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第1章
1.困惑の目覚め
しおりを挟む深い眠りの底からゆっくり浮上していく。
(あ、もう朝?まだ眠っていたいのだけど…)
閉じた瞼に光が当たるのを感じて、ゆっくり目を開いた。
「……」
「?! お嬢様!?あぁお嬢様が目をお覚ましに……!!」
寝ぼけてぼんやりしていた頭が、誰か知らない若い女性の甲高い声によって急激に覚醒した。
知らない天井。知らない部屋。知らない人の顔。
(…なんだ?これは…)
「すぐに医師様を…!!いえ、旦那様と奥様にお知らせを…!!」
女性は叫びながら、慌てて部屋を飛び出して行った。
(お嬢様?医師?旦那様とか奥様ってどういう事?そもそも、ここどこ?あれ?なんで私、体が動かないの?私は…確か…歪みの暴走を止めて…それから…)
キサギが混乱する思考をゆっくり整理しようとしたところ、廊下からドタバタと慌ただしい足音が聞こえて来た。
「レイスリーネ!!」
勢いよく扉を押しあけて入って来た美丈夫と美女はベッドまで駆け寄ると、薄く目を開けたままベッドに横たわる少女の手を握りしめ、頬に優しく手をあてた。
「あぁ!レイスリーネ!我が愛しい娘!目を覚ましてくれたんだね!良かった…本当に良かった…」
「レーネちゃん!!辛い所はない?苦しいところは??」
美丈夫と美女は涙ながらにそう叫んでいる。
(え。レイスリーネって誰?!ていうか、この美男美女、誰?!)
キサギの頭はますます混乱している。
娘だの母だのというからには両親だろうと思われるその2人の後ろから、初老の男性が現れ2人を後ろに下がらせると、少女の手を優しくとった。
「ハロルド伯、奥方、一旦お下がり下され。さてレイスリーネ嬢、状態を診ますね?私の声は聞こえていますかな?」
どうやら部屋を出て誰かを呼びに走った女性が言っていた医師だろう彼にそう尋ねられたので頷こうとする。
…が、出来なかった。
身体が動かないのである。
手も、足も、首も、顔も、何も動かせない。
そして声も出せない。
動かせるのは今のところ、目だけ。
(…… なんか、前にもこんな事があったような気が……)
キサギは以前任務で、全力では無いものの魔力をかなり消耗する事があり、しばらく寝たきりになって周りにしこたま怒られた過去の出来事を思い出し、心の中で遠い目をした。
(それにしても、生命力を魔力に上乗せしたんだからさすがに死んだと思ったんだけど……私、なんで生きてるんだろ?)
などと呑気な事を考えつつ、目だけで今置かれている状況を確認していく。
(私を見てレイスリーネって呼んでたけど、どうなってるの?彼らは…ハロルド伯と奥方?聞いた事ないな……私の事、娘って言ってたわね……いや私、親いないんだけど?!ほんと誰かこの状況説明してくれ!!)
当の本人の頭の中は混乱の真っ只中。
対して彼女以外の大人たちは、医師からの質問になんの反応も返さない少女に緊張を走らせていた。
「……っ医師殿!」
ハロルド伯と呼ばれた美丈夫が顔を歪め、医師に問う。
医師は片手で彼を制し、もう片方の手でキサギの手を軽く握り、何やらブツブツ呟いている。
手から温かい何かが流れてくる。
(…詠唱?魔力を流してるのね。温かくて気持ちいい…)
優しく流れる魔力に微睡んでいると、しばらくしてから手を離した医師はハロルド伯の方へ真剣な顔を向けた。
「……命の危機的な状態は越えたようですが、お嬢様の魂がかなり不安定になっています」
その宣告にハロルド伯と奥方は顔を青ざめた。
「ど、どういう事だろうか?」
震える声を抑える事なく、ハロルド伯は医師に問うた。
身体を動かせないキサギは医師の言葉に耳を傾ける。
「まだ目覚められたばかりのところ、こんな事を申し上げるのは心苦しいですが…」
医師は曖昧だった言葉をしっかりした口調で紡いだ。
「精神と魔力がバラバラになってしまっていることで、体のあらゆる器官が機能不全を起こしているのです。その結果、目は覚まされたが自我がない…今はかろうじて魂が体に引っかかっている、といったところでしょうか…」
「治るんだろうな!!」
「時間は掛かるでしょうが」
「時間……??金はかかってもかまわん!どれくらいで治る!?」
「わかりません。自我を取り戻すにはゆっくり療養なさり、少しずつ魂が体へと還っていくのを待つしか治療法はないのです。数日なのか、数ヶ月なのか、それ以上なのか……はたまたこのままか……。下手に魔術的な治療を行えば衰弱したお嬢様の体力が保たず、体と魂が分離し、廃人になってしまうでしょう。それくらい難しい状態と言えます……くれぐれもお気を確かにお持ち下さい」
と、そう診断を下した。
ハロルド伯と奥方は消沈した面持ちでその言葉を受け取っていた。
「それでは…王家との婚約は…」
沈痛な面持ちでハロルド伯は、薄く目を開け何の反応も示さない娘を一瞥し呟いた。
(…魂が体に還る……か。なるほどね。それにしても、このレイスリーネと呼ばれる人に何があったのかしら)
キサギは先程の医師の言葉を気にかける事もなく、ただこの状況と重苦しい部屋の空気に耐えきれず心の中で溜息をついた。
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