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〈48〉 戦いを背に

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 ふぅ、と吐息を漏らしたメアリが、いつの間にか設置されていたテーブルに手を伸ばす。

「何も起こらないと良いのだけど」

 普段通りの優雅な仕草で椅子に座った彼女の前に、4体のマッシュが、ぽてぽてと紅茶を注いでくれた。

 口元で水面を揺らして、唇を湿らせる。

「あら、王宮の紅茶を使ったのね。なんだか懐かしいわ。ドレイク殿下も、一緒にどうかしら?」

「王宮の? この前飲ませてもらった物とは違う香り、と言うことかな?」

 頂くよ、そう言って微笑んだドレイクが、メアリの対面に腰を下ろした。

 そんな古竜と令嬢の姿に、周囲がハッと息を飲む。

 お前ら、テーブルと椅子をどこから出したんだよ!?

 そう言ってざわめく声が、ゆっくりと広がっていた。

 そんな中で、公爵令嬢であるメアリが、人々の方に視線を向ける。

「あら、私としたことが、不作法だったわね。マッシュ、ここにいる皆様にもお茶の用意を」

「きゅっ!」

 びしっ! っと敬礼のような仕草をした大きなキノコが、次々に白いカップを取り出して、紅茶を注いでいった。

 10体、20体、30体、40体……。

 たった1つの魔法陣から大きなキノコが顔を出して、見る見るうちに増えていく。

 紅茶を持った子から順番に、人々の中を巡り始めた。

「きゅぁー」

「あっ、うん、どうも……」

「古竜様と同じ物を……。ありがたや、ありがたや……」

 雰囲気に飲まれる者。

 疑いの目を向ける者。

 神の施しとして崇める者。

「わっ、おいしい!」

「すげぇ、神々しい味がするぜ」

「白竜様、バンザーイ! 長女様、バンザーイ! 次女様もバンザーイ」

 市民や兵士たちを中心に歓喜の声があがり、教会の前には楽しげな声が広がっていた。

 キノコたちはさらに増え続けて、合計200体を超えるキノコたちが、紅茶を片手に人々の中を進んでいく。

「キノコさん、ぷにぷに!」

「お姉ちゃん! 私にも触らせてよぉ!」

「良いよ! 私はお腹をムニムニしてるから」

「お姉ちゃんずるい! 私もする!!」

 その愛くるしい見た目も合わさって、堅苦しかった広間にも、いつの間にか爽やかな笑みが広がっていた。

 それ故に、人々は気付かない。

 自分たちが、数百を越える竜をも狩れる戦力の中にいると言うことを。

 メアリの命令1つで、周囲が血の海に染まると言う事実を。



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 楽しげな笑い声を背中に聞きながら、リリが住宅地を目指して駆けていく。

 そのつぶらな瞳に映るのは、戦場で名を馳せた将軍の家と、軍師の家。

 左を向くと、まつりごとの重鎮である宰相の家が建っていた。

「えっと、ここを抜けて……。あっち、だったよね?」

「きゅ?」

「あっ、ごめん。独り言だから気にしないで」

「きゅぁ!」

 励ますように傘を揺らす大きなキノコに微笑んで、大きく息を吸い込んだ。

 右も左も、前も後ろも、豪華なお屋敷。

 どの方向を見ても、護衛の兵が緊張した面持ちで、こちらの様子を伺っていた。

 多分だけど、ドレイク様が付けてくれた精霊が、怖いんだと思う。

 得体が知れない、ってのもあるんだけど、下手に対立したら、教会の敵になるからね。

 魔女や悪霊付きだって言われたら、死ぬまで追われる身になるし。

 それにしても、

「……迷った、かなぁ」

 流行を取り入れた最新のデザインらしいけど、正直な話し、どの家も同じような姿形だから、見分けがつかない。

 一瞬見ただけの双子を、間違えずに見極めろ!

 そう命令された時と同じくらい難しい。

「家の近所、って言っても、貴族様の住宅地なんて、通勤でしか通らないし……」

 下手に目を付けられたら処刑されるような場所だから、散策なんて出来るはずもない。

 はぁ……、どうしよ……。

 などと、リリがため息を吐き出して、肩を落とす。

「キュァ!」

「ん?」

「あぁ、やはりこちらでしたか」

 不意に誰かの声がした。

 聞き覚えはないけど、春の日差しを思わせる爽やかな声。

「リリ様、ですよね?」

「さま!?」

 驚きの声と共に振り向くと、大きな生け垣の側に、教会の衣装を身に付けた青年が立っていた。

 歳は、20歳を少し超えたくらい。

 地位の高い神父だけが身に付ける事を許される“ 古竜の玉 ” が、その首もとに輝いていた。

「申し遅れました。神殿長補佐を勤めております、アルスルンと申します。以後お見知り置きを」

 その玉に両手を添えて、青年がーーアルスルンが頭を下げる。

「神殿長補佐……? ……それって!」

 王都の教会のNo.2ナンバー ツー!?
 
 実質、王都の神殿長が教会のトップみたいなものだから、教会の宰相ってこと!?

「あぁ、いえ、分かり易くなればと思い役職も伝えましたが、リリ様は、気にしなくても大丈夫ですよ。たまたま神殿長が父だった、と言うだけですので」

「お父さんが神殿長!?」

 うん、違った!

 この人、教会の王子様。でもって、たぶん、王大使様。

 次の教会のトップになる人!!

 なんでそんな人が、私なんかを様付け!?

 ってかそもそも、なんで私なんかに声をかけてくるの!?

 ……うん。大丈夫。聞かなくても知ってる。

 常識外の事が起きた場合って、十中八九、

「メアリ様のお知り合いですか?」

 半ば確信にも似た問い掛けに、アルスルンが目を大きく見開いていた。

「よくわかりましたね。流石はメアリ姉さんのメイド様です」

 実は、メアリ姉さんから指示を受けてまして。

 そんな言葉と共に、アルスルンがフロックスの花を閉じ込めたブローチを掲げて見せた。
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