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第4章 …ありがとう

第39話 家族、そして感謝

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「あ、兄、だと…?」
「あぁ」

 最近まで俺は気遣い過ぎていた、葵にそう言われたんだ。これぐらい言っても許される…筈だ。

「…」

 葵も此方を見ているだけだ。怒っている様子はない。

「お、お前が兄な訳ないだろ!! 何で神原さんみたいな人の兄が! お前みたいな奴なんだ!!」
「そうは言われてもな…」

 まぁ、血は繋がっていないが、そこまで言うのは俺じゃない気がする。そう言う複雑な家庭環境はクラスメイトである葵が言うべきだ。

 俺がそれに困っているとーー。

「確かに…神原さんのお兄さんにしてはあまり似てないかも…」
「しかもあの寝癖…ヤバッ」

 周囲の者からそんな小声が聞こえてくる。

「ほ、ほら! 皆んなもそう思うよな!」

 それに高波くんも声高らかに叫ぶ。

 確かに。俺と比べるなんて烏滸がましい程に葵は美人だ。そう思われても仕方ないだろう。
 これ以上此処にいても葵の迷惑になるだけだな。早々に退散しよう。

 そう思った時だった。



「それ以上、この人を悪く言うのはやめて下さい」


 俺の後方、毎日聞く何処か凛とした声音。

「この人は…誰にどう言われようと私の家族です。貴方にどうこう言われる筋合いはない筈です」
「か、神原さん?」

 葵はそう言うと、高波君に近づき言った。

「それに…最近私に付き纏って気持ち悪いんでやめて貰って良いですか?」
「おいおいおい……」

 その言葉に俺は思わず口に出し、手を伸ばす。しかし、それに反応した葵が凄い眼光で睨んできて俺は手を引っ込めた。


「…」
「…フラれた」

 友達の言葉、そして葵の突き放した様な口調、皆んなからの痛い視線に高波君はーー。

「っ!! っ!!!?!」


 ダッ タッタッタッタッタッ


 何も言葉を発する事なく教室から出て行った。

 流石に可哀想な気もする…だが、これも経験か。嫌な事を経験して人は成長していくものだぞ。

 俺は去ってた高波君に親指を立てると、眉を吊り上げた葵に引っ張られ教室の外へと出て行くのだった。

 *****

「…お弁当を忘れた私も悪かったですけど……何か弁解はありますか?」
「あ、あれ? …怒ってなかったんじゃないのか?」
「な、何で私も……と言うか世理の妹がまさか葵だったとは…」

 そこは少し埃の被った空き教室。
 そこで俺は椿先生と共に、葵に正座をさせられていた。

「怒ってはないですが…反省はして欲しいです。と言うか、もっと他に渡し方があったと思うんですけど」

 いや…ごもっとも。

「先生は葵と何かあったんですか? まさか先生が素直にこっちに来るとは思ってませんでしたよ?」
「…実は少しな」

 どうやら葵は先生の弱みを握ってるらしい。
 この先生の弱みを握っているのは、とても凄い事だと言って良い。

「先生は何でこの人に制服を着せたんですか? 私の名前を聞いて先生が持って来ても良かったですよね?」
「う、ま、まぁ…」

 これは……亀がウサギに駆けっこで勝つぐらい凄い事だ。

「面白いと思ってやったんですよね? どうせ。これは報告させて頂きますからね」
「ま、待ってくれ!! 慈悲はないのか!?」
「ないです」

 おぉ…まさかこんなに早く天罰が降るとは。神様、葵様、ありがとう。

「そして……貴方」
「は、はいぃ!」
「何でそんな怯えてるんですか…」

 い、いや、だって正座させられてるんだぞ? しかも椿先生でさえも。怖くない訳がない。

「ーーーーう」
「…ん? 何だ? 何か言ったか?」

 俺が心の中で震えていると、葵が小さな声で何か呟いたのに気づく。

 聞くと、葵は顔を顰め、そっぽを向きながら言った。


「だから……ありがとう。お弁当持ってきてくれて」

 それは、感謝の言葉だった。
 前なら絶対言わないであろう言葉。拳が出てもおかしくはなかった場面だ。

 それなのにーー。

「…あぁ、どういたしまして」

 俺は自然と頬を緩ませる。

 やはり少しづつでも家族に近づいてきていると言う事なのだろうか。

 …嬉しいな。



「…それでは貴方はサッサっと帰って下さい。私はこの人とまだお話があるので」

 それから数秒後。葵は視線で、椿先生を制して告げる。

「いやぁ、これは中々面白いものが見れたなぁ…」
「この場面でよくそんな事言えますね…まだ先生正座中ですよ?」
「ふっ、これでへこたれていたら教育者、もとい美術の先生なんてやっていけないさ」

 この図太さ…芸術家ならではなのだろうか。

「へぇ、先生…よくそんな事が言えましたね? まだ余裕がある様で何よりです」
「え、いや、そう言うわけでは

 だけど、その図太さが逆にダメな時もあるよな。

 俺はいち早く空き教室から出ると、背後から聞こえてくる断末魔の様な悲鳴を聞きながら椿先生の無事を祈るのだった。
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