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四方山日記
淡い幻想は最高のスパイス
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早いもので、学校祭開催まで二週間を切っている。諸々の手続きのことを考えると、今週中には原稿を仕上げておきたい。雄清の方はなかなか難しそうだが、かくいう俺も、記事の完成には程遠い状態にあった。
「神宮高校の名前の由来ねえ」
雄清が去り、誰もいない山岳部の部室で、ポツリと一人呟く。
以前綿貫と話したとき、学校の近くの大きな神社として天神《てんじん》があると聞かされた。天満宮と神宮とでは格としてはまったく違うものだろうが、ほかに候補と言ってよいものがないから、そこからあたるほかないだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、扉がガラリと開いた。
戸口に立つ彼女の、夏用スカートの薄い生地が光で照らされ、その上腿が透けるようで、どきりとする。それ以上似合う御仁がいるとも思えないくらいに、なびく黒髪が似合う女、綿貫さやかだ。……夏の薄い生地は、……けしからん、もっとやれ。
「深山さんこんにちは」
われのなめき視線知るべうもなく、かれの挨拶するかたち、いとあてにこころにくし。
要するに、綿貫可愛い。
「おいっす」
俺は誤魔化すようにしてふいと顔を背けて、挨拶をした。綿貫はそんな俺の態度に気を悪くするでもなく、隣に座る。……隣に座る。
近い近い近い近い暑い近いい匂い。ついでにしっとり濡れた白い首元が、妖艶でござい。絶対見えるはずがないのに、制服で隠された胸元が、気になって仕方がない。
俺が変な気を起こさないようにと、目をそらし体を綿貫から離そうとするが、綿貫は俺の考えなど知らない。
目をキラキラとさせて顔を近づけてくる。……前屈みは反則だよ!?
「深山さん!」
「なんだよ」
ヤダ、俺、顔赤くなってないかしら。いや暑いのは気候のせいだな。うむ。国連は地球温暖化対策にもっと力を傾けるべきだ。京都議定書から離脱した某国はいったい何を考えているのかしら。その国の地名が議定書の名前になっている国とか。米国の属国となり果てている国とか。具体的に言うと日本とか。国際競争の不平等さを理由に離脱って馬鹿なの? 環境技術開発の停滞を指を咥えて見ていたのは何処の国かな?
閑話休題。
何言われるのかしら。と心持わくわくしていたが、綿貫に、
「早く部誌の記事書いてください」
と冷めた声で言われた。
……なんか、温度差激しいな。一気に寒冷期来たわこれ。地球温暖化対策としてはクールビューティー量産計画を提唱したい。
「……今やろうとしていた」
いやほんとだよ。ところが綿貫はそういう俺を胡乱げな目で見てくる。これ知ってる、佐藤とかが俺を見てくるときの目だ。いや、この微妙に諦めた感の滲み出ている眼は、妹の夏帆ちゃんが俺を見る目に近いな。……夏帆ちゃん元気かなあ。
とぼんやり意識が異世界に行っていたところ、
「一人でやれないのなら、私も手伝います」
と綿貫に言われた。意訳すると、「任せられないので、監視します」という意味だ。
まあ、しょうがないか。いやむしろそちらの方が……色々捗る。
「……この間、お前が言っていた天満宮に行こうと思うんだが」
綿貫に対してそう言う。
「山口天満宮ですね。宮司には私から連絡します」
宮司に連絡?
「……えっ、何、知り合いなの?」
「はい。家ぐるみの付き合いがありますので」
綿貫はこともなげに言った。
ほぇ。さすが稀代の名家は違いますな。
綿貫は俺に告げてから、携帯電話というか、ポケットからスマートホン端末を取り出した。……あれ?
「お前、携帯電話持ってなかったよな」
「はい、叔父に先日持たされたんです。困ったときに人を呼べるようにって」
「ああ、そう。いや、それはいいんだけど、校内は使用禁止だろう」
「あっ、そうでした」
まあ、部室で使う分にはばれんのだろうが、綿貫は真面目も真面目、バカ真面目である。校則を破るようなことなど決してしない。
綿貫は椅子から立ち上がると、学校の敷地の外に向かうようで、部室の扉を引いた。
「俺も一緒に行くよ」
そういって、財布だけポケットに入っているのを確認して、二人で部室を後にした。
校門を出たところで綿貫は電話を掛ける。
「……はい、ではよろしくお願いします」
綿貫はスマートフォンをポケットにしまい、
「では行きましょうか」
と俺に向かって言った。
神宮高校から山口天満宮までは、徒歩で五分とかからない。学校の正門に伸びる道の先に山口天満宮は見える。今では電柱やらなんやらでごちゃごちゃとしているが、天満宮の正門は学校の正門と向かい合うようにして建てられてあって、門の中央に立てば、互いに目視で確認できる。
確かに、神宮という名前を付けるに、この位置関係は無視できない要素だろう。
天満宮の門をくぐり、綿貫は社殿へと向かった。お参りをしてから、社務所へと行く、という。
迷わず進むところを見るに、本当に家ぐるみでの付き合いがあるのだろう。
社務所に入ったところで、神職の格好をした人が俺たちを出迎えた。綿貫の言う宮司とは彼のことだろうか。
「綿貫さやかです。叔父がいつもお世話になっております。本日はわざわざ時間を割いてくださってありがとうございます」
綿貫はそれから深々と礼をした。
「いえいえ、お世話になっておりますのは私共の方ですから。綿貫さんのお嬢さんを無下にはできませんよ」
宮司らしき人はそれから俺の方を見た。
「……深山太郎です。今日は御迷惑をお掛けします」
「山口天満宮、宮司の四宮健智《しのみやたけとも》です。本日は御足労頂きありがとうございます」
宮司はそれから、座礼をした。
俺もなんだか礼をしなければいけない気がしたので、正座をして頭を付けた。
「……深山さん。何で土下座しているんですか?」
……えっ。何、俺なんか間違えているのか?
顔を上げると、宮司も困惑気味に俺のことを見ている。
「私はそんなに偉いものではありませんよ。どうぞ気を楽にしてください」
俺ははてと、綿貫の方を見やる。目線の高さにあるのは、綿貫の太股だ。ええ感じの肉感やわ。大腿上部が、制服のスカートに隠されてはいるが、ちょい透けで見えそうで見えない点が乙。匂いを嗅ぎたい衝動に駆られたが、既のところで、良心が咎め、呼吸を止めることに成功した。……独白が倒錯的すぎて、綿貫に嫌われそう。
こほん、と邪念を追いやって、
「どゆこと?」
と俺は綿貫に尋ねたが、綿貫は曖昧な笑みを浮かべるばかりでなにも言わない。
「お召し物が汚れますので、お立ちください」
よく分からないままに、宮司に言われ、俺は立った。
「ではこちらへ」
と俺たちを案内する。
案内される途中で、もう一度綿貫に尋ねたところ、
「頭をつけたら、座礼ではなく土下座になります。ほら土が付いてしまっていますよ」
と言って、半ば呆れた顔をしながら、俺の頭についた土を払ってくれた。
どうやら綿貫の知り合いに恥をさらしてしまったみたいだが、綿貫に優しくされたので青春ポイントプラス無限大。もはや最強。
「深山さんたら……。今時土間で土下座する人なんていませんよ。女の人を過って懐妊させたならまだしも」
……えっ。
「えっと、綿貫?」
「……あっ、あのっ。……深山さんはそんなことしないですよね?」
綿貫は顔を真っ赤にしながら言った。
「……うん」
やだ、なにこれ。ものすごく気まずい雰囲気になっちゃったんだけど。
「えっと、宮司さんが待っていますので行きましょうか」
取り成すように綿貫は言うが、うつむいたままで、耳は真っ赤になっている。
「……そだな」
数メートル進んだ先で、俺達を急かすことなくのんびり止まっていた宮司さんのほうへと近づき、案内されるままに応接室のようなところへと入って行った。
「神宮高校の名前の由来ねえ」
雄清が去り、誰もいない山岳部の部室で、ポツリと一人呟く。
以前綿貫と話したとき、学校の近くの大きな神社として天神《てんじん》があると聞かされた。天満宮と神宮とでは格としてはまったく違うものだろうが、ほかに候補と言ってよいものがないから、そこからあたるほかないだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、扉がガラリと開いた。
戸口に立つ彼女の、夏用スカートの薄い生地が光で照らされ、その上腿が透けるようで、どきりとする。それ以上似合う御仁がいるとも思えないくらいに、なびく黒髪が似合う女、綿貫さやかだ。……夏の薄い生地は、……けしからん、もっとやれ。
「深山さんこんにちは」
われのなめき視線知るべうもなく、かれの挨拶するかたち、いとあてにこころにくし。
要するに、綿貫可愛い。
「おいっす」
俺は誤魔化すようにしてふいと顔を背けて、挨拶をした。綿貫はそんな俺の態度に気を悪くするでもなく、隣に座る。……隣に座る。
近い近い近い近い暑い近いい匂い。ついでにしっとり濡れた白い首元が、妖艶でござい。絶対見えるはずがないのに、制服で隠された胸元が、気になって仕方がない。
俺が変な気を起こさないようにと、目をそらし体を綿貫から離そうとするが、綿貫は俺の考えなど知らない。
目をキラキラとさせて顔を近づけてくる。……前屈みは反則だよ!?
「深山さん!」
「なんだよ」
ヤダ、俺、顔赤くなってないかしら。いや暑いのは気候のせいだな。うむ。国連は地球温暖化対策にもっと力を傾けるべきだ。京都議定書から離脱した某国はいったい何を考えているのかしら。その国の地名が議定書の名前になっている国とか。米国の属国となり果てている国とか。具体的に言うと日本とか。国際競争の不平等さを理由に離脱って馬鹿なの? 環境技術開発の停滞を指を咥えて見ていたのは何処の国かな?
閑話休題。
何言われるのかしら。と心持わくわくしていたが、綿貫に、
「早く部誌の記事書いてください」
と冷めた声で言われた。
……なんか、温度差激しいな。一気に寒冷期来たわこれ。地球温暖化対策としてはクールビューティー量産計画を提唱したい。
「……今やろうとしていた」
いやほんとだよ。ところが綿貫はそういう俺を胡乱げな目で見てくる。これ知ってる、佐藤とかが俺を見てくるときの目だ。いや、この微妙に諦めた感の滲み出ている眼は、妹の夏帆ちゃんが俺を見る目に近いな。……夏帆ちゃん元気かなあ。
とぼんやり意識が異世界に行っていたところ、
「一人でやれないのなら、私も手伝います」
と綿貫に言われた。意訳すると、「任せられないので、監視します」という意味だ。
まあ、しょうがないか。いやむしろそちらの方が……色々捗る。
「……この間、お前が言っていた天満宮に行こうと思うんだが」
綿貫に対してそう言う。
「山口天満宮ですね。宮司には私から連絡します」
宮司に連絡?
「……えっ、何、知り合いなの?」
「はい。家ぐるみの付き合いがありますので」
綿貫はこともなげに言った。
ほぇ。さすが稀代の名家は違いますな。
綿貫は俺に告げてから、携帯電話というか、ポケットからスマートホン端末を取り出した。……あれ?
「お前、携帯電話持ってなかったよな」
「はい、叔父に先日持たされたんです。困ったときに人を呼べるようにって」
「ああ、そう。いや、それはいいんだけど、校内は使用禁止だろう」
「あっ、そうでした」
まあ、部室で使う分にはばれんのだろうが、綿貫は真面目も真面目、バカ真面目である。校則を破るようなことなど決してしない。
綿貫は椅子から立ち上がると、学校の敷地の外に向かうようで、部室の扉を引いた。
「俺も一緒に行くよ」
そういって、財布だけポケットに入っているのを確認して、二人で部室を後にした。
校門を出たところで綿貫は電話を掛ける。
「……はい、ではよろしくお願いします」
綿貫はスマートフォンをポケットにしまい、
「では行きましょうか」
と俺に向かって言った。
神宮高校から山口天満宮までは、徒歩で五分とかからない。学校の正門に伸びる道の先に山口天満宮は見える。今では電柱やらなんやらでごちゃごちゃとしているが、天満宮の正門は学校の正門と向かい合うようにして建てられてあって、門の中央に立てば、互いに目視で確認できる。
確かに、神宮という名前を付けるに、この位置関係は無視できない要素だろう。
天満宮の門をくぐり、綿貫は社殿へと向かった。お参りをしてから、社務所へと行く、という。
迷わず進むところを見るに、本当に家ぐるみでの付き合いがあるのだろう。
社務所に入ったところで、神職の格好をした人が俺たちを出迎えた。綿貫の言う宮司とは彼のことだろうか。
「綿貫さやかです。叔父がいつもお世話になっております。本日はわざわざ時間を割いてくださってありがとうございます」
綿貫はそれから深々と礼をした。
「いえいえ、お世話になっておりますのは私共の方ですから。綿貫さんのお嬢さんを無下にはできませんよ」
宮司らしき人はそれから俺の方を見た。
「……深山太郎です。今日は御迷惑をお掛けします」
「山口天満宮、宮司の四宮健智《しのみやたけとも》です。本日は御足労頂きありがとうございます」
宮司はそれから、座礼をした。
俺もなんだか礼をしなければいけない気がしたので、正座をして頭を付けた。
「……深山さん。何で土下座しているんですか?」
……えっ。何、俺なんか間違えているのか?
顔を上げると、宮司も困惑気味に俺のことを見ている。
「私はそんなに偉いものではありませんよ。どうぞ気を楽にしてください」
俺ははてと、綿貫の方を見やる。目線の高さにあるのは、綿貫の太股だ。ええ感じの肉感やわ。大腿上部が、制服のスカートに隠されてはいるが、ちょい透けで見えそうで見えない点が乙。匂いを嗅ぎたい衝動に駆られたが、既のところで、良心が咎め、呼吸を止めることに成功した。……独白が倒錯的すぎて、綿貫に嫌われそう。
こほん、と邪念を追いやって、
「どゆこと?」
と俺は綿貫に尋ねたが、綿貫は曖昧な笑みを浮かべるばかりでなにも言わない。
「お召し物が汚れますので、お立ちください」
よく分からないままに、宮司に言われ、俺は立った。
「ではこちらへ」
と俺たちを案内する。
案内される途中で、もう一度綿貫に尋ねたところ、
「頭をつけたら、座礼ではなく土下座になります。ほら土が付いてしまっていますよ」
と言って、半ば呆れた顔をしながら、俺の頭についた土を払ってくれた。
どうやら綿貫の知り合いに恥をさらしてしまったみたいだが、綿貫に優しくされたので青春ポイントプラス無限大。もはや最強。
「深山さんたら……。今時土間で土下座する人なんていませんよ。女の人を過って懐妊させたならまだしも」
……えっ。
「えっと、綿貫?」
「……あっ、あのっ。……深山さんはそんなことしないですよね?」
綿貫は顔を真っ赤にしながら言った。
「……うん」
やだ、なにこれ。ものすごく気まずい雰囲気になっちゃったんだけど。
「えっと、宮司さんが待っていますので行きましょうか」
取り成すように綿貫は言うが、うつむいたままで、耳は真っ赤になっている。
「……そだな」
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