スノウ

第３章（３）紫夕side

3-3-8

それは、待ちに待った瞬間の筈だった。
けど、俺は信じられなくて……。ただただ、まばたきもせずに雪ゆきを見つめていた。
心のドロドロや、痛みが、一瞬で光に覆われたような感覚に陥りながら、雪ゆきを見つめていた。

雪ゆきは、ゆっくりと立ち上がって歩み寄ってくると、俺の右手を自分の両手で握り締めた。そして、まるで祈るようにして、俺の手に口付けた後、口を開く。

「……オレも、戦う」

その小さい、でも強い言葉が、俺の決意を射抜いて、粉々に打ち砕いて行く。

「オレも一緒に、紫夕しゆうと戦う」

別々の人生みちに進もうとしていた俺に、そう言った。
俺の手を取って、そう、言ってくれた。

「ーー「いつか消えて無くなるその日まで、俺の傍に居てくれ」……そんなの、嫌だ」

「ゆ、き……？」

息を呑むほどに、美しい輝き。
俺を見上げて貫く強い瞳が、目の前に在った。

「オレは……紫夕しゆうと、生きたい！」

その言葉に、目を……。いや、心を醒まされる。

あの日、今にも死にそうな子猫みたいだったクソガキが……。誰よりも強い意志で、「俺と生きたい」と叫んでいた。
その姿に胸が震えて、あの日よりも更に強く想う。

消したくない。
いや、失いたくないーー！！と。

自分の目の前の光を掴まえるかのように、俺は雪ゆきを力一杯抱き締めた。
そしたら、また涙が溢れてきて、もうグシャグシャだった。

でも、さっきまでの汚れた哀しい涙じゃない。
それは確かに、幸せな、愛おしい涙だった。
もう、独りで涙を堪えなくても、いいのだと思った。

「……雪ゆき。
俺と一緒に、生きてくれるか？」

「……。それ、オレが似たような事言った」

俺が尋ねると、雪ゆきは相変わらずクールな鋭いツッコミ。思わず「ははっ」って、笑った。
ゆっくりと抱いている力を緩めて少しだけ身体を離すと、自然と俺達は真っ直ぐに見つめ合っている。

まるで、俺達が見ている未来が同じものなのだと、思える程にーー……。

もう、言葉は必要なかった。
俺達は互いの決意や気持ちを表すかのように唇を重ねて…… 夕陽に照らされながら何度も何度も、口付けを繰り返してた。


帰り道。
桜の花を見た事がないと言っていた雪ゆきに、

「いつか、一緒に桜を見に行こう」

そんな未来の約束をしながら、俺達は二人の人生みちを歩き出した。

その人生みちの先がどんな結末かも、知らずに……、……。