上 下
16 / 20
第二章

16.再会

しおりを挟む
木曜日。図書館前。


木々の色ははっきりと緑色に染まって、太陽はその葉の隙間から、ゆったりと影を落としている。


日差しが少しずつ、夏の暑さの気配をにじませている。

夏も近いな、と思いつつ、あ、その前に梅雨かと、思い直す。


去年は空梅雨で、連日のニュース記事に煽られて水不足を心配したわたしは、二リットルの水をずいぶん買い込んだ。


けど、なぜか八月半ばになって鬼のように雨が降り、けっきょく空振りに終わったのはわたしのほうだった。そんなどうでもいいことを、思い出す。


図書館周りの公園では、今日も変わらず、ハトが我が物顔で歩き回っている。

地面に臥せっているハトは、まるでハトサブレそのものだ。


「これ・・・・・・このあいだの、お礼です」


そう言って、男の子がくれた小箱に入っていたのは、あの千代紙で折った、折り紙だった。思わず、声が出た。


「え、すご・・・・・・」


「い」が抜けている。


箱の中の折り紙は、三つ。


折り鶴をはじめ、見たこともないかたちのものが、それぞれの色を纏ってそこに入っていた。


メインではないとはいえ、校正をしているのに語彙が追いつかないけど、「綺麗」の一言に尽きる。


もうちょっとわたしが明るい性格なら、「かわいーいっ!!」のひとつでも出ていたと思う。代わりに「感嘆」なんていう言葉が浮かぶあたり、やっぱりわたしも物書きの業界にいる人なんだなと、ちょっと苦笑いするような思いだ。


「こういうの、見たことないよ、わたし。これ、もしかしてイルカ?」


ひとまず、着物のような藍色が基調の、大きな魚のかたちを指さす。


「そう!・・・です」


ぱっと男の子の顔に笑顔が灯り、慌てて言い直す。


ああ、もともと幼い顔立ちだなと思ってたけど、やっぱりちょっと「可愛い」じゃんか、この子。いくつくらいなんだろ。


わたしの手の中で、和の衣をまとったような藍色のイルカが、今にも海原に飛び出していきそうだ。

それに、藍色の中にはところどころ、小さな朝顔の模様まで浮かんでいて、本当にたまらなく綺麗だ。


小箱のふたを底に重ねて、続いて、折り紙の代名詞にして王道の、「鶴」。


これは・・・・・・。

うろ覚えだけど、「唐草模様」っていうのじゃないかな。

表現が難しいけど、濃い煎茶のような色に、白のぐるぐるににた模様。


浅草とかで売っている、手ぬぐいとか、ふろしきとかにありそうなイメージ。

どうだろ。


中学生(?)にしては渋いチョイスだと思うけど、不思議とこの「鶴」には違和感がない。胴体の部分に指を回して、そっと掌に乗せてみる。


「これも、すごい綺麗。折り目がぴちっとしてるし、すっごい凛と・・・っていうか、なんか格好いいね。」


「ありがとう・・・ございます・・・・・・」


このシャイな男の子は、隠そうとしているけど、嬉しいのを隠しきれていない。


べつに、わたし相手にそんな無理して敬語使わなくてもいいのになんて、ちょっと思ったけど、いきなりため口で話しかけてくる人は、そういえばわたしは苦手だった。なので、そういえばこの子くらいの距離感は、ちょうどいい。


次は・・・・・・あれ? これって・・・・・・。


「これ、桜だよね? すごい!綺麗!」


わたしの手の中には、ほのかなピンク色に染まった、桜の花びらが、小さなお皿になって収まっている。しかも、その桜のお皿の中心には、紅色の円が重なった紙が小さな花びら型に切り取られ、数枚添えてある。


「すごい!花びらのお皿だ! 綺麗! この小さいの、花びらもいいね!この柄、何ていうんだろ。落ち着いてて、わたしこれ、好き」


「えと、それ、『七宝』っていうらしいです」


「しっぽう? あ、七つの宝かな。すごい、調べたの?」


「写真撮って、グーグルで画像検索にかけました」


「え、そっち!?」


さすが今時の子・・・なのか? いちおう同じ平成生まれだよね?

え。これが、「ジェネレーションギャップ」?


なんて馬鹿な考えが浮かんで、自然と、笑ってしまう。


「すごーい! キミ、いろいろ賢いんだね! わたし、そんな手、思いつかないもん」


笑いながらそう言うと、今度こそはっきり照れた表情を見せる男の子。

感動ついでに、興味本位で質問を重ねてしまう。なんだろうこの子、おもしろい。


「キミさ、図書館で折り紙の本借りてたよね? ああいいのって、ちっちゃい子ども向けのばっかりじゃないの? わたし、そう思ってたけど」


「そういうの多いです。けど、いろいろあります」


そういって、男の子がトートバックから、雑誌くらいのサイズをした本を一冊、取り出す。

タイトルは、「使える折り紙こもの」。


貸してもらって項をめくると、目次には色とりどりの写真とともに、「お菓子入れ」、「ペンスタンド」、「平皿」、なんと「箸置き」まである。

折り紙といえば鶴か、紙飛行機、いつかの、エイになってしまったいつかのカエルくらいしか思いつかなかったわたしには、どれもものめずらしいものばかり。


「すごーい! 上手いね! こういうの、かなり練習したんでしょ?」


「しました。難しかったけど、これくらいだったら・・・・・・」


「ぜんぜん『これくらい』のレベルじゃないよ! わたしなんて、紙飛行機も怪しいレベルだもん!」


「他にもたくさんいるんです」


そう言って男の子は、また本を取り出す。今眺めている本と交換するかたちで、それを受け取る。


「ええっ・・・・なにこれ!」


「現代折り紙アート」と題されてそこに掲載されていたのは、「孔雀」、「ユニコーン」、白雪姫に出てくる「小人」・・・

どれも細部までことこまかに表現した、「折り紙」だった。


へえ・・・と、今度こそ感嘆の、ちょっと間の抜けたようなため息が出る。


「今日、他の本も予約してます。お姉さんも、本返すんですか?」


今にも優美に舞いそうな、純白の「ユニコーン」の写真に見とれていると、横から男の子が声をかけてきた。


「あ、ああ。そうだね、わたしも、返さないと。キミ・・・も、本借りるんだよね。わたしもまた借りようかな。キミのおかげかな、最近本読んでなかったけど、久々に読んで楽しかったよ」


と言ってから、こう何度も「キミ」「キミ」と繰り返すのもさすがに味気なくなってきちゃったので、ちょっと迷ったけど、聞いてみた。


「あのさ、わたし、登理っていうんだけど、キミはなんていうの?」


「ユウト。サカシタ、ユウトです」


一瞬目をそらしかけたので、あ、しまったと思ったけど、男の子が今度はこちらを見て、答えてくれた。


それが「あの男の子」あらため、「坂下侑都」くんとの、出会いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

ままならないのが恋心

桃井すもも
恋愛
ままならないのが恋心。 自分の意志では変えられない。 こんな機会でもなければ。 ある日ミレーユは高熱に見舞われた。 意識が混濁するミレーユに、記憶の喪失と誤解した周囲。 見舞いに訪れた婚約者の表情にミレーユは決意する。 「偶然なんてそんなもの」 「アダムとイヴ」に連なります。 いつまでこの流れ、繋がるのでしょう。 昭和のネタが入るのはご勘弁。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

告白小説

浅野浩二
現代文学
「告白小説」というタイトルの小説です。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...