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137:異国の料理と両親について

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「それから、アメリーちゃん。君の元両親について、詳しい情報がわかったよ。資料も手に入ったし、王立魔法研究所のほうも探らせておいたんだよね」
「あ、ありがとうございます」

 資料はともかく、研究所を探るなんて普通ではできないことだ。

「精霊の呪いは、メルヴィーン商会において極秘事項とされていたらしい。それで、割と残酷な内容になるのだけれど、聞く?」
「覚悟しています」

 トール先生は、伝えるべき内容を容赦なく話してくれる。
 そういうところは信頼できた。
 
「精霊を殺すと、殺した者に呪いが降りかかる。アメリーちゃんの実の両親は、両方とも精霊の呪いを受けていた。君の母親は最初の被検体だったんだ。けれど、失敗して体調が悪化。さらに精霊の呪いが発動して亡くなっている。そして、ライザーは、より精霊との親和性が高い子供を使うことを選んだ。それが君だ」

 ショックな内容だけれど、母の死因に納得がいく。

「アメリーちゃんの実験で精霊の呪いを受け、犠牲になったのはライザーの部下たち。君の妹のとき、ライザーはドリーに呪いを引き受けさせようとしていた。けれど、呪いを被ったのはライザーのほうだった。それだけ、恨まれていたんだろうね。で、ライザーは信頼の置ける部下の一人に実験を託した。そいつが今、王立研究所にいる」

 幼すぎた私には、メルヴィーン商会で起こったあれこれを正確に知る術がなかった。
 
「さらに、現在その部下は、エメランディア国内の上位貴族とも繋がっているみたいだ。穏便に潰すのに、ちょっとだけ時間がかかりそう」
 
 穏便に潰すとは、一体……

「卒業後、もしかすると、卒業を待たずに、向こうはアメリーちゃんを確保しに動いてくるかもしれない。世慣れていない君なんて、すぐに一網打尽にされちゃうよ」
「……うう、否定できません」

 ずっと、メルヴィーン商会を出られずに過ごしてきた身だ。
 普通の人よりも、世間知らずなのは否めない。

「編入の件も、考えてみます」
「うん、それがいい。ジュリアスも、エメランディアにいるのは、今年いっぱいだろうから」
「えっ……?」
「まだ聞いていなかった? ジュリアスはもともと、学園長や本校校長からの頼まれごとでエメランディア分校へ来ていたんだよ、今年一年で目的は達成されるだろうから、そのあとは魔法大国へ戻ると思うよ。ちなみに、俺はカマル次第で残るかどうか決める」

 ブレないトール先生だった。
 
(ジュリアス先生、いなくなっちゃうのか……)

 心配事が現実になり、私はモヤモヤした気持ちを抱える。
 編入が一番平和的に教師資格を得る方法なのだろう。
 けれど、魔法大国へ行くのも不安だし、黒撫子寮の皆と離れるのも辛い。
 エメランディアの魔法都市にも、なじみ始めたところなのだ。

(でも、実際問題、一人でエメランディアの貴族たちと張り合うのは無理だよね)
 
 エメランディア貴族に囲い込まれないよう、ハリールさんやトール先生の世話にならざるを得ないだろう。今でさえ散々世話になっているのに、彼らにはこれ以上の負担をかけたくない。

 トールさんやハリールさんは仕事に戻り、私はハリールさんたちと暮らす家の中へ入る。
 屋上に上り、薄い雲の流れる空を見上げながら、ぼんやり今後のことを考えた。
 乾いた風が頬を撫でて通り過ぎていく。料理中なのか、神殿のほうから柑橘類やスパイスの混じり合ういい匂いがした。そろそろお昼かな。

(トパゾセリアはエメランディアと違うけれど、こういう雰囲気は好きだな)
 
 しばらくそうしていると、不意に隣に誰かが立つ気配を感じた。
 視線を横に向けると、予想通りの人物がいる。一人でいるとき、私を探しに来てくれるのは大抵彼だ。
 
「カマル……」
「アメリー、今日のランチは僕が作るよ。食べたいものはある?」

 最近料理に凝り始めたカマル。
 けれど、屋上に来たのは料理の希望を聞きたいという理由だけではないだろう。
 たぶん……一向に戻ってこない私を心配してくれていたのだと思う。
 
「前にカマルが作ってくれた、スカイハーブとレモンのサラダが好き」
「……すごく簡単なメニューだね。ほぼ野菜をちぎるだけだよ?」

 トパゾセリアの郷土料理は、香味野菜やスパイスを使ったものが多くて食欲が湧く。
 
「えっと、じゃあミクロ豆のスープ」
「了解。サラダとスープと、他にメインで何か考えるよ」

 少し大人になったカマルが笑う。
 しばし沈黙が落ちたので、私はモソモソと口を開いた。

「あのね、トール先生やハリールさんが、ヨーカー魔法学園本校への編入を勧めてくれたの。教職に就くには、それが一番いい方法みたい」
「うん。アメリーは、どうしたい?」
「編入試験を受けてみようと思う。仲良くなった皆と離れるのは辛いけれど、来年にはジュリアス先生もいなくなってしまうし、ハリールさんやトール先生に負担をかけたくない。なにより、いい先生になるために、しっかり勉強したい……と思って」
「いいんじゃないかな、僕は賛成。となると、僕のほうも編入試験の勉強を始めないとね」

 私は驚いてカマルを凝視する。

「魔法学園に入ったのはアメリーが目的だし。君が他国へ移るならついて行くだけだよ。うちの兄弟も、ほとんどが本校出身だしね」
「カマル、でも……」
「僕のしたい勉強は、どこでもできる。それに、エメランディアよりはマシだけれど、魔法大国にいても、魔力過多は異質だから目を付けられるよ。そんな場所に婚約者を一人放り込むのは心配」

 カマルは本当に、なんの未練もなさそうな顔だった。

「ありがとう、カマル……ランチの準備、手伝うよ」

 彼の言葉が嬉しい反面、自分のために振り回してしまうのが申し訳なくて、私は言葉に詰まりながらお礼を言う。

「アメリー、気にすることないからね」
「う、うん」
「これから、君にはいろいろ面倒な行事に参加してもらわなきゃならないから……僕のほうが嫌われないか心配だ」
「カマルを嫌ったりしないよ?」

 答えると、彼は微笑んで「ありがとう」と、私の髪に唇を落とした。
 
(ひゃあ!)

 カマルは十四歳なのに、同い年の私よりもずっと大人っぽい。
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