの2人に、声を掛けようとしたディゴンや他の者達も思わず気圧され後ずさる。


「邪魔をするな」


ただ一言シュリが言い放つと、用は済んだと言わんばかりに彼らから背を向け、主へと向き直った。


キサギの見上げる場所に何があるのか。


誰もが目を向けるが、そこには当然晴れ渡った空以外、何もない空間が広がるだけだ。


だが、キサギの目にはそうは映ってはいない。


「……思ったよりも、あっちこっちで魔力の残滓がこんがらがってる……絡まった魔力を解かなきゃ」


そう独り言を呟くや否や、彼女は空へ向けて右手を掲げ魔力を放出する。


途端に空に、十重二十重に古の文字が並ぶ魔法陣が織紡がれる。


見た事もない荘厳な魔法陣の光景に、ディゴン達は見惚れながらも唖然とし、口をパカリと開けたまま空を見上げていた。


「開け、上天の門。我、キサギ・マガミの名において命ず。我を阻む絡みし邪糸を、根こそぎ断ち切れ」


詠唱と共に魔法陣に光が帯び、周辺に閃光が散らばる。


キサギと旅団以外の誰もがその光に目を開けていられず、手や腕で顔を覆いながらグッと瞼を固く閉じた。


その時。


パァンッとあちらこちらで何かが弾け飛ぶ音が響き渡る。


それと同時にドサドサドサッ!と、何か重い物体が落下してくる鈍い音も。


暫くして、閃光が落ち着き辺りに通常の風景が戻って来る。


ギュッと固く閉じた瞼を恐る恐る開き、光を避ける為の腕の隙間から覗き見たディゴン達は、目の前の光景に微かに開いた目をクワッと大きく剥く。


「……え?……う、嘘……だろ……?」


その光景を目にしたディゴンが、驚愕に震えながら掠れた声をあげる。


彼らの目の前。


そこには、行方不明になったはずの発掘調査員達やA級B級冒険者達が折り重なるように倒れていた。


皆、見ると怪我もなく意識を失っているだけのようだ。


「良かった、無事ね。アラゴスさん!」


呆然としていたアラゴスが、キサギの呼び掛けにハッと現実に引き戻される。


「行方不明になった人達が消えた場所へ行ってみて下さい。この人達と同じように、皆その場所で気を失ってる筈なので」


「え?!……一体……何故……」


キサギの言葉の意味が分からず、アラゴスは情報処理が脳内で間に合わずパニックになっていた。


それは他の者達も同じで、状況に付いていけていない。


「説明は後でします。場所はわかりますか?」


「も、勿論だ!」


「でしたら、誰か人をやって迎えに行ってあげて下さい。大丈夫。命に別状はない筈ですから……ただ、何人かはフォラスの犠牲になっている筈です。全員ではないと思いますので、お覚悟を」


「あ、あぁ!わかった!ディゴン、ニコ、お前達は集落へ行って人を呼べ。俺は先に行く!バド、レオノアとロミと共に彼女達を手伝ってやってくれ」


「任せろ。そっちは頼んだぞ」


彼らは連携をとり、すぐさま行動に移した。


ホゥッとひと心地ついたキサギは、胸を撫で下ろし肩の力を抜く。


そして1人その場から少し離れると、胸元の冒険者タグを握り、早速ギルドで待つエクターへと連絡をとる。


クエストの完了と共に、発掘調査員達と冒険者達全員の無事奪還を知らせ、彼らを迎えに来て貰う応援要請の為に。


連絡の繋がったタグの向こうのエクターは、当然驚愕の声を上げ、暫く間が出来る。 


キサギが苦笑いしながら何度か呼び掛けた事で我に戻ったのか、何度も何度も彼女に礼を言い自ら指揮をとって冒険者達を連れて迎えに行くと伝えると、焦っていたのか一方的に連絡を切った。


思わずキサギはキョトンとする。


早朝にギルドを出て、今はまだ昼時だ。


当然ながら、あまりにも早すぎるクエスト解決にエクターが驚愕するのも無理はない。


「まぁすぐに迎えに来るか」とタグを見つめながら、キサギはフゥッと小さな溜息と共に肩をすくめながら苦笑いを浮かべる。


とりあえず連絡を終えた彼女が倒れた者達へと向き直ると、バドを始め旅団の皆も、彼らを丁寧に地面に寝かせ状態の確認をしている事に気付き、そちらへと戻って行く。


「バドさん、暫くすればカンタバロのギルドから、ギルド長自ら応援を引き連れて到着します。調査員達と冒険者達は彼らに任せましょう」


介抱をしていたバドへそう声をかけると、彼は尻尾をパタリと揺らしながらその顔に笑みを浮かべて頷く。


「何が起こったのかさっぱりわからんが、兎も角ありがとう。君のお陰で助かった……」


「いえ。彼らが無事なのは、ここの精霊王の加護のお陰です。私は特に何もしてません。事情は後ほどアラゴスさんが合流してからお話しします。念のため、彼らに解呪の魔法をかけておきましょう」


戸惑いながらも感謝を述べるバドに、キサギは首を横に振りながら笑顔で答える。


そして旅団らと手分けして解放された彼らの状態を見つつ、フォラスの幻惑魔法の影響がないかを確認しながら念のため解呪の魔法をかけておいた。


あらかたの介抱が終わった頃、アラゴスが息を切らしながら走って戻って来た。


「君の言った通り、行方不明になった場所で気を失って倒れていた者達が無事見つかった……全員とまではいかなかったが、無傷で戻って来てくれたよ。皆、命に別状はない。仲間達が集落まで連れて行った。本当にありがとう!」


走って来たせいでまだ息の整わないアラゴスが、肩で息をしながら勢いよくキサギへと頭を下げる。


「念のため、その人達にも後ほど解呪の魔法をかけましょう。目覚めて暫くは記憶の混乱があるかもしれませんが、すぐに落ち着くでしょう……とりあえず詳細は後ほど話しますね。もうすぐカンタバロから迎えが来ますので、彼らの引き渡しを手伝って貰っても良いですか?」


「担いで降りるのか?なら人手を呼ぼう……」


「あ、いえいえ!皆さんあまり人間に会いたくはないでしょう?無理をしなくて大丈夫です。それに、彼らは担いで降りません」


「気にしなくても良いんだが……というか、担いで降りないなら、彼らがここまで上がって来るのか?なかなか距離があるが?」


「いえ……まぁ、こういう事なんです」


すると苦笑いを浮かべたキサギが唐突に瞬間移動魔法を発動し、倒れた人々を含めてその場の全員を登山口まで瞬時に移動させた。


突然の風景の変貌に、バドもアラゴスもポカンと口を開け呆然とする。


「……おじさん。だから言ったでしょ。彼女、只者じゃないって」


表情の乏しいレオノアが呆れながら肩をすくめている。


もはや彼女は自分の中の常識に、キサギを当て嵌める事など放棄していた。


それでもアラゴスとバドはあぐあぐと口を動かしては何か言葉を発しようと頑張るものの、結局何も言えず、もう規格外の彼女に対して考える事を諦めた。


暫くして、エクターが先遣隊となるカンタバロの冒険者達を率いて到着する。


足の遅い馬車は遅れて到着するようで、足の速い騎乗魔獣組が先に到着したようだ。


「キサギ!よくやってくれた!」


跨っていた騎乗魔獣から颯爽と降り立ち、キサギへと駆け足で走り寄ると、彼は彼女の両手を豪快に掴み、ブンブンと勢いよく振ってくる。


その勢いに吹き飛ばされそうになりながら、「何だかオリガさんもこんな感じだったなぁ」と、振り返りながらキサギは苦笑いで受け入れた。


「彼らの命に別状はありません。念のため幻惑魔法の解呪もしています。多少の記憶の混乱はあるかと思いますが、恐らく大丈夫だと思います……これから我々は彼らへ事情説明をするので、恐らくカンタバロに戻るのは遅くなると思います。そちらへの事情説明は明朝でも良いですか?」


「あぁ、勿論だ!……彼らは?」


キサギの背後に立つ壮観な顔立ちのエルフと獣人へとエクターが目を向ける。


彼ら2人がエクターとキサギの元へ歩み寄って来た。


「私はエルフと獣人の集落の組合理事をしているアラゴス。彼も同じ理事のバドという。今回は彼女達に助けられた。冒険者の派遣、心から感謝する」


2人はエクターへと静かに頭を下げ礼を告げた。


「カンタバロ冒険者組合のギルド長を務めるエクターだ。その言葉、ありがたく頂戴する。とはいえ、こちらも彼女に助けられた側なんだがな。ともかく、調査員達と冒険者達はこちらで連れ帰る。また何かあったら遠慮なく相談してくれ。ギルドはその為に、いつでも、誰に対しても、門戸を開いているのだから」


頭を下げていた2人が顔を上げ、エクターと笑顔で固い握手を交わす。


蟠りのある種族間の絡まった糸が、少しだけほぐれた瞬間だった。


救出された冒険者達を手分けして騎乗魔獣や遅れて到着した馬車に乗せると、彼らは一路カンタバロへと戻って行った。


それを見送ったアラゴスとバドがキサギへと向き直る。


「さぁ、我々も戻ろう。集落まで案内する。そこでとりあえずは体を休めてくれ」


「朝から何も食べていないんだろう?食事も用意しているから食べていってくれ」


出会ったばかりのあの不穏な空気が嘘のように、彼らが笑顔でキサギ達を歓迎してくれる。


「飯!あ~そういや腹へったぁ!飯だ!飯、飯!」


先程まで静かだったシュリが、食事の話題が出るや否やご機嫌になる。


その豪快さに彼らは目を丸くした後、声を上げて笑った。


「もぉ~。ちょっとは遠慮して、食い散らかしたりしないでよ、全く……。では食事を頂きながら説明をしますので、ご案内よろしくお願いします」


がめついシュリに呆れながら、キサギがアラゴス達へと笑顔で頭を下げた。


そして彼女らはエルフと獣人の集落へと向かった。
















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