上 下
73 / 99

72:現れた黒幕とマイペースな残虐鬼

しおりを挟む
 その後、クレアたちは、ミハルトン家へ到着した。
 事前に連絡していたにもかかわらず、出迎えは一人もいない。
 クレオからクレアになったからかもしれないが、それでも迎えぐらいはよこすはずだ。
 門の前には警備の者さえおらず、しんとしている。

「変だな。勝手に入るか」

 クレアはさっさと門を開け、ミハルトン家の屋敷の庭へ侵入した。
 アデリオは堂々と、サイファスとマルリエッタは戸惑いながら、ハクは誰にも見られないようこっそり中へ足を踏み入れる。閑散とした庭にも人の気配がない。
 途中で新しい建物があったが、あれがクレオの愛人が住んでいる場所なのだろうか。
 だが、そこにも誰かがいる様子はなかった。

「なんだ、全員屋敷の中か?」

 まっすぐ屋敷に直行したクレアは、勝手に扉を開けて入っていく。
 正面玄関の前に広がる階段を上ろうとしたとき、不意にキラリと光るものが飛んできた。
 それはクレアのすぐ目の前の欄干に突き刺さる。
 
「おいおい、ずいぶんな歓迎じゃねえか。執事長さんよぉ」

 クレアが視線を上げると、階上に予想通りの人物が立っている。
 第一王子やサイファスと同じ年齢くらいの、黒髪に、赤茶色の瞳を持つ背の高い青年。
 エイミーナを襲う指示を出した、執事長だ。
 銀縁の眼鏡の縁を持ち上げた彼は、クレアを見て不敵に笑う。

「伯爵はどこだ? クレオは?」
「この屋敷は、僕が制圧しました。あなたを待っていたんですよ、クレオ……いや、今はクレアでしたか」
「馬鹿げた真似をしでかした理由を聞いても?」
「あなたには理解できないでしょうね。どう足掻いても、伯爵の子供になれない僕の気持ちは」
 
 話をしている間に、クレアは屋敷内の気配が増えていることに気づく。執事長の手駒だろう。
 自分の優位を確信している執事長は、クレアを見下ろして口を開いた。

「ずいぶんと、物騒な奴らを集めたみたいだな」
「何を言っているんです。皆、僕たちの腹違いの兄弟ですよ? 彼らはいずれもミハルトン伯爵の実子です。認知されず、日の目を見られなかった者たちばかりですが」

 同じ家で暮らしながら、実子として大事に育てられるクレオを目にし、複雑な気持ちになったのはクレアも一緒だ。
 
「本物のクレオがいなくなって僕は、ようやく自分たちにも伯爵の目が向くのではないかと期待したのです」
「影武者の俺や、次のクレオがいただろう?」
「そうですね。でも、あなたは、所詮ただの影武者でしかなかった。伯爵だって、そう扱っていたでしょう? 問題は、今のクレオだ……あの無能が実子面して伯爵をたぶらかし、僕らに偉そうに命令してくるのは耐えられない!」

 執事長の言葉は、少し前までのクレアの言葉だった。
 なんだかんだ言って、クレオを演じる間は、親である伯爵に必要とされているのだと思った。
 自分にそんな可愛らしい部分があることにビックリだが、隙あらば返り咲こうとしていたクレアは、確かにクレオの地位に執着していた。新しく現れた弟のクレオを脅威に感じていた。
 今考えれば、伯爵や周囲に必要とされる居場所を手放したくなかったのだろう。

 執事長は、クレアより前から使用人としてミハルトン伯爵に仕えていた。おそらく、伯爵が屋敷の下働きに手を付けたのだ。
 初めから、最もミハルトン伯爵に近い場所にいた子供。すぐ傍にいながら、一度も顧みられなかった子供。
 実子の扱いをされたことはなく、使用人としてしか存在できなかった。
 クレア以上に、思うところがあったに違いない。
 誰よりも父の愛情を欲しがり、下働きから一転、執事長にまで上り詰めたというのに。
 そして、ついに溜まった不満が爆発してしまったのだろう。

「ねえ、クレオ……いや、クレア。僕に味方しませんか? 悪いようにはしませんし、あなたのためになる提案ですよ?」
「執事長、提案と脅しの違いを辞書で調べてみろ。それに、俺を味方に付けて何をする気だ?」
「ミハルトン伯爵には、引退してもらい、今のクレオにも消えてもらいます。あなたと僕たちで、共にミハルトン家をもり立てていきましょう」
「俺をクレオに返り咲かせて裏から操る気か? だが、それもエイミーに子ができるまでだろうな。父親が誰になるのかは知らないが、男子が生まれれば俺は用なしだ」

 さっさと消されるに違いない。

「本当に、あなたは昔から可愛くない」
「ほっとけ」

 しかし、ピリピリした二人の会話に割って入る声があった。
 黙って事の成り行きを見守っていたサイファスだ。

「異議あり!! クレアは可愛いよ!!」

 後ろではマルリエッタが大きく頷き、同意を示している。

「……何やってんだ、お前ら」

 呆れるクレアを、サイファスは後ろから優しく抱きしめる。
 二人の前には、武器を構えたアデリオとマルリエッタが立った。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...