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84:VS間男と妻の外出(サイファス視点)

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 サイファスは、砦で黙々と事務作業に取り組んでいた。
 ルナレイヴを出て王都で過ごしていた間、処理しなければならない仕事が山のように溜まっていたのである。
 まだまだ減らない書類の山を見ながら、うんざりした気分でため息をつくと、コンコンと執務室の扉がノックされた。
 副官のダレン辺りが、また仕事を増やしに来たのだろうか。

「……なんだ」

 不機嫌な声を上げれば、キィと扉が開いて、隙間から愛おしい妻のクレアが顔を覗かせる。

(……っ!? 不意打ち……!?)

 慌てて諸々を取り繕い入り口に駆け寄ったサイファスは、先ほどとは打って変わった優しい声でクレアに話しかけた。

「どうしたんだい、クレア。わざわざ砦まで来なくても、呼んでくれたら飛んでいったのに」
「……お、俺が来る方が早いだろ。あんなに机に書類が積み上がっているのに」

 視線をそらせて後退するクレア。それを見たサイファスは胸が高鳴った。

(意識されている……っ!)

 片手をぐっと握りしめ、密かにガッツポーズをするサイファス。
 それに気づかないクレアは、ソワソワ落ち着かない様子で話を切り出した。

「あのさ、ちょっとの間、また王都へ行ってくる」
「へ? 王都に? どうして?」
「クレオが、ぶっ倒れちまったみたいで。あいつの代わりに王城の舞踏会に出なきゃなんねーんだよ。第一王子から声がかかっているらしくて無視できねえ」
「そ、そんな……」

 ルナレイヴに帰ってきたばかりだというのに、せっかくクレアが自分を意識し始めてくれるようになったというのに、どうしてこのタイミングで王都からの呼び出しが来てしまうのか。

「わ、私も行……」

 言いかけた言葉は、クレアの後ろから部屋に入ってきたダレンによって遮られた。

「駄目ですって、サイファス様! まだ留守のときの仕事が山ほど残っているでしょう? それに、新しい書類もあるんですから」
「帰ったらやる……」
「その頃には、さばききれないほどの仕事が溜まっていることになりますよ? いいんですか? ずっと砦に泊まり込みで、屋敷にも帰れませんよ?」
「うっ……」

 今、仕事を放り出してルナレイヴを出るのはまずいとわかっている。
 しかし、しかし……クレアを一人で王都に行かせたくないのだ。

「でも、クレアが心配で……」

 そう言いかけると、部屋にまた新たな人物が入ってくる。
 クレアの従者、アデリオだ。

「問題ありませんよ、辺境伯。俺が一緒について行くんで」

 問題ありすぎだ。余計に心配になる。
 アデリオは勝ち誇った表情でサイファスを見てくる。彼だけは油断がならない。
 サイファスはまごうことなきクレアの夫だ。
 しかし、アデリオはクレアを諦めていないし、結婚という形態にこだわっていない気がする。
 こういう感覚は、男の勘でわかるのだ。

「それは反対だよ。私が……」

 答えかけたが、それより早くダレンが「それがいいです」などと余計なことを言う。
 ダレンはアデリオの危険性に気づいていない。

「サイファス様! 仕事を進めてください!」

 苦渋の決断を迫られたサイファスは、王都へ同行するのを諦めた。
 その代わり……

「アデリオ一人だけでは大変だろう。別で同行者を付けたい」

 迷った末、声を絞り出すサイファス。
 クレアは「過保護だなあ」などと口にしつつ、素直に頷いていた。
 
「そんじゃ、数日後に出発するから」

 クレアとダレンが部屋を出て行ったあと、一人残ったアデリオがくるりと振り返って口を開く。

「余裕がないね? 辺境伯様」

 サイファスを挑発しているのは明白だ。アデリオは他人に媚びない。

(手強い……)

 男女問わず、貴族の中には愛人を囲う者もいる。
 サイファスは、辺境へ来てくれたクレアの意思を尊重するつもりだった。
 しかし、クレアが自分以外の男をそばに置くなんて考えたくないし、認められない。
 悶々と悩み始めるサイファスを余所に、アデリオは飄々とした様子で去っていった。
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