37 / 40
⒒ ミズルチ
36.みじゅ、カイト、だいすき
しおりを挟む***
ごごごごご、と、凄まじい音をたてて、怨墨がミズルチに襲いかかる。いくつもの、うでが、まるでハムロたちが、もっている、ザイルのように、ねじれて、綱のようになって、その先端に、たくさんの手のようなものを生やして、ミズルチに、つかみかかっている。
だけど、そんなミズルチの後ろから、きらきらと彼女を追いかけて飛んでくるものがある。それは、さっきまで、ミズルチを包んでいた、巨大なつぼみだったものだ。つぼみが開いて、花びらになって、こぼれ落ちると同時に、それは空中へと舞いあがる。そして、ミズルチを追いかけ、まわりから包みこむようにして、彼女を守るのだ。カイトの目には、まるで宝石のバリアみたいに見えた。それが、怨墨からミズルチを、そして、その手のなかに、抱えられた、虹色の大きな宝石を守り、代わりに墨を引きうけては、黒く染まって、地面に落ちてゆく。ああ、とカイトは思った、ミズルチが手にしている宝石。あの一際美しい宝石こそ、ミズルチの喉に、かがやいていた逆鱗なのだろう。
ミズルチの生みだした、ぬけがらが、次々に怨墨を吸いあげては地面に落ち、それがキララ苔を、覆いつくして、一面を黒く染めてゆく。カイトが走って踏みつけるたびに、ばしゃんぱりんと、こなごなに割れて、きらきら瞬く、黒い虹色の砂に変わってゆく。
ミズルチの飛行速度は、ぐんぐん増してゆく。襲いかかる、うでをかいくぐって、紙飛行機のように右に左に、きりもみのように旋回する。追いかけてくる怨墨を、ほんろうして、次々に、花びらで消しさって、ついに、怨墨本体の上で、ぐるりと大きく宙返りした。
怨墨が、「ぎぃやああああ!」と怒りのこもった、さけび声をあげる。
「この天竜めがあああ! 貴様らは、とうの昔に土竜と袂を分かったはずだろうがあああ! どうして今さらあああ! この星にいいい干渉しようとするうううう!」
《分かたれたというのは敵対とはちがう! この痴れ者が!》
ミズルチは一喝すると、ばさりと青白銀の翼を羽ばたかせた。花びらが怨墨へ、いっせいに襲いかかる。怨墨はそれを必死にふりはらいながら、つばを吐き散らかし、さけんだ。
「一生にいちどしかえられぬううう! 生命のあかしともいうべき逆鱗ををを! こんな異星で使ってしまうなどおおお! 天竜はああああ愚か愚かおろか者かああああ!」
ミズルチは、ふっと笑うと、うでのなかに抱きしめていた逆鱗を、高くかかげた。
「――みじゅ、カイト、だいすき」
その言葉に、カイトは思わず立ちどまった。
ミズルチが、ふっと視線をカイトへむける。そして、ふわっとほほえんだ。
「カイトが、みじゅを育ててくれた。ばあちゃも、ユバせんせも、ウタマクラも、バッソも、ハムロも、あ、あとシネラマも、みんな、やさしかった。いっぱい、たすけてくれた」
ミズルチの手のなかで、逆鱗が、内から光を、放ちだす。
「だから、みじゅも、この星のみんな、たすけて、まもる」
あふれだした光が、あたりを虹色で、包みこんでゆく。
「みじゅは、そういう世界、生きてる。おまえと、ちがう」
かかげた逆鱗とともに、ミズルチの身体が、一気に怨墨へむけて急降下した! カイトが「だめだ、ミズルチ!」と、さけんだのは、はたして彼女に聞こえたかどうか。ただ、カイトの耳には、ミズルチの、この言葉がとどいていた。
「じぶんの逆鱗のつかいかたは、じぶんで決める!」
ミズルチと怨墨が真正面から衝突した瞬間、あたり一面に、虹の光と、黒い閃光が交錯した。一番近くにいたカイトは、巻きおこった風によって、大きく吹きとばされた。
***
その瞬間、ミズルチは、白くかがやく、あたたかな空気に、つつまれたような気がした。
――天竜の末裔の子よ。ミズルチよ。
心のなかに、直接語りかけられたその声に、ミズルチはおどろいた。
(誰? あなた、土竜?)
――ああ。そうだ。
ミズルチの意識に、虹色の光をまとった〈竜骨の化石〉が浮かぶ。それは、竜の頭をもった、人の姿をしていた。
――会いにきてくれて、ありがとう。おかげで、数十年ぶりに、妻に会えた。
妻、と、ミズルチは心のなかで、くり返して、ああ、そうかと笑った。
(あなた、〈風琴の樹〉に、ずっと会いたかったのね。もう、彼女から生まれる川の水を流しこまれているだけでは、いやだったのね。)
――ああ。そうだ。
見れば、〈竜骨の化石〉のとなりに、緑色の長い髪をした、きれいな女の人が立っている。うれしそうに、ほほえみながら、ふたり、よりそっている。
――私は、もう、妻のそばで眠りたいのだ。
(もう、研究所には、帰りたくないってこと?)
――ああ。必要な情報は、もうそろえられたはずだ。私なしでも、今後、我が子孫のために必要なことは、今、生きている者だけで、なんとかできるだろう。
(もしかして、あなた、わざとハムロに自分を盗ませたの?)
――彼には、すまないことをしたが、どうか、もう過去の存在として休ませてほしい。
ミズルチは、ふふ、と笑った。
(わかった。瑞珠も、ハムロのために、かけあってみるね。)
――すまない。ありがとう。君を使わせてくれた天竜にも感謝を。ただひとつ、私の逆鱗だけは、君たちに残してゆこう。
次の瞬間、〈竜骨の化石〉の全身は、虹色の光に変わり、その頭蓋骨が、ぱりん、と割れて、はじけとんだ。
1
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
王子様へのギフト
魔茶来
児童書・童話
王子の誕生日に王子の心に響くギフトを送ることが出来れば王子のお嫁さんになれるという。
花屋のファンシーはギフトを1年以上掛かって準備するのですが貴族に妬まれギフトを台無しにされます。
しかしファンシーは大事な気が付くのです。
はたして王子の心に響くギフトをファンシーは準備することが出来るのでしょうか?
とびらの向こうはおとぎの国 ~王子さまとドラゴンに愛され中~
このはな
児童書・童話
とびらをあけると、そこはおとぎ話のような世界でした――
主人公ちとせは12歳の女の子。
亡くなったおばあちゃんの書斎のとびらから、カデール王国という未知の世界にいってしまう。
そこで会ったのは、いじわるな王子さま、おばあちゃんの親友だという妖精、そしてお姫さま好きのドラゴンだった。
異世界の姫にまつりあげられた少女の冒険のはじまりです。
ホスト科のお世話係になりました
西羽咲 花月
児童書・童話
中2の愛美は突如先生からお世話係を任命される
金魚かな? それともうさぎ?
だけど連れてこられた先にいたのは4人の男子生徒たちだった……!?
ホスト科のお世話係になりました!
湯本の医者と悪戯河童
関シラズ
児童書・童話
赤岩村の医者・湯本開斎は雨降る晩に、出立橋の上で河童に襲われるが……
*
群馬県の中之条町にあった旧六合村(クニムラ)をモチーフに構想した物語です。
花森小学校LOVEごっこクラブ
まりえ。
児童書・童話
ある日の花森小学校、小5の女の子3人、愛、結、葉月が「LOVEごっこクラブ」というクラブを結成しました。クラブ活動の内容は依頼人の1日彼女になるという「LOVEごっこ」を提供すること。
依頼人と「LOVEごっこ」の結末は…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる