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由利さんに想い人?

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「チビなのは仕方ないにしても、色気ってどうやったら付くんですかね?」
 アマンダのバーカウンターの隅っこで、僕はジンジャーエールのストローを咥えたまま、オネエのママに訊ねた。
「また由利くんに何か言われたの?」
 呆れた様子で笑う彼女(?)は僕の向かいで頬杖をついた。声は野太いが、見た目はきれいなお姉さんである。

 アマンダは由利さんのリサーチをしている時に知った店だ。何度も話を聞きに通ってるうちに、このママと仲良くなってしまった。もちろん、僕がここで由利さんの情報を得ていることは内緒にしてもらっている。

 そんなわけでここに来る時は黒髪、眼鏡・化粧なし、地味スーツ。会社から帰宅するまんまの格好で、薄暗い店内に溶け込んでいた。
「今日の由利くんは堂崎ちゃんを放ってまた浮気? 自由だねえ」
「仕方ないんですよ、最初のプレゼンで僕と恋人になるメリットとして、『浮気容認』を入れてしまったので。嘆いてもしょうがないしハンカチを噛みながら相手のデータを取って、由利さんの好みや行動範囲、破局理由を洗い出し、今後に有効活用しています」
「……たくましいわね。とりあえず今度堂崎ちゃんにハンカチダースで贈ってあげるわ」
「ありがとうございます」

「しかし、由利くんにどれだけ譲歩したの? 人に執着のないあの子とこれだけ長いこと続くってすごいわよ?」
「執着はされてないです、間違いなく。ただ嫌われてもいないはず。プレゼンで他に『由利さんを一切束縛しない』『愛情を要求しない』『夜は必ず家に帰る』などなどを提示して、データに基づいた由利さんに嫌がられる要素をすべてクリアしてますし、おまけに頑張って覚えた家事で上げ膳据え膳ですし」
「……それってもはや、恋人というより家政夫……」
「ママまでそれ言うの止めて」
 僕は小さくため息を吐いた。

「ここからじわじわ~っと由利さんを手懐けていきたいんですけど、あの人チビで色気がないを理由に僕に指先でちょん、すら触んないんですよ! そのくせ暇な時は自分で慣らしてケツ出せばハメてやるとか言うし! ち○こ入れるより先にすることあるでしょ!」
「店でち○ことか言うな。まあ堂崎ちゃんの怒りも最もだけど」
 ママが肩を竦めて、空になった僕のジンジャーエールを烏龍茶と交換してくれた。

「由利くんも相当だけど、堂崎ちゃんもよく続くよねえ。そんな扱いされて、嫌にならない?」
 彼女からの当然のような問い。
 しかし僕としては考えてもいなかったことで、それにぱちりと瞳を瞬いた。
「腹は立つけど、嫌にはならないかな……。由利さんのために何かしてあげるのは楽しいもの。作ったご飯は残さず食べてくれるし。それに浮気はするけど、僕以外の人に恋人って肩書きを与えてないみたいだし。ずけずけ物を言うのも許してくれるから、直接文句も言えるし……」

「ああ、駄目だわ。重症ね、堂崎ちゃん」
「だって由利さんクズで糞野郎だけど、かっこよくて大好きなんだもん! ……それに、今の由利さんは本当の由利さんじゃない気がするんです。何か今は、人間関係に自暴自棄気味に見えるっていうか。……こう言ったら何ですが、わざと自分をクズに見せてるような……」
 僕がぼそぼそと言った言葉に、ママが軽く目を見開いた。
「……堂崎ちゃん、よく見てるわね」

「でもあの性欲の強さはわざとじゃないよなあ~。由利さん一晩に三人相手にして翌日もち○こ勃つもん。由利さんの金○、片方でいいから爆発しないかな……」
 酒を飲んだわけでもないのにくだを巻いてカウンターに突っ伏す。それに向かいの彼女が苦笑して、僕の頭を撫でた。

「さらさらで絹みたいな黒髪ねえ。堂崎ちゃん地味だけど目も大きくて可愛い顔してるし、もうメイクして変装するのやめて、このまま由利くんと会ったら? 素の堂崎ちゃんの方があの子の好みかもよ?」
「それはないでしょ。僕がリサーチ始めてから、由利さんはチビも黒髪も一度も相手にしたことないもの。色気むんむんの遊び慣れた美形ばっかり」

「それがそうでもないのよ。昔は真面目な可愛い子が好きで、こんなに遊んでなかったし。ただちょっと以前、そのタイプの子に悪さを働いてしまったらしくて……。それを未だに引きずってんのよ」
「あ、なんかそれっぽいこと由利さんから聞きました。おかげで僕みたいな背格好の男に罪悪感を覚えるとか何とか。何をしたのか知らないけど、迷惑ですよ全く。知らない男のせいで由利さんの恋愛フィルターから除外されるなんて」
 むう、と頬を膨らます。

「何をしたのか詳しくは知らないけど、由利くん随分その子のことを探してたのよ。住んでたアパートが引き払われてたらしくてね。しばらく落ち込んでたわ」
「……あれ、それってもしかして、今でも好きで忘れられないパターン?」
「かもね~」
「くっ……浮気相手なら許容できるけど、由利さんの中にそんな大ボスが潜んでいたとは……もう少し過去まで情報を集めないと。由利さんから情報引き出せるかな」

「情報を集めるって……堂崎ちゃん、もしかして相手を捜す気?」
「途中で逃げられたから引きずってるんでしょ? 捜し出して直接会ってきっぱり振ってもらいましょう!」
「……もし今でも二人が好き合ってたらどうするの?」
「当然正々堂々戦います!」
「男らしい~。……あら」
 僕の宣言にパチパチと手を叩いたママが、ふと入り口のドアベルが鳴ったのに反応して視線を移す。

 ぱちりと目を瞬いた彼女は、とっさに口元を隠して、入り口に背を向けている僕の耳元に小声で告げた。
「堂崎ちゃん、由利くんが来たわよ」
「えっ!? 今日は遊びに行くって言ってたからここじゃないと思ったのに……」
 思わず焦る。いつも会っている見た目じゃないからすぐにばれることはないだろうけれど、ここで彼と会うのはかなり気まずい。声を聞かれたら一発だ。それほど広くない店内、彼がカウンターに来ないうちに僕は立ち上がった。

「ごめんママ、奥の裏口から出ていい? 今日のドリンク代は次に来たときお土産付きで払うから」
「いいわよ、あたしも由利くんの情報提供してるの知られたら怒られちゃうもの。もう遅いから、気を付けて帰るのよ」
「うん、ありがとう。ごちそうさま」
 小声でママに手早く挨拶をして移動する。

「由利くん、久しぶり-! 何か飲む?」
 僕が裏口に抜けるドアに手を掛けたとき、彼女が由利さんの視線を自身に誘導するように声を掛けた。
 よし、大丈夫、問題なく抜けられそうだ。それについ気が緩んで、ちらりと由利さんを見る。
 するとなぜか、ママの方に行っていると思った彼の視線が、僕の視線とぶつかった。

「!?」
 驚き慌てて扉を開けて裏口から飛び出す。いや、ばれてはいないと思うんだけど。
 何でこっち見てたんだ、あの人。あ、もしかして無銭飲食だと思われたかな? だとしたらママが取りなしてくれるだろう。
 とにかく今日は帰るしかない。
 まさか由利さんが追ってくるわけはないけれど、僕はそのまま立ち止まらず、駅のバスターミナルまで走ることにした。
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