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35話 リグリットの叫び その1

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「それでは、ガイア・バークス公爵。私達、ランカスター家への慰謝料はクローヌ川一帯の地方を譲り受ける、ということで合意していただけますな?」

 私の父であるグリフィス・ランカスターからの言葉だった。私は現在、お父様と一緒に屋敷の応接室に居た。

 そこへ、ガイア・バークス公爵とエメラダ夫人、そしてリグリット・バークス公爵令息の3人が訪れたのだ。慰謝料を支払う側だから、例え公爵家であっても侯爵家の屋敷に赴くのは当然である。


「は、はい……グリフィス殿。クローヌ川一帯の地方を譲ることを誓います」

「ありがとうございます。それではこちらの書類にサインの方を……」

「畏まりました……」


 ガイア様は非常に悔しそうな様子だ。ここに来てもまだ不満を持っているなんて、ある意味で肝が据わっていると言えると思う。エメラダ夫人は隣に立っており、真剣な眼差しを私達に向けていた。表向きはガイア様が了承した形になっているけれど、最終的にクローヌ川地方を渡すことに了承したのは、エメラダ夫人に間違いない。

 彼女がバークス公爵家では一番の権力者だから。ガイア様はそれに従っただけだろう。まあ、エメラダ夫人に公式の場での最終的な判断権はないからね。

「何を見ているのですか? エレナ嬢? 私の顔に何か付いているでしょうか?」

「いえ、何も付いていません。ただ、何か納得していないように感じられましたから……」


 私はとりあえずエメラダ夫人に皮肉を言ってみることにした。彼女は一瞬だけだったけど、眉間にしわを寄せる。

「それはまあ……クローヌ川は、なかなか良い場所ですから。河川に面する地域を差し出すというのは、バークス家としても痛いですので」

「左様でございますか。まあ自業自得ですので、その辺りは」

「ふふ、貴方も言いますわね……確かにその通りですわ。今回、バークス家の負ったダメージは相当なものになるでしょう」

 エメラダ夫人は諦めているのかなんなのか……その心の詳細は分からなかった。

「そういえば、養育費まで支払う必要が出て来たとか……そんなことも聞きました」

「あら、良く知っていますわね。まあ、そちらに関してはリグリットの問題……彼の稼ぎでなんとかするでしょう」


「……」


 リグリット様は先ほどから黙ったままだ。ガイア公爵が書類にサインをしている間もずっと、黙っていた。エメラダ夫人やガイア公爵から、完全に見放されたようね……まあ、それはリグリット様のためになることだけれど。


 飛ばされるであろう遠隔地で汗水垂らしながら、領地経営を頑張れば……もしかしたら、領民からの支持を受けてまた戻って来れるかもしれないんだから。エメラダ夫人が許せばだろうけど。

 アミーナ嬢の請求した養育費は全部リグリット様が払わないといけないのか……そっちもかなり大変そうだけどね。私は心の中で頑張れ、としか言えないけれど。

「なんで……」

「えっ?」

「ん?」


 誰かがしゃべった……? 私とお父様はガイア様とエメラダ夫人を見た。でも、二人が話した様子はない。て、いうことは……視線はリグリット様の方向へ。

「なんで、私が……俺がこんな目に遭わないといけないんだ!! 遠方での領地経営? アミーナへの養育費の支払いだと!? ふざけるなっ! なんで当主の座が弟のマグリットへ行くんだ! 次期当主はこの俺だったのに……!」


 誰もが予想していなかったリグリット様の暴走……とでも呼べばいいのだろうか? 彼の心の叫びは応接室全体に響き渡っていた。
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