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第1章 人攫い

第23話 恩人の為に ◇

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 時は少し遡り、アレクが魔法師団と追いかけっこをしている真っ只中。ツクヨ達はスブデが居る部屋へと足を踏み入れていた。


「つ、ツクヨ!? 生きてたでゅふか!?」


 入れば殺風景な部屋の真ん中に、堂々と居座るスブデに、ツクヨは思わず眉間に皺を寄せガイの背後へと隠れる。


「なッ!? どうしたでゅふ!? ご主人様でゅふよ!?」
「す、スブデ様!!」
? どういう事だ?」


 そんな時、ウォッカがスブデの言葉に待ったを掛ける。

 世界基準で言えば、奴隷は当たり前の存在だ。犯罪を犯した者、借金を返せず身売りした者、様々な理由で奴隷に身を落とすが、イカラムでは別。

 誰であろうと、お金があろうと無かろうと、人という存在の間には差別は無いとされており、もし誰かを奴隷扱いするならその者はイカラムの中で最も重い罪に問われると言われている。


(メイドさんの言った通り……この国では奴隷という存在はタブーなんだ)


 イカラムに来るまでの道中で、メイドから聞いてた通りだとほくそ笑みながら、スブデとその護衛達に御者、ウォッカを含む味方ではない者達をツクヨは観察する。


「た、唯の間違いでゅふ! 前雇っていたメイドに良く似てたでゅふ!」
「……例え他国に属していても、此処ではメイドに呼び方を強制させる事も違法になっています。お気を付け下さい」
「……分かったでゅふ」


 ウォッカは落ち着き払ってスブデに頭を下げる。頭を下げられた本人は仕舞ったと言わんばかりに顔を皺くちゃにし、ツクヨを睨む。


(これで大々的に私達に手を出す事は出来なくなった……)


 ウォッカは頭を上げると、一つ咳払いを入れて口を開く。


「それで……先程の話に戻りますが、『魔王』がアイスウルフ達を連れて襲わせて来たというのは本当ですか?」
「ほ、本当でゅふ!!」


 焦りながらも喚くスブデだが、ウォッカにとって前と今では状況が違った。
「そうですか……」とだけウォッカは呟いた後に此方へと視線を送って来るのを確認して、ツクヨはゆっくりと首を横に振った。


「あの人が……あの人がアイスウルフ達を連れて来たという証拠は何処にもありません」


 あの人という言葉を使った為か、ウォッカが目を眇めたのが見えたが気にせず言い切る。

 子供と言えど、魔王と親しくしているというのが気に入らないのだと予想が付いた。


「なッ! 何を言ってるでゅふ!!」
「この子はどうやら『魔王の仲間』らしいんですが……心当たりは無かったのですか?」
「っ!! そう言えばこんな奴も居た気がするでゅふ!!」


 誰が見ても分かる後付けの言葉に不信感を見せるウォッカだが、責めるような言葉が続かないのはスブデが商会主である事がデカいのだろう。

 ここが付け入る隙、どうにかしてウォッカを味方に付ける。証拠、とまではいかない何かをーー。


「コイツら全員『魔王』がアイスウルフ達を連れて来たのを見てるでゅふ。それがになる筈でゅふ!」


 ツクヨの観察する鋭い視線を察し、スブデは急ぎ早に告げる。
 しかしその『証拠』という言葉に、ツクヨは希望を見出す。

 昔から周りから蔑まれ、何を言っても否定される日々。自身の立場、状況や環境から生み出される言葉には、それぞれの重みがあるのを知った。

『証拠』という言葉は確実な証明を示さなければ、意味を為さない。

 だからこそ、今、何か、何でも良い。
 何か……言え!


「ーーだったら調べて下さい」


 内容は然程関係なく、毅然とした態度でものを話したのが功を奏したのか、部屋の中に静寂が訪れる。


「ツクヨ? 何を言ってるでゅふ!?」
「落ち着いて下さい!」


 身を乗り出し、顔を歪ませるスブデ。それをウォッカが抑えるものの、思わず身が引ける。

 倍近くも体格が違い、今襲われたら自分には逃げるという選択肢しかない相手が逆行している姿に、思考がネガティブな方向に持ってかれる。


「おい」


 そんな時、背後に控えていたガイが強くツクヨの肩を掴んだ。


「……無理すんな。俺が今この場で暴れる……その間にお前は豚から契約書を取れ」


 ガイの意を決した表情と作戦……それだとダメだと頭の中で警報が鳴る。


(此処でガイさんが暴れたとしても、私がスブデから契約書を取れるかは分からない。その後、詰所から出るのも難しくなる。今言わなきゃ、私達が此処で失敗したらあの人までーー)

「この人達、少し前までは此処に滞在していた筈です!!」


 ツクヨの言葉は部屋の外に居る兵士にまで響き、またも部屋に静寂を訪れさせた。


「そ、それが何だって言うんでゅふ!! テキトーな事を言うなでゅふ!!」


 そして焦った様に命令するスブデの何気ない言葉から、身体が縛られる感覚が襲って来る。

 痛い。
 口を開こうとするだけで口の端から引き裂かれる様な痛みが襲って来る。

 だけど……あの人の為にと想うだけで。



『頼んだぞ』



「仲間が一人居なくなってる筈……アイスウルフを連れて来たのは、その仲間がアイスウルフの群れを刺激したからです」


 余裕綽々といった、ツクヨの美しい笑みにそこに居る全員が息を呑む。
 嘘を交えた事実。にも関わらず嘘だと疑えない堂々とした姿に、蚊帳の外であった護衛達、スブデを一生懸命抑えるウォッカでさえ、動きを止めた。


「おい!! だってよ!! 今直ぐ関所に行って調べて来てくれよ!!」


 そして唯一、その様子を背後から見ていたガイが扉の外の方に向かって叫ぶ。


「待つでゅふ!! それは逃げてる途中アイスウルフに襲われてーー」
「なら……お仲間さんの死体は道中近くにあるという事ですね?」


 その質問にスブデは口を噤んだ。そしてーー。


「っ!! 奴隷の分際で!! 少し容姿が良いからと買ってやったにも関わらず、主人になんて態度でゅふ!!!!!」
「チッ!! お前等!! 入って来い!! 拘束だ!!」


 激昂するスブデの発言を聞き、流石に見逃せなかったのかウォッカが叫び、扉や窓から兵士が波の様に押し寄せる。


「や、止めろでゅふ!!?」
「おい! 止めろよ!!?」
「私は関係ないからッ!!」


 最初から何があっても行動出来るような動きに冷や汗を掻きながらも、ツクヨは安堵したかのように大きく息を吐く。
 同時に頭に手を乗っけられる感覚がし振り向けば、そこには半笑いのガイが居た。


「ハハッ、マジかよ。まさか上手くいくとはな」
「……緊張はしてました。だけど、自分の出来る事を…………そう思ってたら自然と頭が良く働いたんです」
「出来る事をやろうとしただけで、あんな事思いつくのかよ? スゲェな……」


 前までは人前に出るだけで頭の中は真っ白だった。身体は思い通りに動かず、口は練習した言葉を紡がなかった。だけど、それは集中が出来てなかっただけだと知った。それだけの話だった。


 でも一つ、言ってない事があるとすれば。

 あの人の為にと気持ちを切り替えただけでーー。


「ん? 何だ? 知恵熱か?」
「ちっ! 違いますから!!」


 自分がまさか、そんな訳ない。

 自分にそう言い聞かせ、頭に置かれたガイの手を振り解こうともがいていると、騒動の中心が更に騒がしくなったのが聞こえて様子を伺う。


「ん? 何だこれ……『契約書』?」
「何ぃッ!? 貸せ!! ……チッ! 『契約書』だと!? やっぱり持ってやがったか!! この腐れ豚ッ!!」


 兵士から奪うかの様に取ったウォッカが言う言葉に、ツクヨはすぐにウォッカの元へと駆け寄る。


「すみません! それ見せて下さい!!」
「ん? お、おう。だが、コイツらが犯罪者である証拠になるから丁重にな」


 そして、紙を受け取ると同時に指先に力を込める。

 勿論、見るだけではこの契約は無くなる事はないのでウォッカの許可なく、破り捨てるつもりだった。

 しかし、そう思ったのも束の間。
 紙に書いてある内容が目に入ったツクヨは、嬉しさに綻ばせた顔を酷く歪めた。


契約書……」
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