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第1章 人攫い

第24話 王子

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 路地裏にいる為か、冷たい風を感じる事はない。しかし、先程まで汗ばんでいた服が冷えていくのを感じる気がする。

 目の前には、兵士とは違うガラの悪い連中が此方を見て笑っている。

 その先頭にはーー。


「タイン……」
「久々だなぁ? クソガキ? 大人しくしてれば痛い目に合わなかったものの……」


 タインは持っている短剣を下で舐めながら、下卑た視線をアレクへ送る。

 アレクは長い時間抵抗していた。それなのに今まで現れなかったのは、何十人もの仲間を連れて来る為だったのだろう。


(体力は尽きた。もし戦おうとしてもあの人数じゃ……逃げるのなんてそれ以上に厳しい)


 契約書で縛られている所為か身体もまだ重く、不自由。
 一晩中動き続けた事もあり、アレクの身体はボロボロだった。


「……何しに来たんだ?」
「あぁ? そんなの決まってんだろ? 商品は持ち主に返すのが常識だろう?」


 つまりは拘束かと、アレクは少し安堵しつつ後退する。


「それは……どうだろうな?」
「いやいやいや、毒鼠にとってスブデ様は大事なお客様だからなぁ、アフターケアはしっかりしないといけないだろ?」
「いや……買った商品に何かしらの問題があっても一々対応してたら大変じゃないか?」
「いや~? 普通のお客様なら別だが、スブデ様はお客様だからなぁ……無視する訳にはいかねぇだろッ!!」


 タインは持っていたナイフを投擲し、アレクはそれを顔を横に避ける。
 しかし身体に力が入らず、よろけて壁にぶつかる。

 それを見た毒鼠の連中が、アレクへと殺到する。


(チッ! こんなのもマトモに避けれないのか!!)


 今の自分の状態を不甲斐なく思いながらも、タイン達に背を向けて走り出す。

 何の作戦も無く、ただ相手の邪魔になるように路地裏にある物を倒しながら我武者羅に走る。


「グッ!!」


 ふくらはぎ辺りに剣先が掠る。
 どうにか他の部位で補填しようとするがそれを支える筋肉も無く、契約に縛られた身体は徐々に……徐々に力を失っていった。


 ~~~


「ハハッ……流石に此処までか?」


 目の前、左右には大きな壁がそそり立っている。


「へへっ、もう逃げられねぇぜぇ?」


 逃げ道はタイン達が居る道一つ。
 何十人と居る構成員、先程よりも狭い路地。例え、数人だけしか相手取らないと言えども、相手を全滅させるだけの体力は確実に残っていない。


「そろそろ諦めて投降しねぇか? 流石に殺すのは忍びねぇ」
「ははっ……悪いが、絶対しない」


 逃げて生きるのと、諦めて生きさせて貰うのでは、意味が違う。


(もし、此処で投降してスブデの元へ連れて行かれたとしたら、俺にはもう自由はないだろう)


 今のように脱走する事も出来ず、痛めつけられ、玩具の様な人生を送るーーそれが生きていると言えるだろうか。


「投降するぐらいだったら、此処で死んだ方がマシだ」


 アレクはタイン達に向け、視線を送った。
 それは決して、負け惜しみで言ってる訳では無い。覚悟を決めた者の言葉であり、態度。

 タインはそんなアレクに少し怖気付きながらも、仲間達を先導した。


「ふ、ふん。じゃ、殺さない程度に痛め付けて拘束だなぁ!! お前等行くぞぉッ!!」


 アレクは迫り来るタイン達に真正面から立ち向かった。
 いや、足も動かす事が出来ず、立ち向かざるを得なかった。

 壁まで押し寄せられる。
 足に短剣が突き刺さる。
 上体を斬りつけられる。
 顔面に拳が飛んで来る。
 意識が朦朧として来た。


(あぁ。今度こそ、終わりか……)


 何処か自分の見ている景色が、他人の見ている景色の様な光景に思える。このまま目を閉じれば恐らく楽になれる。

 そう思った時だった。


「な、何だ!?」
「何だよこれ!!」
「うわあぁぁぁッ!?」


 細い視界から微かに見える、薄紫色の煙が路地裏に充満していた。


 ◇


 路地裏の小さな酒場。そろそろ夜が明けそうという時間帯、そこから一人の男の声が鳴り響く。


「かあぁぁぁぁぁッ!! マジでやってらんねぇよ!!」


 ーーゼランは酒場のカウンターで飲み潰れていた。カウンターの上には十を超えるぐらいのエールのグラスが置かれている。


「おいおい、そろそろ飲むの止めたらどうだ? さっきから外はドンパチうるさいしよ?」
「客は神様だろうがヨォ……あの会場での佇まい……絶対負けられなかったのによォ!?」
「もうマトモに喋れてもいねぇじゃねぇか……」


 顔を真っ赤にさせるゼランに呆れながら、店主はグラスを拭く。

 オークションが終わって来たと思ったら『オヤジ! エール!! 沢山!!!』と言って来たのだ。何があったのが簡単に想像出来るが、愚痴を聞こうにも無視されるもんで手が付けられない。


「はぁ、俺はゴミ捨て行くから大人しく飲んでろよ」
「おうぃ~~~」


 気色の悪い返事を聞きながら店から出ると、店から少し離れたゴミ捨て場へと木箱を幾つか運び入れる。


「っと! ん? 何だ?」


 その途中、ゴミの山の中から微かに物音が聞こえた店主は動きを止める。
 本来なら鼠か何かだろうと見逃す所だが、何か人の息遣いの様なものが聞こえて来るのだ。

 店主はゆっくりとゴミを寄せた。すると薄ピンクの毛先が見え、やはり人だと店主は急いでゴミを寄せる。


「……メイド?」
「うっ……」


 何処か苦しげに呻くメイドに戸惑う。
 こんな所に居るのは、決まってスラム街の者が暖をとっているか、そこらの酒屋で酔い潰れた者が眠りこけているかだ。

 メイド服を着てるって事は最低でも一般人ではない、位の高い所で働いている者だと予想が付く。


(取り敢えず保護した方が良いだろうな……こんな所に寝てたら死んじまう)


 店主は恐る恐るメイドを抱き上げる。


「ヒック……んぁ? お前、何をか弱げなメイドをイジメてんだぁ!! ダメだろ!! そんな事したら……王子が許しませんゾぉ!!」
「あ! この馬鹿ッ!! 何出て来てやがる!? 騒がしくすんじゃねぇ!! お前は大人しくエール飲んでろ!!」


 側から見たら女の子を誘拐する強面の図である事を理解していた店主は、ゼランに対して怒鳴り上げつつ急いで店の中へと入った。

 そしてメイドを壁際に寄り掛からせる。


「う……此処は……」


 同時に体勢が変わった所為か、メイドが意識を取り戻し安堵しながら応える。


「此処は俺の店だ」
「みせ……? ッ!! お前等は誰だ!! 私に何をした!!」
「……何があったかは知らねぇが、別に何もしてねぇよ。ゴミ捨て場の中で眠ってたのを拾っただけだ」


 見た目と相反して口調が強いメイドに少々驚いたものの、突然知らない所に居たらこうにもなるかと納得し、店主はメイドを安心させる為にとカウンターへと戻る。


「………そう、か。ありがとう」
「別に礼を言われる程の事はしてねぇよ。ただ店近くのゴミ捨て場で死体が出たなんてなったら商売上がったりだからな」


 肩を竦め明るく応えるものの、メイドの表情は未だに暗いままだ。何か抱え込んでいるのも職業病だろうかと、店主は口を開いた。


「何かあったのか?」


 聞くとメイドは、何処か視線を泳がせる。


「実は………裏切ってしまったんだ」
「裏切った? 誰を?」
「………知り合いを」
「知り合い~? ただの知り合いぐらいの関係ならそこまで考え込まねぇと思うがなぁ?」
「うっ………」
「まぁ……後悔してるか、してないか。結局これに尽きるがな。まだ出来る事があるならやれば良い。出来ないならキッパリ諦める、簡単な話じゃねぇか?」
「でも私一人だと……」
「あー……もし出来る事なら俺も手伝ってやる! 勿論、この飲んだくれもな!」


 店主がゼランの肩に手を置くと、あからさまにゼランは眉を八の字に変化させる。それに有無を言わさないよう、肩に置いた手に力を入れるとゼランは「あ"ー、手伝う手伝う」とテキトーに手を振った。


「それで? どんな事情があるんだ?」
「……すまない。詳しくは言えないんだが……詰所で見張りをして、状況に応じてある人物に知らせるというのが私のするべき事だったんだ」
「詰所で見張り? おいおい、犯罪には手を貸せねぇぞ?」
「犯罪では無い……ただその情報をある人物に知らせる事が出来れば良いんだ」
「詰所で見張り……」


 まぁ、確かに危ない橋は渡ることになりそうだが犯罪では無いとなればーー。


「じゃあ俺がやってやっかァ?」
「はぁ? お前は酔ってるだろ」
「いやァ、そういう事なラ俺が一番適任だろうが! ハッハッハッ!!」
「……大丈夫なのか?」
「まぁ、コイツの言ってる事自体は間違ってないんだが酔い過ぎてるのがな……酔ってる内は言う事聞かねぇし、信じるしかないな」


 店主は呆れ返る店主を横目に、メイドはゼランへと視線を向けた。


「………するのは見張りだけで良い。ある人物が詰所出て来たら、私に教えてくれれば良い。後は私がやる」
「おォ? そうか? 了解了解! それで? その詰所から出て来るっていうある人物って?」
「綺麗な、白髪の赤い眼をした12~3歳ぐらいの女の子だ」


 イカラムに於いては然程特徴的とは言えない特徴。強いて言うなら眼が赤いという所だけどだろう。

 しかし、ゼランの方に視線を送れば目を見開いて固まっている姿があった。


「どうした? 固まって?」
「……服装は?」
「何だ突然、随分真剣じゃねぇか」
「うるせぇ、何となくだ。それで? どうなんだ?」


 ゼランは真剣な眼差しで、メイドを見つめた。それにメイドは協力的になってくれたのかと胸を撫で下ろし言った。


「上には防寒着を羽織っているが、白いワンピースをーー」
「ハハッ! マジかよッ!!」

『白いワンピース』、それを言ったとしも何ら不思議はない。
 だが、イカラムの寒冷な気候に於いて、ワンピースを好んで着る者など稀。

 つまりはーー。

 ゼランは両手で自分の両頬を引っ叩くと、勢い良くエールを飲み干しグラスを強く叩きつけた。


「ーーよし、本格的に手伝ってやる。その代わり本当の事を教えろ」
「……本当の事?」


 突然態度を急変させたゼランに驚きつつ、メイドは問い掛ける。

 それに、ゼランは何処か野生味を帯びた笑みを浮かべた。


「お前『魔王』と知り合いだろ」
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