上 下
77 / 99

76:不良令嬢、残虐鬼に甘えてみる

しおりを挟む
 伯爵らの縄を解いたクレアたちは、捕縛した執事長を残して屋敷をあとにする。
 事後処理くらいはクレオにもできるだろう。
 予め手配していた宿の部屋の中、クレアはサイファスに抱き上げられている。
 血まみれの服は着替え、風呂にも入った。
 
 抗議するも残虐鬼は耳を貸さなかったので、仕方なく状況に甘んじている。
 サイファスの腕に包まれたクレアは、小さく彼に話しかける。

「情けないところを見せたな、サイファス」
「ミハルトン伯爵を盾に取られたときのこと?」
 
 あの瞬間、クレアは動けず、最善の選択を放棄してしまった。
 過去の情に流されるなんて、愚かだと言わざるを得ない。

「俺は、あいつを見捨てられなかった。冷静に考えれば、あれほど伯爵に執着していた執事長が、彼を斬ることなどできないとわかったはずなのに。だからこそ、殺さず部屋で拘束していたのに」
 
 あのときのクレアは、焦って思考を怠った。僅かでもミハルトン伯爵が傷つけられる可能性を恐れたのだ。
 自分には見向きもしない、道具以外の利用価値を見いださない親なのに。
 助かったあとでさえ、彼はクレオ意外に目を向けなかった。
 
「あんなにクレオの地位にこだわっていたのも、結局のところミハルトン伯爵に必要とされたかっただけ。子供じみた感情だ」
 
 知れば知るほど、執事長と同じ。
 方法が違うだけで、今でも父親を振り向かせたがっている。無駄なのに。
 
「クレア、私じゃ駄目かな。私では、君の家族に不十分?」
「サイファス?」
「君は私にとって、ただ一人の家族だ。誰よりも大切な……」
 
 サイファスは寝台にそっとクレアを下ろす。
 
「ミハルトン伯爵の代わりにはなれない。けれど、私にとってクレアは、この世で一番の妻だ。君のためなら、なんだってしたい」
 
 寝台の淵に座ったクレアは、じっとサイファスを見つめる。彼の目は真剣そのものだった。

「サイファス、お前はおかしい。出会って一年にも満たない俺を、『この世で一番』の相手として扱うのか?」
「こういうのは、時間ではないよ。君を知るほどに愛おしいと思ってしまうんだ。何があっても、私の手で守りたいと」
 
 余裕のないサイファスを前に、クレアは動揺し始めた。
 またしても、おかしな感情にとらわれてしまったのだ。恥ずかしいような、こそばゆいような、それでいて逃げ出したくなるような。
 顔が熱いし、動悸も激しくなっていく。
 
「クレア、どうか私の手を取って。これからは王都のミハルトン家ではなく、私と共にルナレイヴで生きて欲しい。ミハルトン伯爵ではなく、私を見て」
 
 サイファスは場所のことを言っているのではない、クレアの気持ちの置き所について話している。クレアは、そう理解した。
 ミハルトン伯爵に顧みられず、静かに疼いていた傷。
 自分は必要ないのだと突きつけられ、認めたくはないが、クレアは確かにショックを受けていた。
 それが、サイファスの言葉によって徐々に薄れていく。
 
「こんなときに何をと思うかもしれない。でも、私はクレアが好きなんだ。何度でも君を愛していると言うよ。共に人生を歩みたい」

 クレアは他人の感情の機微に聡くない。
 けれど、彼が心の底から自分を望んでいるのがわかった。
 ミハルトン伯爵を求めていたクレアのように、サイファスは自分を求めてくれている。
 
 それにくらべて、クレアはどうだ。
 伯爵が自分に対してそうだったように、サイファスをないがしろにしていなかったか。
 全力で向き合ってくれる彼をいい奴だと思いながらも、クレアから歩み寄れていない。これでは、父と同じだ。
 
「……サイファス、すまない。俺はお前に対して誠実じゃなかったな」
「え? 誠実じゃないって。まさか、浮気!?」
「どうしてそうなるんだ? 誠実じゃないと言ったのは、その、俺はサイファスの優しさに甘えていたということだ」
「よくわからないけど、甘えてくれるのは大歓迎だよ?」
 
 サイファスが、どうぞというように両手を広げる。
 
「…………」
 
 全く会話が成立していないが、実にサイファスらしい言葉だ。
 肩の力が抜けたクレアは、自分から……ぽすんと彼の胸に頭を預けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

夫は寝言で、妻である私の義姉の名を呼んだ

Kouei
恋愛
 夫が寝言で女性の名前を呟いだ。  その名前は妻である私ではなく、  私の義姉の名前だった。 「ずっと一緒だよ」  あなたはそう言ってくれたのに、  なぜ私を裏切ったの―――…!? ※この作品は、カクヨム様にも公開しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

【完結】愛されないのは政略結婚だったから、ではありませんでした

紫崎 藍華
恋愛
夫のドワイトは妻のブリジットに政略結婚だったから仕方なく結婚したと告げた。 ブリジットは夫を愛そうと考えていたが、豹変した夫により冷めた関係を強いられた。 だが、意外なところで愛されなかった理由を知ることとなった。 ブリジットの友人がドワイトの浮気現場を見たのだ。 裏切られたことを知ったブリジットは夫を許さない。

処理中です...