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(マリーの忠告が、早速無駄になっちゃったわね)

 はぁ……、って大きくため息を吐いて男の剣に目を向ける。

 外から差し込む光に反射して、その表面が怪しく光っていた。

「酔っているとはいえ、街中で剣を抜くのはどうなのかしら? 普通に犯罪よね?」

「はい。兵士に見つかれば2週間は檻の中で生活することになりますね」

「ごちゃごちゃうるせぇ!」

 いらだたしげに声を張り上げた男に蹴られて、料理が載ったテーブルがひっくり返る。

 木の皿に盛られた料理が地面に散らばるんだけど、周囲に居る人たちは何だか楽しそう。

「何しに来たんだって聞いてんだよ!」

 男が自分の力を見せつけるかのように、椅子の足をへし折った。

 少しだけ遅れて、周囲から歓喜の声が上がる。

「ぶほっ、さすが怪力バカ」

「殺しは面倒だから、半殺しにしとけよー。きゃははは」

(何なのかしら。この野蛮な空間は……)

 気が強い、ってマリーが言ってたけど、これってただのバカよね?

「あ゛ん? 何だよその目は!! なにしに来たんだって聞いてんだよ!!」

 私の態度が気に入らなかった見たくて、男は顔を真っ赤にして怒っていた。

 なんて面倒な男なのかしら……。

 一刻も早くここを抜け出したのだけれど、私たちにはこの場所に来た目的があるのよね。

「薬草を売りに来ただけよ。用事が終わればすぐに帰るから、通してくれないかしら?」

「あ゛ぁ゛? 薬草だと?」

 端的に伝えて先に進もうとしたんだけど、プルプルと震えだした彼が、突然近くにあった植木を切り捨てた。

 そして血走った目を私の方に向けてくる。

「俺が失敗したクエストをお前らみたいなやつが達成出来るわけねーだろーが!!」

 剣を両手で握り直して地面を蹴った。

 筋肉に覆われた体が、私に向かって飛び込んでくる。

(本当に面倒ね。何なのかしら……)

 慌てて私をかばおうとするエリーを手で制して、男の切っ先を見詰めた。

 線はぶれていて、飛び込みも一直線。

 これなら容易に避けられる。

――そう思ったとき、

「辞めてください。本当に捕まっちゃいますよ」

 走り込んできた男の腰に、背後から背の小さな少女が飛びついた。

 予想外の事態に驚く私を尻目に、男がいらだたしげに少女を振り払う。

「うるせぇ、クスが! もとはと言えばお前が悪いんだろーが!」

 あっけなく腰を離れて尻もちを付いた少女のおなかに、男のこぶしがめり込んだ。

「ぅっ……」

 痛みに表情を曇らせた少女の体が宙に浮き、背後のテーブルをなぎ倒す。

「けほ、けほ……」

 倒れた少女の口から血が流れ、咳にも血が混じる。

 それでも男は止めない。

「役に立たねぇくずが!」

 吐き捨てるような言葉と共に、男の足が倒れる少女の腕を踏みつける。

 少女の表情が痛みにうめいていた。

 あまりの出来事にようやく理解が追いついて、私の中に黒い感情が湧き上がる。

(万死に値するわ)

 悩む間もなく、私は地面を強く踏みしめていた。

 歩幅を大きくとって、腰の回転を追加して、そいつの腹にこぶしをたたき込む。

「……あぁ゛? ーーごふっ」

 男の体がくの字に曲がり、腰から砕け落ちた。

「かはっ……、てめぇ……」

「死になさい」

「がっ!!」

 片膝をついてにらむその顔目掛けて、渾身の蹴りをお見舞いしてあげる。

 歯が何本か砕ける音と共に、男の口から血が流れ出した。

「マリー。このクズの相手は私ひとりでやるわ。あの子をお願いね」

「かしこまりました」

 かばんから数本のポーションを取り出して、マリーが少女の元に走って行く。

 そんな彼女の様子を眺めて居ると、男が剣をつえ代わりに立ち上がった。

「死ねやぁぁぁぁ!!!!」

 目を血走らせながら、男が剣を振り下ろしてくる。

 だけどその太刀筋は、城にいる新兵よりも遅い。

 家庭教師として付けられた軍曹クラスなんかとは、比べることすらおこがましく見える。

「あなたみたいなクズには、マッシュもマリーも要らないわ。私で十分よ」

 飛び込んでくる剣を避けて、大きく踏み込む。
 そしてもう1度こぶしをたたき込んであげた。

「かはっ」

 もだえる男の腕を取り、背中に回してねじり上げる。

「容赦なんてしないわよ?」

 ポキリという嫌な感触。

 腕を放して、後頭部に蹴りをいれる。

「っ゛ぁ゛っ゛」

 言葉にならない叫び声をあげながら、男が床に倒れ込んだ。

 折れていると思う腕を踏みつけて、すべての体重をそそいであげる。

「私が軽くて良かったわね」

 一言そう声をかけて、大きくジャンプをする。

 堅いブーツに覆われた右足のかかとを下にして、男のお腹に着地してあげた。

「かはっ…………」

 男の目から光が消え、力なく地面にのびる。

 チラリと背後を見れば、マリーの腕に支えられてポーションを飲む少女の姿が見えた。

 口から血を流しているけど、顔色は悪くない。

(無事だったのね……)

 ホッとした感情と一緒に怒りの熱も冷めていく。

 周囲にいた男たちは、ぼうぜんと立ち尽くして怯えているみたい。

「ジェイさんが、死んだ……!?」

(誰も殺してなんていないわよ!! ……久ぶりにキレちゃって、ちょっと危なかったのは認めるけど。ごめんなさい)

 少女をいたぶるようなクズだったとはいえ、ちょっとだけやり過ぎたかなと思わなくもない。

「まだ生きてるわよ? ……たぶん。大丈夫だといいなぁ、あははー……」

 そうして私が苦笑いを浮かべていると、周囲の空気がさらに引いていった。

――そんな時、

「ありゃ? 僕の出番はなかったの? ひさしぶりに書類整理以外の仕事が出来ると思ったのになー」

 建物の奥から軽やかな声が飛んできた。

「ギルド長!?」

 誰かの叫び声を最後に、みんなが静まり返る。

 むさ苦しい男たちをかき分けるように、10歳くらいのかわいらしい男の子が姿を見せた。

「ギルド長??」

「うん。ここの責任者。お姉さんにゴミ掃除させちゃってごめんねー。ここじゃゆっくり話も出来ないから僕の部屋に来てくれないかな? かわいそうなその子も一緒にね。女性職員さーん、少女を運ぶから手伝ってーー」

「あー、えーっと……??」

 私の返答を待たずにギルド内がバタバタと動き始めちゃって、いつのまにか『ぎるどちょうの部屋』って書かれた場所に案内されていた。
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