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第5章 なんでもない!

第41話 文化祭当日(葵視点)

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「今日は待ちに待った文化祭!! いやぁ! 楽しみだね!!」
「私は気が気じゃないよ…文化祭実行委員だし」

 私は家から出た後、環と一緒に学校へと向かっていた。

 いつも大人っぽい環だが、今日はいつも以上に色っぽい。
 それはウチの高校で、文化祭の登校中に限り私服でもOKという特殊な校則があるからだろう。

「でも、葵が高波君と仲良くなってからは上手くやってたでしょ?」
「…まぁね。でも、あの人が来てからはもうギクシャク」
「あー…お兄さんね」

 そう。あの人が来てからは高波君との関係が悪くなった…いや、少し拗れてしまったと言った方がいいだろうか。

 話をするのにも辿々しく、会うのも少し気まずい。

「まぁ、でも葵も少しうざっがってたでしょ?」
「…そうだけど……」

 折角の文化祭を楽しまないと勿体ないじゃない。

 という、何処か貧乏性からの言葉を呑み込み、私は環と一緒に学校へと向かって行くのだった。



「神原さん! ごめん!!」
「…急に何?」
「うわー…視線すご…」

 学校の校門に着いた私達は、1人の男子生徒、高波君から頭を下げられていた。
 まだ登校時間という事もあって、周りには野次馬が3人を囲む様にして立ち並んでいた。

「この前から気になってたんだ…君のお兄さんを悪く言ってしまった事!」

 高波君は必死に私に頭を下げてくる。

「ふーん? で?」
「え…あ…だからごめん!」

 それに私は冷たく返した。

 高波君が戸惑っている事が伝わって来るが関係ない。だってそうだろう。
 それを私に言った所でどうすると言うのだ。

「そうじゃないでしょ…そういうのはさ、私じゃなくてあの人に言ってよ。私に対して言った訳じゃないし」

 そう言うと、高波君は はっ! とした表情を浮かべた後に大きく頷いた。

「分かった! じゃあさ、お兄さんって何処のクラスなのか教えて貰っても良いかな?」
「い、いや! 多分今日は文化祭当日で忙しいだろうし後にした方がいいと思う!」
「そうか…分かった!」

 危ない…あの人がこの学校の生徒でない事がバレる所だった。バレてたら色々面倒な事になりかねない。

「咄嗟に出た嘘にしてはまともだね」
「うるさい」

 したり顔で此方を見てくる環を置いて、私は教室へと向かったのだった。



 それからは時間が早く流れた気がした。
 文化祭が始まると、学校中の生徒が一斉に動き始めて、少し人に酔いながらも私はメイド喫茶の準備を進めた。


「こんな物かな?」
「良いじゃん良いじゃん!」
「これ普通のお店で出しても分からないんじゃない!?」

 これで内装も終わったし、皆んなの反応も上々。

「よし。じゃあ皆んな、今度は神輿の方に行くよ」

 神輿では、毎年商店街で沢山の観客に囲まれながら、わいわいと皆んなで神輿を担ぐ。

 神輿は数日前から、商店街の駐車場に置いてある。だから、クラスの人は法被を着て、後は歩いてそこまで行けば良いだけ。

 私は文化祭実行委員だから、商店街の見回りをして、ウチの生徒が何か困っていないか確認した後に着るけど。

 そんなこんなしてる内に、あっという間に商店街へと着く。

 今、神輿の置いてある所には生徒が密集し過ぎてトラブルにならない様に、文化祭実行委員の人しか行けない。高波君が不手際がないか確認したと思うけど、私も一応確認しておこうかな。

 そんな確認しに行く途中、私は人が集まっているのを見つける。

 何かの催し物? それともウチの生徒が何か問題を起こしてるとか…

 少し気になって人混みを掻き分けて見てみると、そこに居たのは文化祭の手伝いをしてくれた誰かさんだった。

 髪はかき上げられ、あの素顔がハッキリと見えている。


 はぁ…。



「……何やってるんですか」
「ん? お、葵か。何でこんな所に?」

 目の前には、手帳を手に壁にもたれかかっている義兄の姿があった。

「もう、神輿の時間ですから」
「……俺の居る場所が神輿が出て来る場所なのか?」
「…はぁ、ふんっ!!」
「うわっ! 何すんだ!?」
「…こっちに来て下さい」

 私は義兄の髪をぐしゃぐしゃにすると、腕を引き、人混みを掻き分けて行く。

 このまま此処に居ても目立つだけ。


 …そうだ。クラスの皆の所に連れて行けばこの人だかりもなくなるかも。流石に高校生達が居る中まで見にくる人は居ないでしょ。


 それにーー


「っ!」
「あ…確か高波君、だよね?」

 高波君も居るし。ちょうど良いかも。

 皆んなが居る所に着くと、高波君は義兄に向かって深く頭を下げる。

「あの…この前はすみませんでした! 失礼な事を言って…」
「いや、良いんだ。気にしないで」

 義兄は手を振って高波君に応える。

「葵を君にやろう!」
「え! 本当ですか!?」
「何を言ってるんですか?」

 そして、何故かふざけた事を言う義兄。
 高波君からの謝罪は思っていたよりもあっさり終わって、何故か2人は仲良さげだ。

 何で急にそんな仲良く…私が話し始めたのは最近からだし…ちょっと悔しいかも。

 いや、それも私が避けてたからって言うのも多少なりには、あると思うけど…。

「お、お兄さんは文化祭には参加しないんですか?」

 私が義兄達を見つめていると、それに苦笑いをしながら高波君が話を変える。

 あ、そう言えば高校生(設定)なんだっけ。

「お…俺は良いんだ。椿先生から許可を貰ったから……」
「椿先生って…美術の田中先生の事ですか? 何か頼まれ事でもされてるんですか?」
「まぁ、うん」


 ふふっ! 何それ。


 さっきまでは余裕綽々な大人の対応だったけど、今は子供が一生懸命言い訳してるみたい。
 それに私は自然と口を綻ばせていた。



 そして、ふと、あの人と目が合う。


 すると、何故かあの人も自然と笑みを深めている。



 あぁ。



 よく分からない。よく分からないけど、悪くない感じだ。

 これまで、私の学校行事は人生でも微々たる思い出に過ぎなかった。楽しくはやっていた。
 だけど、何だか心の端っこに何もない空間がある様な、そんな喪失感があった。


 今だから分かる。多分その空間には、愛情が足りなかったのだと私は思う。いつも仕事を頑張っている母に、私は愛情は求められなかったから。

 でも、この人は何処か私を安心させてくれる。

 愛情を感じる。

 心地良い。


 きっと、この文化祭は、私の人生で初めて"皆んなでの思い出"になると思う。


 今の私の感情が、そう言っている。




 だけど…まさか、あんな事になるなんて、その時の私は微塵も思ってもいなかった。
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