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1.〈薄明光線〉
3.これなにこれえええ⁉
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通いなれた山道には、落ち葉や枝がたくさん積もっていた。足をすべらせないよう、慎重に一歩ずつ、ゆっくり山をのぼる。手には水入りのペットボトルをにぎっていた。
五分ほどゆくと、左手が切りたった崖になっているところに出る。そこからは、ヒルミ村全体が見わたせるのだ。たちどまったカイトは(やっぱり……。)と目を険しくした。
北山と南山に、はさまれたヒルミ村は、その中央をヒルミ河が横切っていて、北ヒルミと南ヒルミに分かれている。ヒルミ河の上には、三本の橋が、かけられていて、この橋の下を流れる水の量は、明らかにいつもの倍近かった。色だって、すっかり濁った茶色だ。両岸には、流されてきた枯れ草のかたまりが山を作っているし、びっくりすることに、根っこから抜けた大木まで流れついていた。
これは後片づけが、たいへんそうだ。でも、さいわいなことに、誰かが行方不明になっているということは、なさそうだった。今日はまだ、朝のメロディ以外に、村内放送は流れていない。このまま、嫌な報せを聞かずに、すめばいいのだけれど。
カイトは先へむかった。今カイトがのぼっているミガクレ山は、北山の一部になる。山道の半ばで右がわにおれると、少し大きめの石を使って形だけ整えられた、でこぼこの階段があらわれる。これをのぼりきると、八畳くらいの開けた、ちょっぴりななめになっている広場に出る。その中央奥に、小さくて古い祠がある。それが、風琴さまの祠だ。
祠さまの真上は、枝が、かからないように整備されている。雲ひとつない真っ青な空が、さわやかに広がっていた。そして、その下にある祠さまは――無事だった。
カイトは、ほっと一息つくと、祠さまに近づいた。さすがに落ち葉の数は多い。どこから飛んできたのか、ブルーシートまで落ちていた。さすがに、カイトひとりでは片づけきれないから、掃除して一か所にまとめておいて、あとで鎹藻さんに、おろすのを助けてもらおう。そう決めて、祠さまの後ろにある用具入れに近づこうとして、ふと気づいた。
――〈音〉がする。
どきりとして、あわてて、あたりを見回した。人の姿はどこにも見えない。道中でも、誰かがいたような気配はなかった。どきどきと、胸が痛いくらいに走りだす。誰だ、なんの〈族〉だろう? カイトは、眉間の中心に、ぎゅっと意識を集中する。
魂の〈音〉が「読めた」のだから、〈族〉を、もっている人間が近くにいるのは、まちがいない。姿は見えないけれど、〈音〉を「読みわけ」られれば、なんの〈族〉なのかは、わかるはずだ。カイトは、ぎゅっと両目を閉じた。
〈族〉の魂から、こぼれでる〈音〉は、耳では聞こえない。カイトの感覚では、ちょうど左右の眉毛のど真ん中、白毫のあたりで感じるものだ。だけど、同じ〈音読みの一族〉でも、感じかたは、人それぞれなのだそうだ。ばあちゃんは右目の奥あたりらしいし、母さんは左のあごの、つけ根近く。兄ちゃんは、たしか、くちびるって言ってた。
大丈夫。オレなら「読みわけ」られる。――カイトは、ほかの〈音読み〉の、誰とも比べものにならないくらい、「読みとる」力が強いのだから。
と、〈音〉がはっきりした。
シャラシャラ リーリュー
はっと目を開けて顔をあげた。祠さまだ。祠さまのほうから〈音〉がしている。
こんな〈音〉はじめて「読んだ」。繊細で、小さくて、か細くて、宝石がこすれたような、星のささやきのような、涙がでるくらいに、きれいな〈音〉。
ゆっくりと祠さまに近づくと、やっぱりそこから〈音〉がする。でも誰もいない。まさかと思って祠さまの格子戸を、いきおい、いっぱい開いた。けれど、なかには、やっぱり誰もいない。ただ、一本の茶黒く枯れた短い枝が、白木の三方の上に、のせられている。風琴さまの樹から分けていただいた、それが御神体なのだ。
ルーフルー バールファー
やっぱり、祠さまのなかから「読める」のは、いつもの風琴さまの、やさしい〈音〉だけだ。今日も風琴さまは、その子孫であるカイトたち〈音読みの一族〉を、やさしく見守ってくださっている。ほっとして、ため息をついた。じゃあ、あの、シャラシャラといった〈音〉は、いったい、どこから? そう思って、カイトがふと下を見た、その時だった。
「うえ?」
思わず、へんな声がカイトの口から、もれでた。
祠さまの開いた格子戸の前、ペットボトルに入れてきたお水をそそぐ、石盆のくぼみのなかで、赤いなにかが、はねている。それはもう元気いっぱいに、ぴちぴちと。
「え、なにこれ、え? ミミズ? え、ほそい」
恐るおそる、顔を近づけてみる。そして、はっきりわかった。まちがいなく、そのイトミミズから〈音〉が「読めて」いる。いや、いくらなんでもおかしい。
魂の〈音〉を発するのは、〈族〉をもつ、人間だけのはずなのだから。
「え、ちょ、だから、これ――にんげん、ってこと?」
シャラシャラ リーリュー
まるで返事をするかのように、一際大きな〈音〉を発して、ぴちり、とはねたイトミミズの子に、カイトは悲鳴のような大声をあげた。あわててペットボトルのフタをひねると、まっさかさまにして、なかの水を土の上に捨てる。それから、イトミミズの子を、やさしくすくいあげると、空になったボトルのなかに、ちょろっと入れて、きゅっとフタをして、くるりときびすを返すと、がたがたの石段をさけびながら、かけおりた。イトミミズの子入りのペットボトルを大事に胸に抱きしめて、だけど大パニックに、おちいりながら。
「ばあちゃんばあちゃんばあちゃあああん! これ! これなにこれえええ⁉」
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