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88:毒薬を愛でる夫人と隊長
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舞踏会まで少し日にちがあるので、クレアは先にユージーンの用事に付き合うことにする。
王都の薬屋へ彼を案内するのだが、クレアも彼がどんな薬を用いるのか興味津々だった。
もちろん、アデリオやマルリエッタもついてくる。
クレアがスラム街へ通うことに、マルリエッタは良い顔をしないが、結局最後は折れた。
アデリオがまた彼女を挑発したので、それに乗ってしまった形だ。
「王都には何度か来たことがあるのですが、こちらの方面は初めてですね」
ユージーンはウキウキと楽しそうに王都を観光していた。
この日のクレアは男装している。
スラム街の知り合いは、クレアを男だと思っているからだ。
「意外と、穴場の店がたくさんあるんだぜ」
「それは楽しみです」
昼間のスラム街に足を踏み入れ、複雑に入り組んだ道を進んでいくと、小さな店が建ち並ぶ場所に出た。
ぼろ布を屋根代わりにし、地面に怪しげなものを並べて売っている店が多い。
「薬屋はこの先だ。スラムの中では大きめの店……いや、民家だな」
少し進むと、庭付きのあばら屋が見えた。
周辺の建物に比べれば幾分か広いものの、ぼろさ加減は群を抜いている。
「あそこだ」
クレアの案内を聞いたマルリエッタは、なんとも言えない表情を浮かべた。
ユージーンのほうは平気そうだ。庭に植えられた植物を熱心に見つめている。
「あの植物……一本持って帰れないですかねえ」
「いっぱい生えている雑草みたいなやつか?」
「あれ、辺境では手に入らない貴重な薬草です。結構な値段がするのですが」
「……そうなのか、不用心だな。店の親父に言って、何本か引っこ抜かせてもらおう」
毒草には詳しいが、薬草の知識に乏しいクレアだった。
今にも外れそうな引き戸を開けて、薬屋へ足を踏み入れると、奥の椅子で女性と少年が居眠りをしていた。縮れた茶髪を無造作に下ろした女性と、同じ髪色の日焼けした少年は親子だ。
クレアたちの気配に気づいたのか、目覚めた少年が女性を揺さぶる。
「母ちゃん、お客さんだよ」
「んー、うるさい」
「ねえ、母ちゃんってば! 起きてよ!」
「んー、ぐー……」
「母ちゃんの大好きな、赤毛の兄ちゃん……クレオ様だよ!?」
「んがっ!」
女性はパチリと目を開け、慌てて上体を起こす。
「クレオ様!?」
彼女もまた、クレオ時代のクレアのファンだった。
「おう、久しぶりだな。疲れているところ悪いが、薬を見せてくんないかな」
「ひゃああ、クレオ様! 恥ずかしい姿を見せちまったよ、化粧をしておけば良かった!」
「気にすんな。そのままでも十分美人だ」
「あら、まあ。クレオ様ってば」
機嫌の良くなった彼女は、エプロンを身につけながら尋ねる。
「で、どんな薬が欲しいんだい? 毒薬の類いは私が対応するけど、傷薬なら妹、飲み薬は父と兄が見るよ。その他のものなら母に頼むし、材料の販売や買い取りは夫が担当だ」
「俺は、いつものやつを買う」
クレアの言う「いつものやつ」とは、武器に塗る安価な毒薬だった。
「オーケー。そうだ、新作のしびれ薬ができたんだけど、試してみないかい?」
「お、いいな。それも買わせてくれ。あとさ、こいつにも薬を見せてやって欲しい。医者なんだ」
「あらま、あんたもイケメンだね。どんな品が入り用だい?」
「薬の材料と……あと、僕個人の趣味として毒薬も買いたいのですが」
少年がクレアの薬を包んでいる間、女性とユージーンは毒薬談義で盛り上がっている。
(……大丈夫かよ、あの医者)
クレアは、騎士団でユージーンが恐れられている理由の一端を垣間見た気がした。
王都の薬屋へ彼を案内するのだが、クレアも彼がどんな薬を用いるのか興味津々だった。
もちろん、アデリオやマルリエッタもついてくる。
クレアがスラム街へ通うことに、マルリエッタは良い顔をしないが、結局最後は折れた。
アデリオがまた彼女を挑発したので、それに乗ってしまった形だ。
「王都には何度か来たことがあるのですが、こちらの方面は初めてですね」
ユージーンはウキウキと楽しそうに王都を観光していた。
この日のクレアは男装している。
スラム街の知り合いは、クレアを男だと思っているからだ。
「意外と、穴場の店がたくさんあるんだぜ」
「それは楽しみです」
昼間のスラム街に足を踏み入れ、複雑に入り組んだ道を進んでいくと、小さな店が建ち並ぶ場所に出た。
ぼろ布を屋根代わりにし、地面に怪しげなものを並べて売っている店が多い。
「薬屋はこの先だ。スラムの中では大きめの店……いや、民家だな」
少し進むと、庭付きのあばら屋が見えた。
周辺の建物に比べれば幾分か広いものの、ぼろさ加減は群を抜いている。
「あそこだ」
クレアの案内を聞いたマルリエッタは、なんとも言えない表情を浮かべた。
ユージーンのほうは平気そうだ。庭に植えられた植物を熱心に見つめている。
「あの植物……一本持って帰れないですかねえ」
「いっぱい生えている雑草みたいなやつか?」
「あれ、辺境では手に入らない貴重な薬草です。結構な値段がするのですが」
「……そうなのか、不用心だな。店の親父に言って、何本か引っこ抜かせてもらおう」
毒草には詳しいが、薬草の知識に乏しいクレアだった。
今にも外れそうな引き戸を開けて、薬屋へ足を踏み入れると、奥の椅子で女性と少年が居眠りをしていた。縮れた茶髪を無造作に下ろした女性と、同じ髪色の日焼けした少年は親子だ。
クレアたちの気配に気づいたのか、目覚めた少年が女性を揺さぶる。
「母ちゃん、お客さんだよ」
「んー、うるさい」
「ねえ、母ちゃんってば! 起きてよ!」
「んー、ぐー……」
「母ちゃんの大好きな、赤毛の兄ちゃん……クレオ様だよ!?」
「んがっ!」
女性はパチリと目を開け、慌てて上体を起こす。
「クレオ様!?」
彼女もまた、クレオ時代のクレアのファンだった。
「おう、久しぶりだな。疲れているところ悪いが、薬を見せてくんないかな」
「ひゃああ、クレオ様! 恥ずかしい姿を見せちまったよ、化粧をしておけば良かった!」
「気にすんな。そのままでも十分美人だ」
「あら、まあ。クレオ様ってば」
機嫌の良くなった彼女は、エプロンを身につけながら尋ねる。
「で、どんな薬が欲しいんだい? 毒薬の類いは私が対応するけど、傷薬なら妹、飲み薬は父と兄が見るよ。その他のものなら母に頼むし、材料の販売や買い取りは夫が担当だ」
「俺は、いつものやつを買う」
クレアの言う「いつものやつ」とは、武器に塗る安価な毒薬だった。
「オーケー。そうだ、新作のしびれ薬ができたんだけど、試してみないかい?」
「お、いいな。それも買わせてくれ。あとさ、こいつにも薬を見せてやって欲しい。医者なんだ」
「あらま、あんたもイケメンだね。どんな品が入り用だい?」
「薬の材料と……あと、僕個人の趣味として毒薬も買いたいのですが」
少年がクレアの薬を包んでいる間、女性とユージーンは毒薬談義で盛り上がっている。
(……大丈夫かよ、あの医者)
クレアは、騎士団でユージーンが恐れられている理由の一端を垣間見た気がした。
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