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92:夫を渡したくない妻と妻を渡したくない夫

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「サイファス、どうしてお前がここにいるんだ!?」

 数日ぶりにクレアに会えたサイファスは、花が咲くようにふわりと微笑む。

「もちろん、クレオに会いたかったからだよ」

 今のクレアはクレオとして動いているので、サイファスもそれに合わせている。

「お、お前なあ……」

 言いようのない嬉しさと恥ずかしさに襲われ、それを誤魔化すためにクレアは横を向いた。そして、サイファスと一緒にいたミーシャに声をかける。
 
「ミーシャも来ていたのか、久しぶりだな」
「は、はいっ、クレオ様! 剣術大会ぶりでございますわ」
「サイファスと一緒に応援してくれていたものな。ありがとうな」
「ひゃわっ、クレオ様! 光栄です!」
 
 ミーシャは頬を真っ赤に染めて卒倒しそうになっている。

「それで、どうしてミーシャはサイファスと一緒に?」
「聞いてください、クレオ様。この方ってば、あのヒッヂ子爵家のティナに言い寄られていたのよ」
「あー……あの強烈な令嬢か」
「クレオ様も、一時期被害に遭っておられましたものね。あの方は、顔が良く地位の高い男性ならば誰でも声をかけに行くのですわ」
 
 ヒッヂ子爵家の長女ティナは、ビッチと名高い令嬢だった。
 浪費家のティナは、お金持ちとの縁談を望んでおり、あわよくば既成事実を作ろうと優良物件を狙っている。
 王都の貴族の間では有名な話だった。
 しかし、ティナの節操のなさが問題を起こすことも多く、社交界のトラブルメーカーとして扱われている。
 実際、彼女は複数の男性と同時に交際していたりするのだ。
 
 見た目は小柄で愛らしい令嬢、しかも従順でか弱い娘の演技が上手いので、騙されている相手もいた。
 ただ、現在彼女が付き合っているどの男性も、結婚相手とするには見た目やお金に不満があるようで、あちこちの舞踏会に顔を出しては、好みの独身貴族の男性に粉をかけまくっている。
 クレア自身も、エイミーナと婚約する前は、ティナに狙われていた。
 
「ミーシャ、ありがとうな。サイファスを守ってくれて」
「礼には及びませんわ。彼は『クレオ様ファンクラブ』の仲間ですもの。それでは、私は向こうで父が呼んでいますので失礼しますわね」

 嬉しげに手を振りつつ、ミーシャが去って行く。
 そのあと、クレアたちは四人揃って、人気のないベランダへ出た。

「ふん、残虐鬼ともあろうお方が、ヒッヂ子爵令嬢に目を付けられるなんて……ポヤポヤしていますのね」

 人目が亡くなった瞬間、エイミーナがサイファスに突っかかる。

「それに、辺境からわざわざ妻を追って来るなんて、ずいぶんと余裕がありませんわ。嫉妬深い男は嫌われましてよ。よくも、クレオ様と私のラブラブ舞踏会を邪魔してくれましたね」
「嫉妬はするよ。だって、私はクレアの『夫』だもの。クレアと舞踏会でラブラブするのは、君ではなく私だ」

 サイファスは夫という言葉をやけに強調した。

「今夜のクレオ様は私の夫ですわ! あなたはいつも、辺境で一緒にいられるのだからいいじゃない」
「良くない、まったく足りないんだ!」
 
 エイミーナとサイファスが盛り上がる中、クレアは給仕係の格好をしているハクに話しかける。ついでに、彼の持っていたお盆から酒を取ることも忘れない。
 
「俺は用事が済めば、すぐルナレイヴへ帰る予定だったんだ。わざわざサイファスを連れてくる必要はないと思うんだが」
「本人が行くと言って聞かなかったんだよ。仕事もあっという間に終わらせちまった。ところで、質問したいことがあるのだが……第八部隊の隊長がどうしてアデリオと一緒に、会場の隅で密偵の真似事をやっているんだ?」
「ああ、ユージーンが乗り気だったんだ。好奇心旺盛な奴だよな。簡単な薬の調合の知識と引き換えに許可した」

 ハクが額を抑えてため息をついた。

「特に問題は起きていないから、心配は要らない」

 ちゃっかり新たな酒を手にしたクレアは、薬屋での一件をハクに伝えて笑った。
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