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第1章

15.思わぬ騒動

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領都ランテルから関所街リンデルまでは普通の馬では疲労を考えて休憩を挟む必要もあり、時間がかかってしまう。


時間を掛けていられない冒険者達の移動手段は、速度が早く持久力の高い調教された馬型の騎乗魔獣だ。


これならばかなりの時間を短縮して移動が出来る、優れた身体能力を持つ魔獣なのだ。


魔獣は何も悪しき存在だけ、というわけではない。


魔人もしかり。


一部だが無害な小型魔獣や、通常の動物より身体能力が高いだけの魔獣など、長年かけて動物学者と冒険者が協力して発見してきた。


また、ひっそりと人間社会に溶け込む無害な魔人や、深い森の中でひっそりと暮らす魔人などもいた事が、過去確認されている。


気性の優しい魔獣であれば捕獲し調教も出来、更に近年では身体能力を伸ばす為に普通の馬と交配させ新たな新種を生み出したりもしている。


騎乗魔獣は、各地で活躍する冒険者や商人にも人気の魔獣なのだ。


ただ頭数がまだまだ少なく購入ともなると非常に高価な為、所持するのは高ランク帯の冒険者や上流階級などごく一部だ。


下位の冒険者の移動手段はほとんどが騎乗魔獣よりも安価な馬で、距離の遠い地域や急ぎのクエストに出向く際はギルドと提携している牧場で騎乗魔獣をレンタルしている。


自分の騎乗魔獣を持つ天狼パーティとカイル、テリー兄弟と違い、キサギ達神楽旅団はまだそれを持たない為、ギルドから紹介された牧場から4頭の騎乗魔獣を借り受けた。


「キサギちゃん、良かったら俺と一緒に乗るかい??」


白い歯をキラリと輝かせる眩しい笑顔のグエンに、旅団メンバーはまるで威嚇する猫……いや、獅子の様に彼を睨みつける。


天狼メンバーは朝からブレない彼の行動に溜息を漏らす者、最早視界にすら入れない者までいた。


当然の事だが、声をかけられたキサギは借り受けた騎乗魔獣の鼻先を優しく撫でながら、一切スルーしている。


「君たちもいずれ買うといいよ。高位ランカーにとって足は重要だからね」


爽やかな優しいお兄ちゃん、といった感じのテリーが何かと彼女らを気にかけ、声をかけてくれる。


魔獣の背に颯爽と跨ったキサギは「そうですね~」と答えはするものの、内心は


(いやぁ、転移魔法使えば早いからなぁ……)


などと苦笑いしたとは、誰にも言えない。


それにわざわざ買わなくても、彼女ならば手持ちの形代で創り出せる。


(スローライフの為には、無駄金を一銭も落としたくないっ)


なんともケチくさい思考の中で、彼女はグッと拳を握りしめる。


準備が整ったところで、彼女らは早速目的地へと騎乗魔獣を走らせた。


因みに転移魔法の存在は、レイスリーネの記憶からこの世界でも確認されている。


転移魔法は時空魔法の一種で、瞬間移動も同様だ。


簡単に言えば、転移魔法は遠距離、対して瞬間移動は近距離。


後者であれば、上級魔術師ならばだいたい使える。


しかしこういった特殊な魔法は、大きなデメリットが得てして生じるもの。


瞬間移動は時間の理に干渉するため、戦闘時においてはリカバリー力は高いが癖が強く強力である分、魔力を根こそぎ消費する。


余程力量のある者でも使用するのは非常時に限られ、多用すると魔力が枯渇してしまい、魔力が戻るまでは魔術師として使い物にならなくなるのだ。


そして転移魔法はさらに大掛かりになり、発動条件も厄介だった。


①ポータルと呼ばれる転移魔法陣の中心に、白ランク以上の魔宝石を置く

②上級以上の魔術師5~6人で魔法石に魔力を暫く流し続ける

③魔宝石から魔力が放出され、魔法陣に魔力が行き渡る


発動!

という事になっている。


ポータルに使用される魔宝石は魔法陣の起動装置でもあり、また安定化装置の役割も持つ。


そもそも注がれるかなり高い魔力に耐える為には、必要とされる魔宝石も希少な白・金・黒のいずれかで、そして1人でどうにか出来る魔法ではない。


ちなみに搭乗側がポータルを発動さえすれば、連動して到着側も発動する。


ポータルは国で使用される場合は、主に有事の際に騎士団や魔法師団を恙無く一気に派遣するのに使用されたり、遠方の国との会談へと向かう際などに使用される。


冒険者の場合、各地のギルドには必ず1つ配備されており、国を越えての遠征はほぼこちらを利用する。


が、一部のギルドでは上級魔術師の人手が足りない為発動出来ず、ほぼ受け入れるだけの発動になっているのだとか。


搭乗したい場合は近場のギルドまで出向き、ポータルを借りて移動しているらしい。


この世界では存在してはいてもなかなか使用する機会の少ない魔法を、キサギはただただ気軽な移動手段としてポンポンお手軽に使用しているのだが……


面倒に巻き込まれそうなので、この手の魔法が使える事は「バレるまでは言わないでおこう」と彼女はそっと胸に留めた。


それにキサギは過去、転移魔法で世界を渡り歩き慌ただしくただ魔物を狩り災厄を祓っていただけに、こうしてゆっくり世界を見て廻れるのは思いがけない幸福なのだ。


揺れる騎乗魔獣の背の上で、忙しく流れる景色に目をやる。


賑やかなランテルの街を出て走ることしばらく、周囲には果てしなく広がる緑と山山。


ちらほら見える民家。


農作業をする人々。


この美しい長閑な風景が、キサギの心を洗う。


(世界には、ほかにどんな素敵な場所があるのかな……)


そんな期待に胸を膨らませていた。



そして魔獣を走らせてしばらく、一行は昼前には目的地である関所街リンデルの外観をその視界に捉えた。


まだ少し先に離れて見える石と木で造られた重厚で立派な関所の門は、長閑な風景には非常にアンバランスなものに見える。


その名の通り、ここはハロルド伯爵領リムゼイと隣の領地の領境になっている。


国境ではないので、本来領地間に仰々しい関所などは無い。


だが、この街を少し抜けた先に資源豊かな緑深い森とその奥にダンジョンがあるため、稀に街道や街の近くに魔獣が現れる事もある。


また、多くの冒険者や商人が集まり採集品の検閲が行われる事もあり、この様な物々しい雰囲気が漂う関所となりそれ相応の門構えとなっている。


リンデルにはギルドの出張所がある。


基本的にクエストは各地のギルドで受領、完了を行う為、もしもクエストを求めてリンデルへ訪れても出張所で受領・完了処理は行えない。


冒険者達の中にはクエスト以外で森やダンジョンで鍛錬を積むソロやパーティも多いので、彼らへの諸々の対応や、住民達との間で問題が起こらないよう折り合いをつける役割だけでなく、クエスト外で採集された薬草や魔石を住民達へ還元したり、それを求めて来訪する商人達への折衝に出張所は存在する。


リンデルの住民達からは、魔獣を退治し採集物を街にもたらしてくれる冒険者の存在は概ね受け入れられているようで、関係性は良好だと前情報で得ている。


彼らはまずは到着の挨拶と情報収集の為に、出張所へ向かおうとしていた。


魔獣の歩足を緩めゆっくりと街へと近づいていくと、どうも様子がおかしいことに一行は気がつく。


門の前に何やら人々が集まり、少し騒ぎになっているようだ。


「なん騒ぎだろう……行ってみよう」


グエンの一声で一行は緩めていた魔獣の歩足をまた早め、騒ぎの集団へと走り寄った。


騒動を遠巻きに、少し高い視点の騎乗魔獣の背からその成り行きを見渡す一行の前では、野次馬達が囲み人集りになっている真ん中で、門兵と身なりの良い軽武装した男女数人が何やら言い争いをしている。


騎乗魔獣からヒラリと降り立ち、キサギは野次馬達の後ろで成り行きを見ていた年配の女性に声を掛けた。


「……あの。何かありました?」


声をかけられた女性は少し驚きながら振り返り、彼女の首元のタグを見て少しホッとするような表情を見せると、口を開いた。


「あら、冒険者さん?いつも御苦労様~!いやぁなんかね、門兵とあそこにいる身なりの良い集団が、さっきから入れろだの帰れだの押し問答してんだよ~」


そう話す女性の少し向こうからは、確かにそんな言い争いが聞こえてくる。


「なんでも、王都の魔法学園から来たお偉い身分の学生さん達らしいわよ」


女性の隣にいた別の年配女性が、眉を顰めながら小声でこちらにヒソヒソと追加の情報を話してくれる。


「魔法学園の学生?……なんでまた……」


キサギは嫌な予感を胸に巡らせながら、騒ぎの集団へと向き直り成り行きを見つめた。
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