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泣いた妹

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 少女が衣服を脱げば、染み1つない肌があらわになった。

 恥かしそうに目を伏せたが、決して隠そうとはしない。

 それどころか、両手を後ろに回して、俺が見やすいように立ってくれた。

 怖がりながらも、奴隷の仕事を全うしているのだろう。

 俺が少し近づけば目をギュッと閉じたが、その場から後ずさるようなことはしない。

(なんだかいじめてるみたいだな……)

 ほんの少しの罪悪感を胸に、脱ぎ捨てられた服に手を伸ばす。

 彼女の反応をうかがうより早く、部屋の隅に投げ捨てた。

「…………」

 息をのむ彼女を放置してベッドに近付き、敷かれていた布団を彼女に投げ渡した。

「もう十分だ。風邪を引く前に、その毛布を身に纏ってくれ」 

「……え?」

 初めて聞いた少女の声は、そよ風にも似た小さなものだった。

 俺の言葉をかみ締めるようにうつむいた少女が、小さく声を震わせる。。 

「ちがうの、です。……怖くないです。
 ちゃんとお仕事出来ますです」

「いや、大丈夫だ。いまのはただのボディーチェックだ。気にしなくて良い」

「……ごめんなさい、です」

 毛布を手元に手繰り寄せた少女が、泣き出してしまった。

 これ以上の罪悪感はないと思う。
 とりあえず、早めに終わらせてしまおう。

 そんな一心で、俺はポケットから手のひらサイズの青い石を取り出した。

「この玉を持ってくれ。俺の質問は、はい、もしくは、いいえ、だ。
 敬語が出来ないことは知っている。無理に敬語を使わなくて良い」

「…………はい」

 搾り出すような返答を聞き、ホッと一息入れる。

 そして、隠し持っていたナイフを取り出して、彼女に向けて構えた。

「ひぁ…………」

 目を大きく開いた少女が、漏れ出る声を抑えるように口を手で覆った。

 毛布を抱きしめながら後ずさるものの、すぐ後ろに壁がある。

 どうしようもなくなった彼女は、必死に声を抑えながら座り込んだ。

(大声はあげないか……。さすが、優秀って言われるだけある)

 騒げば騒ぐだけ、自分の立場が悪くなる事を理解しているのだろう。
 涙を流しながらも、脱出経路を探っているように見えた。

 そんな少女に向けて、用意していた言葉を投げかける。

「最初の質問だ。
 君は俺を殺すために雇われた殺し屋か?」

 一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、自分の命に直結する質問だとわかったのだろう。

 彼女は、慌てたように声を紡いだ。

「そ、そんな、殺し屋だなんて、わたしは――」

「悪いが、答えは、はい、か、いいえ、だ。
 再度、質問をする。君は殺し屋か?」

「……いいえ」

 俺の強めの質問に脅えて声を詰まらせながらも、こちらが聞き取れるようにハッキリと答えてくれた。

「肌に文字を書き込まれたことはあるか?」

「いいえ」

 肌に文字を書き込むことで、その者を居のままに操る魔法があるらしい。

 彼女に裸になってもらったのは、この文字のチェックと、服に同様の細工がされている可能性を排除するためだ。

「誰からも教育は受けてないな?」

「はい」

 教育と称して子供を洗脳し、本人も知らないうちにスパイになっている場合がある。

 これを嫌って、教育を受けていない者に限定したわけだ。

「奴隷契約以外で魔法をかけられたことはあるか?」

「いいえ」 

「情報収集を生業とする者か?」

「いいえ」

 ゆっくりとだか、着実に質疑を進めていく。


 用意していた質問を終えて、彼女の腕に視線を落とせば、青い玉がそのまま手元に残っていた。

 その様子に思わず、安堵の息が漏れる。

 その場でナイフを投げ捨て、彼女の前で膝を折り、不安と脅えが入り混じった目をした少女と視線を合わせる。

「怖がらせて悪かったな。君は合格だ」

 そういって、彼女の頭を撫でてやった。

 右手が触れた瞬間に小さく悲鳴を上げたものの、程なくして状況を理解しのか、無理に作った笑みを浮かべてくれた。  

 近くで購入してきた安い服に着替えてもらう。

 そのついでに露天で購入してきた焼きラビッドベアーを彼女にあげた。

 するとどうだろう。
 脅えていた彼女の雰囲気が一変し、俺に対してきれいな笑顔を見せてくれるまでになった。

「このお肉、美味しいね」

 やっぱりどの世界でも、ご飯は偉大な物らしい。

 若干、無理をしている雰囲気はあるが、肉の前と後では段違いだ。

「とりあえず、名前を教えてもらっていいか?
 いつまでもお前なんて呼んでるわけにもいかないしな」

「んー? 名前って私の名前?」

 なぜか彼女は、不思議な事を聞かれたような顔をして、可愛らしく首を傾げた。

「そうだ。お前の名前だよ。
 名前を知らないと不便だからな」

「そぉなの? 奴隷の名前なんて覚えない、って人が多いって聞いてたんだけど。ご主人様は優しいんだね」

 今度はこちらが驚く番だった。

 名前を聞くだけで優しいなんて、どうやらこの国の奴隷は、かなり扱いが悪いと見える。
 人権など無いのだろう。

「私の名前はクロエだよ」

「クロエか……。
 呼び方は、普通にクロエでいいか?」

「うん。クロエって呼んでね、ご主人様」

 どうやら、クロエは俺のことをご主人様と呼ぶつもりらしい。

 なんとなく、いけないことをしている気分になるが、どうせ後で訂正させるのだし、今は好きに呼ばせておこう。

「……それじゃぁ、早速だが。
 クロエに仕事の説明をしよう」

 仕事と聞いた瞬間にクロエの顔が赤く染まった。
 思わずといった感じで、胸の前に手が伸びる。

「いや、そういう仕事じゃない。
 クロエには、俺の妹になって欲しいんだ」

「…………妹?」

 優秀なクロエでも、さすがに意味がわからなかったのだろう。
 キョトンとした表情で、首を横に傾げた。

「そうだ。具体的に話しても良いんだが、聞いてしまえば後戻り出来なくなる。
 さっき、クロエに尋問紛いのことをしたことからわかるように、俺は命を狙われる立場にある。そして、クロエの仕事も、一歩間違えば死が待っている。
 ゆえに、クロエには2つの選択肢をやろう。

 何も聞かずに奴隷商へ戻るか、俺と共に来るか、どちらかを選んでくれ」

 俺の言葉が彼女に届き、その大きな瞳が開かれた。

「……え? ……断っちゃっても、いいの?」

「あぁ、処罰も何も与えないから、気持ちのままに決めてくれて構わない」

 本音を言えば、彼女を奴隷商に返して新しい者を買うなど、やりたくはないのだが、彼女の気持ちを無視することは出来なかった。

 もしかすると、サラが交友的に俺を仲間にしようとしたのも、こんな気持ちからなのかもしれないな。

 そうしみじみ思っていると、

「聞く……」

 と、小さな声が聞こえた。

「ご主人様よりも優しい人なんて居ないと思う。それにかっこ良いしね。
 ずっとご主人様の側に居させて欲しいな」

 そんな感じの評価らしい。

 半分ほどは打算もあるのだろうが、とりあえずはその言葉を信じておくことにする。

「念のために聞いておくんだが、頼れる人や助けてくれそうな人は居ないんだな?」

「うん。居たら奴隷になんてなっていないよ」

「そうだよな。わかった。それじゃぁ、これからよろしく頼む」

 そうして俺は、妹を捕まえた。
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