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5.ハムロとウタマクラ
15.これで、もう用は済んだ
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しゅいん、という、たくさんの音とともに、森のなか、地面の上へ〈嗅感葉〉の少年たちが、おりたった。ぎゅるるるっという音をたてて、あの黄色と緑のザイルが、手元のリールのなかに、巻きこまれてゆく。すでに日は暮れて、森のなかは暗い。ひとりだけ髪を短く刈りあげている少年が、集まった仲間たちを、注意ぶかく見わたし、かぞえた。
「全員いるな。ケガをしたやつは、いないか?」
「大丈夫だ、ハムロ。みんな、無事だ」
年長の少年の言葉に、髪の短い少年――ハムロは「ほっ」と、安心の息をついた。
「ふぅ、それにしても、まさか追いかけてくるなんてなぁ」
別の少年が言うのに、ハムロは「いや、ぐうぜんだろう」と、かえした。
「あの女の「匂い」が、まさかって言ってた」
「そうだな、そんな「匂い」してた」
「うんうん」
仲間たちの言葉に、ハムロは、ほっとした。やっぱり〈嗅感葉〉だけでいるのが、一番いい。誰も嘘をつかないし、嘘をつかれない。嗅覚をわざと弱らせて、嘘を見ぬけないようにしてまで、無理に、ほかの〈族〉と、かかわろうとするなんて、馬鹿みたいだ。そんなことをするから、大切なことをかくされて、利用だけ、されることになるんだ。
だまされるだけの、人間に、なるなんて、まっぴらだ。
そもそも、嘘なんかつく、やつらのことを、なぜ信じる。青年会のみんなが、勝手に都会へ出ていくなら、そうしたらいい。でも、〈嗅感葉〉全体を、巻きこむな。あんなに老人会が、反対していたのは、やっぱり昔、連合の連中に、だまされたことがあるからだ。なんで長老会は、青年会の意見を、受けいれたんだろうか。
(そのせいで、マムロは――。)
悔しさで、ハムロは頭のなかが、ぐずぐずに、なってしまいそうだ。
マムロは、すっかり人が変わったように、なってしまった。皿をなげつけ、母さんをひっかき、大声でさけびながら、暴れるように、なってしまった。だから、後ろ手に縄でくくられて、舌をかまないように、口に白い布を巻かれて、地下室に閉じこめられている。妹の、かわいそうな姿を思いだし、ハムロはくちびるを、ぎゅっと、かみしめた。
マムロは、怨墨に、憑りつかれてしまったのだ。
〈嗅感葉〉は、怨墨から、特に強い影響を受けてしまう〈族〉なのだ。いったん怨墨に憑りつかれたら、もうどうしようもない。本当に大昔なら、一生、地下牢に閉じこめておくようなことも、あったらしい。
嘘をつき、つかれ、だまし、だまされ、怨み嫌い呪いかなしむ。そういった、黒い感情を生みだしやすい、たくさんの人間や〈族〉のなかでは、〈嗅感葉〉は、生きられなかった。だから、大昔に山と森の奥深くに入り、やつらとは、距離をおいて暮らすようになった。山と森のなかならば、怨墨が入りこむようなことは、本来なかったはずなのだ。
ハムロは、固くこぶしを、にぎりしめると、背中に背負った〈竜骨の化石〉入りの白いふくろを、ぐっと身体に引きよせなおした。
「みんな、急ごう。約束の時間まで、あと少しだ」
ハムロの言葉を合図に、全員、また伸縮ザイルのフックを、木の高い枝へむけて投げて、飛びあがっていった。
目的の場所は、石舞台と呼ばれている、平たい大岩のむきだしになった、崖の上だ。木々のあいだをぬけて、全員ほぼ同時に、石舞台の上に着地する。
月の光が、明るい。
そして、石舞台の上には、もう約束の相手が立っていた。
かがやくほどに、真っ白い服を着た人だ。メガネをかけていて、髪型は、短い茶髪。にっこりと笑うと、その人は、両手を大きく左右に広げて、ハムロたちの到着を歓迎した。
「やあ、〈嗅感葉〉の少年のみなさん、こんばんは。例のもの――そう、あれです。ハムロくんの、妹さんの命を救うための、例のものは、盗ってきてもらえましたか?」
「ここにある」
ハムロが、背負っていた〈竜骨の化石〉を差しだすと、白い服の人は、目を大きく、まるく見開き「うふふふふふふふふ」と、口を三日月のような形にして、笑った。
「さあ、早く渡して!」
白い服の人が、ひったくるようにして、ふくろをうばいとる。なかに手をつっこむと、もう用はなくなった、とばかりに、白いふくろを、石舞台の上に、落とした。
「ああああ、これだ。まちがいない、これだ。これこそが、真実の〈竜骨の化石〉だ。いまいましい逆鱗も、ちゃんとついている。やった……ついに、手に入れた」
「手に入れた……?」
ハムロの表情が、ぐっと、険しくなった。
「あんた、それで妹に憑りついた怨墨を抜いてくれるんだろう? 〈嗅感葉〉から怨墨を抜きとるためには〈竜骨の化石〉を使うしかないって、あんたそう言ったじゃないか。だから俺は、これを竜骨研究所から盗んできたんだ。あんたのものにするためじゃない!」
白い服の人は、両手で大切そうに目の高さに、もちあげていた〈竜骨の化石〉から、ちらっと視線を、ハムロへむけて、にいっと、おぞましい笑みを浮かべた。
「お前たち、よく働いてくれた。これで、もう用は済んだ」
次の瞬間、白い服の人の全身から、ぶわっと、すさまじい量の黒い煙が吹きあがった。
――いや、ちがう。これは怨墨だ!
「どうして!」
「うわあっ」
「怨墨だ! 逃げろ!」
悲鳴をあげながら、さけび、逃げまどう〈嗅感葉〉の少年たちに、怨墨が襲いかかる。ザイルを使って、ちりぢりに逃げるが、その怨墨の追ってくる速さは、尋常ではなかった。うねる蛇のように、少年たちの身体にからみつき、首をぐるりとしめて、苦しさで開いた口のなかへ、飛びこんでゆく。ばたばたと、地面に少年たちは、落ちてゆく。
ハムロは、信じられないものを見ていた。どうして。嘘の「匂い」なんかしなかった。絶対、まちがいない。……でもだまされた。こいつに、だまされたんだ!
呆然とした、ハムロの目の前で、白い服の人が、「うふふふふふふ」と笑いながら、その手を大きく、ふりかぶる。はっと気づいて、ハムロはふり返り、かけだした。
後ろから、怨墨が襲いかかってくる! ああ、仲間たちは、ハムロとマムロを助けるために手伝ってくれたのに、ハムロが、だまされたせいで、みんなが、たいへんなことに。マムロも助けられない。悔しい。信じられない。涙がでてきた。ちくしょう。ちくしょう。
「ちくしょおおおおおっ!」
怨墨が、追いつく一瞬前に、ハムロの身体は、空中に、飛び出ていた。
ああ、満月が、ななめにかしいで、逃げてゆく。
そうして、ハムロは、怨墨から逃げきる代わりに、崖の下へ、落ちていった。
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